叡王戦ついに決着 シリーズ総手数1418手の激闘を名場面でふりかえる

文春オンライン / 2020年9月22日 23時15分

写真

挑戦者・豊島将之竜王(右)が永瀬拓矢叡王(左)からタイトルを奪取した ©君島俊介

 ついに長い夏が終わった。3カ月に及んだ熱戦は、挑戦者・豊島将之竜王が4勝3敗2持将棋で永瀬拓矢叡王を下し、タイトル奪取という結果となった。

 第5期叡王戦七番勝負は、異例ずくめのスタートだった。当初4月に開幕予定だったが、コロナ禍で延期が決定。6月21日、ようやく伊豆今井浜温泉 今井荘(静岡県)で第1局が始まった。ちなみに前期は、5月11日の段階ですでに「新叡王」が誕生していた。

 異例だったのはスケジュールだけではない。持将棋(=引き分け)が2局続き、フルセットにもつれ込んだ番勝負は史上初の「第9局」へ。千日手局も加えると、実質的に「十番勝負」となった。シリーズの総手数1418手は、タイトル戦史上最長記録を大きく更新した。

 文春オンラインでは、第5期叡王戦七番勝負全局の観戦レポートを掲載してきた。そんな「十番勝負」の名場面を写真とともに振りかえっていきたい(肩書き・段位などは対局時のもの)。

第1局(6月21日、伊豆今井浜温泉 今井荘、永瀬拓矢●ー豊島将之○)

 スクリーンを埋め尽くす「弾幕」が、ニコニコ生放送の将棋中継、そして叡王戦が戻ってきたことを感じさせる。緊急事態宣言中に“飢え”を感じていた観る将ファンにとっては、この上ない福音となったはずだ。

 会場となった今井荘は、叡王戦のために貸切営業となり、対局室も十分な「ソーシャル・ディスタンス」を確保して設営された。ファンイベントや大盤解説もなく、いつもとは違った雰囲気の中で七番勝負が始まった。

 永瀬の先手番で戦型は角換わり早繰り銀となり、序盤は両対局者が猛スピードで飛ばす。

 ところで、永瀬は千日手が多い棋士としても知られている。将棋に対するストイックさから「軍曹」と呼ばれ、勝つまでは何度でもやるとばかりに指し直しを厭わない。実は、過去に出場した第87期棋聖戦と第67期王座戦でも、第1局で千日手となっている。果たして本局でも、夕食休憩後に千日手となった。

 21時に始まった指し直し局は23時13分に終局。秒を読まれた永瀬が頭を下げ、投了を告げた。後手番となった本局では右玉に構えたが、翌朝には「予定でした。千日手上等でした。そういう戦法ですしね!」と明るく答えたという。

やっと訪れた“春の決戦”、永瀬拓矢叡王の盤側には8本のバナナが置かれていた(松本渚)
https://bunshun.jp/articles/-/38832

第2局(7月5日、城崎温泉 西村屋本館、持将棋)

 第1局での千日手は、ほんの序章に過ぎなかった――。

 マンガならば、そんなナレーションが付きそうな展開だった。途中、評価値的には永瀬に形勢が傾いていたようだったが、互いの王将が入玉(敵陣に入ること)して、最後は豊島が永瀬の駒を1枚取るかどうかの際どい攻防が繰り広げられた。結局、豊島が1点の確保に成功して、222手で持将棋が成立した。

 局後、永瀬は「持将棋、千日手は割と持ち味だと思うので、その点は楽しんでいただけたらいいなと思います」とインタビューで語り、ニコニコ生放送の視聴者は大いに沸いた。

永瀬拓矢叡王vs豊島将之竜王・名人 「城崎の無勝負」は波乱の幕開けか(小島渉)
https://bunshun.jp/articles/-/39082

第3局(7月19日、亀岳林 万松寺、持将棋)

 叡王戦では、1時間、3時間、5時間の対局が2局ずつ、そして第7局では6時間という変則持ち時間制が採用されている。ところが、叡王戦がタイトル戦に昇格してからは2回ともストレートで決着がついたこともあり、持ち時間1時間の対局はこれまで実施されたことがない。

 それが第3局・第4局で初めて実現する。「持ち時間1時間」「1日に2局」は、どちらもタイトル戦史上初の出来事だ。

 ところが、持ち時間1時間の「スピード決着」になるだろうという予想は見事に裏切られた。14時から始まった将棋が終了したのは17時49分。207手で持将棋が成立した。持ち時間を使い切って1手60秒以内に指す「1分将棋」が2時間近く続いたことになる。

 タイトル戦での「2局連続持将棋」は全体未聞の出来事だった。

note代表が見届けた真剣勝負「もう1局、指すなんて信じられない」(加藤貞顕)
https://bunshun.jp/articles/-/39385

第4局(7月19日、亀岳林 万松寺、永瀬拓矢○ー豊島将之●)

 ダブルヘッダーの2戦目も大熱戦となった。

 途中までは豊島が優位に進めていたが、おたがいに「絶対に負けたくない」と言わんばかりの手の応酬が続くなかで、いつしか形勢は混沌としてきた。持将棋となった前局の207手を超え、232手まで進んだところで豊島がマスクを付けて投了した。2局合わせて、439手。終局時間は、日付が変わるわずか1分前、23時59分だった。

 あまりに壮絶な将棋に控室にいた誰もが言葉を失ったが、極めつけは局後に行われた永瀬のインタビューだった。

「比較的ハイになっているので、疲れはまったく感じていません。(もう1局は)指せるのでしょうが、それは負担がありそうな気がします」

永瀬拓矢叡王VS豊島将之竜王・名人 ロジカルな棋士が、感性と意地をぶつけあった(加藤貞顕)
https://bunshun.jp/articles/-/39386

