大炎上中の大学入試改革――最強の対策が中学受験であるという皮肉

文春オンライン / 2019年11月1日 6時0分

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 教育に関する講演会に呼ばれると、司会者が「2020年、いよいよ日本の教育が大きく変わろうとしています。そこで教育ジャーナリストおおたとしまささんをお招きして、これからの教育や学校、保護者の心構えについてお話しいただきたいと思っております。みなさま拍手でお迎えください!」と私を紹介してくれることが多い。

 しかし結論からいえば、少なくとも2020年に教育が大きく変わるということはあり得ない。また、それを初年度だとしても、その後、掲げられた理念の通りに高大接続改革が進むとはとても思えない状況にすでになりつつある。初年度における、受験生にとっての最重要の変更点をひとまず列挙する。

●センター試験を廃止し、代わりに「大学入学共通テスト」を実施する。
●「大学入学共通テスト」の数学と国語には記述式問題が3問ずつ出る。
●「大学入学共通テスト」の英語ではリーディングとリスニングが100点ずつの配点となる。また民間試験も併用する。

 要するにセンター試験のマイナーチェンジでしかない。にもかかわらず、英語民間試験導入をめぐる混乱、国語の記述式問題の採点をめぐる不安など、入試本番まであと1年3カ月を切ったというのに依然として課題は山積みで、もはや炎上状態といっていい。何が炎上しているのかは拙著 『大学入試改革後の中学受験』 (祥伝社新書)に詳しく書いた。

大学付属校が改革成功の「秘策」?

 この数年、中学受験でも高校受験でも大学付属校人気が顕著だが、実際、大学入試改革がここまで大炎上しているなか、大学付属校という選択には一定の合理性があることは否定のしようがない。

 そもそも政府が掲げる高大接続の理想型は、すでに大学付属校各校が実現しているのだから、極端な話、理想の高大接続を実現したいのなら、さっさとすべての高校を実質的に大学付属校化してしまえばいい。

 実際、私立大学は、直系の付属校や系属校のほかに、「提携校」「関係校」などという形で別法人の私立中高一貫校とも手を結び、内部進学枠を与えるケースが増えている。

 青山学院大が浦和ルーテルや横浜英和と提携したようなケースだ。東京都の女子校・香蘭は、立教大と関係校の関係にあり、数年おきに内部推薦枠が増えている。麹町学園女子は一般的な指定校推薦枠とは別に、共立女子大、東京女子大、東洋大、女子栄養大、成城大と学部単位で提携しており、独自の進学枠を得ている。

 これらのスキームを、全国約800の大学と約5000の高校の間にゆるやかに拡大していけばいいのではないか。

 大学と高校が1対1の排他的関係になってしまうと高校受験が激化してしまう怖れがあるので、学校の沿革や地域性を加味しつつ、幅広い選択ができるように、相互に複数の相手と手を取り合うようにしたほうがいい。

 私立大学と私立中高一貫校だけではなく、地方の国公立大学は、積極的に地元の高校と手を結ぶべきだろう。実際そのような動きも各所で起きている。

 たとえば藩校以来の伝統を誇る山形県の米沢興譲館高校は、2007年から地元山形大学工学部との協定を結んでいる。米沢興譲館の生徒たちは放課後、大学の一部授業を受けることができ、もし山形大学に進学すればそれが卒業単位にも認められるようになっている。2019年2月には山形大学そのものとの提携を締結。さらに連携を強めていくことになった。地方ならではの地域性を活かした提携である。

 ポイントは、国が主導するのではなく、個々の大学と高校がそれぞれに手を差し伸べ合う形で進めることだ。そのほうが、おそらく早く目的通りに改革が進む。

真の目的は「推薦入試・AO入試の拡大」である

 一方で、いまだにAO入試や推薦入試に対してネガティブな印象をもつ高校教員が多いという話を、特に地方でよく聞く。楽な道を選ばずに、大学受験を通して自己研鑽をしろという意味だとは思うが、それこそ時代錯誤な思い込みである。

 言わずもがな、推薦入試の資格を得るために毎回の定期テストでいい成績をとり続けることや、AO入試のために自分と向き合うことは、決して楽なことではない。

「嫌なこと、苦しいことを我慢してやり通すことに意味がある」という価値観の一般化を防ぐことこそ、長時間労働が常態化し、ブラック企業という呼び名まで登場し、生産性が著しく低くなっている現状を打破するために、教育のなすべき大きな役割といってもいいだろう。

 念のために断っておくが、「嫌なこと、苦しいことを我慢してやり通すことに意味がある」と思うことが悪いのではない。人生においてはそういう局面も必ずある。しかしそれはそのひとにとっての重要な局面でこそ意味を発揮する価値観であり、大学受験という機会に高校生を縛り付ける口実として一律に利用されるべきではないと私は思う。

 大学入試改革の本来の目的は、センター試験を廃止することでも、民間検定業者に特需を与えることでもなく、欧米の大学進学システムと同じように、AO入試や推薦入試に似た形で大学に進学できるルートを増やすことなのだ。

 ただし一部の「AO入試」は学力不問で大学にとっての「お客さん」を青田買いするための手段に成り下がってしまっており、ネガティブなイメージも付いてしまっている。そのため、2020年度から「総合型選抜」と呼び方を変えることになっているというのが時代の流れなのである。

では中学受験ではみんな大学付属校を選ぶべきなのか?

 ではこれから中学受験をする子どもたちはみんな、大学付属校を選ぶべきなのだろうか。いや、そこまで思い詰める必要もない。ここでは現在の大学入試改革の進め方の矛盾を浮き彫りにするための対比として、大学付属校という選択のメリットを挙げたまでだ。

 2020年度はもちろん、さらなる改革が予定されている2024年度になっても混乱が続くことはほぼ間違いないが、大学入試の実態自体はそれほど変化しない。特に学力上位層はまったく影響を受けないといってもいい。

 高校別の東大合格者ランキングや最難関国公立大合格者ランキングにも大きな変化はないだろう。もしあるとすれば、大学入試改革に振り回されすぎた高校がランクを落とすくらいである。

 国公立大学を受けるような受験生にとっては、記述式問題は当たり前だし、東大が出願資格として求める「CEFR(セファール)」(国際的な言語運用能力指標)の「A2」レベルの英語力を身につけることだってさほど難しくない。

 AIによる東大合格を目指す「東ロボくん」プロジェクトの指揮を執った新井紀子氏は著書『AIvs.教科書が読めない子どもたち』のなかで、中学受験で「御三家」と呼ばれるような学校について、「12歳の段階で公立進学校の高校3年生程度の読解能力値がある生徒を入試でふるいにかけています。(中略)東大に入れる読解力が12歳の段階で身についているから東大に入れる可能性が他の生徒より圧倒的に高いのです」と述べている。

 12歳の時点で最難関校に合格できるほどの力は身に付いていなくても、それに準ずるような訓練をやりきった子どもたちなら、中高6年間もあれば十分にそのレベルに達するポテンシャルをもっていると考えられる。最難関大学に合格できるかどうかはまた別の話だが、少なくとも「大学入学共通テスト」の記述式問題ごときを恐れる必要はまったくない。

 実際に、公立中高一貫校対策を得意とする中学受験塾の取材で、大学入学共通テストのサンプル問題を、12歳の中学受験生たちがいとも簡単に正解してしまったという話を聞いたことがあるが、中学受験について長年取材してきた立場からすれば、驚くほどの話でもなかった。

中学受験算数で「就活でも高得点がとれる」

 さらにいえば、就職活動のために受検することが多いSPIという適性検査の「非言語分野」のある領域の問題は、中学受験の算数のいわゆる一行問題にそっくりなのを知っているだろうか。中学受験で難関校に受かるような子どもなら12歳の時点で高得点がとれるだろうと、某私立中高一貫校の数学教師は言っていた。

 また、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン博士は、幼児教育の社会的投資効果を訴えていることで有名だが、実は別の研究調査も行っている。小学生にある経験をさせることで、それがその後の人生において大きなスキル向上につながることがわかったというのだ。

「子供に課題を与えて、毎日来させて、計画・実行させ、最後に仲間と一緒に復習をさせる実験をしました。1日2、3時間、小学生に対して2年間毎日実施しました」(日経ビジネスオンライン2019年8月9日の記事より)。やっていることは中学受験勉強とそっくりではないだろうか。

 だから、先行き不透明な状況のなかで中学受験を志す親子には、励ます意味を込めて伝えたい。どんな学校に進むことになろうとも、いま、中学受験勉強をしていることは、何よりもの大学入試改革対策であり、それどころか、社会人基礎力にもなるのだと。

 一方、硬直化した受験システムを変えるはずだった改革が、従来の“勝ち組”をさらに有利にしてしまう可能性があるというのはなんとも皮肉である。

(追記)11月1日、文科省が英語民間試験の翌年4月からの導入を見送るとの方針を固めたことが報道された。こうなると、2020年度の運用開始は実質的に極めて困難な状況になる。ついでに、採点をめぐる不安や合否判定への活用方法をめぐって混乱が大きい国語・数学の記述式問題導入も一度白紙に戻して見直してみてはどうか。

(おおたとしまさ)

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