「中学生が校舎から抗議の飛び降り自殺も……」 内モンゴル自治区で中国政府が強行する“同化政策”のリアル

文春オンライン / 2020年10月9日 6時0分

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静岡大学の楊海英教授 ©️Toru Yamakawa

 中国北部の内モンゴル自治区で、9月から小中学校の授業で使う言語をモンゴル語から標準中国語に変更するなど、住民にモンゴル語教育を行わせない政策が推し進められている。中国政府による強硬な「同化政策」に対して、モンゴル族住民が反発し、抗議デモや授業のボイコットが相次いでいるという。

 当局が参加者の拘束などの弾圧を強めているとの報もあるが、果たしていま内モンゴル自治区では何が起こっているのか――。自身も中国・内モンゴル自治区出身で、静岡大学アジア研究センター長を務める楊海英教授に話を聞いた。(全2回の1回目。 2回目 を読む)

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これは中国語教育の強化ではなく“ジェノサイド”

――中国政府は、9月から中国北部の内モンゴル自治区で、モンゴル語教育を禁止しました。東京では、9月12日に、在日モンゴル人を中心に1000人を越えるデモが行われ、全世界に抗議運動が広がっています。いま、内モンゴル自治区で、何が起きているのでしょうか。

 はじめに知っていただきたいことがあります。いま、内モンゴルで起きているのは、教育問題でも、言語問題でもありません。民族問題……いえ、少数民族であるモンゴル人へのジェノサイドにつながる問題なんです。

――日本のメディアでは「モンゴル語教育禁止」と取り上げていますが、それが間違いだ、と。

 その通りです。

 当初、日本のメディアは「モンゴル語教育禁止」と表現していました。ただし最近では、中国政府に配慮したのか、「中国語教育の強化」という言葉を使いはじめました。

 内モンゴル自治区に暮らすモンゴル人は、小学生になるとモンゴル人学校で、「国語」を含めたすべての授業をモンゴル語で受けます。しかし9月から「国語」が中国語になり、今後「道徳」や「歴史」も中国語に順次、切り替わることが決まった。確かに「中国語教育の強化」ではあるのですが、現実はモンゴル人からモンゴル語を奪う政策なんです。

 国際的な人権問題に発展している新疆ウイグル自治区では、ウイグル人たちが職業訓練所や再教育施設という名の「強制収容所」に入れられている。子どもの隔離や、女性の強制不妊も行われています。これらは、すべて国連のジェノサイド条約で禁止されている行為です。新疆ウイグル自治区でも、2018年頃からウイグル語やモンゴル語が使えなくなりました。

 内モンゴルでは、まず言語を奪う政策をスタートさせた。「中国語教育の強化」という生やさしい話ではなく、ジェノサイドの第一段階、あるいは文化的なジェノサイドと位置づけるべきなのです。

抗議運動に参加すれば逮捕、自殺者が出るほど問題は深刻化

――内モンゴルでも抗議活動が起こっているそうですね。

 ただ、抗議運動に参加した人たちがどんどん逮捕されてしまっています。人権団体の調査や、欧米の報道によれば、4000人から5000人、あるいは、1700人が逮捕されたといわれています。

 先ほど入ってきた情報によれば、地域によって、モンゴル人教師の会議も、父母のミーティングも、すべて中国語で行うように義務づけられたそうです。抵抗した教師や父母は「集中訓練」と称し、思想改造の施設に収容されはじめた。

 すでに自殺者が出るほど問題は深刻化しています。確認できるだけで、自殺者は6人。4人の教師と1人の校長先生が、中国政府に抗議して自ら死を選んだ。

 もう1人は中学生です。学校前で抗議運動をしていた父母が、警察官から暴行を受けた。それを見た中学生が校舎から飛び降りるという、とても痛ましい事件が起きてしまった。なかには、9人が自死したという情報もあります。

 遊牧を営む家庭の子どもの多くは寮生活を送りながら、学校に通っています。親にとっては、子どもたちが人質に取られたような状況なのです。なかには、授業をボイコットさせる親もいるのですが、警察が強引に子どもを学校に連れて行ってしまう。

――そうした「中国語教育の強化」は、突然はじまったのですか?

 モンゴル語教育が禁止されるというウワサが流れはじめたのは、今年の6月ごろです。内モンゴルに暮らす人たちは、人がいいから「正式な公文書が出ていないから、大丈夫ですよ」「騒ぎすぎです」と楽観視していました。でも、リークされた内部文書などを調べてみると、どうやら本当にやるらしい。

 これはマズいと感じた私は、7月22日からモンゴル語教育維持を訴える署名サイトを開設しました。8月10日までの20日間に集まった3643人の署名簿と抗議文書を中国政府の国家教育部、内モンゴル自治区教育庁、アメリカ大使館などに送り、モンゴル国のメディアなどに報道してもらったのです。この時点で、私も全世界から署名が集まれば、中国政府も方針を転換するのではないか、と考えていたのですが……。見通しが甘かった。

 そして、8月25日。父母たちが子どもを学校に連れて行ったら、中国語で書かれた新しい教科書を見せられた。こうして抗議活動がはじまったのです。

書店からチンギスハーンや、モンゴル帝国に関する本が消えた

――町のなかから、モンゴル語の看板が撤去されているという話も聞きました。

 ご指摘の通りです。モンゴル人の民俗学会や作家連盟も活動停止を命じられ、集まることはおろか、連絡を取り合うことすら許されない。ウィーチャット(中国のメッセージアプリ)で、複数人のやり取りも禁じられてしまっている。

 私がよく通っていたフフホト(内モンゴル自治区の省都)の書店からは、チンギスハーンや、モンゴル帝国に関する本が消えてしまった。モンゴル語の本だけでなく、中国語で書かれたものまで店頭にはありません。その上、チンギスハーンは漢民族だった、というとんでもない説も出てきている(苦笑)。

――歴史の改ざんですね。

 今回の中国政府の政策を民族問題だと語ったのは、まさにそこなんです。

 スターリンは、民族を次のように定義しました。民族とは、共通の地域、経済、文化、心理、そして言語を持つ人たちによって、歴史的に構成された共同体である、と。

 内モンゴルでは、モンゴル人にとっての共通の地域、経済や文化はすでに破壊されてしまっている。

 ご存じのように、モンゴル人は伝統的に家畜とともに草原で生きてきました。食性が異なる5種類の家畜(羊、ヤギ、牛、馬、ラクダ)を放牧し、季節ごとに生え替わる草を求めて年に数度、移動する。それは自然や動物を大切にする歴史的に培った文化であり、草原の再生力を活用した経済活動でもあったのです。

 しかし1990年代から中国政府は「発展」「近代化」「文化的な生活」というスローガンを掲げ、草原に井戸を掘り、風力発電やソーラーパネルを設置し、遊牧民たちに定住や農耕を強いてきた。中国政府の論理では、野蛮な遊牧をやめて、文化的な漢民族と同化させてあげようということなのでしょう。結果として、中国政府はモンゴル人のアイデンティティであった地域、経済、文化を奪うことに成功した。

 遊牧民たちが定住すると何が起こるか。

 家畜は限られたエリアの草を食べるしかないから、草原が荒れてしまう。さらに草原に鍬を入れ、畑をつくることを推奨した影響で、砂漠がどんどん広がっていった。その上、中国政府は、いまもレアメタルや資源などの開発を続け、モンゴル文化の基盤である草原を破壊し続けている。

 そして最後、私たちに残されたのが、言語と文字です。地域、経済、文化を奪われた内モンゴルの人々にとって、言語と文字が、民族としての最後のシンボルといってもいいでしょう。モンゴル語教育の維持……それこそが、決して越えさせてはならない最後の一線だったのです。

「暴行の末、石炭や薪の上で火をつけられた」 中国共産党による第二の“文化大革命”を止めるため日本人に知ってほしいこと へ続く

(山川 徹)

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