香港、コロナで剥き出しになった「中国の本性」 日本人はこの傍若無人な大国とどう向き合うべきか

文春オンライン / 2020年7月4日 6時0分

写真

天安門広場にある毛沢東の肖像 ©︎iStock.com

【香港蹂躙で馬脚を露わした中国】2020年に米英仏独が「包囲網」を築いた歴史的意味 から続く

 新型コロナウイルスに、香港への国家安全維持法の導入……“自国発”の問題で、中国は世界中から猛反発を受けている。中国が火に油をそそぐかのような横暴をくり返す理由について、京都大学名誉教授で国際政治が専門の中西輝政氏が語った。

◆ ◆ ◆

猛反発を受けるのに「暴走」せざるを得ない3つの理由

 中国はいま、新型コロナウイルスの世界的な拡散を招いた杜撰な対応だけでなく、自由と民主主義を踏みにじる「香港国家安全維持法」(以下「国家安全法」と略称)が強引に導入された問題などで、世界から厳しい視線を向けられています。

 いまや「チャイナ・アウェアネス(対中警戒心)」は各国に広がり、これまでにない強固な「対中国包囲網」が形作られようとしています。その詳細は「 前編 」で紹介してきました。

 では、なぜこのような事態が生まれたかと言えば、それは他ならぬ中国自身の振る舞いによるものです。

 人類共通の危機であるコロナ対応に全世界が奔走している最中、その混乱を利用するかのように中国が「暴走」を続けている。猛反発を受けるとわかっていて、どうして中国はそんなことをしてしまうのか。それを理解するためには、「中国の本性」から生み出される行動原理を知る必要があります。

本性1:世界を国力重視の上下関係で見る

 では、その「本性」とはどのようなものなのか。私は世界史の中における中国の行動を研究する中で、隋や唐、明や清の時代から、国際社会への対応に共通する3つの特徴があると指摘してきました。(詳しくは、中西輝政『 帝国としての中国――覇権の論理と現実 』を参照)

 まず、世界を「文明や国力を背景にした上下関係」で見ていることです。歴史的に、中国は自国をアジアの「盟主」、周辺諸国を属国つまり「家来の国」として下位に位置づけるよう振る舞ってきました。さらに、そこには自国と他国という区別が希薄で、周辺諸国も「国内の延長」のようにみなしていたのです。

 ところがアヘン戦争で中国は西洋に敗れ、1861年に初めて「総理各国事務衙門(がもん)」と呼ばれる外務省のような機関が出来るまで、対等な外国の存在を認めようとしなかったので、本当の意味で「外交」という概念が制度化されることはありませんでした。問題は、今でも当時を引きずっているかのように、近代の国際法的な「国家主権対等の原則」よりも、そうした力による上下関係が重視されてしまう瞬間があることです。

 たとえば、近年の南シナ海での中国の振る舞いは、その顕著な例のように思われます。

 2013年ごろから人工島を建造し軍事基地化を進め、今年4月には領有権を争う島々を勝手に行政区として制定し、既成事実を重ねています。昨年6月にはフィリピンの漁船が中国の漁船に衝突され沈没しましたが、中国の漁船はフィリピン漁船の乗組員を置き去りにしてそのまま立ち去りました。フィリピン国内ではたびたび「中国は南シナ海から出て行け」と叫ぶ抗議デモがくり返されています。

 フィリピンのケースだけでなく、今年4月にはベトナム漁船が中国海警局の巡視船に体当たりされて沈められ、6月には同じくベトナム漁船が中国の船に襲撃されて、漁獲物や漁船の機材を奪われる事件が起きています。

 日本近海も対岸の火事ではありません。前編でも紹介しましたが、コロナ禍が広がりを見せた今年2月以降、尖閣諸島周辺に中国の公船が去年を大きく上回るペースで侵入しています。

 各国がコロナ禍の対策に追われて対外的な対応力が低下し、相対的に中国の方が力関係で上位だとみるや、自身の「国内の延長」と考える場所へと手を伸ばしてくるのです。

本性2:徹底した「ご都合主義」

 広大な国土と人口を誇る中国でも、周囲の国に対しいつも力関係で上の立場をとれるとは限りません。その際に現れるのが、徹底した“ご都合主義”ともいうべき便宜主義に基づく「原則外交」です。

 自身が下位に甘んじなければならない状況下では、それを覆い隠すために儒教、共産主義、民族自決理念、人類共同体論と、都合良く時々の「イデオロギー」を利用する。一見、原則や建前を非常に大切にしているようにみえるのですが、そこに一貫性はありません。本音は「力の論理」で動いていますから、戦略的に「枠組み」を整えているだけ。本質は非常に現実主義的なのです。

 だから、中国にはダブルスタンダードとも思える言動が多い。社会主義体制を維持しながら「改革開放」を唱えて市場経済を導入していることはその代表例でしょう。また、言葉それ自体が「ダブルスタンダード」だともいえる「一国二制度」も一例です。

 香港、マカオの返還、そして中台の統一を狙って、この言葉が生み出された1980年代、中国はまだいまほどの力がありませんでした。そこで指導者・鄧小平が持ち出したのが「一国二制度」。自分たちのそれまでの立場と矛盾するイデオロギーでさえも利用するのです。

 ところが、これはあくまで自分が力関係で下位に甘んじている間に用いられる、当座の措置に過ぎません。実際、経済力を身に付けた現在の中国は、香港に「国家安全法」を導入して、「一国二制度」という自分たちが持ち出した理念を放り投げようとしているのは、何よりの証拠というべきでしょう。まさに中国の徹底した便宜主義という「本性」を示す好例です。

 鄧小平の言葉とされる「韜光養晦(とうこうようかい)」で表されるように、これまで中国は“爪を隠し時期を待つ”姿勢で国際社会と付き合ってきました。あくまで根本には力関係の計算がありますから、自己の勢力が強くなれば理念は捨てられてしまう。しかしそれが、あまりに不誠実に見える振る舞いを生んでしまうので、結局、周囲からより強い反発や抵抗を生じさせ、自らの覇権も早期に挫折するわけです。

本性3:国内の安定が大前提の「内向きの国」

 そして3つ目の特徴が、中国が実は、本来とても「内向きの国」であることです。

 中国という国を地球儀で見てみると、どれほど広大な領土であるか、改めてわかります。中央アジアの砂漠地帯も、東南アジアの海洋文明も、北方アジアの狩猟民族も混ざり合っている。本来、全く生活形態が違う人々が国家に類する社会集団を形作る、巨大な多民族・多文明国家なのです。

 しかし、その国家はこれだけ多様な人々を、あれだけ広大な領土の中でまとめなければならない。だから、中国の対外行動の大部分は、国内秩序の安定という至上命題に大きく規定されている。いいかえれば本質的に非常に内向きの国なのです。

 それゆえ、そんなことをすれば、世界を敵に回す、と頭では分かっていても、国内の不満や軋轢が噴出すれば自分たち自身が瓦解してしまう。それゆえ外から見ると、暴走としか見えない行動をとらざるを得なくなるのです。

 習近平政権の国内問題という足元は、昨年から揺らいでいました。そもそも香港に「国家安全法」を制定しなければならなくなった一因は、沈静化できなかった香港デモ。それが、中国本土に波及することを恐れたのも、今回、「香港処分」に踏み切った大きな理由の一つです。しかも、中国は香港だけでなくチベット、ウイグルなどにも火種を抱えています。

 さらに、長年言われている農村と都市の格差問題や、一説には何千兆円規模とも言われる不良債権問題も抱えている。相当な勢いで成長してきただけに、この数年で明らかになってきた中国の経済成長の鈍化が市場と社会全体に及ぼすインパクトも甚大です。そこに、コロナ・ショックで需要も供給もストップし、大量の失業者が溢れ出しています。

 そんな行き詰まった国内問題のために、国民の目を国外に向けさせたい。解決困難な国内問題に対する回答として、外交が利用され対外強硬策に出ている。また他方では、自国のコロナ禍も完全に収まっていないのに、外国にマスクや医療品を配って協調姿勢を見せる。かと思うと、日本など周辺地域には軍事的圧力も強めるような事態が生まれるのです。これらは、結局、国内要因によるところが大きいと思われます。

日本はもう中立ではいられない

 このように「本性」を露わにした中国に対して、我々はどのように対応していけば良いのか。

 たとえば、人類共通の問題ですから、いま直面している新型コロナウイルス対策では中国とも協力していくしかありません。

 しかし、事が自由や民主主義、人権といった普遍的価値にかかわる問題のときには、断固とした立場を貫かねばなりません。隣国だからこそ、中国の特殊な価値観を尊重した友好関係ではなく、軋轢を恐れずに日本の立場を主張し、つねに対等な関係を確保しておかなければならない。相容れないことに対しては、はっきりと自分の立場を貫いて、時には「突き放す」姿勢も必要なのです。

 たとえば、香港問題でも中国のやり方に対しては、はっきりと声を挙げなくてはなりません。日米欧のG7外相は6月17日、香港問題について「重大な懸念」を示す共同声明を出しました。安倍首相が「G7で声明を出していく」と6月10日に発言した直後から、中国外務省の華春瑩報道局長が「重大な懸念を表明する」と口にするなど中国政府は近年になく、非常に強い調子で反発していました。

 それでも、国家のあり方、人々の生き方に関わるこの問題を看過してしまえば、日本も中国と一緒に国際社会から「信用ならない国だ」と見られてしまいます。

 とくに重要なことは、この2020年についに「一線」を越えつつある米中の対立においては、はっきりと日本は「アメリカの同盟国」としての立場を明示しつつ、可能なら米中両国の意思疎通のパイプ役としての役割を果たすべきでしょう。

 この間、まず目を配るべきは、11月のアメリカ大統領選挙がもたらす米中関係への影響です。選挙のアピールのためにも弱みを見せたくないトランプ大統領が、これまで以上に強硬な対中政策に打って出る可能性が懸念されます。

 すでに尖閣諸島や台湾海峡で米中あるいは日中間の軍事的な緊迫度が増している中、ひとたび中国が、コロナの苦境でアメリカの対応力が落ちていると見なせば、より大胆な行動に出てくる可能性があります。そのときに、日本は、情勢が一気に極端な流れにならないように慎重に振る舞わなければなりません。

 しかし、繰り返しますが、日本が大前提とするべきは、米中間で軍事を含めた鋭い対立や危機が起きた時には、日本は間違いなく「アメリカの側につく」とつねに明白にしておくことです。もし、この点であいまいさを残していると、日本は孤立するだけでなく、本当の危機を誘発することになりかねないからです。「安保はアメリカだけど、経済は中国だから……」などと“真ん中”に立ってその場をしのごうとする姿勢は、今後は日本の存続にとり大変危ういことになりかねません。

 思い出すべきは、フランスのド・ゴール大統領の言葉です。彼に率いられたフランスは、第2次大戦後の冷戦中においても、アメリカにたびたび反発し、ときには反米的な外交政策も採っていました。ところが、1962年のキューバ危機では諸外国の指導者に先駆けて、「われわれは断固、アメリカを支持する」と言った。土壇場で周りの顔色をうかがったり、逡巡したりすれば、関係は一気に瓦解してしまいます。これは古代ギリシャから言い習わされている、危機における同盟国として一番大切なふるまいなのです。

 この日本の立場を明確に中国側にも示した上で、米中間の危機的な状況をいかに回避するかが、日本外交に与えられた役割なのです。

共存するために「突き放す」覚悟を

 世界の中国を見る視点が大きく変化している中で、世界は日本の振る舞いに注目しています。日本という国が、いわば世界に「模範」を示すような役割が求められているのです。

 一方では、高い中国依存度と同時に、他方で中国とも渡り合える経済力・技術力を持ち、また地理的な接近性を持って、長い歴史を共有している。そんな日本が中国に対してどのように振る舞うのか、世界が悩んでいるからこそ、注目が集まっているのです。

 問題は日本人の決意如何なのです。世界経済への影響力を背景にして中国がコロナ禍に一体どんな対応をしたか、そして今、香港に対してどんなに酷い振る舞いをしているか、我々日本人はよく知っています。2020年という歴史の節目の中で、一方では日本は、中国との接点を維持しつつ、しかし世界有数の民主主義国家として、一線を越え出した中国の強硬外交を抑止する包囲網の一翼を担い、世界にその「気骨」を見せるときです。

 日本の為政者、あるいは日本の国民も、中国にどのように対応していくべきなのか。いま覚悟が問われているのです。

(中西 輝政/Webオリジナル(特集班))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング