心とからだ、どっちの浮気がより傷つく?――嫉妬には男女でこれだけ差がある

文春オンライン / 2020年7月18日 17時0分

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「デート」「アパート」「ベッド」……3パターンのナンパ実験が証明した男女のちがい から続く

作家・橘玲さんの「週刊文春」連載が『 女と男 なぜわかりあえないのか 』(文春新書)として書籍化。その一部を紹介する。女と男、この厄介な関係性の正体とは――。

多くの子どもをつくるのは「モテる」男

 初期の進化心理学では、男の性戦略は「乱婚(短期的関係)」で、女は「純愛(長期的関係)」だとされてきた。しかしいまでは、これは男にとって都合のいいお伽噺だということがわかっている。

 男も女も、生存と生殖にとってもっともすぐれた遺伝子を後世に残すように進化してきた。これが「利己的な遺伝子」説だが、じつはこれは(わかりやすいように)因果関係を逆にしていて、正確には、「生存に適さない遺伝的形質が淘汰され消えていった結果、有利な遺伝子が残った」になる。進化論がとてつもなく強力な理由は、この身も蓋もないシンプルさにある。

 多くの子どもをつくるのは「モテる」男で、テストステロンのレベルが高い「アルファ」だ。しかしヒトは、進化の過程で脳を極端に発達させたことで、出産後も授乳や育児に多大なコストがかかる。そのため女には、自分と子どもに食料や安全などの「資源(リソース)」を提供する「ベータ」の男が必要だ。

 そう考えると、女にとって最適な性戦略は1人の男につくす「純愛」ではなく、妊娠可能性の高い排卵期には短期的な関係を好み、それ以外の妊娠しにくい時期は長期的関係を維持するように進化することになる。

 DNA鑑定などない時代に(人類史の大半がそうだ)、利己的な遺伝子は、アルファの男の子どもをベータの男に育てさせる「托卵」のプログラムを女の脳に埋め込んだ。

進化の軍拡競争

 しかしそうなると、男もなんらかの対抗戦略を進化させたはずだ。これは「進化の軍拡競争」と呼ばれるもので、ウイルスが(感染しやすいように)進化すると免疫システムも(感染を防ぐように)進化し、その戦いが延々と続いて、ウイルスも免疫もとてつもなく巧妙で精緻なものになる。

 男でも女でも、相手の「裏切り(浮気)」への対抗戦略は嫉妬と呼ばれる。だが「男女の性愛の非対称性」から、男と女ではその表われ方が異なるはずだ。

「感情的な裏切り」と「性的な裏切り」

 このことに気づいたのは進化心理学者のデヴィッド・バスで、次のようなかんたんな質問によって男女の嫉妬のちがいを証明した(※)。

【問1】過去の真剣な恋愛、いま好きな相手、あるいは将来望む恋愛について考えてください。そのうえで、あなたが熱烈に愛するひとが、他の相手に関心を持っていることがわかったとします。次の状況を想像したとき、どちらがより傷つき、怒りますか?
(A)あなたの恋人はその相手と深い感情的なつながりがある。
(B)あなたの恋人はその相手と情熱的なセックスをしている。

【問2】あるいは、次の状況を想像したとき、どちらがより傷つき、怒りますか?
(C)あなたの恋人はその相手と、異なる体位でセックスしている。
(D)あなたの恋人はその相手と恋に落ちている。

 この質問では、「性的な裏切り」と「感情的な裏切り」のどちらがよりマシかを訊いている(「どちらもイヤ」という答えはできない)。

 以下の図表は「性的な裏切りの方がより傷つく」と答えた(BとCを選んだ)男女の割合を示したもので、一見してはっきりとわかる性差がある。

 最初の質問では、恋人が別の相手と情熱的なセックスをしていることを想像して怒りに駆られるのは男が60%で、女が17%だ。これは女の回答者の83%が、彼氏がほかの女とセックスするよりも、深い感情的なつながりがあることに嫉妬するということだ。次の質問では、寝取られることへの男の嫉妬が若干下がるが、やはり男女の回答に大きな性差がある。

 男は女の「性的な浮気」に不寛容で、女は男の「感情的な浮気」に不寛容だ。なぜこのようなちがいが生じるのだろうか?

嫉妬の男女差

 #MeToo の現代では想像できないだろうが、昭和の時代には妻帯者が風俗で遊ぶことは「男の甲斐性」と見なされた。映画『極道の妻たち』で描かれたように、ヤクザの組長が二号、三号の女に子どもを産ませることも当たり前だった。

 夫が風俗で遊んでも、子どもができなければ、「資源」の大半は妻のものだ。「お妾さん」とのあいだに子どもができても、正妻との序列が厳格に決められているのなら、妻の座は揺るがないばかりか、かえってステイタスが上がったりする。

 複数の妻子を養うには、きわめて大きな「資源」が必要になる。ヤクザだけでなくほとんどの伝統的社会では、そのような男(ビッグマン)の正妻が、女集団のヒエラルキーの頂点に立つのだ。

 だが夫が別の女と強い感情的なつながりを持つと、「資源」がその女に奪われる恐れがある。これは自分と子どもたちにとってきわめて重大な「生存の危機」なので、それを素早く察知し、防ごうとする。このように女の嫉妬は、「夫(恋人)の資源をいかに確保するか」から理解できる。

「托卵」に対する男の対抗戦略

 それに対して男にとっての最大のリスクは、別の男の子どもを知らずに育てさせられる「托卵」だ。そのため、子どものできる可能性がない「感情的なつながり」には比較的寛容な一方、妻(恋人)が他の男とセックスする徴候にはきわめて敏感になる。

「ほんとうにそうなのか」と疑うひとには、ここから導かれる予想を書いておこう。

 妻が同窓会などでかつての男友だちに会うことに、夫はほとんど関心を示さない。それに対して、夫が会社の若い女の部下と親しくすることに妻は強く嫉妬する。──心あたりがあるのではないだろうか。

 女の「托卵」に対する男の対抗戦略は、不幸なことに、人類史の大半において「暴力」だった。妻や恋人に言い寄る男を殴り倒し、ほかの男に関心を示す女を暴力で支配して、「血のつながらない子ども」に貴重な資源を割くことがないよう防衛してきたのだ。

殺人の加害者、被害者に男が多い理由

 その結果、ほとんどの殺人は男により、男に対して行なわれる。国連の調査では、殺人事件の加害者の95%、被害者の79%が男だ。

 男による女への暴力も深刻で、アメリカの大学生を対象に行なわれた調査では、女性の34%が、拒絶した男性につけまわされたり、いやがらせをされた経験がある。アメリカで殺害された女性の5~7割が夫、元夫、恋人、元恋人の被害者だとされる。その原因は嫉妬であり、男性の独占欲だ。

 いまではネットで「DNA親子鑑定キット」を売っているから、自分の子どもかそうでないかはかんたんに判別できる。こうした技術が普及すれば女の「托卵」戦略は不可能になり、男の暴力も不要になるだろう。

 これは(たぶん)よいことなのだろうが、遺伝子が科学技術に適応して進化するまで、おそらく1万年程度はかかる。その間、女はずっと男の理不尽な暴力に怯えつづけなくてはならないのだろうか。

 しかし、絶望することはない。科学技術が進歩すれば、いずれ遺伝子組み換えによって、男から「暴力性」を取り除くことができるようになるはずだ。そのときまだ「恋愛」が残っているかどうかはわからないが。

(※)David M. Buss, Randy J. Larsen, Drew Westen and Jennifer Semmelroth(1992)Sex Differences in Jealousy: Evolution, Physiology, and Psychology, Psychological Science

(橘 玲)

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