池上彰が『反日種族主義』編著者の李栄薫氏に聞く “唾を吐きかけられても出版するんですか?”

文春オンライン / 2020年9月22日 6時0分

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李栄薫元ソウル大教授

 日韓両国で話題の『反日種族主義』。編著者である李栄薫(イヨンフン)氏に、池上彰氏がインタビューを行った。韓国の反日の根源は何か、『 日本VS韓国 対立がなくならない本当の理由 』より、その一部を紹介する。

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編著者の李栄薫元ソウル大教授に真意を聞く

 ソウルの繁華街、明洞(ミョンドン)からほど近い場所にある李承晩(イスンマン)学堂を訪ねました。入り口には李承晩・初代韓国大統領の若い頃の写真が掲げられています。

 李承晩学堂は、李承晩元大統領が自由へのどんな思いを持っていたのか、あるいは韓国をどのような国にしようとしていたのか、それを歴史的に検証しようという趣旨で設立されました。私塾、すなわち私設の教育機関で、できたのは2016年です。『反日種族主義』の編著者、李栄薫さんは、この学堂の校長を務めています。

 取材で訪れた日は、李さんが「大韓民国建国の基礎」「李承晩の『独立精神』を読む」などのテーマで講義をしていました。私たちも一番後ろで聴講させてもらいました。

 見たところ、30代、40代から高齢者まで多様な年齢層の人が集まっています。前列には中学生らしき生徒の姿も見えました。

 なぜ講義を受けようと思ったのか、受講生に話を聞いてみました。

男性A 李栄薫先生の視点は斬新で、多少衝撃的ではあるが、多くのデータと事実を根拠にしているので真実に近づけると思ったからです。(50代公務員)

男性B 今まで反日的な教育を受けてきましたが、すべて日本の帝国主義が悪いという教育は少し納得ができないこともあったからです。世界的な観点から韓国史を勉強したくて講義を受けに来ました。(20代アルバイト)

後を絶たない反発・批判・脅迫

『反日種族主義』には韓国の多くの人たちが関心を寄せました。編著者である李栄薫さんはどんな思いで本を書いたのでしょうか。

池上 今の時期、つまり日韓関係が悪くなっている時にこういう本を出すことに対して、韓国国内での反発や批判は随分あるんでしょうね。

 相当(批判が)強いです。今後どういうことが起きるかは予測ができないほど深刻な反発が今もずっと続いています。

 実際、電話やメールによる脅迫は後を絶たず、著者の中には唾(つば)を吐きかけられた人もいるそうです。

池上 でも、それだけの反発を予想して、それでもこの本を出されたわけですね。そこにはどんな思いがあるのでしょうか。

 韓国社会に今、深く潜んでいる野蛮性と原始性を克服しなくては、韓国社会が先進化できないと思い、私なりの使命感でこの本を出版することにしました。

政権によって学校を退学させられた

三田 これまでの歴史にメスを入れることで、研究者として大変な目に遭われたことはありましたか?

 実は1991年頃から私は親日派だといわれてきました。朝鮮総督府(*)は1910年から1918年にかけて朝鮮のすべての土地、農地や林などの面積や所有者に関する調査を実施しました。韓国の教科書には、当時全国の土地の40パーセントが朝鮮総督府の所有地として収奪されたと記されているけれども、それは事実ではない、という論文を書いたからです。

*朝鮮総督府=1910年の韓国併合に伴い、日本が朝鮮半島統治のため京城(けいじょう)府(現ソウル)に設置した機関。初代朝鮮総督には、陸軍大将で後に内閣総理大臣を務める寺内正毅(てらうちまさたけ)が就任した。歴代朝鮮総督のうち3人が後に総理大臣となり、最後の朝鮮総督阿部信行(あべのぶゆき)は総理大臣経験者だった。

 その論文を書いた当初は、学会誌にも載せてもらえませんでした。編集委員や審査員の間で議論が起こり、最終的には載せてもらえたのですが、その過程で大きな問題が起きました。

 その後20年間、教科書は変わりませんでした。『反日種族主義』でもふれたように、教科書からそうした記述が消えたのは2010年頃からです。私の学説を理解する若い歴史学者たちが教科書を書き始めてから、土地の40パーセント収奪説は少しずつなくなっていきました。しかし、他の分野における収奪説は今も残っています。なかなか変わりません。

 その間も、私は親日派の烙印(らくいん)を押され、数多くの事件が起きました。ソウル大学で勤務していた時、私を親日派だと攻撃したポスターが壁に貼られたことが5、6回ほどあります。しかし私は学生運動の出身です。1971年には朴正熙(パクチョンヒ)政権によって学校を退学させられました。その事実を学生たちが知ってからは、私に対する批判がやみました。

どの研究者も土地の収奪の数値を証明していない

池上 評価されるようになったのですね。

 ソウル大学の1500人ほどの教授の中で半分ぐらいが社会学や文科系ですが、私のような経歴を持つ者は2人だけでした。その2人以外は、私を批判する資格がありません。

 李栄薫さんは、日本が40パーセントの土地を収奪したという説について『反日種族主義』の中で、「どの研究者もこの40パーセントという数値を証明したことがありません」と書いています。著者たちの研究では、そんなデータはどこにもないそうです。

 また、もし日本が多くの土地を取り上げたのであれば、日本が戦争に負けた時に、被害者たちは「自分の土地を返せ」と叫んだはずですが、実際には誰もそんなことをしていない。当時、誰もそんな要求をしていないということは、「取り上げた」という事実がなかったということではないか。ということで、著者の説にはかなりの説得力があります。

 このように、『反日種族主義』は40パーセントという数字が独り歩きしていることを検証しているのです。

なぜ韓国で多くの人に読まれているのか?

池上 『反日種族主義』は自国を批判する本なのに韓国でベストセラーになっていますね。これまでとはまったく違う動きだと思うのですが、なぜこれが韓国で読まれているのでしょうか。

 私たちもまったく予想ができなかったことでした。出版前には2万部か3万部ぐらい売れるのではないか、そうすれば結構売れたと言えるだろうと思っていたのですが、実際には11万部近く売れました。2、3週間、総合ベストセラー1位だったのです。

 私が最初に申し上げた韓国社会の問題点、そこから発生する危機意識(野蛮性、原始性を克服しなければ韓国社会が先進化できない)は、ただ単に政治的なものではなくて、韓国人が皆感じている、より根本的な危機感ではなかっただろうかと思いました。そして、韓国人が皆共有している一種の危機意識をこの本が代弁しているのではないかと、私なりにはそのように評価したいと思います。

三田 変わりつつある、まさに今はスタート地点にいると考えてもよろしいんでしょうか。

 はい。だからこの本がベストセラーになったのです。

(池上彰+「池上彰スペシャル!」制作チーム/ノンフィクション出版)

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