ロンドン短期滞在中に有り金を盗まれて無一文に……「軽犯罪は捜査しません」宣言の実情とは

文春オンライン / 2019年12月15日 11時0分

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 それは2019年11月27日の出来事だった。

 イギリスの首都ロンドンでの滞在中。放課後入ったパブを出ようとして、自分の手荷物がまるまるなくなっていることに気づいた。

 学校の友人からも「ここのところスリ被害が増えている」と聞き、「ロンドン3回目なのに有り金全盗まれた」とツイートをしたところ、なぜか3万RTをこえてしまった。

 バズりすぎて同じクラスの人から「まとめサイトで見ましたよ」とアカウント発覚を宣言されてしまったくらいだ。

 きわめて個人的な出来事ではあるけれど、年末に海外旅行に出る方も多いだろうし、ちょうど2日後にロンドン橋で死傷者の出るテロが起きたために、海外の治安に関心のある人も多いのかもしれない。あらためて詳細を振り返ることにする。

警戒していたつもりだった

 そもそも、自分では結構警戒しているつもりだった。 

 会社の有給の残りを全て注ぎこみ、なんとか手に入れた1カ月の長期休暇。将来のキャリアのために英語を上達させたいという思いがあり、周囲と調整して、何とか予定を確保した。

 フィリピンやマルタ共和国のほうが「語学留学の聖地」として認知されているけれど、シャーロック・ホームズや切り裂きジャックなど、イギリスにまつわる種々のコンテンツを摂取して育った女であるがゆえのミーハー精神でロンドンを選ぶことに。

 語学学校の入学オリエンテーションで言われた「パスポートを持ち歩く必要は全くありません。盗まれると大変なので、滞在先に置いてでかけましょう」はきちんと守っていたのに、「30ポンド以上持ち歩かないように」のほうがすこんと抜け落ちていたのが、一体なんでだったのか、自分でもよく覚えていない。財布の中に100ポンド(約1万5000円)を入れて行動していた。

やや調子に乗りだしていたことは否めない

 警戒しているつもりで、気が抜けていたのだろう。学校に通い始めて2週目のことだった。初週は1人でピリピリしていたが、親切に声をかけてくれる人がそれなりにいて、何度か学校の人たちとごはんを食べに行った。その他、現地の人が主催するオフ会を調べて英語をしゃべりに行ったり、日本語を勉強している人を探してお互いの言葉を教え合うランゲージ・エクスチェンジをしたりして、「自分……結構ロンドンになじんでいるのでは?(ドヤ)」とやや調子に乗りだしていたことは否めない。

 その日は女子3人で、すでに何度か利用済の、学校に一番近いパブを訪れていた。

 もともと放課後は1人で美術館を訪れようと思っていた私は「1杯だけなら」と言って、座席でも通路側に座っていたのだが……私を誘ってくれたタイ人の女の子がK-POPアイドルグループ「SEVENTEEN」を推していると聞いて、『 浪費図鑑 』編著者としての血が騒いでしまった。タイ人の浪費事情を根掘り葉掘り聞くうちにいつのまにか時間が経っており……、グラスが乾いてしばらくたったころに「あ、そろそろ行くね」と立ち上がって、椅子の下に置いていたリュックがないことに気づいたのだった。ポケットから財布をとられたとか、ハンドバッグが消えていたとかではなく、背中にがっつり背負うタイプのやつがこつ然と消えたのである。

致命的な油断 トイレに行った瞬間に……

 最初、「トイレに持っていって置き忘れたんだっけ?」と店内をウロウロと探したが、完全にない。角テーブルの向かい側に座っていた子、私と同じサイドのすぐ隣に座っていた子に聞いても「全然わからない」と言う。そんなことあるの!? おそらく私がトイレに行った瞬間にやられたのだと思う。友だちが座席にいるから大丈夫だろう、というのが致命的な油断だった。

 財布の中の100ポンドと、リュックの背に「財布をすられたときのために……」と入れていた2万円が、すぐに頭に浮かんだ。財布だけとられる事態を想定してリュックの方にもお金を入れて分散していたつもりで、リュックごとまるまるとられてしまったのが、落語みたいで面白いと言えば面白かった(いや面白くないですが)。もちろん、クレジットカードとか、Kindle Paperwhiteとか、その他電子機器とか、当然勉強道具も入っていたし、何より財布やリュックにも思い入れがある……。

 呆然として、店員に声をかけ、状況を一生懸命英語で説明すると、彼はすぐに理解してくれたが、警察への緊急通報ナンバー・999と、店の名前・電話番号・住所を書いたメモをよこしたのみ。自分で解決しろということらしい。まあ、これは日本でもそうだけど。

ロンドン警察に英語で電話

 有り金は全部なくなったが、ホームステイ先の鍵と、1カ月分の定期券はポケットに入れていた。これを盗られていたら、本当に取り返しがつかなかった……。不思議なくらい軽い気持ちで(背中に何も背負ってないので当然)自宅に帰り、ホストファミリーに事情を説明したうえで、盗まれたカード会社の緊急デスクに電話をかけまくり、クレジットカード・キャッシュカードを停止する。

 よく考えたらキャッシュカード、1ミリも持ってくる必要がなかったのに、どうして入れていたんだろう……ともはや遅すぎるツッコミを自分に入れつつ、次は警察に電話。人生初めての英語テレフォンチャレンジだ。ちょうど前日の授業で“I had my passport stolen.(私はパスポートを盗まれました)”という例文を練習していたので、“Today, I had my baggage and all money stolen!”とスラスラ言うことができたし、この言葉を、その後人に会うたびに発する羽目になった。通報は無事終了し、電話口でクライムナンバーというものを告げられ、確認のメールが送られてきて、警察とのやりとりは終了した。

黒い帽子を目深にかぶった男

 やるべきことはやった。あとは捜査の進展と、親からの国際送金、カード会社に依頼した緊急カード手配を待つのみ……と胸をなでおろしたが、さらなる衝撃があった。その後警察から、特に何も連絡がないのである。すごい頑張って電話したし、時間と場所が明らかなのに?!

 やむをえず語学学校の先生に相談し、自分たちでパブを再訪。店の男性マネージャーは渋い顔をしていたが、先生がずけずけと「CCD(防犯カメラ)を見せて! この店の管理の問題よ!」と激しく言い続けてくれたおかげで、マネージャーは「自分がカメラ映像をチェックしておくから、明日店が空いている時間にまた来てくれ」と請け負ってくれた。

 そうして該当時間の映像はチェックしてもらえたが、1人怪しい人物がいたものの、「黒い帽子を目深にかぶった男」で、顔を全く確認できなかったという。それとは別に、男子トイレから、衣服だけが入ったノースフェイスのバックパックが発見されたとも聞いた。これは私のリュックサックとは違うものなのだが、この黒い帽子をかぶった男が別のところでノースフェイスを置き引きし、トイレに置き去りにして、帰りしなに私のリュックを持っていった可能性が高そうだ。相当の手練である……。

「すべての犯罪を捜査するのは現実的ではない」

 というわけで自分で動いてみたものの、何の成果も得られない。そんなときにクラスメイトから衝撃の事実を告げられた。 

「ロンドンの警察、予算と人員を減らされた関係で、今年『スリや置き引きなどの軽犯罪は捜査しません』って宣言したんだよね」

 イギリスが財政難で格差も広がっている話は聞いていたけれど、そんなこと言うの!? とあまりにもびっくりしてツイートしたら、予想以上に関心を集めた次第だ。

 なお、警察がこのコメントを出したのは2017年で、正確には「すべての犯罪を捜査するのは現実的ではない(=軽犯罪を捜査しないかも)」というニュアンスだった、と別の方に教えていただいたので、この場で訂正しておく( 'Not practical' for Met Police to investigate all crime  BBC News)。

スリ・置き引き被害の事例

 ちょっと事実と異なるツイートをしてしまったのはお詫びしたいが、この発表以降、少なくとも私の通っている語学学校では今年のスリ・置き引き被害数が過去最高だというのは、本当らしい。ここ数カ月に起きたとして聞いた事例は、次の通り。

・電車で、ポケットのお尻に入れていた財布をすられる(日本人)

・チャイナタウンで、背負っていたリュックからパスポートを抜き取られる(日本人)

・私と同じパブで、「寄付してくれ」と紙を差し出してきた男を断ったら、その紙で視界が遮られている間にiPhoneを盗られる(韓国人)

・COACHのリュックから財布をすられ、サインレスのデビットカードで即座に30万円分のiTunesカードを購入、使用される(ギリシャ人)

・駅で、カバンのファスナーを開けられるが、すぐ気づいて阻止(台湾人)

 観光客・短期滞在者は、明らかにバレバレで、やはり狙われるようだ。荷物が大きかったり、つたない英語でしゃべっていたらなおさらである。

 そして、キャッシュレス決済が浸透しているロンドンで、現地在住者のように「30ポンド以上持ち歩かない」を徹底していても、狙われるものがある。iPhoneだ。ロンドンに数年以上住んでいる女性も、駅で電車を待っているときに「iPhoneを出せ」とiPhoneのカツアゲに遭いそうになったと言っていた。スクーターに乗って、歩きスマホの人間からiPhoneを奪うスタイルも多いらしい。

「ロンドンって修羅の都市じゃん!」はナンセンス

 と、危機感を煽ってしまったが、「ロンドンって修羅の都市じゃん! 怖い!」と、ロンドンにだけビビるのはナンセンスだ。外務省は折りに触れ、欧州全体でのスリ・置き引き被害率が際立っていることを注意喚起している。ロンドンだけではないのだ。

 そして、地域別の海外邦人援護総数だと北米がトップだし、大使館による援護件数はタイがダントツで高いという データ もある。

 結局、多様な常識、境遇、倫理観を持った人間がひっきりなしに訪れ、交流が生まれている場所で、予想もしない犯罪にあう可能性がでてくるのは当然のことで、そこに行くうえでのリスクに対して対策をしてこそ、メリットを楽しめるのだとも思う。

 外務省の 海外安全ホームページ にも例が書いてあるが、海外で財産や身の安全を守るためにできることは、もちろんたくさんある。 

・ひとつの財布に入れるのは数千円以下にする

・パスポート本体は極力持ち歩かず、宿泊先でも金庫などに入れておく

・お金・クレジットカードは「何となく分けて入れる」ではなく、持ち歩く財布、持ち歩かない財布を作って、確実に分散しておく

・カバンはいつも目に入る体勢でかけ、リュックは避ける

・カバンのファスナーは最後まで締める

・店に入った時は、荷物は膝に置くか、下に置いて両足で挟む

・歩きスマホをしない

 などなど。「油断してないぞ」という姿勢を見せているかどうかで、犯罪に遭う確率は格段に低くなるはずだ。

「日本はやっぱり安全ですね!」に言いたいこと

 そしてもちろん、日本でだって、公共の場で「ほどよく警戒する」ことは大切だと思う。今は「治安がいい」と言われているし、たとえばファーストフード店の場所取りでスマホを置きっぱなしにしていてもほとんど盗まれないような国だけれど、残念ながらこれからどうなるかわからない。国や地域の財政状況は、治安と分かち難く結びついているということを、今回実感した。

 私のツイートへのメンションを見ていると「日本はやっぱり安全ですね!」と日本の治安を誇るような声も多かったのだけれど、ぜひ他人事だと思わずに気をつけてもらえれば幸いだ。ロンドンのパブどころか、上野のもつ焼き屋でiPhoneを置き引きされたことのある女からの、精一杯のお願いである。

(ひらりさ(劇団雌猫))

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