トップを走る松屋を、吉野家が猛追…2020年に「牛丼カレー界」に起きた異変

文春オンライン / 2020年11月27日 17時0分

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 日本の国民食カレーライスは牛丼店でも定番メニューです。牛丼界のカレーのトップを走ってきたのは、言わずとしれた松屋。しかし、今年その勢力図に変化が起きたのをご存知でしょうか。

なぜ松屋のカレーはトップを走ってきたのか

 万人受けというよりは最初からカレー好きをターゲットにしたとしか思えない辛口で本格志向の松屋のカレーは、カレーマニアからの支持も高く、中には「松屋はカレー屋」「日本最高のカレーチェーンは松屋」と断言する人もいます。もちろんそれはあえての極端な言い回しではありますが、それくらい松屋のカレーはクオリティが高いという事が認められているわけです。

 クオリティの高さや辛さだけでなく、松屋のカレーは圧倒的な個性も備えています。これまでにも「これは果たしてカレーなのか?」「もはやこれはスパイスの効いたトマトソースと言うべきなのでは?」という困惑と論争を世に投げかけたトマトカレーや、タイ料理専門店顔負けの本格的なタイ風グリーンカレーなど、チェーン店とは思えない攻めた商品をいくつも繰り出してきたのが松屋です。

ワンコインで食べられるのが奇跡…松屋の「創業ビーフカレー」

 少し古い話になりますが、2005年に販売された激辛のスープカレーは「辛すぎて食べられない」というクレームが殺到し、結果販売実績も振るわなかった、という「失敗」もあったそうです。しかしこれも、もし昨今のすっかりスパイス慣れした日本人だったら、しっかり受け止め切れた商品だったのかもしれません。時代を先取りしすぎてしまったのでしょうか。

 松屋の会長は「耳の裏が熱くなるくらいでなければカレーじゃない」と言い切る根っからのカレー好きで、かつては自らカレーメニューの開発の陣頭指揮も取っていたと聞きます。そのDNAは現在も脈々と受け継がれ、松屋が個性的かつ本格的なカレーを生み出す土壌となっているのでしょう。

 そんな松屋が2019年からレギュラー商品として展開しているのが「創業ビーフカレー」、ある意味松屋らしからぬオーソドックスなビーフカレーです。それまでレギュラーだった「オリジナルカレー」が、スパイスと、そしてそれ以上にニンニクの立った荒々しい味わいだったのに比較すると、見方によっては平凡になったと感じた人もいたようです。しかし私は個人的にこれを極めて高く評価しています。

安価にホテルレストラン並の美味しさを実現できるワケ

 尋常じゃないニンニクの効かせ方でインパクト満点の味わいを作り出すのは松屋のいわば「お家芸」でしたが、この数年松屋はそれ一辺倒ではなく、ニンニクのパワープレイに頼らない多彩な味わいで商品の幅を広げている印象があります。この創業ビーフカレーもその流れの一環ということも言えるかもしれません。

 ニンニクに頼らない代わりに炒め玉ねぎと牛肉をふんだんに使いそれをバランスの良いスパイスがきっちり引き立てる事で、言うなれば、塩気こそかなり強めではあるものの高級なホテルレストランのビーフカレーにも匹敵するような説得力抜群のおいしさに到達していると思います。

 それでいてホテルカレーともまた一線を画すポジティブな意味でのワイルドさは備えています。やはり相変わらず強めのスパイスの効きもさることながら、面白いのはこのカレー、形が無くなるまで煮込まれた牛肉の繊維に混じって筋や皮膜の白っぽい部分が時として結構な割合で混ざっている事があるのです。高級なホテルカレーだと丹念に取り除かれる部分でもあります。確かに見た目は良くないのですが、逆に考えればそういう端材もフル活用する事で価格を抑えつつ高級感のある味わいを創出していると言えます。

 創業ビーフカレーの490円という価格は、それまでのオリジナルカレーが390円だった事と比較され「体の良い値上げではないか」というネガティブな声もあったようですが、このクオリティの本格ビーフカレーがワンコインでお釣りが来るというのはむしろ奇跡的なレベルだと思います。

王者の余裕を感じさせる「ごろごろ煮込みチキンカレー」

 現在の松屋のカレー部門を創業ビーフカレーと共に支える二枚看板のひとつが「ごろごろ煮込みチキンカレー」です。創業ビーフカレーが、これまで幾多のアグレッシブな挑戦を経て最終的に原点回帰した一つの到達点とするならば、この通称「ごろチキ」はその挑戦の最新型と言えます。

 挑戦と言いつつこのカレーは、松屋のメイン調理器具ともいえる肉焼き用鉄板で香ばしく焼いたチキンをその場でカレーソースと合わせる、という松屋にしかできない盤石のオペレーションの上に成り立っている点が肝です。言うなれば、成熟した技術の水平展開。王者の余裕すら感じさせます。

 日本人にとってカレーとは長時間じっくり煮込んでナンボ的なイメージは今なお根強いわけですが、ごろチキのこの、あえて煮込みすぎずに素材感を引き立てるというメソッドは、インドカレーなどにも通じるワールドスタンダードな技法。そういう部分が相変わらずアグレッシブ。実際、煮込みすぎないからこその肉の食べ応えやジューシーさが存分に楽しめるわけです。そしてここまで鶏肉たっぷりなら煮込まずとも旨みは十分カレーソース全体に行き渡るという計算づくの力業。見事としか言いようがありません。

 こちらはレギュラー枠ではなく期間限定商品ながら、ファンからのあまりの要望の強さにより、派生商品である「ごろごろチキンのバターチキンカレー」も含め準レギュラー的に登場し続けていたりもしています。またいつか帰ってくるに違いない、という期待感の煽りもまた王者の余裕。私たちはその王者の掌中で転がされるばかりです。参った。

正直パッとしなかった吉野家のカレーに起きた異変

 そんな松屋のカレーに比べて、牛丼最大手吉野家のカレーは、正直なところこれまでパッとしないイメージでした。しかし最近、ついにそこにちょっとした異変が起きました。

 従来の吉野家のカレーは、良くも悪くも典型的な外食の業務用カレー的な味わいでした。カレーライス単体でも、牛丼との合いがけ、通称「カレ牛」でも無難に楽しめる王道的な味わいではあるものの、特にこれと言って特徴があるわけでもなく、わざわざ食べる程のものではないというのがあくまで個人的な印象。実際「牛丼屋でカレーを食べるなら松屋」というのは、前述の通り世の中のカレー好きのほぼ一致した意見だったと思います。

 ところが今年の8月、吉野家はその松屋とは全く違う切り口でカレーのリニューアルを仕掛けてきました。それは端的に言えば「カレ牛専用カレー」。とにかく、吉野家の看板商品である牛丼を徹底的に引き立てるための、ポジティブな意味で脇役に徹したカレーです。

 松屋のカレーは実際あまりカレ牛には向いていないと感じます。ごろごろチキン系にはそもそも牛との合いがけメニューは設定されていませんが、創業ビーフカレーはカレ牛がメニューにあるとは言え、ただでさえ大盛りにしないとご飯が足らなくなりがちなストロングな味。そこに更に牛が加わると収拾が付かなくなってしまいます。

 その事はもちろんカレーそのものが存在感や完成度がそれだけで充分である事と表裏一体ではありますが、何にせよ吉野家はそこに対して完全に競争の軸をずらして挑んできたという事になります。

吉野家の魅力の本質を捉えた、「粋」でカッコいい味

 その吉野家の新カレー、風味自体は「ボンカレー」の時代に後戻りしたようなクラシックなものですが、味わいの下支えはかすかな和ダシや醤油でしょうか、その分動物性の油脂やエキスに頼りすぎる事なくソリッドな仕上がりです。濃度だけでなく味にも余分なモッタリ感が無い分、ジャパンクラシックな配合のスパイスが華やかに香ります。そしてこの引き算のカレーが牛丼の良いところを打ち消す事なく存分に引き立てます。

 個人的に吉野家の魅力の本質は「粋」なカッコ良さにあると思っています。吉野家の牛丼そのものの味は昔も今もどの競合チェーンより粋だと感じますが、メニュー構成や商品展開に関しては、客層や利用動機の間口を広げて他社と競い合っていかなければならないという圧のなかで、かつてあったシンプルな粋が薄れている気がするのは正直なところです。しかしその中でこの新カレー、久々に吉野家らしい粋を感じました。とにかくカッコいい味です。

 その分もしかしたら、カレ牛ではなくカレー単品としては少し物足りなさを感じる人もいるかもしれません。ただしこれに関しては私の知人が面白いことを言ってました。このカレーは飲んだ後の締めにぴったりかもしれないね、と。

 なるほどこれにはすこぶる納得です。最近吉野家ではから揚げやアジフライなどの揚げ物にまでメニューを広げている店舗も増えています。そういう店舗で牛皿やから揚げで一通り飲んだ後にこのカレーで締めるというのは、これまでとはまた違う吉野家の粋な楽しみ方なのかもしれませんね。

 欲を言えばこのカレー、「カレーライス主体に牛丼の具をトッピング」という現在のスタイルではなく、丼に入った普通の「牛丼の並」に、おちょこ2杯分くらいのこのカレーをかけて、あくまで「丼」の延長としてスプーンではなく箸でワシワシとかき込んで食べてみたいです。生卵や半熟卵同様トッピングメニューとして小鉢で少量出してくれたら、これから牛丼を頼むたびに毎回追加注文してしまうかもしれません。

(稲田 俊輔)

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