テラスハウス問題でSNS規制が浮上 法改正で「権力に有利になる」は本当か?

文春オンライン / 2020年5月28日 20時0分

写真

©iStock.com

 恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演中だった人気女子プロレスラーの木村花さん(享年22)の死の衝撃は、政治をも巻き込んだ社会問題に発展しつつある。

 死の原因がSNSによる誹謗中傷を苦にしたものであると報道されたことを受けて、高市早苗総務大臣はインターネット上の発信者の特定を容易にするため、制度改正を検討する姿勢を示した。

 一方で、SNS規制については、表現の自由を侵害するのでは、と危惧する声もある。SNS規制にデメリットはないのか。リスクマネジメントに詳しい田畑淳弁護士に聞いた。 

◆ ◆

現行の開示請求制度では数十万円の弁護費用がかかる 

 発信者(加害者)の特定を容易にすれば、本当に次の被害者を減らすことができるのでしょうか。結論から申し上げるなら、私は、本当に発信者の特定が容易になれば、被害者を減らすことができると考えます。 

 その理由の一つは、現在の発信者情報開示の制度が複雑でハードルが高すぎる点にあります。 

 例えば、あなたがSNSで匿名の人間に誹謗中傷されたとします。誹謗中傷した人間=発信者は、名前も住所も分からない存在です。それが誰なのかを特定(発信者情報開示)して、責任を追及していく手続きは、大きく3つの段階に分かれています。 

 ①まず最初に、「発信者情報開示請求の仮処分」をSNSの運営会社=コンテンツプロバイダに対して行う必要があります。この仮処分が認められると、SNS運営会社から誹謗中傷の書き込みがなされたIPアドレスが開示されることになります。 

②次に、IPアドレスから加害者が利用した携帯電話キャリアなどの回線事業者が特定され、今度はこの回線事業者に「発信者情報(住所や氏名等)の開示請求の訴訟」を提起することになります。勝訴すると、原告には回線事業者より発信者情報が開示され、発信者(加害者)がどこの誰か特定されることになります。 

③そして第3段階になって、ようやく被害者であるあなたは②で判明した発信者(加害者)に対して、名誉棄損などによる損害賠償請求を行うことができるわけです。 

 加害者が任意に賠償をしないケースでは、都合3回の全く別の手続きを裁判所で行わねばならず、これらの手間の負担は数十万円の安からぬ弁護費用として被害者に跳ね返ります。 

相談に訪れた被害者の半数以上は開示を断念 

 それだけではありません。上記の各手続きにおいても、様々な難関が立ちはだかります。 

 一例をあげるなら、①の仮処分手続きでは、海外SNS運営会社の資格証明、つまり日本でいう法人登記のような書類が必要です。しかし、これを手に入れることも慣れない人には容易ではなく、登記書類を入手するためだけでも弁護士費用以外に5万円程度が必要であったりします。 

 その負担に耐えて発信者開示に乗り出した被害者も、プロバイダ責任制限法4条1項の定める厳しい要件(被害者の「権利が侵害されたことが明らか」であること)をクリアしなければなりません。幅広い誹謗中傷について開示が認められるわけではないのです。 

 誹謗中傷に苦しみ、一縷の望みを託して弁護士のもとを訪れた被害者に対して、見込みの厳しさについての説明を行わざるを得ないのは、弁護士としてとてもやるせないものです。しかし私が体験したいくつかの相談では、半数以上の方が費用面、条件面から依頼を断念する結果になっています。実際に開示請求の手続きを最後までやりきれるのは、資金面で余裕のある企業や裕福な方が多いというのが実情です。 

 これが私の知る発信者情報開示の「ハードルの高さ」です。 

 こうした状況について多くの専門家たちが法の改正を求めて運動を続けてきました。 

 実に2011年から日本弁護士連合会が 訴え続けてきた内容 をご覧になれば、それらの問題の多くがこの10年間、ほぼ解決されず、現在に持ち越されていることは分かると思います。 

「厳罰化が必要」に反対する理由

 これに対して、開示の手続きは、あくまで発信者が誰であるかを決めるだけではないか、発信者たる加害者に今までより重い責任あるいは厳罰をもって臨むことこそ抑止になるのではないか、とする意見もインターネット上では見受けられます。 

 木村さんの受けた誹謗中傷は、単なる一人の人間による悪口ではありません。多数の人間による「殺到型」と言われる誹謗中傷であり、インターネットを介した「いじめ」という表現が分りやすいかもしれません。 

 攻撃を煽ったのではないかといわれる番組制作の姿勢も問題とすべきですが、それが個々の攻撃者を正当化するわけではありません。

 その加害者の多くは、自分は絶対安全地帯にいると甘く考えて、利害関係もない有名人への「ノーリスクでの攻撃」に参加していると思われます。その手の人間に、自分の名前が晒され、責任を負うというリスクを分かってなお誹謗中傷を続けるような根性があるとは思えません。 

 開示請求のハードルが下がり、加害者の特定が現実的なものになれば、それが抑止力となって、現在以上に重い罪を設定しなくとも、「殺到型」誹謗中傷の被害はかなり減らせるのではないかと私は考えます。 

 重要なのは加害者を罰することではなく被害者を守ることです。「被害者が負った開示手続きの費用負担について、きっちりと加害者に負担させる」というような被害者に資する部分を除き、加害者への罰をいたずらに加重することには賛成できません。 

 加えて、厳罰を主張する人たちには別の問題があります。罰則について意見を持つのは自由ですが、本件のように話題になった事件について「罰せよ」という意見が殺到し、それ自体が処刑の様相を呈するなら、もはやそれは意見ではなくてリンチです。そして寄ってたかって加害者への厳罰を主張する人たちの姿は、人を罰する自分に酔い、木村さんを自殺に追い込んだ加害者たちの姿とむしろ重なり合います。 

SNS規制に「強者に有利になる」デメリットはないのか? 

 法改正のデメリットとして、匿名表現の自由を阻害するのではないか、という意見があります。むろん政権批判、あるいは内部告発といった匿名性が守られるべき表現への配慮は重要です。

 しかし、発信者情報の開示のハードルを下げるという限度の改正であれば、今まで不法でなかった表現が最終的に不法とされるわけでもなく、被害者にとっては被害に立ち向かうための負担が軽くなり、加害者に対しては抑止力が上がるというメリットの方が大きいように思われます。 

 何より、これまでにインターネット、SNSでいわれなき誹謗中傷に晒され、人生を狂わされてきた人は無数にいます。テレビ番組の存在の有無にかかわらず、教室や、職場や、人の集まるあらゆるところで、今も顔の見えない加害者による誹謗中傷が発生し続けています。 

 我が国の社会は、多数で1人を攻撃する「いじめ」の構造を直視しきれず問題を引きずり続けたことは否めません。プロバイダ責任制限法4条1項の要件再検討、匿名訴訟制度や負担の軽い開示手続き、開示対象たるIPの範囲見直しなど、抜本的な制度改革によって、殺到型の誹謗中傷、あるいはいじめの構造について、今こそ断固たる態度を示すべきであると私は考えます。 

 

(田畑 淳)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング