知らない薬を舐めて大丈夫……? 薬剤師ドラマ・石原さとみ「アンサング・シンデレラ」は“どこまでリアル”なのか

文春オンライン / 2020年8月13日 17時0分

写真

「アンサング・シンデレラ」(フジテレビ系)より

「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(フジテレビ系列)が話題だ。

 石原さとみ扮する病院薬剤師・葵みどりが、医師を頂点とするヒエラルキーが色濃く残る病院で、「患者に寄り添う薬剤師」の姿を追い求めるヒューマンドラマで、特に「病院に勤務する人」の間で、高い視聴率を獲得しているようだ。

 職場として見たときの病院は、忙しい上に勤務時間が一定でないため、決まった曜日の決まった時刻に放送されるドラマとの相性はよくなさそうなものだが、このドラマは「録画してでも観る」という医療スタッフも少なくないとか。

なぜ病院薬剤師はドラマの主人公になれなかったのか

 病院を舞台とするドラマは古今東西あまたある。しかしその主人公は、つねに医師か看護師のいずれかだった。なぜ病院薬剤師が主人公にならなかったのか――。理由はいくつか考えられる。

 一つは薬剤師の数が少ないこと。

 いや、実際には薬剤師の数は少なくない。現在日本には約31万人が薬剤師として登録されており、この数字は看護師の約122万人には遠く及ばないものの、医師の約32万7000人とは大差ない。

 それにしては病院で薬剤師に出会う確率は高くない。その理由は、31万人の薬剤師のうち半分以上にあたる約18万人は調剤薬局やドラッグストアなどに勤務しているからだ。現状で病院に勤務する薬剤師の数は約5万4000人に過ぎない。

 もう一つは、医師や看護師に比べて患者と接する機会(時間)の少なさ。「視聴者に興味を持たせる」という意味でも、薬を受け取る時か入院時の服薬指導の時くらいしか顔を合わせることのない薬剤師は不利なのだ。

 こうした理由から、なかなか実現しなかった薬剤師を描くドラマに注目が集まることは予想できた。ただ、今回のドラマは、その薬剤師像に違和感を覚える人も多いという。そこで、実際のシーンを振り返りながら、医療従事者に“現場のリアル”を聞いてみた。

その1)医師は薬剤師に対してこんなに横柄なの?

 ドラマの中でたびたび取り上げられる話題に「疑義照会」がある。医師の処方に疑問を感じた場合、薬剤師は本当にそれでいいのかを医師に確認し、場合によっては修正を促すことがある。これが疑義照会だ。

 薬を処方できるのは医師だけだが、薬そのものについての専門知識では薬剤師のほうが上であることが多い。薬剤師法でも定められている疑義照会は、患者の安全を守る上で妥当で重要な制度なのだが、これが薬剤師にとってはストレスの元になることがある。

 第1話で主人公の葵は医師の処方に疑問を持ち、プライドの権化のような医師に向かって疑義照会を敢行した(しかも医師の食事中に)。その後も、急変患者への診断・投薬について、患者を観察し、文献に当たった上で、医師に強く主張する。そして、多くの視聴者が予想した通り、医師の逆鱗に触れて懲罰の対象になりかける。

 患者の健康を守るための正当な行為で逆恨みされ、その果てに懲罰動議にかけられたのではたまったものではない。

「30年前ならともかく、いまはこうした医師にお目にかかることはありません」

 という声がある一方で、似たような経験を持つ薬剤師もいる。四国地方の公的病院で薬局長を務めるA氏が語ってくれた。

「処方内容に問題があり、疑義照会をしたところ『俺の治療方針や指示にケチをつける気か?』と激昂されました。たとえ間違っていても、最終的には医師に従うしかありません。薬剤師が勝手に処方を変更することは許されないのです。でも、さすがに自分でもマズいと思ったのでしょう。1時間ほどあとにシレっと私の指摘通りの変更処方箋が回ってきました(笑)」

“医師が上、薬剤師は下”としか考えない医師もいる

 九州の公的病院の薬剤部長・B氏はこんな話をしてくれた。

「ドラマの演出はやや極端に感じますが、あれに近いことはあります。でも、緊急性の高いケースの時は、たとえ医師の機嫌を損ねることになろうとも正論で挑んでいきます。言葉を尽くして説明しても、“医師が上、薬剤師は下”としか考えない医師は、簡単には納得しようとしない。そんな時は、最低でも患者にとって不利益にならないような対応に終始することになる」

