「まともな精神状態なのか!」韓国人“射殺焼却”でも北朝鮮に怒らない文在寅のダブルスタンダード《3大紙は失望》

文春オンライン / 2020年10月4日 6時0分

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射殺して焼却処分するという“蛮行”だったが…… ©AFLO

〈国民が北朝鮮軍の銃に撃たれて死亡したのに、(北朝鮮と)観光を再開して終戦宣言を求めようというのがまともな精神状態なのか〉

 いま韓国の文在寅政権に、そんな批判が殺到している。この一文は、韓国の3大紙の一つ「中央日報」の社説(9月29日付)の引用。タイトルは、「北朝鮮の顔色伺いをしながら言いなりになる文大統領には失望だ」と強烈だ。

 北朝鮮軍が軍事境界線の海域に漂流していた韓国人を射殺して焼却処分――そんな“蛮行”後にもかかわらず、北朝鮮に融和的な発言を続ける文在寅大統領。さらに、その渦中で与党が「朝鮮戦争の終戦宣言」や「個別観光」を求める決議案を上程するに至り、国民から文在寅政権に批判が集まっているのだ。

遺体にガソリンを塗って火を付けた

 事件があったのは9月21日。北朝鮮に近い北西部にある延坪島(ヨンピョンド)周辺の海域で、違法漁業の取り締まりをしていた韓国海洋水産省所属の男性職員(47)が行方不明になった。男性の消息が明らかにされたのは24日。男性は救命胴衣を付けて漂流中に北朝鮮軍に発見され、北朝鮮軍に銃殺された上、遺体は焼かれたと韓国国防省が発表したのだ。

 在韓ジャーナリストの朴承珉氏が解説する。

「男性が浮遊物に掴まって漂流していたところを、北朝鮮軍に発見されたのは22日15時半ごろで、北朝鮮軍に船上から審問されました。ところが、北朝鮮軍は約6時間後の21時40分になって、男性を銃で射殺。さらに遺体にガソリンを塗って火を付けたのです。その残虐な顛末に、韓国国内でも動揺が広がりました」

 民間人に対しての異例の殺害行為。北朝鮮問題を韓国で長年取材する朴氏は、この思い切った行動には「金正恩の指示があった」と分析する。

「これまでも北朝鮮軍の行動によって、韓国の民間人が犠牲になる事件がありました。たとえば、2008年の金剛山事件では、軍事保護施設区域に誤って入った女性を、軍隊に入って間もない北朝鮮の女性兵士が軍の規則を厳格に守った結果、射殺しました。つまり、現場の判断が原因でした。

 ところが今回は、男性が北朝鮮軍に発見されてから射殺まで6時間もありました。この間に海軍の現場から海軍司令部を経て、指導部中枢つまりは金正恩まで報告が当然上がっている。その上での判断としか考えられないのです。金正恩政権で党幹部を務め、現在アメリカに亡命している李正浩(リ・ジョンホ)氏にも事件の見解を尋ねましたが、『今回のような行為を現場で判断できるような国ではない。金正恩の指示なくして絶対に実行できない』と証言しています」

射殺事件を「南北関係を進展させるきっかけ」に?

 北に融和的な文在寅大統領も、さすがに今回ばかりは「衝撃的事件だ。いかなる理由であれ容認できない」と表明。北朝鮮側に責任ある説明と対応を求めたが、すぐに北が意外な手に出た。

 男性が射殺された3日後の9月25日、金正恩委員長が韓国に宛てた通知文で、「大統領と南の同胞に失望感を与え、非常に申し訳なく思う」と謝罪したのだ。

 この異例の謝罪劇に、文在寅政権は態度を急変させる。「北の最高指導者として直ちに直接謝罪したというのは史上初めての極めて異例なことだ」とした上で、「格別の意味として受け止める」と表明。次のように言い切った。

「事件を悲劇的なものとして終わらせず対話と協力の機会を作り、南北関係を進展させるきっかけにしたい」

 現地の雰囲気を、韓国駐在の日本人特派員が解説する。

「たしかに金正恩が謝罪するという展開は予想外で、極めて異例です。が、自国民が非人道的に殺されたタイミングで、それを“対話のチャンス”と言わんばかりに振る舞った文大統領の対応には、さすがに『いったいどこの国の大統領なんだ』との批判が広がりました。北朝鮮に向かっていた怒りの矛先は、完全に文在寅大統領に向かったのです」

事態を把握しながら6時間も放置? 

 さらに、批判が収まらないのは、今回の事件に対して文在寅政権の対応に不可解な点があるためだ。

 ひとつは、韓国軍が、北朝鮮側に男性が発見されてから殺害されるまでの6時間、事態を把握していたにもかかわらず放置した点だ。

「現在の韓国軍は、北朝鮮軍の現場と司令部の無線のやり取りをきちんと傍受できています。今回も北朝鮮海軍の艦長が、司令部から『射殺しろ』と指示され、『本当ですか』と聞き返したやり取りまで傍受しているのです。北の兵士も『射殺するまでのことではない』と考えていたのでしょう。

 ここまで傍受できているのですから、途中経過を含めて、文在寅大統領に情報が上がらないわけがない。対面の報告でなくても、電話などで文在寅大統領は報告を受けたはずです。国防部は『韓国の傍受能力が北にわかってしまうので、動けなかった』と発表していますが、国民にしてみれば救出のチャンスがあったにもかかわらず、“北に気を遣って、見殺しにした”と見えるのも無理からぬことです」(朴氏)

 さらに、殺害された男性が「“越北”(北朝鮮へ亡命)したがっていた」との情報を、政権側がことさら強調していることにも疑問の声が上がっている。

「確かに男性は救命胴衣を着ていましたし、船に靴も残っていた。さらに韓国軍の傍受で、男性が北朝鮮軍に対して名前や年齢を全部答えていることがわかっています。私個人としても、事故ではなく、越北の意志があった可能性が高いと思います。しかし問題なのは、与党の国会議員らがことさら男性の『越北の意志』を強調して、“越北なら射殺されても仕方ない”という趣旨の発言をしているのです。遺体を燃やすという人道に反した行為に対して、北朝鮮が相手だと怒らない政権なのです」(朴氏)

「ローンがあって救命胴衣を着たら越北者か?」

 射殺された男性の兄、李来珍氏(54)も、文在寅政権の対応に激怒している。事件直後から転落事故や自殺の可能性が除外された上、警察側が男性にギャンブルで作った約3億3000万ウォン(約3000万円)の借金があったことを明らかにしたからだ。

 記者会見で兄は、男性が越北目的だったことを否定し、「当局が繰り返しているのは、弟の家庭問題と借金の話ばかり。それなら韓国の一般市民の50~60%が亡命することになる。弟の死の2日前にも話をしたが、亡命に言及することもほのめかすこともなかった」と主張したと報じられている。

「世間は兄に同情的です。借金があったのは事実のようですが、これから国を相手取って裁判になるかも知れません。特に不満を溜めているのは、長引く就職難に苦しむ若者たちです。このところ、『第2の曺国(チョ・グク)事態』と呼ばれる秋美愛(チュ・ミエ)法務長官が兵役中の息子を優遇していたという疑惑に続いての出来事ですから、不穏な空気が流れています」(前出・日本人特派員)

 実際に「朝鮮日報」(9月25日付)は、「特に若者層が今回の事件で見せた関心と怒りは大きい」とした上で、若者たちがネットに書き込んだ次のようなコメントを紹介している。

〈一般人でもなく、公務員が消えたのに、大統領が報告を1回も受けられないということがあるだろうか〉

〈越北しようとした韓国人は北朝鮮が銃殺しても何の問題もないのだろうか? 政府があまりにも非常識なので、自分の判断力すら鈍ってしまった気がする〉

 さらに、警察などが救命胴衣や借金を「越北の状況を示している」としていることについて、次のように皮肉っている。

〈ローンを返さないで船で救命胴衣を着ていたら潜在的越北者になるから、着るのはやめよう〉

「すべては金正恩の思惑通り」

 これらの韓国国内の動揺は、金正恩の思惑通りに進んでいると、朴氏は見ている。

「米朝関係が膠着する中で、金正恩は韓国に対して、アメリカの言うことを聞かずに南北間で経済協力するようにプレッシャーを掛けています。しかし、いくら融和的とはいえ、国連安保理の制裁のため、そこまでは踏み込めない文在寅大統領に、金正恩は強い不満を持っているのです。

 今回の金正恩の謝罪劇は、文在寅大統領が喜ぶことを見越しての判断。南北の関係が決定的に悪化することは避けつつ、韓国の国論を効果的に二分することに成功した。文在寅大統領を苦しめながらも『南北で手を取り合っていこう』という気持ちにさせたい、金正恩からの絶妙な“圧力”なのです」

 前出の韓国駐在の日本人特派員は、ソウル市民が射殺事件後に口にした感想が印象に残っているという。

「韓国でも、今回の事件を受けて、『もし日本人に射殺されて、現場が独島(竹島)だったら、とんでもない大問題になるのに』と口にする人もいます。『朝鮮日報』にも、米タフツ大の北朝鮮専門家、イ・ソンユン教授の〈東京の中途半端な謝罪には激高する政府が、平壌の謝罪らしくない謝罪には、なぜこんなに感謝するのか〉とのTwitterへの投稿が紹介されていました。この文在寅政権のダブルスタンダードに違和感を拭えない人が、韓国でも保守派を中心に多い」

 この騒動の最中、9月24日に文在寅大統領と電話会談した菅義偉首相は「極めて重要な隣国。北朝鮮問題をはじめ、日韓、日米韓の連携は重要だ」と伝えたという。

 外交の常識が通じない東アジアで、菅首相は存在感を示せるのだろうか。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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