「文政権は本当に運が強い」与党圧勝の韓国総選挙、新型コロナが流れを変えた

文春オンライン / 2020年4月17日 6時0分

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期日前投票に並ぶ文在寅韓国大統領 ©時事通信社

「新型コロナウイルスに始まりコロナで終わった、 “コロナ選挙”となりました」(中道系韓国紙記者) 

 4月15日に行われた韓国の第21代国会議員選挙(総選挙)は、すべての争点が新型コロナウイルスで吹っ飛んだ。投票締め切り15分後から発表が始まった出口調査ですでに与党「共に民主党」が票をぐんぐん伸ばし、与党連合全体で総議席300議席中180議席を獲得。過半数を超えて、「歴代最大のスーパー与党」(ソウル新聞、4月16日)が誕生した。 

 4月に入り感染者数は1万人を超えたが、選挙前の10日前ほどから新規の感染者数が50人を下回る日が続いていて、「文政権は本当に運が強い」(前出記者)とも囁かれている。 

支持率低迷も、新型コロナ対策で人気再燃

 昨夏から尾を引くチョグク法相辞任騒ぎや、青瓦台(大統領府)による蔚山市長選挙介入疑惑、保守系メディアからは「虐殺人事」とまで形容された政府が介入した検察人事など、与党に悪材料がなかったわけでない。年明けには文在寅大統領や与党の支持率は落ち込み、「この頃には与党へ嫌気が差した中道層の動きが見え始めていた」(世論調査会社関係者)。

 一方、脆弱といわれた野党は保守勢力を統合し、「未来統合党」として今年2月に新たにスタート。2月中旬には世論調査で「現政府を牽制するために野党候補が多数当選すべき」という声が「現政府を支援するために与党候補が多数当選しなければいけない」をわずかだが上回っていたのだが。 

 野党は文在寅大統領の中間評価として「現政権審判」を叫び、土壇場では新型コロナ感染拡大下での経済悪化を強調し「経済で命を落とすのか」とも訴えたが、有権者には響かず。逆に、「野党が審判に晒された、屈辱的な惨敗となった」(前出記者)。 

 新型コロナウイルス対策による文大統領支持は圧倒的だった。2月の最終週には42%だった文大統領の支持率は選挙直近では57%と15ポイントも劇的に上昇。支持した理由に59%の人が「新型コロナウイルス対策」を挙げている(世論調査会社「韓国ギャラップ」)。この文大統領の支持率上昇が与党の追い風になったという見方が大勢だ。 

部下の失言も現地入りで帳消しに

 新型コロナウイルス対策で最初に潮目が変わったのは2月下旬。 

 第四の都市といわれる大邱市で新興宗教「新天地イエス教会」の信徒内で爆発的な集団感染(日本でいうオーバーシュート)が発生し、大邱市と周辺地域で感染者数が怖ろしい勢いで急増した。

 2月25日には与党「共に民主党」首席スポークスマンが「大邱市と(周辺地域の)慶尚北道は最大限の封鎖処置」といった趣旨の発言をすると、大邱市からは「大邱市を見捨てるのか」と猛反発が起きた。しかし、同日、文大統領が電撃的に自ら大邱市に入り、混乱を招いたことを謝罪。翌日には首席スポークスマンが辞任した。 

 そして時を同じくして、大邱市では急増する感染者に対し公共病院の病床が不足し、自宅待機していた80代の女性が亡くなったと報じられた。あわや医療崩壊かとメディアで騒がれたが、政府はその翌日には軽症者向けの入院先として企業の研修所や保養所などを確保し、医療崩壊には至らなかった。 

 完全に潮目が変わったのは3月中旬。新型コロナウイルスが欧米で猛威を振るい始め、3月11日にはWHOが「新型コロナウイルスはパンデミック」と表明したあたりから “風”は与党に有利に吹き始めた。今回、与党に票を投じたという40代の女性会社員はこう話す。 

「欧米の苦戦を見て、韓国の防疫の成功を実感した」

「正直、MERS(中東呼吸器症候群。朴槿恵前大統領時代の2015年春に韓国に広がった)の時に失敗していますから、韓国の新型コロナ対策がうまくいっているのかどうか判断がつかなかったんですけど(笑)、欧米が苦戦しているのを見て、ああ、韓国政府は今回は防疫に成功したんだ、とようやく実感しました。

 これからの経済も心配ですが、まずは命あってのこと。それに韓国人にはセウォル号事故(2014年の観光船の沈没事故)のトラウマが染みついているので、もし、今、保守政権だったら命よりも先に経済や、何か別のことが優先されたのではないか。そんな思いもよぎりました」 

 一方、惨敗した野党第一党の「未来統合党」は、新型コロナウイルス対策では当初「中国からの入国禁止」を訴え、文大統領の中国への弱腰を批判。また、低迷する経済などを挙げ現政権審判論を訴え続けた。しかし、土壇場で同党候補者が「セウォル号遺族やボランティアが追悼テント内で性行為を行った」などと発言。世論からは一斉にブーイングが飛び、「未来統合党」はその5日後に発言した候補者を除名した。

 遅きに失したという批判があがったが、「除名してもしなくてもあまり意味はなかった」と別の中道寄り韓国紙記者は言う。「この発言で決定的に保守はいまだに旧態依然で、弾劾された事実を受け止めず、新しいビジョンを示すこともできない、没落したイメージが刻印されましたから」。 

「このままでは、保守は日本の野党のように没落」

 今回の総選挙は、中道派の政党が不在で進歩VS保守という2大政党の闘いになった点、次期大統領選挙の前哨戦である点、そして「準連動型比例代表制」という新たな選挙制度が取り入れられた点で注目すべき選挙でもあった。ある政治評論家は言う。 

「振り返れば、朴槿恵前大統領の弾劾訴追は、すでに脆弱になっていた保守が崩れ落ちたにすぎなかったのかもしれないということです。そのことを保守派はいまだ気づいていない。保守の惨敗には、もちろん、新型コロナウイルスの影響もありましたが、明確な保守のビジョンを打ち出せず、国民の8割が賛成した大統領の弾劾訴追への反省もなく、保守は何ができるのか、何を守るのか、そういった具体的な話ができなかったことにある。

 このままでは保守は日本の野党のように完全に没落してしまう。これでは次の大統領選挙も勝ち目はまったくない」  

 次期大統領候補者として名前が挙がっていた李洛淵前国務総理と「未来統合党」の黄教安前代表はソウル市鍾路区で争ったが、李前総理が圧勝した。また、文政権を舌鋒鋭く批判し、日本では「美しすぎる野党議員」などといわれた「未来統合党」の羅ギョンウォン議員は「共に民主党」の判事出身の新人候補にあっけなく敗れた。 

 新たな選挙制度は得票率が3%でも1議席以上が確保される、少数政党にも機会を与えるという意味合いがあった。これにより少数野党は51政党と乱立。

 「共に民主党」の衛星党として市民団体を中心に作られた「共に市民党」や、「共に民主党」は距離を置いたが、進歩系としてチョグク擁護を標榜する「開かれた民主党」など反日色の強い政党が発足していた。「共に市民党」からは、慰安婦問題で市民運動の先頭に立っていた「日本軍の性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(前韓国挺身隊問題対策協議会)の尹美香同理事長が出馬し、当選している。 

当初は「反日」で戦うつもりだった与党

 今回の総選挙で日本通といわれる国会議員は「未来統合党」にひとりのみといわれる。徴用工問題で文喜相前国会議長が国会にかけていた解決案も「5月末の現国会で廃案処分となり、新国会で新しい法案を作らなければならなくなったが、反日のスーパー与党が立法に動くわけがない」と前出記者は話す。

 実は、与党「共に民主党」は当初、今回の選挙を「韓日戦」とし、野党を「親日」として攻撃していた。今となっては死語となっている、「土着倭寇」という言葉を持ち出し、世論から失笑する声も上がっていたが、これも新型コロナウイルスであっという間にかき消された。 

 もし、なんていう想像は詮ないが、新型コロナウイルスが起きていなければ、与党こそが旧態依然と見なされ、これほどの勝利はなかっただろう。 

 2022年5月まで文大統領はスーパー与党の後ろ盾を得て日韓関係に臨むことになる。 

 今後の日韓関係にかかる暗雲は容易に消えそうにない。 

 

(菅野 朋子)

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