 一般の企業にもこの手の上司はいるものだが、病院の場合、議論の先には「患者の命」がある。そこで薬剤師を萎縮させることに何の意味もない。

「チーム医療の経験が乏しい年配の医者や、自分に自信のない若い医者の中に、一定数そんな医者がいるのは事実です。薬剤師を“格下”と見ているから、ミスを指摘されることで『プライドを傷つけられた』と考えてしまう。まあ、そんなプライドなら無いほうがいいんだけど……」

 と語るのは、千葉県松戸市にある新東京病院消化器外科主任部長の本田五郎医師。続けてこう語る。

「医師の立場から言えば、ミスを見つけて事故を未然に防いでもらったことに感謝すべきなのに、それができないのは人間として未熟な証拠。高圧的な態度で薬剤師を黙らせれば、本当に必要な情報も上がって来なくなる。その危険性に気付けないのであれば、医師として失格です」

 ただ、これにも限度がある。ちょっと考えればわかることや、とりたてて緊急性のない案件でも、外来診療中など医師が手が離せないことを知っていて頻繁に確認してくる薬剤師もいるという。

「あまり意味のない確認が何度も来れば、医者だってイライラする。少し強い口調で言い返すと『あの先生は上からモノを言う』となる……。難しいところですよ」と本田医師は苦笑する。

その2)名前の知らない薬を「舐めて判別する」ことはあり得るの?

 第2話では、薬を砕いて舐めて名前を当てるというシーンがあった。その際、新人薬剤師に「新薬が出たら、匂いと味を確認するのは当然でしょ?」と言い放つ。さらには、患者の家で発見した名前がわからない薬を、舐めて判別する場面も登場する。

 これについては「危険だ」「すべきではない」という否定的な意見がある一方、「薬によってはやることがある」という薬剤師や、「薬の味を知った上で患者に指導してくれる薬剤師さんには助けられる」と好意的な意見を持つ看護師もいる。

「調剤見本や期限切れなどの余った薬で試すことがある 」(前出のA薬剤師)
「特に散剤、水剤、漢方薬、口腔崩壊錠などは服用時の味を気にする患者が多いので、薬剤師が味を知っておくことで役立つことはたまにあります」(同・B薬剤師)
「特に小児科では“薬剤の味”は内服のしやすさに直結する問題。ウチの病院の薬剤師さんはドラマのように味見をしているようで、患者やご家族に『ジュースで飲むと苦くなるんですよ』などと実践的なアドバイスをしてくれるので助かっています」(都内の大学病院の副看護師長)

 決して患者が目にすることのないこうした薬剤師の努力が、ドラマによって広く知られることは悪いことではない。

その3)病院薬剤師(石原さとみ)と調剤薬局の薬剤師(成田凌)の違いは?

 意外に知らない薬剤師という仕事。その資格を取得するのは結構大変だ。

 以前は4年制の薬学部を卒業すると薬剤師国家試験を受けることができたが、2006年から薬学部は医学部と同じ6年制に変更された。しかも学費はびっくりするほど高い。私学の薬学部に6年間通うと、トータルで1000万円を軽く超えていく。

 そのため奨学金を利用する薬学生は多く、卒業後は返済のために給料の安い病院(「時給換算すると看護師より安い」という声も)には入職せず、調剤薬局や町のドラッグストアを選ぶ薬剤師が多くなる。結果として病院の薬剤部は慢性的な人手不足に見舞われ、今いるスタッフは激務の連続となる――という負の連鎖だ。

 このドラマでも、奨学金返済のためにドラッグストア「ナカノドラッグ」に勤めている薬剤師・小野塚綾が登場し、成田凌が演じている。小野塚は、働き始めたころは熱心に勉強していたが、日々の忙しさから理想と現実の間で悩んでいる。

 前出のA薬剤師は語る。

「病院薬剤師は当直もあり、24時間体制で働いています。しかし、院内での勢力は小さく、同じ人員不足でも他部署の対策が優先されがち。そもそも少数勢力なので、声を上げても中々上層部には届きにくいのです」

「医師と薬剤師が議論できる病院」であるべき

 そこで 医師と薬剤師のそれぞれに「どんな病院が働きやすいか」を訊いてみたところ、揃って返ってきた答えは「医師と薬剤師が議論できる病院」というものだった。

 医師は職制上のトップではあっても、あらゆる薬剤について専門的な知識を身に付けているわけではない。投薬量の指示を誤ったり、処方箋の記入ミスなどのヒューマンエラーを引き起こすリスクはつねにある。大切な患者に薬を使う以上、薬剤に特化した専門家として医療チームの業務を分担する薬剤師の意見には耳を傾けるべきであり、それができる環境が整っている病院が“いい病院”、ということだ。

 そのためには、薬剤部のトップが医師や経営側としっかり対話できる人物である必要があるのだが、少なくともこのドラマで真矢ミキが演じる薬剤部長・販田聡子はそのタイプではないようだ。組織間の軋轢を嫌い、つつがなく業務を進行させ、自らの保身を願う薬剤部長。その下で、患者のために奔走する葵の姿が浮き彫りになる構図は、観る者にはわかりやすいのだが……。

ドラマでは「病院薬剤師の立場があまりに低すぎ」

 ドラマだから多少の誇張は仕方ない。しかし、そうはいっても「そんなこと、あるわけない」という意見もある。内実を知る同業者にとっては、それを見つけるのも楽しみの一つなのかもしれない。

 首都圏のある民間病院の薬剤部長はこう語る。

「病院薬剤師はヒエラルキーの中での立ち位置が低い――と誤解される場面が多過ぎる。“アンサング”(称賛されることのない)の意味を勘違いしているのでは?」

 他にも、細かな指摘は数多い。

「エレベータに乗る序列に“患者優先”はあるけれど、医師や看護師が優先で薬剤師は階段を使う――などということはない。ウチの病院は医師がエレベータガールをやってくれる」
「患者急変時に薬剤師が当たり前のように胸骨圧迫をしているのはおかしい。院内なら医師や看護師がいるはずなので、あり得ない」

「過去の内服歴を調べるために業務時間内に患者の自宅まで行くシーンがあったが、薬剤師にそんな暇はないし、そもそも病院が外出を許すはずがない」
「病院によっても違うのかもしれないけれど、普通は救急外来に薬剤師は常駐していない。ただでさえ人手不足のはずなのに……」
「救急の場面で、医師や看護師よりも患者のそばに薬剤師が立っているのは違和感を覚える。たぶん邪魔です」
「調剤室は基本的に清潔でなければならないので、そこに入る薬剤師がキャップもマスクもしていないなんて……」

 コロナ禍以前から、薬剤師に限らず病院スタッフの大半はマスク着用が原則だった。せっかくの石原さとみがマスクで顔を隠したのでは、ファンが納得しないのかもしれないが……。

「薬剤師は医者の奴隷だ」という考えは淘汰されるべき

 従来「縁の下の力持ち」という立場に甘んじてきた病院薬剤師という職業が、今回ドラマ化されたことで多くの人に知られることになった。このドラマでは病院薬剤師をクローズアップするという理由から、少々人間性に問題のある医師の存在が目につくが、実際にはこういう医師は減ってきているという。

「現代の医療は“チーム医療”が台頭しており、医師だけで完結する仕組みではなくなってきているのは事実です。医師を頂点に置くピラミッド型のヒエラルキーではなく、円の中心にいる患者をあらゆる医療従事者が取り囲む図式です。そんな中で薬剤師が虐げられていたのでは、医療を円滑に進めていくことはできません」(本田医師)

 第4話で、葵の勤務する病院に患者として入院してきた脳神経外科医が、

「薬剤師は医者の奴隷だ」

 と繰り返し口にしていたが、そんな考え方の医師はチーム医療が当たり前のこれからの医療の世界では淘汰されていくことになるのだろう。

 その意味でこのドラマは、時代の流れに乗り切れていない古いタイプの病院経営者に警鐘を鳴らす役割を担っている、と考えることもできなくはない。

「葵のような薬剤師が病院にいたらどうですか?」

 最後に、葵のような薬剤師があなたの病院にいたらどうですか、と訊ねたら、一人の看護師がこう答えた。

「一緒に働くスタッフはやりづらいと思う。薬剤師という職業への思いが強すぎて、考えるそばから行動しているように見える。そういう人とは自由な意見交換ができなそうなので……」

 これは病院に限ったことではない。どんな社会でも“熱過ぎる人”が一人いると、周囲は何かと疲弊する。たとえそれが正しいことだったとしても、だ。

 慢性的な人員不足に悩む病院薬剤師業界。このドラマをきっかけに「薬剤師を目指そう」と思う若者が増えるといいのだが……。

 今後の展開が注目される。

(長田 昭二)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング