なぜ京アニ作品には「実在感」が宿るのか? 歴代ヒット作から読み解く“3つの秘密”

文春オンライン / 2019年12月11日 11時0分

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『AIR』販売元:ポニーキャニオン

 背景や人物が、実際に存在しているかのような映像表現を目指してきた京都アニメーション。このような緻密で劇的な作品を世に送り続けることがなぜ可能だったのか。アニメ評論の第一人者、藤津亮太氏がその秘密に迫る。

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 日本を代表するアニメーション制作スタジオのひとつ、京都アニメーション。同社の作品は、美しく緻密な映像と劇的な物語で知られ、国内だけでなく国外にも多数のファンがいる。ここでは京都アニメーションの歩みをたどりながら、その作品の魅力の秘密を探っていこう。

 同社は1981年に創業し、1985年に法人化を果たした。もともとは仕上(セル画に色を塗る工程)を専門とする会社だったが、やがて作画部門を設け、1990年代半ばから「グロス請け」を手掛けるようになる。「グロス請け」とは、TVアニメの1話分の制作をまるごと引き受けるというアニメ業界の下請けの形態のひとつだ。90年代の京都アニメーションは、丁寧な仕事をする「グロス請け」の会社として業界内での評判を高めていった。

「グロス請け」に対し、出資者から直接発注を受ける制作会社は「元請け」と呼ばれる。2000年代に入って京都アニメーションは元請けに進出し、様々なヒット作を送り出すことで“京アニ”の名前も多くのファンに知られていくようになった。

 2005年、『タッチ』『銀河鉄道の夜』で知られる杉井ギサブロー監督が、アニメ雑誌「アニメージュ」掲載のコラムで京都アニメーションを取り上げて、その実力を高く評価している。

 杉井は当時放送中の、美少女ゲームをアニメ化した『AIR』(石原立也監督)を見て、女の子たちの性格の違いがちゃんと動きで表現されているところに注目。普通であれば、どのキャラクターも決まりきった動きのパターンで処理してしまうところを、ちゃんと演技を意識して、キャラクターごとに動きを変えるのはなかなかできることではない、と語っている。

「この作品の制作が京都アニメーションだと聞いて、とても納得しました。ここは、以前からアニメ関係者の間では非常に有名なプロダクションです。大きな制作会社の下請け受注をしているのですが、大変しっかりとした仕事をしてくれると定評があり、どこの現場も発注したがるんです。(略)アニメが量産・大量消費の方向に進んでいるなか、業界に打ち込まれた“楔”のようなプロダクションといえるんじゃないかな」(アニメージュ2005年2月号「ギサブローのアニメでお茶を」)

 そして翌2006年に放送された『涼宮ハルヒの憂鬱』(石原立也監督)の大ヒットで、京都アニメーションの評価は一気に確定する。同作は谷川流の同名小説が原作。物語は、高校入学そうそう突飛な自己紹介で周囲を驚かせた少女・涼宮ハルヒが、「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと」を目的とした新クラブ「SOS団」を設立するところから始まる。ところがSOS団に参加したメンバーは、皆、正体を隠した宇宙人や未来人や超能力者だったのだ。かくして、本作の語り手・キョンは否応なしに奇妙な事件に次から次へと巻き込まれていくことになる。

 驚くことに、アニメはこの物語を時系列通りに放送するのではなく、話数の順番をシャッフルする形式で放送したのだ。しかも第1話として放送された「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」は、ハルヒたちが制作した自主映画そのままで、本編のストーリーとは直接は関係ない内容だった。こうしたしかけはあっという間に話題になった。

『ハルヒ』が話題になったのはそれだけではない。SOS団のメンバーが踊るエンディングテーマは、その丁寧な“ハルヒダンス”としてまたたく間に話題になった。動画共有サイトには「踊ってみた」と題してハルヒダンスを再現した動画が多数アップされることになり、ブームを加速させる役割を果たした。また、アニメ表現的には、第12話「ライブ・アライブ」で描かれたバンド演奏シーンの影響も大きかった。精密に描かれた楽器、実際の演奏と同じように動く指や体。非常に難度の高い内容がきっちりと描かれており、本作以降、アニメにおける楽器演奏シーンは大きな見せ場のひとつとなって、各制作会社も力を入れるようになっていく。

 

正規雇用がクオリティを支えた

 どうして京都アニメーションでは、楽器演奏のような手間のかかる難しいシーンを巧みに表現できるのか。それは京都アニメーションという会社の体制と深い関係がある。

 そもそもアニメーション産業は労働集約型産業だ。アニメーションの制作費の大半は人件費ともいわれるように、大勢の人間が大量の絵を描くことでアニメーション産業は成立している。

 にも関わらず日本のアニメ業界は、歴史的経緯もあって、フリーランスを中心とした産業として成立している。そのため作品ごとにスタッフを集め、終わったら解散するという作り方が基本になっている。このスタイルは会社の経営リスクが低い、スタッフはやりたい作品を選んで働くことができる、といったメリットがある。

 一方でいくつかのデメリットもある。まず第一に、新人育成が手薄になりがちである。入社したばかりの新人に費用や時間をかけて教育を施しても、フリーになられてしまえば会社の損になってしまう。こうして新人教育に力を入れるインセンティブが弱くなる。またフリーアニメーターは基本的に「原画1カット」「動画1枚」を基準にした単価で仕事をしている。この単価は、描くものの複雑さによってそれほど変わらない、だから手間のかかるカットになると、ギャランティと見合わないということで引き受ける人がいなくなってしまうのだ。だから普通は最初から、カット内容が難しくなりすぎないように演出家が考えることが多い。

 京都アニメーションは業界の大勢とは逆に、スタッフを正規雇用する道を選んだ。フリーが多い東京と違い、地方にはフリーのアニメーターはそれほど存在しない。だから作品を安定的に制作したければ、自力でアニメーターを確保する必要があったのだ。そして、社員であれば新人育成もしやすいし、月給制だからこそ、出来高制では割に合わない仕事も労をいとわず担当できる。これが同社のクオリティを支えることになった。

 フリーランスのクリエイターが周囲にいないという地方のスタジオのデメリットを、社員化というハイリスクな手段でプラスに転化したのが同社ということができる。

 この時、新人育成で大きな役割を果たしたのがアニメーター・演出の木上益治である。1980年代から実力派アニメーターとして知られ『AKIRA』などに参加していた木上はその後、京都アニメーションに参加し、技術的支柱として同社を支えることになる。1992年に木上が監督した『呪いのワンピース』(原作:内田春菊)は、技術的水準が高く、京都アニメーションの初期の傑作として名前を挙げる人も多い。こうして木上の薫陶を受け、少しずつアニメーターの層が厚くなっていき、それが2000年代に花開くことになる。

 京都アニメーションがこのように実力をつけていく過程は、時代的に見てもとてもよいタイミングだった。アニメ業界は、1990年代末からTVアニメのハイクオリティ化が始まっており、それまでのTVアニメではできなかった凝った表現がどんどん挑戦されるようになっていた。これは深夜にアニメ枠が開拓されて、「DVDなどパッケージソフトを買ってもらうためのアニメ」がたくさん放送されるようになったこととも深い関係がある。そして京都アニメーションはその状況に見事に対応し、むしろそれをリードしていった。

作品の魅力を支える3つの秘密

『ハルヒ』を経て、さらに映像の洗練度が増していく京都アニメーションだが、そのポイントは大きく3つある。

 まずひとつは正確な空間感で描かれたレイアウト(画面構成)。正確に描かれた空間の中にキャラクターを適切に配置すると、背景が“書き割り”にならず、その空間にもキャラクターにも存在感が生まれる。また京都アニメーションは実際の風景をロケハンし、その風景を作中に落とし込むことも多く、それも存在感が増す理由のひとつになっている。

 もうひとつは小物を含めた細部へのこだわり。アニメの場合、手間が増えるため線が多いデザインは避けられることが多い。しかし、京都アニメーションでは髪の毛のおくれ毛などの繊細な表現や、非常に正確に描かれた楽器など、細部をおろそかにしない。それによって描かれたものの存在感が増している。

 そして最後は、カメラで撮影したような画調(ルック)。アニメであるにもかかわらず、「被写界深度が浅く背景が大きくボケている画面」を作ったり、「質の良くないレンズで撮影したような色収差や画面端の歪み」などを取り入れている。また手持ちカメラ風に画面がゆらゆらとわずかに揺れている演出も多い。これによって、アニメであるにも関わらず「登場人物たちをあたかもカメラで実際に撮影した」ような印象が生まれている。

