101億円の借金を抱えた隠岐の「海士町」 “挑戦したい人”が移住する町になるまで

文春オンライン / 2020年10月11日 11時0分

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菱浦港沖合にある三郎岩。隠岐諸島には豊かな漁場が広がる

 食は人の営みを支えるものであり、文化であり、そして何よりも歓びに満ちたものです。そこで食の達人に、「お取り寄せ」をテーマに、その愉しみや商品との出会いについて、綴っていただきました。第2回はこの十数年、旅をしながら仕事と遊びの垣根のないライフスタイルを送ってきた本田直之さんです。

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 僕は年の9ヶ月は旅をし、1ヶ月以上同じ場所にはいない、という生活をかれこれ13年続けていた。今年の3月まで。そして、この半年はほとんど旅にでられないという、かつて想像もしなかった、生活をしている。

 そんな今だからこそ、旅のかわりにしていることがある。日本全国から、美味しいお取り寄せを探して、家で食べる。食べるだけじゃなくて、感じる、体験する、そして想像する。

 取り寄せは通常、お店・料理の味の評判で決めるが、今年はそれに、旅したいところ、行ってみたい場所というのを加えてみた。食する前に、その場所を調べてみる。

 そして、旅をしている自分を想像し、感じて、疑似体験しながら、食べる!これが結構面白くて。

 いまから5年前、『脱東京 仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住』という本を毎日新聞出版から出した。その一環でいろいろな地方自治体から声をかけてもらい、訪問した。その中でも、最も行きたかった所で、印象にのこった場所は、島根県の隠岐にある海士町(あまちょう)だった。

 海士町は実は借金101億5000万円を抱える大赤字の島で破綻寸前までいった街だった。山内道雄元町長は給与を50%カットし、その姿に心を打たれた役場の職員達も自ら給与をカットし、日本一給料の安い役場になった。そしてその浮いた資金をつかい、起死回生をかけ、島の新鮮な魚介類を本州に送るために鮮度が落ちないようにCASという凍結装置を導入した。これにより解凍しても水っぽくならず、長時間鮮度を保て、限りなく生に近い状態で味わうことができるようになり、海士町の特産品をブランド化することに成功し、本州からの外貨を獲得し、町が復活した。

 そしてさらに移住者を受け入れ始めたら、現在、人口の1割が若い移住者になった。この町のテーマは“ないものはない”。開き直りにもとれるし、活躍の場はいくらでもあって、自分次第でどうにでもなるから“ないもの”はない、という意味でもある。

成功のカギは「チャレンジしたい人」を求めたこと

 実際、都会のようにコンビニもないしモールもないが、挑戦したい人を求めていて、みんな地域のために努力している。廃校になる寸前の学校を立て直すため企画された本州から船で渡る「島留学」は、定員オーバーになったという。“メチャクチャキツイよ”というキャッチフレーズで、漁業の定置網の仕事を募集したところ元教師が移住してきていたりする。

 今は物質主義が限界に達して、本当の幸せを考え直す時期。ライフスタイルに共感する場所を探し移住するのも一つの方法と開き直り、定住はしてくれなくてもいいから、チャレンジしたい人に来て欲しい、と打ち出したところに成功のカギがある。

 以前は、東京は最先端で、海士町は最後尾だった。だけどここ数年、無いものが無いのが良いとか、もっと物質至上主義から精神的なものに変わっている。実際に最後尾は最先端になれるチャンスがある、ということ。

 冬が一番美味しい時期で肉厚で肝にも脂がのった旨みを感じる寒シマメ(スルメイカ)。これを前出のCASを使って素材本来の旨み・香り・みずみずしさを味わえるようにした、名物「隠岐の寒シマメ肝醤油漬け」を、海士町の歴史、未来、人々、文化を感じながら、ご飯にたっぷり載せていただく。これぞコロナ時代の新しい体験ではないだろうか。

(本田 直之/文春マルシェ)

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