13歳の少年は隔離され看取られることもなく逝った【新型コロナ「子供は重症化しない」神話の崩壊】

文春オンライン / 2020年4月5日 9時0分

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13歳の少年が新型コロナウイルスで亡くなった(この写真はイメージです) ©iStock

 東京では感染の拡大拠点となった夜の街への外出自粛をめぐって紛糾するのをよそに、欧州では新型コロナウイルスにかかった12歳の少女と13歳の少年の死が波紋を広げている。ベルギーと英国発のニュースは一瞬で世界を駆け巡り、都市が封鎖された欧州の「戦争状態」をまさに象徴する事態と受け止められている。それが、明日の日本の姿ではないと、なぜ断言できようか。

 ヨーロッパが厳粛な悲しみに包まれた、と表現しても今の状態を鑑みれば決して大げさではないだろう。3月31日、ベルギーの12歳の少女・ラッヘルちゃんが新型コロナウイルスに感染後、死亡したと当局が発表。欧州では最年少の死者だった。そしてその前日には英国で13歳の少年が命を落としていたことがわかった。

感染確認からたった3日で死亡

「極めて稀で、我々を打ちのめす出来事だ」

 ベルギー政府の会見で報道担当を務める感染症学者は言葉を絞り出した。少女は発熱してわずか3日後に息を引き取った。

 イギリスの少年は誰に看取られることもなくこの世を去った。隔離中だったからだ。少年は呼吸困難となって入院し、3月27日に感染が確認された。人工呼吸器を装着したが、意識不明の状態となり30日に亡くなった。

 亡くなったのは、ロンドン南部ブリクストンに暮らしていたイスマイルさん。ロンドンのキングス・コレッジ病院が死亡を発表した。遺族は彼の死に先立ち、父親をがんで失っていた。少年に持病はなかったという。

英「3人以上の集まり禁止」、仏「私的外出は1日1時間」

 このウイルスに対しては、高齢者よりも相当リスクが低いとされる若年者だが、それはあくまで確率論。イギリスを含む欧州全土での死者数は3万人を超えた。感染者数が増えるほど、低い確率のなかでも子供の死は起こりうる。それは自分の子供かもしれない。しかも、確率が比較的低い子供でも亡くなるということは、高齢者でなくとも大人が現世とお別れする可能性も十分あるということでもある。

 それが欧州の大人達が味わった恐怖の実感だろう。

 いま、欧州とアメリカは、ウイルスとの戦争状態にあるといっても過言ではない。中国にも引けを取らない強硬な封鎖措置が取られている。

 パブは閉じた。レストランも閉まっている。数少なく残ったスーパーも、買い物に訪れるのは必要最低限に限られる。町中から人の姿が激減して久しい。電車などの交通機関の制限も始まっている。花の都パリのシャンゼリゼ通りも例外ではない。欧州は、黙示録が現出したようなゴーストタウンの集合体に過ぎなくなった。

 イギリスでは屋内でも家族以外の3人以上の集まりは禁止され、フランスでは私的な外出は1日1時間に限定された。取材のために日々外を回る記者ですら、電話にしがみついて自宅で取材・編集作業にこもる。封鎖の掟を破れば、多額の罰金と禁固刑が待っている。

ジョンソン首相は「我々は戦時の政府のように働く」

 その極限の「行動変容」は、自粛疲れで弱まるどころか、少女の死を経て、さらに強めることを求められている。そして、それを咎める声もない。いま、欧州を濃厚に漂っているのはさらに悲惨な疫病と戦争の記憶だからだ。

 14~15世紀の黒死病(ペスト)、100年前のスペイン風邪。いずれも数千万人単位の死者が出た。ペストは英仏百年戦争の最中、スペイン風邪は第一次世界大戦中のまっただ中、独仏が対峙する塹壕のなかでも広まった。欧州において、疫病は戦争の記憶と一体で、故郷を破壊した集合的な歴史的記憶として刻まれている。

 欧州各国の首脳がことあるごとに戦争の文字を持ち出して国民の結束を求めるのも無理はない。

 自らも罹患したボリス・ジョンソン英首相は「我々は戦時の政府のように働き、経済を支えるためのあらゆる手段を取る」と力強く宣言し、コロナとの闘いにすべての国民は「直接、召集されている」とも語った。仏のマクロン大統領は「見えない、捉えどころのない敵」に対し、「戦争」を布告した。

イギリスの「コロナ戦争」は“ダンケルクの再来”

 言葉だけではない。フランスは戒厳令を敷くため、兵士数千人を投入し、消毒薬の輸出を禁じた。イギリスも、すでに引退した医師や看護師に対し、国難に打ち勝つために復帰を要請した。ギリシャやイタリアが破綻に瀕しても財政出動を頑なに認めなかったドイツも、国債発行の禁を破り、90兆円の財政出動を決めた。

 特にこのイギリスの動きは、国家存亡の危機に立った第二次世界大戦を思い起こさせるのに十分だったに違いない。人々が想起したのは、ダンケルクの戦いだったはずだ。

 ジョンソン首相が理想と恃む当時のチャーチル首相はドイツ軍に攻め立てられ、フランスからの撤退を迫られた。そして、数十万人をドーバー海峡を渡らせ英国に引き揚げさせるという前代未聞の作戦に取り組んだ。その作戦を支えたのが、全国から召集した船だった。軍艦では全く足りなかったからだ。

 客船から小さな漁船まで、愛国精神に燃えた船乗りがダンケルクを目指し、銃弾も恐れずに兵士を救い、一部は命を落としながらも祖国の地まで運んだ。

奇異に映る「日本のキャバクラ営業中」

 撤退は本来後ろ向きの話だ。チャーチルも一時は引責辞任を覚悟したという。コロナとの闘いもそうだろう。勝ったところで、報償はない。無傷では終わらない。それでも、多くの命を救うことにはなる。引退した医師と看護師の復帰要請は、まさにこのダンケルクの再来なのだ。ジョンソン首相が新型コロナウイルスに感染したことも、政府が国民とともに戦うというイメージを作り上げる上ではプラスとなったとすらいえる。

 戦争状態の欧州に比すれば、日本の状況はまだ平穏に保たれているようにみえる。

 たしかに密閉、密集、密接の3密空間を避けたり、クラスター対策を徹底したりするなどの日本モデルで、日本は感染者数を抑制し続け、世界の注目も集めている。ただ、3密の条件を満たしそうなキャバクラなど夜の大人の社交場が営業を続けていることは、レストランすら閉めた欧州からすれば奇異にも映る。

欧州では「戦時を想定した法律」に基づく強硬策がとれる

 もちろん、欧州に歴史的経緯があるなら、日本にもある。欧州の強硬策はことごとく戦時を想定した法律に基づく。だが、日本の有事法制のなかで疫病対策に援用できそうな規定は見当たらない。戦争を忌避する歴史的な経験から、強硬策のオプションがそもそも奪われているのだ。

 新型インフルエンザ等特措法も3月にせっかく改正されたのに、行動制限への罰則は盛り込まれないまま。それで「ロックダウン」「緊急事態」といっても求められるのは自粛に過ぎないのだから、ある意味、生産力を増強しきれず需要の縮減を試みるため「欲しがりません、勝つまでは」を国民に求めた歴史に即してはいる。

 一歩間違えば中国、欧州と同じ修羅に足を踏み入れるのは政府の専門家会議の指摘を待つまでもない。頼れるのは政府よりも自分、というのはいかにも寂しいが。
 

(末家 覚三/Webオリジナル(特集班))

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