 この3つを合わせると、京都アニメーションは「絵でしかない背景や登場人物が、あたかも実際に存在しているかのような映像」を目標にしているということがわかる。実写で撮影すればなんていうことのない風景として意識に残らない映像が、アニメとして再表現されると、その細部が非常に鮮明な印象として立ち上がってくる。そこに京都アニメーション作品の魅力のひとつがある。

 こうした効果がよく生きているのが『氷菓』(2012年、武本康弘監督)や『映画 聲の形』(2016年、山田尚子監督)といえる。

『氷菓』の原作は米澤穂信のミステリー。殺人が起きない、いわゆる「日常の謎」を扱った内容で、神山高校の古典部の折木奉太郎たちがその謎を解いていく。原作者の故郷である岐阜県高山市にロケハンを行い、背景はそれに基づいて描かれている。アニメ的なSF・ファンタジー的要素がなく、ともすれば地味に見えそうな企画だが、先述したようなこだわりをもった映像づくりにによって、視聴者を飽きさせない作品に仕上がっている。本作を境に、京都アニメーションはSF・ファンタジー的要素のない作品のアニメ化も増えていく。

『映画 聲の形』は大今良時の漫画が原作。聾啞といじめが絡む重たい内容だが、過去の自分を乗り越えて少年・石田将也と少女・西宮硝子が自尊感情を取り戻していく過程を丁寧に描き出した。こちらも実写化されてもおかしくないリアルな内容だが、心を閉じていた将也が、心を開いた瞬間、周囲の人の見え方ががらりと変わるシーンなどはアニメでなくては表現できないシーンが多数ある作品となっている。本作は第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞している。

公募から生まれた作品『Free!』

『響け!ユーフォニアム』シリーズ(2015年~、石原立也監督)は、こうした路線のひとつの集大成ともいえる作品だ。原作は吹奏楽部を扱った武田綾乃の同名小説。北宇治高校吹奏楽部に入った黄前久美子を主人公に、吹奏楽に打ち込む高校生たちの群像を描いている。キャラクターの繊細な心理表現、金管楽器や木管楽器の精緻な再現、そしてごまかすことなく描かれる演奏シーンと見どころは多い。これまでTVシリーズが2作、劇場版が1作作られており今後も継続予定。TVシリーズ第1作第12話「わたしのユーフォニアム」では先述の木上が絵コンテ・演出で腕を振るっている。また、サブキャラクターに焦点をあてた映画『リズと青い鳥』(2018年、山田尚子監督)も高い評価を得た。

 また京都アニメーションは、2009年から「京都アニメーション大賞」の公募を始め、KAエスマ文庫というブランドでライトノベルの展開も始めた。これは自社が原作権を持つ作品を制作していくためだと思われる。KAエスマ文庫からは『中二病でも恋がしたい!』『境界の彼方』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』などが映像化されている。

 そこから生まれた大ヒットが『Free!』(2013年、内海紘子監督)だ。おおじこうじの小説『ハイ☆スピード!』を原案にした本作は、七瀬 遙をはじめとする高校生の男子水泳部員たちの群像を描く。登場人物たちの細マッチョな肉体美と、なかなか描かれることのないリアルな競泳シーンに京都アニメーションの技が遺憾なく発揮されている。「女性ファンは“狙っている”と思われると逆に冷める」といわれるが、本作はがっちりと女性ファンのハートを捕まえて、現在もシリーズ継続中だ。

 日本のアニメはいかに登場人物に実在感を与えるかを工夫することで進化してきた。京都アニメーションは間違いなくその進化の最先端に位置する制作スタジオなのだ。

藤津亮太(ふじつ・りょうた)
アニメ評論家。1968年静岡県生まれ。新聞記者、週刊誌編集者を経て、評論家活動に。著書に『アニメ「評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ:ゼロ年代アニメ時評』(NTT出版)など。今年、『ぼくらがアニメを見る理由―2010年代アニメ時評』(フィルムアート社)が発売された。東京工芸大学非常勤講師。

(藤津 亮太/文春ムック 週刊文春エンタ!)

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