第5局(7月23日、将棋会館、永瀬拓矢○ー豊島将之●)

 序盤早々、豊島は桂馬を損する指し手を選んだ。立会人の塚田泰明九段は「一昔前なら破門と言われる手ですけどねえ」とつぶやいたが、これが妙手だったようだ。豊島ペースで進んでいった。

 一方の永瀬は、評価値的に差がついた局面で曲線的な順で粘りに行った。いつしか評価値は互角に戻り、相入玉もあり得るかもしれないという空気が流れたが、一瞬のスキを突いて永瀬が豊島玉に攻めかかった。

 豊島らしからぬ逆転負けで、永瀬に一歩リードを許した。

「一昔前なら破門」雨の将棋会館で豊島将之竜王・名人が繰り出した序盤戦術(木原直哉)
https://bunshun.jp/articles/-/39436

第6局(8月1日、関西将棋会館、永瀬拓矢●ー豊島将之○)

 関西本部所属の豊島にとって、関西将棋会館は幼いころから慣れ親しんできたホームグラウンド。通常、タイトル戦の対局場になることはあまりないが、コロナ禍という特殊な状況にある今期は5階の「御上段の間」がたびたび使用されている。

 豊島は、名実ともにトップ棋士だ。しかし、7月は7局指して勝ちがなかった(5敗2持将棋)。タイトル戦を中心とした過密日程も原因の一つだったのかもしれない。

「関西将棋会館でのタイトル戦は初めてですが、幼いころから将棋を指してきた場所なので、普段通り指せると思います」

 こう対局前に語っていた豊島は、ホームで連敗脱出を果たし、シリーズの成績をタイに戻した。

「小さい頃から有名人だった」豊島将之竜王・名人は“ホーム”で連敗脱出なるか(諏訪景子)
https://bunshun.jp/articles/-/39632

第7局(8月10日、将棋会館、永瀬拓矢○ー豊島将之●)

 本来ならば、本局が行われる場合には七番勝負の決着局となるはずだった。ところが、この時点で両者の対戦成績は2勝2敗2持将棋。つまり、第8局が行われることが確定していた。そのため、最終局ではないにもかかわらず振り駒で先後が決まるという珍事も発生した。

 90手目、豊島が△5五同歩を着手した段階で、シリーズの総手数は1231手になった。これまでタイトル戦番勝負における合計手数の最長記録は、加藤一二三十段が中原誠名人から名人位を奪取した第40期名人戦(1982年)の1230手だった。約38年ぶりに記録更新された上、少なくともあと1局は勝負が続く。

 勝負は優勢になった永瀬が手堅く押し切り、3勝目を挙げてタイトル防衛にリーチがかかった。

その日、永瀬拓矢叡王は絶対に負けない将棋を指し続けた(さくらはな。)
https://bunshun.jp/articles/-/40110

第8局(9月6日、元湯陣屋、永瀬拓矢●ー豊島将之○)

 この間、豊島には大きな変化があった。並行して戦っていた名人戦七番勝負で挑戦者・渡辺明に敗れ、名人位を失冠してしまったのだ。

「名人を失冠してから少し時間が経って、割とスッキリした気持ちで臨めました。事前に決めていた展開だったので、研究範囲外に入るまでは早く進めるつもりでした」

 カド番で本局を迎えた豊島だが、そんなプレッシャーを感じさせない鋭い踏み込みで午前中から優位に立った。

 対局場は、神奈川県秦野市の老舗旅館「陣屋」。過去にも数々の名ドラマを生んできた舞台だ。豊島は昨年の王位戦七番勝負で木村一基と、永瀬は今期の王座戦五番勝負で久保利明と、それぞれ上座に座ってタイトルホルダーとして対局した経験がある。

 隙がない指し回しで豊島が再び勝負をタイに戻した。

 一方の永瀬は、敗れはしたものの前を向き、決して振り向かずに陣屋をあとにした。その目は、すでに次局を見据えていた。

運命の“第8局” 恐怖心を克服したボクサーのように、豊島将之のストレートが伸びる(野澤亘伸)
https://bunshun.jp/articles/-/40312

第9局(9月21日、将棋会館、永瀬拓矢●ー豊島将之○)

 第8局の終了後、改めて振り駒が行われた。その結果、豊島が第9局で先手番となり、後手番となった永瀬は持ち時間を選択する権利を得た。永瀬が選んだのは、第7局、第8局と同じく最長の6時間だった。

 第1局が行われてからちょうど3カ月後。史上初の「第9局」にまで至った、長い戦いを最後に制したのは豊島だった。序盤のリードを最後まで手放さない快勝譜となった。

 これで本局を含めて先手番の6勝1敗。結果的には、シリーズを通じて先後の差が際立った。

 

 叡王戦はファンから強く愛されている棋戦だ。クラウドファンディングで運営費を募ると、目標額を大きく上回る1400万円以上が集まった。視聴者のコメントにも熱が入る。

 開幕時ともに「二冠」を保持していたトップ棋士同士による激闘は、そんな観る将ファンを大いに盛り上げた。まもなく対局が行われる王将戦リーグ、そして二人にとっては防衛戦となる永瀬の王座戦、豊島の竜王戦でも、再び戦う姿でファンを魅了してくれるはずだ。

 なお、第9局の観戦レポートは、後日改めて配信する。

INFORMATION

第5期叡王戦 公式サイト

http://www.eiou.jp/

(「文春オンライン」編集部)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング