今の日本は生物兵器に耐えられない…シェルター完備、全員に防毒マスクを配る国も

文春オンライン / 2020年7月14日 6時0分

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閑散とした日本の空港(写真はイメージ) ©iStock.com

 新型コロナウイルスがいまだに世界で猛威をふるい続けている。国によって、その対応策はさまざまで、ウイルスの封じ込めに成功しているように見える国もあれば、そうではない国もある。

 世界各国は、従来からどのような体制で「毒」からの防衛に取り組んできたのか、毒性学の世界的権威アンソニー・トゥー氏による新著 『毒 サリン、VX、生物兵器』 (角川新書)から、事例とともに紹介する。

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悠長な日本人

 さて、化学兵器や生物兵器というと、それらをいかにして戦争やテロに使うか、ということを思いがちである。たしかに、その点も重要であるが、表裏一体をなすものとして、これらの兵器をいかにして防御するか、という点も非常に大事である。

 しかし、この点はほとんどの国であまり考慮されていないようだ。その好例が日本だろう。日本の周りには軍事衝突のリスクが散在しており、いつ何時、核・生物・化学兵器で日本が攻撃されてもおかしくない。私が日本に行ったとき、あるアメリカ陸軍の方と話す機会があった。彼は「日本の周りは敵が多く、いつでも日本に侵攻することができるような状態であるから、日本人はみな生きた心地がしないだろう」と話していた。それに対して、私は「日本人はみなのんびりして天下太平を享受しており、日本が危ないと思っている人は一人もいない」と返しておいた。

 現実に、日本の周辺国は、日本を標的にしたミサイルをいつでも飛ばすことができるような体制になっている。そして、その弾頭には核兵器・生物兵器・化学兵器が充填されているのである。しかし、日本のみならず、どの国も一般市民がそれらの災害から身を守るための設備は見当たらない。私の生まれた台湾は日本以上に危険な状態にあるが、軍事的には対応策がある一方で、市民を守る設備は皆無である。

教会の地下を活用するスウェーデンの民間防衛

 そのような中で、私が感心するのはスウェーデンだ。私が見たところ、NBC(核・生物・化学兵器の総称)に対して準備が一番されている国だと思う。

 スウェーデンの国防省主催の化学・生物兵器の防衛に関する学会は、世界で一番権威のある学会である。私はよくこの学会に出ており、また一度特別講演者として呼ばれたことがあった。その際特別に、ストックホルムの近郊にある、国防省管轄の対NBC防衛施設を見学させてもらった。これは軍の施設であるが、一部市民も収容することができる。小山の中に造られており、その中でおよそ60日間生存できるような設備が整っている。要塞内には、大型の発電機があり、電気は自己発電が可能である。また、水をろ過するための設備や除染のためのシャワー室なども完備されている。

 そして、驚くべきことに、スウェーデンにはこのような施設が100か所以上ある。軍人だけではなく、一般市民も十分に避難可能な数だ。そのほかにも、町の中にある教会の地下が避難スペースになっていたりと、民間防衛が非常に整っている。兵器の危険性が高まるにつれ、各国でこのような設備も検討されるべきであろう。

永世中立国・スイスの軍備は

 次に取り上げるのはスイスだ。スイスは永世中立国であり、しばしば平和な国の模範として取り上げられている。しかし一方で、その背景にあるのは非常に整備された軍備だ。そのため、周りの国がうかつに侵攻できないのである。

 化学兵器や生物兵器に対する防衛体制も非常に素晴らしい。私はスイスで、生物兵器と化学兵器の両方を研究している施設を見学したことがある。ここではサリンをはじめ、いろいろな化学兵器を開発していた。なお、これはスイスが使用するためでなく、国連からの要請で製造している。どういうことかというと、化学兵器を用いた戦争やテロが起きた場合に、使われた兵器が何であるかを検出する時の基準として使うためである。イラン-イラク戦争でどういう毒ガスが使われたか判断したのもスイスであった。生物兵器の施設の方も大変立派だ。私が見学したときには施設のレベルはBSL-3と最高クラスではなかったが、いまではBSL-4の設備ができているようである。

 このように、非常に防衛体制が整っているスイスは民間防衛も優秀だ。アルプスの山の中には数千の避難所があり、そこで長期間避難することができるようになっている。中には立派な医務室がついているものもあり、ここでは手術も可能である。

国民全員に防毒マスクを配るイスラエル

 このように、スウェーデン・スイスは設備が非常に整備されているが、よりミクロな部分で対策が徹底されているのはイスラエルだ。ここの国民は、全員に防毒マスクが配られている。第一次湾岸戦争の時、イラクはイスラエルに対して、スカッドミサイルで攻撃を仕掛けた。ミサイルが発射されたという警告のサイレンが鳴ると、イスラエルの人々はすぐに防毒マスクを装着して、避難所に向かった。もし、弾頭にサリンのような神経ガスが入っていた場合は、着弾した時点で防毒マスクを着けても意味がないのである。

 こういう小さな国でも化学・生物兵器の防御に対して非常に熱心なのである。イスラエルを見ると私はいつも備えの重要性を痛感する。私の母国である台湾は、近隣の環境を考えると、日本以上に危険な状態にあるが、残念ながらこのような準備はされていない。軍事的な対応策だけでは、国民の命を守ることはできないのだ。

軍需産業の防衛意識が高いアメリカ

 アメリカについても触れておこう。これは設備というよりは、民間企業の国防に対する意識についてであるが、私の経験談から話してみたい。

 1983年のある日、私の元に一本の電話が来た。彼はワシントンDCの小さなコンサルタント会社の人物だったが、いきなり私が住んでいるところからほど近い、空港のところにあるシェラトンホテルで夕食を一緒にしないかと話してきた。いったい何を聞きに来るんだろうと思いながらその晩お会いすると、彼は私に「ボストンにあるEG&Gという防衛システムを開発する会社のコンサルタントにならないか」とオファーを出してきた。当時、ソ連が毒素兵器の開発を進めており、それに対抗する形でEG&Gは巨大な防衛プロジェクトの予算をアメリカ政府に申請しようとしていたのである。当時私はコロラド州立大学の教授を務めていたため、結局このオファーは受けなかったが、この例からもわかるように、アメリカでは民間による防衛意識が非常に高い。

「毒」に対する研究に注力した

 のちに、ソ連に対する対策はアメリカ陸軍が管轄して進められることになる。この時、私も運よく研究者の一人に選ばれたが、当時私は毒素兵器のことは何もわからず、基本的な学術研究だけに没頭した。しかし、アメリカ陸軍は非常に鷹揚で、「あなたの研究が毒素兵器とは直接関係がないことは知っているが、一方であなたはヘビ毒の学術研究に専念して、大変立派な業績を上げている。それでアメリカ陸軍としてもあなたのような人を支持することにした」として、多くの研究費を支給してもらったうえに、研究に対して口出しすることもなかった。そして結果、この時に得た知見が地下鉄サリン事件の際にも役立つことになったのである。

地下鉄サリン事件から25年……日本の化学・生物テロ対策にまだ“足りないもの” へ続く

(アンソニー・トゥー)

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