「需要あるのかな」事故で脊髄損傷の28歳アイドル、劇的復帰の原動力

文春オンライン / 2020年10月4日 17時0分

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猪狩ともかさん

 2018年4月、強風で倒れてきた看板の下敷きになり、下半身不随となったアイドルの猪狩ともかさん。彼女が著書『 100%の前向き思考 』(東洋経済新報社)を上梓したと聞いて、どんな内容を想像するだろうか。おそらく、大きな「喪失」を乗り越えてアイドル復帰へと至る「回復」の道のりだろう。

 しかし、彼女が事故以前に歩んできた厳しいアイドル人生を抜きに、その物語を始めることはできない。それはまさに挫折の連続であった。(全2回の1回目。 2回目 を読む)

◆◆◆

オーディションに落ちて、「見習い生」からのスタートだったんです

――まず猪狩さんが所属する『仮面女子』の特徴を伺えますか。

猪狩 仮面女子は、顔を仮面で隠して個性を消し集団でパフォーマンスすることが売りのアイドルグループです。仮面女子の中にもユニットが分かれていて、それぞれにコンセプトがあります。私は『スチームガールズ』に所属していて、ガスマスクを被りスチームガンを持ってパフォーマンスをしたりしています。

 普通のアイドルグループさんだったらおそらく入った時点で正規メンバーなんですけど、仮面女子の場合はユニットに所属しない「アリス嬢」から「研究生」、「候補生」、「仮面女子」と昇格していく独自のルールがあるんです。こういった仕組みなので、他の事務所のオーディションに落ちた子達が集まってくる場所でもあります。

――猪狩さんは中でも特に苦労された経歴の持ち主ですよね。下積み期間が当時最長で、「見習い生」からスタートして仮面女子になられた初めての方でもあったそうですね。

猪狩 はい。私は仮面女子の事務所のオーディションにも落ちているので、「アリス嬢」からさらに手前の「見習い生」からのスタートだったんです。入所が2014年の5月で、仮面女子になれたのが2017年の2月なので、約3年です。

――下積み期間中の話で「見習い生として働いていたメイドカフェの時のファンが、昇格した時についてきてくれなかった」エピソードが印象的でした。

猪狩 私がメイドカフェを卒業して正式に事務所に所属したら、そっちでも応援してくれるのかなと思ったんですけど、ついてきてくれた方は2~3人ぐらいしかいなかったんです。

 でも、今ならその気持ちも分かる気がするんですよね。野球で例えると、贔屓の埼玉西武ライオンズの大好きな選手が他球団に移籍したら、そのままその人を応援する人より、ライオンズでまた新しい推しの選手を見つける人のほうが絶対多いじゃないですか。その「箱」が好きというか。

――ライオンズ好きの猪狩さんらしいたとえですね。

猪狩 一気にファンがいなくなったように感じて、当時はすごくショックでしたね。でも「また新しく好きになってくれる人を見つけるしかないな」と思って、がむしゃらに活動してました。

自分がこんなにしぶとい性格だとは思ってなくて

――仮面女子に昇格できなかったショックなどが重なり、休業された期間も2ヵ月あったそうですね。復帰する人は稀なんですか?

猪狩 そうですね。メンタルや体調を崩してお休みした子は、そのまま辞めてしまう事が多かったんです。なので、私が復帰した時は皆さん驚かれたと思います。

――アイドルになる前から、物事を諦めない性格だったのですか?

猪狩 いや、自分でも結構驚いてるんですよ。自分がこんなにしぶとい性格だとは思ってなくて。過去を振り返ると、何か1つにすごくこだわって頑張ったことがなかったと思うんです。学生時代に、管理栄養士の国家試験を受けた時は準備を頑張りましたけど、基本的には何をやるにも中途半端でした。

 なので、仮面女子になってから、そういう負けず嫌いなところが開花したと言いますか。あとは仮面女子独特の昇格制度というのも「目標が見える」という意味では大きかったかもしれないです。

下積み時代の苦労が、事故後のリハビリ生活で活きた

――下積みで苦労された経験は事故後にも活きましたか。

猪狩 そうですね。仮面女子になりたいけどなれなくて、でも諦めなくて、という苦しい時期が3年続いたことで、メンタルが鍛えられていたと思うので。その時強くなれたから、事故後のリハビリ生活もちゃんと乗り越えて復帰できたのかなと思います。

――挫折を味わっている人達を勇気付けるご経歴ですよね。

猪狩 私の場合は、仮面女子から離れることで駄目になってしまうというか、自分からアイドルというものを取られたら、抜け殻のようになってしまうタイプだったんだと思います。だからアイドルを続けることによって良い方向に行ったと。仮面女子は本当に自分の居場所という感じです。

――仮面女子に関して話題になったのが「恋愛自由」というモットーでしたが、それはどう捉えておられますか?

猪狩 例えば恋愛の曲って、恋愛したことない人が演じてもあまり良さが出ないと思うんです。恋愛をしているからこそ感情が豊かになることってあると思うんですよね。それに、女の子って恋愛してるほうが綺麗になるって言うじゃないですか。悪いことじゃないと思います。

 もちろんファンの方あってのアイドルなので、悲しませてはいけませんし、もしお付き合いしている人がいたとしても、隠さなきゃいけないというのは大前提ですけど。

車椅子に乗っているアイドルなんて「いていいのかな」って

――仮面女子に昇格後の2018年に事故で脊髄を損傷した後は、アイドル復帰を目指してリハビリを続けていかれます。入院中のエピソードは、とても微笑ましく楽しそうなものでした。

猪狩 最初に入院していた急性期の病院はおばあちゃんがすごく多くて、癒されました。

――「離れるのが寂しい」というくらいご自分の場所にされていたのは、やはりお人柄なのかな、と。

猪狩 3人きょうだいの末っ子なので、そんなに人見知りとかはしないかなと思います。入院生活、楽しんでましたね。

――病院で復帰に向けて前向きに取り組む中でも「需要あるのかな」という言葉が繰り返し出てきたのが印象的でした。

猪狩 怪我する前はあんまり「需要」とかっていう言葉は考えたことがなかったんですけど、少なくとも私は車椅子に乗っているアイドルって知らないので「そんなアイドル、いていいのかな」みたいな葛藤はありました。

――アイドルというものをどう定義しておられますか?

猪狩 キラキラしていて、見ている人を元気にしたり幸せにする存在だと思っています。存在そのもの、という感じですね。

――尊敬するアイドルは?

猪狩 私、『BABYMETAL』の菊地最愛ちゃんが大好きなんです。BABYMETALの母体ユニット『さくら学院』というユニットに所属していた時からずっと追いかけていて。私より全然年下なんですけど、プロのアイドルなんですよ。あざとかわいいと言いますか、誰をも虜にしてしまうようなアイドルなので、私も何度も釣られましたね(笑)。頭の良い方なんだろうなって思います。

「いなきゃいけない」という存在でありたい

――アイドルの中には、歌やダンスよりも特典会、話題性、物語性といったところを重視する方針に対して拒否感を持つ方もいると聞きますが、ご自身はどうですか。

猪狩 仮面女子もライブの後に握手会やチェキ会(アイドルとファンが一緒に写真撮影するイベント)があったりするので「それも含めてアイドル」なんじゃないですかね。昔のアイドルって本当に手の届かない雲の上の存在だったと思うんですけど、今のアイドルは距離が近くて接することができるのが当たり前なのかなと思います。

――『モーニング娘。』のオーディションでは「モーニング娘。を焼きそばにたとえると、あなたはどの部分ですか」という質問があるそうで……仮面女子を焼きそばにたとえると、猪狩さんは何だと思いますか?

猪狩 えー……紅ショウガとかですかね(笑)。アイドルはセンターになりたいって気持ちを持っている子が多いと思うんですけど、私はあまりなくて。センター向きの人間じゃないことも自分で分かっているし。

 でも紅ショウガって、端っこにいるけど存在感があるじゃないですか。誰がどう見ても中心人物、というわけではないんだけど、でも、いなきゃいけないという存在でありたいなとは思ってますね。

――確かに紅ショウガがない焼きそばなんて考えられないですよね。

猪狩 そうですよ。絶対つけたいですもんね。

啓発のつもりで書いたことが、批判されて

――アイドルファンに限らず大勢の人に名前が知られるにつれ「障害で売名した」というバッシングが増えたそうですね。他にはどんな批判がありましたか?

猪狩 最近だと、猫に噛まれたことをブログに書いたんですよね。「麻痺をしていると噛まれても気付かずにいっぱい血が出ちゃうこともあるんだよ」っていう危険性を伝えたくて書いたんですけど、それが記事になったら応援してくださる方以外も見るわけじゃないですか。そうすると「被害者意識が強すぎる」だとか「虐待してるんじゃないか」とか書かれて……。

――ひどい!

猪狩 事故後はそうやってニュースに取り上げていただくことが増えた分、見る人も増える。そうすると好意的でない声が必然的に増えますよね。だから、仕方ないことだなとは思いますけど。

「ポジティブで明るい猪狩さん」に近づいていかないとな、と

――それには猪狩さんに聖人君子というか、非常にポジティブなイメージがあるのも一因かと思います。そこから逃れたいと思うことはありますか?

猪狩 事故から復帰したての頃は、辛いことがあっても「誰にも出しちゃ駄目なんじゃないか」って思ってしまって。「猪狩さんはすごく前向きでポジティブで」というふうに周りから言われることが、プレッシャーというか、重荷になってしまった時期はあったんです。

――転換点はありましたか。

猪狩 YouTubeで乙武さんとコラボした時に、乙武さんが「今までそういうふうに扱われることが嫌で逃げてきたけど、周りが思ってくれている自分に近付こうとしなかった」とおっしゃってたんです。

 それを聞いて、私も「ポジティブで明るい猪狩さん」って周りが思ってくださっているのなら、そういう自分でい続けるというか、どんどん近づいていかないとなと思いました。

 それに、今はうまい息の抜き方を覚えたというか。趣味に逃げたり人に話すことで、表でネガティブな発言をするのではなく、プライベートな部分でうまく発散できるようになりました。

(#2「 『しゃべくりに障がい者は出てない』…“車椅子アイドル”への葛藤 」に続く)

写真=杉山秀樹/文藝春秋

「しゃべくりに障がい者は出てない」28歳・猪狩ともか、“車椅子アイドル”への葛藤 へ続く

(ダブル手帳)

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