今井翼「滝沢とはやってられない」ジャニーズ退所から松竹入りのウラにあった「男の絆」

文春オンライン / 2020年3月14日 8時0分

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イタリア・スペイン合作ドキュメンタリー映画「プラド美術館 驚異のコレクション」の公開アフレコを行った今井翼 ©産経新聞社

「昨年後半から新しい仕事が入りだしているのに、今井はきちんとしたマネージャーもつけずに自分でスケジュールやギャラ交渉などのやりくりをしていました。その様子を見かね、愛之助は自らが所属する松竹エンタテインメントに直談判で話をつけた。事務所の稼ぎ頭でもある愛之助の“持ち込み”でもあり、今井と松竹の長い付き合いもあり、とんとん拍子に話しは進みました」(事務所関係者)

 3月7日、一斉にスポーツ紙が報じた〈俳優・今井翼(38)、4月1日から松竹テインメントに所属〉のニュース。「タッキー&翼」で一世を風靡した“元ジャニーズ”の新しい所属先候補としては、中居正広(47)が立ち上げたばかりの「のんびりな会」の名が挙がるなどもしていた。神奈川県藤沢出身同士、同じ中学の先輩後輩で以前から今井が中居を慕っていることが知られていたからだ。

 だが、最終的に今井をサルベージしたのは、歌舞伎役者・片岡愛之助(48)だった。

メニエール病の治療に奔走した愛之助

 1995年春にジャニーズ事務所に入所した今井翼。同期の滝沢秀明(37)とジャニーズJr.黄金期を築きあげ、2002年には「タッキー&翼」を結成しヒットチャート一位を連発した。

 だが、30代になった今井の活躍は順調とは言い難かった。

 発端は2014年の秋、今井は愛之助との初共演となった大阪松竹での舞台『GOEMON 石川五右衛門』に約一か月間にわたり出演。その終了直後に体調不良を訴え、検査の結果メニエール病であることを公表し、治療のための休業に入ったのだ。

「直前まで共演していた愛之助は、その病気の名医といわれる人物を紹介するなど奔走した。というのも、もともと今井は『GOEMON』の初演(11年)を観劇し、感動のあまり面識もないのに愛之助の楽屋に挨拶に行ったんです。礼儀正しい好青年の今井を気に入った愛之助は、その場で『再演の機会があったら出してあげる』と約束した」(同前)

再共演の頃には『翼クン』、『愛之助さん』と呼び合う仲に

『GOEMON』にはフラメンコ場面が多用され、20代からスペインにフラメンコ修行に通い詰めていた今井にはうってつけの出演だったが、千秋楽直後の体調悪化に愛之助はものすごく心配したのだという。

「病気がきっかけになり、その後毎日のようにLINEのやりとりをしていました。2016年の再共演の頃には、『翼クン』、『愛之助さん』と呼び合う様子が仕事仲間というより、年の離れた兄弟のようでした。“踊り”に対する姿勢がよく似ていて、カラダを美しく見せるためにはどんなトレーニングをして鍛えればいいかなんて話でよく盛り上がってましたよ」(舞台関係者)

 一方で「タキツバ」としての活動は2017年9月から正式に休止。ソロ活動のみになっていた2018年春、今井は再びメニエール病を発症し緊急入院。出演予定だった松竹制作の舞台を降板したり、ラジオのパーソナリティを降板することになる。

「結局2018年9月にタキツバの解散と今井のジャニーズ退所、さらに2018年末をもっての滝沢の芸能活動引退を発表しましたが、その前後も愛之助の歌舞伎や舞台のほとんどに今井は観劇に訪れていました。たまに地方公演まで観に来ているので驚いたものです」(同前)

「元々ジャニーズと松竹は親和性が深い」

 愛之助が縁をとりもった「松竹エンタテインメント」は、歌舞伎はもちろん松竹新喜劇や舞台、映画などを制作する松竹の子会社。前述したように筆頭の所属俳優は愛之助で、さらには人気の尾上松也などがいる。

「いわゆる俳優事務所のなかでは、家族的で待遇が非常に手厚い事務所として業界では知られています。今井自身も20代のときから大地真央との共演で松竹制作の舞台を踏んでいますが、元々ジャニーズと松竹は親和性が高いんです」(芸能デスク)

滝沢歌舞伎で若い女性が新橋演舞場に殺到

 大阪松竹座でも、新橋演舞場でも、京都南座でもジャニーズの公演が定期的に開かれている。その先駆けでもあり代表格でもあるのが、元相方・タッキーが主演していた「滝沢歌舞伎」だ。

「2006年に『滝沢演舞城』としてスタートした滝沢歌舞伎は、『若い女性が新橋演舞場に殺到する』定番カードになりました。改築の途中数年間をのぞき毎年新橋演舞場で開かれていますが、いまだにチケットは争奪戦。松竹としてもホクホクです」(同前)

 当初、出演・座長だけだったタッキーはいつしか演出も兼ねるようになり、芸能活動を引退した現在は「演出家」として名を連ねている。なにより、昨年9月からは滝沢秀明はジャニーズ事務所“副社長”である。

 体調面の問題で休養期間を挟まねばならず仕事が不安定だった今井とは対照的に、亡くなったジャニー喜多川氏の覚えめでたかった滝沢は、タキツバ解散前に「ジャニーさんの後継者候補指名」をされていた。

「あの頃、翼は人が変わったように荒れていた。毎晩酒を飲みに出かけていて酔っぱらって『来ませんか?』と電話をしてくる。合流すると、話はいつも『滝沢とはやってられない。価値観が違う、解散しかない』ばかりだった。でも去年会ったときには、『ジャニーズにも滝沢にも、いまは良かったなとしか思わない』とスッキリして、健康的だった。若い頃に戻ったみたいでホッとしたものです」(映画関係者)

 アイドル帝国・ジャニーズ事務所の退所から1年半の新たな門出。“愛”之助の手助けで、俳優・今井は“翼”をどこまで広げられるか。

(山本 雲丹/週刊文春デジタル)

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