「無理難題が多すぎる」この時代に……“毒にも薬にもならない本”が注目されたワケ

文春オンライン / 2020年4月19日 6時0分

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岡本書店の山口榛菜さん ©伊藤昭子

 とりあえず飲食店は休んでね、特に休業補償とかはしないけど。あ、あと、通勤者は7割減らしてね――とかく無理難題の多い今日この頃。そんな中、ズバリ『 無理難題が多すぎる 』(文春文庫)という本が密かに注目を集めていることをご存じだろうか。

4年前に刊行された本がなぜ今?

 著者は「週刊文春」の連載コラム「ツチヤの口車」でお馴染みの土屋賢二さん。同コラムをまとめた本書が刊行されたのは、4年前だが、なぜ今頃になって?

 その立役者が北海道恵庭市にある岡本書店の書店員、山口榛菜さん(写真)だ。実は山口さんが全国の書店員が選ぶ「2020年本屋大賞」の発掘部門に同書を推薦したところ、見事に「超発掘本!」に輝いたのである。

「正直驚きました。推薦文には『毒にも薬にもならない』と書いていましたし……(笑)。でもたくさんの人に届いてほしい本だったので、うれしかったです」(山口さん)

「ああ、そんなに頑張らなくても生きていていいんだな」

 現在入社7年目という山口さんと同書の出会いは、3年ほど前。公私ともに忙しく「もうこれ以上、何も頑張りたくない」という日々を送る中、閉店後の売り場で、タイトルに惹かれてたまたま手にとったという。

「とにかく笑わせてもらいましたね。それで読み終わってみると、『ああ、そんなに頑張らなくても生きていていいんだな』と思えてきて」(同前)

 そこで「毒にも薬にもならない!」という手書きポップとともに店頭に並べたところ、次々と手に取る人が現れた。山口さんの書店は昨年、全国で最も同書を売り上げたという。

“毒にも薬にもならない”という言葉の真意は、山口さんの推薦文にこう綴られている。

〈価値観が揺さぶられるような本も良い。鳥肌が立つような本も、涙が出るような本も良い。でも、そういう本ではないけれど、なんか、ちょっといい気分になる。何故かちょっと、心が楽になってるかもしれない。そんな本が、沢山の人のもとに、届けばいいなあと。

 そう思って推薦させていただきました。〉

“毒にも薬にもならない”の言葉に著者は……

 ちなみに山口さんが土屋さんの著書を手にとったのは、これが初めてだったという。

「私の本はだいたい、皆さん、書店で一度は手にとられるんですが、そのままソッと戻されるパターンが多いんですよねぇ」と笑うのは、ほかならぬ土屋さんだ。

「そもそも“発掘”されるには、埋もれてなきゃなりません。その点、この本も私のほかの本と同じく発売と同時に埋もれてしまったんですが、これに目をつけてくださった山口さんの慧眼と見識に敬服するばかりです」(同前)

“毒にも薬にもならない”という推薦の言葉について尋ねると、実に嬉しそうに「わが意を得たり、ですね」と語る土屋さん。

「20年以上も書いていると、ときにはつい有益なことを書きたくなることもあります。

 でも、そこでグッと我慢するわけです(笑)。ガラじゃないですし、そうでなくとも、世の中にはすでに有益な本があふれているわけですから。今後も、精進して、毒にも薬にもならないことを書いていきたいと思います」

“発掘劇”の裏にあった秘話

 ところで、今回の“発掘劇”には、ちょっとした秘話がある。山口さんが明かす。

「実はこの本、最初に読んだ後、ウチの中で行方不明になってしまったんです。“どこいっちゃったんだろう”と、ずっと探していたんですが、どうしても見つからなくて……」

 いつしか本のことを忘れかけたころ、旅行鞄の中からひょっこり出てきたという。

「旅先にも持って行って読んで、そのままに……土屋先生、すいません!」(同前)

 名著は、どこに埋もれていても、何度でも掘り出されるのである。たぶん。

(伊藤 秀倫/週刊文春 2020年4月23日号)

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