安倍辞任に“戦勝ムード”韓国のホンネ「“極右反韓”から“3無しのリーダー”へ」

文春オンライン / 2020年9月6日 6時0分

写真

文在寅大統領(右)と“知日派”の李洛淵(イ・ナギョン)前首相(現「共に民主党」代表) ©AFLO

 史上最悪といわれる日韓関係だが、安倍晋三首相の辞任表明で韓国社会に変化が見られるという。40年にわたって在韓記者として取材を続け、この夏に「反日vs.反韓 対立激化の深層」(角川新書)を上梓した黒田勝弘氏(産経新聞ソウル駐在客員論説委員)に聞いた。

◆◆◆

「ストロングマン」の辞任は意外だった

――安倍首相辞任について、韓国国内ではどのような反応があったのでしょうか。

 安倍首相の体調問題を世界でもっとも熱心に伝えたのは韓国メディアでした。異様な関心ぶりでしたが辞任は意外な印象をもって受け止められています。

 というのも、韓国での安倍首相は「対韓強硬派」「極右」、さらには史上最長の長期政権を築いているという「ストロングマン」のイメージなんです。ロシアのプーチン大統領やアメリカのトランプ大統領らと同じくくり。いってみれば、ヒール的な存在感がある。そのイメージと、持病のギャップが大きかった。

 さらに、韓国人の感情を複雑にしているのが、「安倍が悪い」といいつつも、米韓関係がよくないことを国民は分かっているので、良好な「トランプ=安倍」の日米関係は明らかに羨ましく見ていたし、アベノミクスで景気が良くなったらしいことも羨ましく見ていたこと。とくに若者の失業が大問題の韓国からすれば、安倍政権で売り手市場になった日本はことのほか印象的でした。

 いわば裏声として、この2つの羨ましい印象は結構あった。反日運動の中で肖像写真を燃やされるなど、嫌われ者のイメージばかりがあるように見えますが、一方で「すごい首相」というプラスのイメージも意外と強いのです。実際、戦後日本の首相では、中曽根康弘、小泉純一郎と並んで安倍晋三は3本の指に入る、韓国でも“人気”があって、名を残した指導者だったことは間違いないのです。

 この「ストロングマン」が、まさか持病の悪化という理由で突然いなくなるなんて、韓国国民からすれば現実感がなかった。韓国に40年間駐在している経験から、いささか大げさに言うと1994年に北朝鮮の金日成が死んだ時のことを思い出しました。相手が強大な悪役だったからこそ、「憎いけど凄いやつだった」「いなくなると張り合いがなくなって、妙に寂しいな」といった感じでしょうか。

 韓国では金日成が亡くなったとき、それがすぐに結実するわけではありませんでしたが、北朝鮮の変化というか南北関係改善の期待感が生まれました。同様に今回も頭の上の重石が取れた感じで、韓国社会にぼんやりと日韓関係が改善するんじゃないか、という変化への期待が出ています。

菅さんの「3無し」は韓国人好み

――「ポスト安倍」候補については、韓国ではどのように論じられていますか。

 岸田文雄、石破茂、菅義偉の三氏については、日本での批評を紹介しながら記事を作っています。最初に「菅氏の急浮上」を報道した朝鮮日報(8月31日付)の外信面トップでは「菅特集」が組まれていて、来歴などが紹介されていました。

 菅さんは官房長官ですから、韓国でも会見の様子などで顔と名前はよく知られているけど、リーダーとしては意識されていなかった。面白いのは、見出しが「3無しのリーダーシップ」。要するに、「派閥無し」「学閥無し」「家柄無し」。韓国国民の情緒でいえば「親近感が持てるタイプ」という意味ですね。

――黒田さんご自身は、安倍首相の辞任で日韓関係が変化すると思いますか?

 韓国メディアは就任以来、安倍首相は「極右反韓」だと叩き続けてきました。「日韓関係の悪化は安倍のせいだ」というロジックをずっと使ってきたのです。そのため、基本的には「悪役つまり安倍がいなくなれば誰が後任に就いてもプラスに働く」ということになる。政府当局者や財界人を含めて各界には漠然とした関係改善への期待感が漂っているのはそのせいです。

 意外だったのは安倍首相の辞任表明の際に、青瓦台(韓国大統領官邸)の声明がとても早く出たこと。あれだけずっと「安倍がけしからん」といっていたのに、「突然の辞任発表を残念に思う」「早期の健康回復を祈る」「新しい内閣とも友好関係の強化に向けて、引き続き協力していく」とコメントを出した。

「新しい内閣“とも”」と述べていましたが、「そもそも韓国は安倍内閣との関係改善の努力をしてなかったのに」と笑ってしまいました。それはともかく、韓国政府がすぐに「新しい内閣」と言い出したことは、これを機会に何か変化の意思があるのではないかという解釈は出来ると思います。悪化はこれ以上しないのではないか、というのが現場の感覚です。

なぜ安倍辞任で「対日勝利ムード」になるのか

――長年日韓関係を取材してきた黒田さんから見て、これまでも政権が変わることで、日韓関係が変化したことはあったのでしょうか?

 いままで日本の政権が次々変わっていたので一概には言えませんが、首脳が交代するときは、得てして関係改善のきっかけになる。挨拶がてらの電話会談などで首脳外交再開のチャンスがありますから。

 楽観的に考えれば、「安倍が悪い」とずっと言ってきた文在寅政権は、日本に折れる「名目上の理由」が出来た。安倍首相の辞任が文政権の対日強硬姿勢を崩すきっかけになるかもしれません。「安倍首相が辞任して変化が期待されるので、自分たちも態度を軟化させる」と説明すれば、国内世論に向けて格好がつく。つまり、「自分たちが許してやった」という言い訳が立つわけです。

 もっといえば、いま文在寅政権には「対日勝利ムード」感があるかもしれない。我々が日本に強く対応してきたから、結果として安倍が引っ込んだのだと。もちろん一方的な思い込みですが、心理的には日本に勝ったような気持ちが芽生えているのではないでしょうか。

 そう思って、先に紹介した青瓦台のコメントを改めて読んでみると、なるほどと納得しました。安倍首相の辞任についても「残念に思う」「健康回復を祈る」と、ちょっと上から目線なんです。あのコメントも「安倍首相辞任へのメッセージ」ということにはなっていますが、結局韓国国内に目を向けたもの。「韓国側が主体的に一歩上に立っているんだ」と国民にアピールする内容でもありました。

 もちろん、この「対日勝利ムード」は韓国側が勝手に思っているだけですが、この気分をうまく利用すれば韓国側の譲歩を引き出せる可能性もある。いっそ自由にそう思っていただいてもいいと、私は思っています。韓国の対日外交はひとえに国内世論が重要ですから。

「終活」中の文政権は反日カードを切らない

――「対日勝利ムード」が生まれると、日本に対してより強硬に出てくることはありませんか?

 日本との関係が長期的に悪化している現状に、じつは韓国国民の心理として落ち着かないところがあります。

 そもそも韓国は中国や日本、ロシア、そして米国と、大陸の端っこで大国に挟まれて長らく国をやってきた。この地政学的環境で、手練手管をつくしながら利を得るという外交を伝統的にとってきたから、「ある周辺国とずっと関係が悪く」「強硬姿勢で対立が続いている」と落ち着かなくなるのです。不安感といってもいい。

  後編 で詳しく説明しますが、韓国には日本に強い親近感、あるいは接近感がある。それだけに昨年から人の往来が激減し、さらにコロナ禍で行き来できなくなった現状はいい気持ちがしない。そろそろ「関係悪化を止めたい」「関係を改善した方がいいんじゃないか」という漠然とした不安が大衆感覚にもある。

 この韓国世論を考えると、文在寅政権がこのまま日本にファイティングポーズをとり続けるのは、必ずしもプラスではなく、世論的には指導力としてマイナスになり得るんです。

 文在寅政権において、対日関係の重要度が上がったわけではありません。文在寅大統領が辞めるまでは、北朝鮮が最優先という順位は変わりません。しかし、文在寅政権の任期は2年を切り、いまや政権の業績残しという「終活」段階にはいっています。このタイミングで、また「反日カード」を切って日韓関係がさらに悪化すると、「対米関係、対中関係だけでなく、対日関係まで大きく悪化させただけの大統領だった」と烙印を押されてしまう。

 ですから、私は退任前に日本との関係は改善しなくても、改善の「きっかけ」くらいは作ろうとすると思います。「日本との関係は悪かったけど、改善の筋道はつけた」という評価を得ようとするのではないでしょうか。

 その意味では、文在寅大統領の後継者候補である李洛淵(イ・ナギョン)前首相が8月末、与党「共に民主党」の代表になったことは大きい。彼は世論的にも与党的にも「知日派」として知られています。希望的にいえば、知日派の有力者である彼の役割の再浮上を含め、関係改善への動きが出てくるかもしれません。

安倍辞任は「徴用工」問題にも好影響?

――当面の課題である徴用工問題は今後どのように推移するのでしょうか。

 徴用工問題の現金化が認められるかどうかは、日韓関係において最大の問題です。もし現金化が認められたら、関係の悪化は決定的になる。

 これまで、韓国側は「司法の問題だ」といい、日本側は「韓国政府が対応しないからだ」といって、対韓輸出管理強化という外交圧力カードを使った。韓国側の要求は輸出管理強化策の撤回ですが、この構図を見ればわかるように経済の問題ではない。最終的には双方が「外交案件」だと認識して、韓国は徴用工問題で日本企業に被害がないように対応し、日本は輸出管理強化カードを手札に戻す、というプロセスでしか解決することはできません。

 日本の政権が代わることは、韓国側からすれば名分として「折れる理由」になります。「安倍を辞任に追い込んだ韓国外交の勝利だ」といえば、韓国国内に顔は立つ。韓国側が姿勢を変えるためのお膳立ては整ったとも言える。「タイミング」は悪くない。文政権の変化を前提にということですが、日本の新しい首相が誰であれ、この対韓貿易カードを納められる人であれば改善の可能性はあると思います。

「土下座像は国際儀礼上、許されない」菅会見は“ダメ対応”の典型 新政権は韓国とこう付き合うべき へ続く

(黒田 勝弘/Webオリジナル(特集班))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング