「自分が生きる手段を持っているから、亭主に寄っかかるのは嫌」――内海桂子さんが語っていた死生観 #2

文春オンライン / 2020年8月28日 15時40分

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「90のバアさんの生き方を、60歳、70歳の人に見せてやる」――内海桂子さんが語っていた死生観 #1 から続く

 漫才コンビ「内海桂子・好江」で知られる、漫才協会名誉会長の内海桂子さんが8月22日に亡くなっていたことがわかった。97歳だった。

 理想的な死のかたちとはどういうものかを人生の達人に尋ねる『 私の大往生 』(文春新書)で、内海さんは自らの死生観について語っていた。インタビュー全文を特別公開する。なお、記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま。(全2回の2回目/ #1 より続く)

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 健康に気を遣うのは、桂子師匠が“あの人”と呼ぶ、夫のためでもある。

 戦時中にコンビを組んだ相方と所帯をもったこともあった桂子師匠だが、その相方とは戦後に別れることになる。

 その後の99年、かねてから同棲していたマネージャー・成田常也氏と入籍した。成田氏が24歳も年下だったこともあって、世間の注目を集めた。

 あの人はあたしの漫才を、小学生時分からすでにラジオで聞いてたのね。それからアメリカの航空会社にいたんだけど、ある日電話をかけてきた。手紙も300通くらい来て。

 それが突然、アメリカの会社を辞めて日本に帰ってきた。東京で仕事をしながら師匠のそばにいたいって。それがきっかけなの。だから別にあたしがたぶらかして、惚れたの好きだの言ったわけじゃないんだけど、それで一緒にいるようになった。

 それまでも男を知らないわけじゃないですよ。亭主もいたし。でも、あたしがいくら一生懸命働いても、子供を育てても、手伝ってくれようとしたのはいなかった。だって、子供おぶって商売してたんだから。興行に連れて歩いて、舞台出てる間は楽屋で面倒を見てもらって。お客がゲラゲラ笑ってるから、何だろうと思って振り向いたら、子供が舞台に出てきちゃってた、なんてこともあった。なのに亭主は麻雀やったり、みんな自分の勝手なことばかりしていましたね。

 そもそも、亭主が欲しいなんてことは考えてなかった。それは、男の社会で働いてるから。つかもうと思えばいくらでも機会はあったけど、自分が生きる手段を持っているから、亭主に寄っかかったりっていうのは嫌なの。

「あの人の行動には嘘がない。そういう人間性を見抜いてるから」

 でも今は、いつまであの人を遊ばせてあげられるかなって思ってる。若い旦那持ってるから元気だわねって言われるけど、若い旦那だからこそ、年上のあたしが元気でいてやんなきゃ可哀想っていうのがある。

 これだけ歳が離れてるし、はっきり言ってあたしの方が稼ぎがいいんだから「あそこの家へ入りこんで何か狙ってるんじゃないか」なんてことを思う人もあるでしょ。だけど、あの人の行動には嘘がない。

 あの人はゴルフが好きで、暇があれば行っちゃうんだけど、朝6時や7時に出ていくのに、あたしの朝食をちゃんと用意していく。最初にそういうことをしたら、絶対に同じことをやり続けるんですよ。

 あたしは、そういう人間性を見抜いてるから。ガキのころからこの歳まで芸人してて、人のことも見えないようじゃ、芸人じゃないよ。

自分の感性をどうやって場にぶつけていくか

 色んな人を見てきただけじゃない。昔だけど、当時の警視総監と飲んだこともある。そのときはストリップもやったんだ。ストリップったって、裸にはならないよ。バッと着物を脱いだら、はんだこに腹巻。それで『深川』を踊った。その場にはオマワリさんもいたんだけど「あんたのストリップはどこでやっても俺が(許可の)ハンコ押すよ」って。

 そういう芸人は、一朝一夕じゃできないよ。場数を踏まなきゃね。

 芸人歴は70年を超える桂子師匠は、芸に対して一点の妥協も無い。

 芸っていうのは、自分の感性をどうやって場にぶつけていくか。同じ浅草だってね、ネクタイ締めたジェントルマンばっかりかと思うと、地下足袋はいたおじさんがいたり、一回一回で違うんです。その場を見て、お客さんを喜ばせる。

 演芸場で、客席でビール飲みながらぐちゃぐちゃ言ってる客だっている。そのぐちゃぐちゃをどうやっていじるか。「あたしもそっち行くよ」って客席に降りていったって構わない。色んなことをやってきたから、その場に合わせてどんな話でもできるんですね。

 桂子・好江時代に、1時間番組を1本のネタでやったこともあった。もともとは15分のネタだけど、踊りや歌も入れこんで、膨らませてやったの。

 好江と一緒にやってた時分は、進駐軍もまだたくさんいて、ジャズが流行った。だからタンゴだジルバだと踊りました。彼女とはそういうことができた。

苦労を漫才という「絵」に描く

 こないだ、シャンソン歌手の浜野ケイ子さんとの舞台で、彼女が『ろくでなし』を歌った。それであたしが踊りだしたら、その場にいた江戸家猫八さんが一緒に踊ってくれた。踊るって打ち合わせてないんだから、猫ちゃんも何にも知らないんですよ。それでも向こうからちゃんと合わせてきてくれた。そういう芸を、本当はもっともっと見せたいんです。

 お客さんは「お桂さんは苦労してるよね」って、皆さん分かってくれている。でも、その苦労が苦労のまんまだと惨めじゃない。その苦労を、大衆演芸の漫才という一つの絵に描いて、お客さんにぶつかっていくのね。芸っていうのは絵ですから。それが悪いと「あいつはガラが悪い」となるし、絵が良ければ、お客さんにぶつけに行っても、それが芸になるってこと。

 漫才は誰とでもやれますよ。もともと自分を売ろうと考えてやってたわけじゃなくて、相手に合わせてきたから。だから永六輔さんとも、小沢昭一さんともやった。

 決まりきったことを喋るんじゃなくて、今の時代の出来事を取り上げて「あなたはどう思う?」と引き出す。それに対するツッコミをね、聞いたことに「ウン、ウン」って頷くだけじゃなくて、「それがどうだってのよ」、「それでどうすんのよ」。それで相手は困るかもしれないけど、困ったなりの返事が出てくる。それを色んな風に取り上げるのが漫才なんですよ。

 そういう意味で、90歳になっても“今”をつかんで喋れるような芸人でいなくてはね。歳とったら、芸も話も昔のまんまでしょ。それじゃ今の人はわかんないわよ。

「もっと粋な浮世にしたい。今の世の中、野暮すぎる」

 弟子の漫才コンビ・ナイツにも「毎日違うネタをしろ」と教えているという桂子師匠。

 そして今、桂子師匠が憂えているのは、演芸界だけではない。

 生まれ変わったら偉くなろうとは思わないけど、もっと世の中を良くしたい、もっと粋な浮世にしたいね。今の世の中、野暮すぎる。理屈ばっかり言ってるけど、納得のいくような理屈は言ってないじゃない。

 例えば、野田さんと小沢さんがちょっと前まで揉めてたけど、もっと膝つきあわして「俺はこうだ!」っていうやりとりがあればいいのに、そうじゃなくてお互いに腹の探りっこばかりしてるじゃない。お互いに喧嘩すると損することが多いから、喧嘩にしない。でも、損得を気にしてちゃ、埒があかないんだけどね。

「あたしがいなくなって、あの人が一人でいるっていうのは嫌だな」

 それからね、テレビで大臣が並んでるのを見るにつけ、皆さんだらしない顔してんな、って思う。活が入ってないというか、全て皆さまの言うことに従います、みたいな頼りなさ。昔の政治家は違いましたよ、吉田茂さんも池田勇人さんも田中角栄さんも、みんな自分についてこいって言ってましたよね。

 とにかく、あたしはどういう時代になったとしても、その時代に合わせて生きていける自信があるけどね。

 でも、心配事といえば、あの人はあたしより24歳も若いんだから、あたしが目をつぶってから一人でいるんじゃ可哀想だなって思う。だから、誰かいい人がいたら貰って来なさいよって言ってるの。

 なかなか一緒には逝かれないけど、それでもあたしがいなくなって、あの人が一人でいるっていうのは嫌だなと、あたくしは思う。

大往生アンケート

■理想の最期とは?

 自分の商売を一生懸命やってて、ある日突然ぱっと死ぬのが一番いいんじゃないかな。

 今までしっかり働いてたのに、長患いして周りに迷惑かけるのは嫌でしょ。そういう思いをしないで、ある日ぱっと逝ければね。

 実際は、誰にも面倒見させないっていうわけには、なかなかいかないでしょうけどね。

■心に残っている死に方をした人は?

 山田五十鈴さん。美しいイメージのまま亡くなったから。

■想定している自分のラストシーンは?

 バッと倒れて「あら、息しなくなっちゃったわね」なんて言われる。

 周りには迷惑かかるかもしれないけど、それくらいは仕方ないものね。

■最後の晩餐で食べたいものは?

 多分、あの人が作ったおかゆかな。ありあわせのものでも、何でもいいですよ。

■最後の瞬間、何を思い浮かべる?

 まあ、ネタを考えてるかな。

 寝てるときでも毎晩、都都逸のネタを考えてるんですよ。2時間おきくらいにトイレに立つんだけど、布団に入ってから、また考えるの。

■もし生まれ変わるとしたら?

 偉くなろうとは思わないけど、もっと粋な浮世に住みたいね。今の世の中、野暮すぎる。

■死ぬことは、怖いですか?

 怖くないんじゃないかな。生きてるほうが怖いじゃない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2012年9月13日号)

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