人口12人の限界集落で起きた殺人放火事件「つけびの村」 犯人が膨らませた妄想とは

文春オンライン / 2019年10月28日 17時0分

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『つけびの村――噂が5人を殺したのか?』(晶文社)

 事件ノンフィクション『 つけびの村――噂が5人を殺したのか? 』(晶文社)が、世間と出版業界を騒がせている。

「ノンフィクションの金字塔!」(春日太一さん)。

「犯人は『集落の村人から“村八分”にされていたのではないか』との疑いを抱えながら、著者は現地を繰り返し訪問。起きたことを隅々まで体感し直そうとする地道な姿勢が、事件を再度揺さぶった」(武田砂鉄さん/「朝日新聞」書評より)。

通常の事件ノンフィクションとは逆のやり方で核心に迫った

 2013年7月、山口県周南市の限界集落で突如、その事件は起こった。わずか12人の住民のうち、一夜にして5人が殺害され、うち2軒の家が燃やされたのだ。この『山口連続殺人放火事件』で逮捕されたのは、同じ集落に住んでいた保見光成(当時63)だった。その後、保見は非現住建造物等放火と殺人の罪で起訴され、今年8月、最高裁の上告棄却により確定死刑囚となった。

「この本が注目されている理由のひとつには、犯人の保見光成が妄想性障害の症状を呈しているため、犯人の告白をただちに“真相”と結びつけられないという点があろうかと思います。その上で、読者からの反響としては、一般的なジャーナリストなら『モノにならない』と諦めるであろうプロの一線を越えておこなわれた、著者の高橋ユキさんの執念への共感も強く感じられます」

 晶文社の担当編集者、江坂祐輔さんはそう分析する。

「核心を取り出すのではなく、丁寧に外堀を埋めてゆく。通常の事件ノンフィクションとは逆のやり方で、核心部分を浮かび上がらせる手法は、高橋さんが“限界集落”という場所と、生き残った村人たちのもとへ何度も通い、聞き取りを繰り返さなければ、成功しなかったのではないでしょうか」

「私は無実です」

 犯人の保見は、逮捕当時こそ「殺害して、その後、火をつけた。私がやりました」と語っていたが、のちに主張を一転させ、一審の山口地裁の初公判罪状認否において「私は無実です」と犯行そのものを否認するようになっていた。しかし、二度にわたって行われた精神鑑定で、保見は犯行当時「妄想性障害」であると結論づけられ、判決もこれを支持した。

 この事件の取材を始めたのは、被疑者が逮捕されたどころか、地裁および高裁で死刑判決が下された後だったと、著者の高橋ユキさんは語る。

「初めてその集落に入ったのは、事件が最高裁に係属していた2017年1月です。保見は『両親が他界した2004年頃から、近隣住民が自分のうわさや挑発行為、嫌がらせをしているという思い込みを持つようになった』と判決で認定されている状況でした」

「うわさ」だけが確かに存在していた

 保見はその集落で生まれ育ち、中学卒業後に上京。左官として働いたのち、40代でUターンしてきた。当初は“村おこし”の理想に燃え、もやい仕事にも参加していたが、次第に閉鎖的な人間関係の中に充満する「うわさ話」にからめとられ、挑発行為や嫌がらせにあったというのが、当時マスコミを賑わせた“真相”だった。

「最初は、私も信じていました。でも結果的に、それは事実ではありませんでした」(高橋さん)

 うわさや挑発行為、嫌がらせは本当にあったのか。取材のためにたびたび周南市を訪れ、さまざまな村人に話を聞いても、“挑発行為”そして“嫌がらせ”は確認できない。だが「うわさ」だけはたしかに存在していた。

「事件ノンフィクションの定石が打てない中、存在はあっても実体はない『うわさ話』にフォーカスすることで、事件のもうひとつの側面に迫れないかと考えました」(同前)

 保見光成は、もともとの名前を「中」と書いて“ワタル”という。「光成」に改名したのは2009年のことだ。だがそれを、集落の人々が知ったのは、ワタルの逮捕後、事件報道によって、だった。

 高橋さんは2017年、裁判所に「妄想性障害」であると認定されているワタルと、文通と面会を行なっている。事件前から当時までも、妄想の内容は変化し続けており、もはや当時、事件を起こした動機も、殺害した村人らにどういった感情を持っていたのかも、確かめることができない状態にあった。

 同時に集落では、事件の起こるずっと前から、さまざまなうわさが飛び交い、事件後も空気のように漂い続けていた。「街宣車が来て心を入れ替えろと言われる」など、ワタルの感じていた“嫌がらせ”の詳細は荒唐無稽なものであったが、「うわさ」については、村人らと同じ情報を、面会時も保持し続けていたのである。

※9月25日に発売された『つけびの村――噂が5人を殺したのか?』(晶文社)から、すでに確定死刑囚となった保見光成……ワタルが、まだ未決囚だった当時に面会・文通した内容、集落のうわさの片鱗を綴ったパートを、著者および版元の許諾を得て抄録する。

◆◆◆

ワタルから届く手紙はほとんどが裁判資料だった

 東京に戻ると、1週間もしないうちに、ワタルから手紙が届き始めた。だがそれは直筆の手紙ではなかった。事件に対するワタルの主張が、例のくねくねとした文字でA4やB4サイズの紙にびっしり書かれたものの「コピー」だった。

 最初に届いたコピー紙の冒頭は「DVD 編集 短縮 証拠隠し ・写真、靴、棒、ICレコーダー」。

 解読に骨が折れる手紙だが、下線が引いてある箇所がところどころある。この紙は、逮捕直後の検察官による取り調べの録音録画データについてのワタルの意見のようだ。

「取調室 第9ではなく、第1です、時間場所が違う」

 ワタルは、私がこうした主張をどこかのメディアに書き、彼の訴える「でっちあげ」を世に広めてくれることを期待しているのだろう。本人は真面目に冤罪を主張しているのである。だが私は、どう見ても同じ靴跡に対して、別の靴が混じっていると主張するワタルの言い分を読んでも、“たしかに、これは真犯人が別にいるのに、無実の保見さんが逮捕されてしまったのだ”と判断することはできなかった。

 2通目の手紙が届いた4日後に、3通目の手紙が届いた。私が先に送っていた質問に対する答えが書かれている可能性を期待して封を開けたが、これまでと同じように、また「事件前後の金峰地区の天気や気温」といった裁判資料などが入っていて、がっかりした。

 ひとつだけ、これまでの手紙と違ったのは、コピーではなく、手書きの便箋が1枚だけ入っていたことだ。この1枚にこそ、私の問いに対するアンサーが記されているのでは、と、また期待して開いたが……。

文庫本27冊の差し入れを要求

「私は頭をぶっつけて手や足が痺れ震えるようになり、友人にコピーを頼んでます。

 手紙を書いてる時も字が二重に見えてきます。

 読む時も同じです。

 高橋さんの字は小さいもう少し大きく書いて下さい見えません」

 想像だにしない答えだった。

 それなのに「見えません」と書いてある2行下では、本の差入れを要求しているのだ。

「居眠り磐音 佐伯泰英シリーズ27巻」

「当然のようになめこを受け取る」……村人たちが話していたこと

 文庫本27冊分の小さな文字は読めるというのに、私の字が読めないと平気で書いてくるワタルに腹が立った。

「古本一冊、100~200円位です。一日三冊まで差入れ出来ます」

 わざわざ教えてくれてはいるが、9回に分けて拘置所へ送る手間を考えて、また腹が立ってくる。これまで私は、さまざまな刑事被告人と文通をしてきた。本の差入れを求められることもあったが、多くの被告人たちは、一度に差入れできる数の上限まで、つまり3冊以下と、気を遣ってくる。

「人付き合いを知らない」「当然のようになめこを受け取る」……いきなり27冊もの差入れを求めるワタルに、金峰地区の村人たちが話していたことを思い出した。もっとも、こちらが求めて始まった文通や面会なのだから、その対価であるとワタルは考えているのかもしれないが、たしかに、人付き合いにおける気遣いや呼吸を分かっていない。

一審の担当弁護人がワタルに宛てた書面

 ワタルから届く手紙の中身はほとんどが取り扱いに困る「資料」だったが、その中に重要なものをひとつ見つけた。3通目の手紙に入っていた、沖本浩【ゆたか】氏(一審の担当弁護人)がワタルに宛てて送った書面だ。その書面の空白部分には「ご質問の第3点について回答します」と手書きで書かれているが、それも直筆ではなく、その原本がコピーされたものだった。

 沖本弁護人は、こう返答している。

「岡田医師から、『妄想性障害の患者に対して、新たな情報を提供すると、これが鍵となって妄想が拡大する傾向がある』旨聞きました。それまでの妄想と新たな情報が結びついて、妄想が広がって行く現象で、鍵体験というものだそうです。(中略)事件の当事者である保見さんに証拠書類を見てもらい、その真偽について意見をもらうことは、真実発見のためには重要なことです。ですが、保見さんの場合、証拠を差し入れることが、保見さんの精神状態に悪影響を及ぼし、結果的に弁護活動にも支障を来すおそれがありました」

 そのため沖本弁護人は、証拠書類をワタルに差入れるのではなく、接見の際に“見せる”だけになったと釈明している。しかも「捜査段階で見せられたものと違うなどと保見さんが言っていたことも弁護人は聞いています。差し入れた証拠に含まれていたか否かは確認中ですが、この靴の写真を保見さんに見せなかったことはありません」と、ワタルが求める証拠書類はすべて見せていたともあった。

 面会でワタルは、沖本弁護人が捜査資料を一部抜き取って差入れしている、と私に言っていた。だがそれは隠されていたわけではなかったようだ。

最高裁の弁護を担当したのは“無罪請負人”

 先日面会した時に私は、彼がこだわる靴の写真の証拠書類を何枚も見せられた。最高裁の担当弁護人はこれを差入れたのか……誰だろうと名前を聞いて、驚いた。関東近郊では“無罪請負人”などと評される、有名弁護士だったからだ。

「これまでの弁護士の中で一番大した人だなと思います。言ってくることとか、面会でこう書いてくることとか、大した人だなと」

 ワタルは満足そうだった。

 だが、私は心配だった。

 弁護方針によっては、彼の妄想をさらに深める結果になるのではないかと案じたからだ。無罪を訴えるため、そのための理論武装の準備のため、すべての証拠書類を手元に揃えて検討すれば、さらなる「鍵体験」が起こり、ワタルは一層深い妄想の世界へ旅立って行ってしまうのではないか。

古い記憶が塗り替えられていく

 もうひとつ、面会で気になったのは、明らかに覚えているであろうことを「忘れた」と、ワタルが平気で言っていたことだ。関東で仲の良かった稲田堤の森さんのことを「仲良くない」と言い、殺害した貞森喜代子さんのことを「話したことない」と言っていた。誠さん(*)に胸を刺された時は、一緒に酒を飲んでいたはずではなかったか。古い記憶が塗り替えられているように思えて不可解だった。それは自分を守るために、脳の中で無意識的にダークな記憶を排除しようという働きが起こっていることによるのではないか。

*……貞森喜代子さんの夫

 一審で、5人の被害者に対して殺害行為を認めず「足を叩いただけ」と主張したワタルは、その時点で、自分の犯した殺人、放火の記憶を排除しようとしていたのだろうか。この点については山口地裁も、広島高裁も「近所の人がうわさ話をしている」こと自体、ワタルの妄想であると認定していた。

 だが、それはちがう。

 この事件がやっかいなのは、本当に「うわさ話」が存在していたことにあるのだ。

「ワタル」から「光成」に改名した理由

 私からの質問を大きな文字で印刷した手紙を送り、半月ほど経った頃、ようやくそれに関する返事が届いた。いつものように、くねくねとした文字がびっしりと書かれたA4の紙が2枚。今回は裁判の「資料」は入っていない。

 2009年に改名した理由について、ようやく答えがあった。

「名前は陶芸を本格的に始めようと思ったことと一から新しく出発しようと思いました。ひかりなり 光成」

 その陶芸も事件直前にはやめている。一から出発してどこに向かおうとしていたのか、何になろうとしていたのか。それを聞くのはこれからだ。

「事件が起きた理由」が語られるのは10年後

 金峰地区の生き字引、田村勝志さん(*)は「事件が起きたのには、理由がある」と言っていた。だがその真相は「10年後に話す」とまだ口を開いてくれない。いま、彼は88歳である。

*……存命の人物はすべて仮名

「金峰全員に関係する大きな問題がある。それは簡単には話せんよ。それは新聞にも出んし、報道もせんし、そりゃ分からんじゃったんじゃが、わしはそれは最近になって、はあ、それで殺されたんかちゅうのが分かった。

 すべての問題がそこから起こっちょるんよ。大きな問題ちゅうのがあるのよ。それはまあ、いつもいうように、子孫が生きてるからなあ、それらに影響を及ぼしちゃいけんから、ちょっと時間をおいて『10年経ったら話す』と決めちょる」

 せめて5年に縮めてはくれないかと何度も頼んだが、頑として首を縦に振ってはくれない。金峰地区で取材をしながら私はいつも、彼らが私にしてくれる「うわさ話」の細かさ、情報量の多さに驚きを感じていた。それは同時に、もし自分が金峰地区に住めば、この勢いで自分のうわさ話が集落に広まるであろうことも、容易に想像させるものだった。

“盗人の子”と囁かれたワタル

「うわさ話」の中には、主観を伴う悪口に近いものもあった。それは東京や、または徳山の市街地といったような、人口の多い場所であれば、すぐに消えるちょっとした内緒話で済んでいた類のものだろう。

 郷集落は昭和に入って急激に過疎化の一途を辿り、平成に入る頃には人口わずか60人にも満たない状態だった。集落で、ひとりふたりと村人が減っていくごとに、ひとつひとつの「うわさ話」は存在感を増していく。

 そうなってくれば、同じ意見のものは少なくても構わない。ほんの2、3人が同調すれば、おのずと“村の嫌われ者”が出現する。ワタルの父・友一は、死んでから10年以上が経っているにもかかわらず、彼が“盗人”だったという「うわさ話」はいまも村に残り続けていた。

 関東から戻ってきた当時から、すでに村人たちに“盗人の子”と囁かれていたワタルも、自分に関するうわさ話の内容は分からなくとも、この村に「うわさ話」が溢れていることには当初から気づいていたはずだ。そうした「うわさ話」にワタルだけでなく他の村人たちも、戦々恐々としていたし、いまもしているのではないか。

「表面を見たら日常の生活で何もないのに、彼の心の中じゃ、どんどんどんどん、悪いもの……憎悪、そういうものが膨らんでいっとったんやろう」

 金峰地区の村人のひとりは、私にこんなことを言った。

 どうだろうか。私には郷集落の日常が何もないとは感じられない。日常に潜む犯罪、常識とかけ離れた価値観、そしてえげつない「うわさ話」が存在していたことはまぎれもない事実だ。むしろ村人たちが“何もない”と感じるほどに「うわさ話」は空気のようにそこにあった。

いまも村人たちは「うわさ話」を続けている

 度重なる犬や猫の薬殺、ボヤ騒ぎ。それらの“事件”は、ワタルの妄想を加速させる燃料となった。村人たちはそんな“事件”をネタに、また「うわさ話」をはじめる。そして、ワタルがいなくなったいまも、村人たちは「うわさ話」を続けていた。

 あいつがワタルの本命だった。あいつは恨まれていた。あの人は犬を殺していた、と。

 金峰地区で、ある家を訪ねた時に、住民がこんな話をした。

「ゆうべね、明け方の4時くらいやった。家の外でベルを鳴らすのがおるんよね。出てやろうと思ったけどやめた。

 この前もあったんよ。わしがおらん間に、うちの家の扉開けて入って、玄関から色々なものを取り出して外に投げとってね、玄関の外のところに押しピンで留めちゃった紙に『この家に立ち寄るな』ちゅうのが書いてあったんよ」

 またこの村で、何かが起ころうとしている――。

◆◆◆

 書籍では、追加取材を経て明らかになった村の「その後」の様子も収録。田村さんが残した「謎」も明かされる。

(「文春オンライン」編集部)

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