三浦春馬“絶好調”の『カネ恋』と相次ぐ訃報…いま必要な“謙虚さ”とは

文春オンライン / 2020年10月6日 17時0分

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『おカネの切れ目が恋の始まり』公式HPより

 彼が残した謎は、最後まで誰にも解けないのかもしれない。三浦春馬の出演ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』第3話を見終えた後、そんなことを考えていた。

 『天外者』(2020年12月公開予定)『ブレイブ 群青戦記』『太陽の子』(2021年公開予定)など幾つかの作品が年末から来年にかけて公開を控えているものの、このドラマは彼の最も「新しい」映像が残された作品になったのは報道でよく知られている通りだ。2020年7月18日、その日の前日までこのドラマは撮影され、そして制作は一時中断した。

『カネ恋』を見て思わずつぶやいた、「絶好調じゃないか」

 ドラマを見て考えこんでしまったのは、残された映像の中の三浦春馬に憔悴や苦悩の影が見えたからではない。むしろ逆で、このドラマで猿渡慶太を演じる彼はあまりに明るく、生きるエネルギーに満ちあふれている。コメディタッチの作品の中で飄々とした御曹司の役をリズミカルにこなす演技は力強く、その表情にはユーモアと余裕さえ感じられる。

 絶好調じゃないか。こんなことってあるのか? そう思わずにはいられなかった。

 彼の死を伝える衝撃的な一報のあと、多くの報道記事がその理由をめぐり、なんとか大衆が納得できるような「物語」を組み立てようとした。私生活や生い立ちを調べ上げ、もう何年も前に周囲に漏らした悩みの言葉をまるで死の原因であるかのように意味づけようと試みた。だが「最後の映像」の中の三浦春馬は、それらの憶測が作るストーリーにまるでそぐわない、力強くエネルギッシュな輝きを放って見える。 

 彼はプロの俳優なのだから心の中の苦悩や葛藤を画面に出していないのだ、という見方はもちろんできる。もともと三浦春馬にとって、太陽のような明るさの中に暗く謎めいた影がある多面性は俳優としての一つの資質でもあった。

『コンフィデンスマンjp』のジェシーや、『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』の「その男(ザ・マン)」のような複雑な人物像を演じる時、三浦春馬のそうした資質は、まるで異なる物質が化合した天然の鉱石のように深い色彩に輝き、その息を飲むような美しさで観客を惹きつけてきた。

 だが、その複雑な多面性、心の中に隠した暗い影が明るい光を飲み込んでしまったのだ、という見方に、残された映像を見ながら僕は今も納得できずにいる。映像の中の彼が見せるのは、まるで一流スポーツ選手やバレリーナが自分の身体を指先までコントロールするように、自分の心身を完全に操った見事な演技だ。

 これはドラマの中の役柄がそうだから、というのもあるだろうが、悩みつつ新たな役を作り出そうと挑戦する年下の主演女優・松岡茉優をむしろサポートするように、『カネ恋』の猿渡慶太を演じる三浦春馬の演技は安定し、タフで明るいユーモアに満ちている。ドラマの撮影スタッフの言葉を伝える報道によれば、演技の方向性でスタッフと議論を交わす松岡茉優に「彼女がやりやすいようにやりましょう、僕はそれに合わせて演じていきます」と三浦春馬が語ったのは「その日」2020年7月18日の前日、最後の収録になってしまった日なのだという。

「彼女のやりやすいように」は僕たちが知る三浦春馬そのもの

 いったい、そんなことがありえるのだろうか? 「彼女のやりやすいように、僕はそれに合わせる」という言葉は撮影スタッフからの伝聞ではあるが、僕たちの知る「三浦春馬らしさ」にあふれている。

 主演舞台が無念の中断に追い込まれた千秋楽の挨拶でも、彼は舞台の上の子役を気遣って「千秋楽おめでとう」「ありがとう」という言葉を選び、自分の時間を削って共演者一人一人に挨拶の時間を作っていた。

 作品をさらに良くするために何ができるか、と自分を追い込む年下の松岡茉優を支え、僕が彼女に合わせる、と力強く答える「三浦春馬らしさ」が最後の収録の日まで変わっていなかったのだとしたら、そこからわずか十数時間の間にいったい何が起きたのか、誰も答えを見つけられずにいる。

 そうした謎は、三浦春馬の周囲だけにあるのではない。報道で知られる通り、芦名星、竹内結子、藤木孝といった名優たちがわずかな期間に相次いで命を落とした。

 報道によれば竹内結子は前日に生まれたばかりの第2子を抱いて義父とテレビ電話で話し、「コロナがおさまったらまた家族みんなでそちらに帰りますね」と話していたという。彼女と共に時代を生きてきた多くの人々がその死に驚き、戸惑っている。

 悪天候の飛行機にトラブルが起き、救難信号を出しながら高度を下げてついに不時着するのではなく、直前まで上空を安定運行していた機影が突然レーダーから消失し連絡が途切れるような、信じがたい訃報が次々と届く。日本の芸能史において、ここまでの短期間にこれほどの名優たちの訃報が重なるのは前代未聞の事態だ。当初は色めきたったメディア報道さえ、あまりに相次ぐ事態に顔色が変わりつつある。 

 もしかしたら僕たちは、「わからない」ということに対してもっと謙虚になるべきなのかもしれない。G7で最悪水準を記録する日本の自殺死亡率の中には、はっきりとした原因もわからず遺書もない死が以前から多く含まれている。死には必ず分かりやすい理由があるはずだ、という物語を求める世間の欲望は、残された家族や友人を時に追い詰め、自責の念を抱かせる。

 もちろん全体として、このコロナ禍の状況下で自殺が急増していることを論じ、社会として対策やケアを充実させることは大切だ。死の背景に存在する社会的な問題について考えることは止められるべきではない。

 だが同時に、一人一人の死についてわかりやすい物語を求め、人々がそう思いたいように死者を押し込めることについてもっと慎重になるべきなのかもしれない。一見理由があるように見える遺書のある死、「~を苦にして」といった紋切り型で報じられる死にも、本当は本人にしかわからない、もっと複雑な真実があったかもしれないのだ。 

 

『カネ恋』は10月6日の放送、第4話で最終回を迎える。それがどのような内容になるのか、この記事を書いている現時点ではまだわからない。もとより、8話で放送する予定で書かれた脚本を4話で綺麗に終わらせるのは不可能だろう。

 三浦春馬の訃報のあと、ほとんどのメディアはこのドラマについて「代役も難しく、コメディタッチのドラマでは雰囲気にも合わない。お蔵入りの可能性が高い」と予測した。だが、たとえ不完全な短縮の形になってもこのドラマを再構成して放送しようと踏み切ったのは、三浦春馬が最後に残した映像を世に残しておきたいという作り手の意志だったのではないだろうか。

「爆心地」にいた松岡茉優の気遣い

 このドラマの初回放送前には、新作ドラマの放送前につきものの情報番組ジャックやバラエティ番組回りがほとんど行われなかった。SNSのドラマ公式アカウントも最小限の更新にとどめる配慮がなされた。

 松岡茉優は自分のラジオ番組で、「まっさらな正解はないだろうなと思います」「とても個人的な気持ちとして、相手役としてお芝居を受けていた身として、あのすばらしい猿渡慶太をみなさまに見てほしい。サル君は彼しかいない」と語り、同時に「もう一つ、強く願っているのは、これ以上みなさまを、つらくさせるのは避けたいです。私たちはこの物語を全力で作ってますが、受け取れないかも、つらくて見られないかもしれない、という方はどうかご無理なさらないでください」とファンを思いやった。

 突然の死は、残された周囲の人間に衝撃を与える。3月にミュージカル『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド』で三浦春馬と共演した生田絵梨花は、彼の訃報と同じ7月18日に放送された「音楽の日」の生放送本番を欠席せざるを得なかった。人気アイドルグループの主軸とミュージカル女優という過酷な兼務を驚異的なタフさで両立してきた彼女を、突然の死の知らせは立ち上がれないほどに叩きのめした。同じ生放送に衝撃を抱えて出演した城田優は歌の間に涙を流した。

 最後の日の前日まで三浦春馬と共演し、恋人役を演じていた松岡茉優は、いわばその衝撃の爆心地にいたことになる。心身にダメージを受けていないはずがない。それでもドラマを、たとえ4話完結という作品として不完全な形に再構成しても放送することを決意したのは、前日まで自分をサポートすると語ってくれた三浦春馬を今度は松岡茉優がサポートし、彼の最後の仕事を世に残すためだったのではないか。 

 初回の放送前には、三浦翔平と佐藤健の2人が配信を行い、配信後に彼のドラマを見ることを告げた。そこでも語られたのは松岡茉優がラジオで語った言葉と同じ、「もしちょっとキツいなって人がいたら無理せずで結構ですので。またタイミングで観ていただければ、と思います」という言葉だった。

 松岡茉優はかつて『暮しの手帖』に「あなたに届くまで」という短いエッセイを寄稿したことがある。大きな規模の観客に向けて表現をするとき、ある人にとっての救いが別の人を傷つけることがありうるということについて書いた、彼女らしく繊細で美しい文章だった。

 松岡茉優も佐藤健も三浦翔平も、松岡茉優の語る「正解のない」矛盾の中で三浦春馬の最後の作品を送り出そうとしているように見えた。

亡くなった名優を物語の中に生かした名演出

『コード・ブルー』の劇場版映画の中で、浅利陽介演じる藤川一男が「田所先生」からの手紙を読み上げるシーンがある。2010年までその役を演じた老名優・児玉清は、映画の数年前に癌で亡くなっている。もはや出演はおろかナレーションもかなわない彼の声に代わり、浅利陽介が「手紙を読む」という演技によって、物語の中に生かす。

 大ヒット映画となり、すでに続編が予定される『コンフィデンスマンjp』シリーズで三浦春馬が演じたジェシー、竹内結子が演じたスタアといった人気キャラクターの扱いがどうなるのか、あるいは『カネ恋』の猿渡慶太が最終回でどうなるのか今はわからない。

 だが俳優は時に、その周囲の役者たちによって役として生きることができる。少なくとも三浦春馬が最後に演じた猿渡慶太という人物は、ドラマの制作者たちと松岡茉優の決断によって、この世界に生まれ落ちることができたのだ。 

 三浦春馬の著書『日本製』は初版出版時には緊急事態宣言で書店が休業し、店頭で買うことができなかった。その後、多くの人が彼の残した言葉に触れようと買い求めた結果、逆に売り切れで書店から消え、重版が並んだ8月には書籍ランキングの1位を獲得するまでになった。書籍の収益は彼が携わった社会活動に還元されることが所属事務所によって表明され、社会活動AAAも三浦春馬が慕い尊敬した先輩俳優、寺脇康文や岸谷五朗による継続が計画されている。

 俳優は不思議な職業だ。時に役を奪い合うライバルでありながら、彼らは作品の中で深くつながっている。松岡茉優が今後女優として活動を広げるたびに、過去の出演作は多くの人に参照され、彼女が2020年に主演したたった4話の連続ドラマ、そこで共演した輝くような笑顔の青年を未来の観客が発見するだろう。

 松岡茉優や佐藤健や三浦翔平が開く未来と、三浦春馬たちが残した過去の作品は、演劇という木によって繋がれている。その木が枯れることなく、生きて未来に枝を伸ばす限りは。

(CDB)

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