藤井聡太二冠の誕生、レジェンドたちの活躍…2020年の将棋界で何が起きたのか
文春オンライン / 2020年12月31日 11時0分

棋王戦第2局で渡辺明棋王(左)に勝利し、対局を振り返る本田奎五段 ©共同通信社
新型コロナウイルスに振り回された2020年の日本。将棋界もまた例外ではなかったが、関係者の不断の努力によって対局は続けられた。暗いムードに沈みがちな世相だったからこそ、改めて将棋のドラマ性やエンタテインメント性が際立ったのかもしれない。
そんな将棋界の1年間を写真とともに振りかえってみたい。
本田奎五段、棋戦初参加でのタイトル挑戦を果たす
本田奎五段 は、初参加だった第45期棋王戦で得意戦法「相掛かり」を武器に快進撃を続けた。予選1回戦から実に10連勝。変則二番勝負となった挑戦者決定戦では、第1局で佐々木大地五段に敗れたものの、続く第2局では勝利を収めてタイトル挑戦を決めた。初参加棋戦でのタイトル挑戦は、史上初の快挙だった。
2月1日から行われた五番勝負では、1勝3敗で渡辺明棋王からのタイトル奪取はならなかったが、新しいスターの誕生を予期させるシリーズとなった。
“アゲアゲさん”こと折田翔吾さんがプロ編入を決める
その本田奎五段が「試験官」となったのが、折田翔吾さんによるプロ編入試験だった。折田さんは三段リーグを年齢制限によって退会。その後は、アマチュア大会への出場やYouTuber「アゲアゲさん」として活躍していた。そして、銀河戦での7連勝など、直近の対プロ棋士の公式戦成績が10勝2敗となった折田さんは、棋士編入試験の受験資格を獲得したのだった。
2月25日、東京の将棋会館で行われた棋士編入試験五番勝負第4局では折田翔吾アマが本田奎五段に勝ち、3勝1敗で見事合格を決めた。そして、4月1日付で新四段となり、現行の編入試験制度では今泉健司五段以来となる プロ棋士デビューを果たした 。
第4局の棋譜を中継していた将棋連盟モバイルのコメント欄は、勝勢となった最終盤の折田アマの指し手を〈まさに人生を懸けた寄せである〉と伝えていた。
西山朋佳三段、惜しくも三段リーグ「次点」となる
3月7日に行われた 第66回三段リーグ17、18回戦 の結果、服部慎一郎と谷合廣紀が四段昇段を決めた。12勝4敗で最終日を迎えた西山朋佳三段は、2連勝して14勝4敗の好成績を挙げたものの、前期順位が上だった服部、谷合の両名も同じく14勝4敗だったため、「頭ハネ」で次点(3位)に終わった。
「女性初のプロ棋士」は惜しくも持ち越しとなってしまったが、過去に三段リーグで14勝した奨励会員はその後全員がプロになっている。今後は、通常の三段リーグ2位以内の条件に加えて、もう一度次点を取った場合にも四段に昇段することができる。新たな歴史を作ることができるのか、西山三段のチャレンジに来年も注目が集まる。
「緊急事態宣言」中にファンを盛り上げたAbemaTVトーナメント
4月7日に発令された緊急事態宣言を受けて、タイトル戦は延期となり、長距離移動をともなう対局も延期となった。このステイホーム期間中の将棋ファンを元気づけたのが、3人1組・12チームによる団体戦「 AbemaTVトーナメント 」だった。 ドラフト会議 と予選リーグは事前収録だったため、緊急事態宣言中にも毎週放送されていた。
週1回の番組だけではなく、「チームレジェンド」(リーダー・佐藤康光九段)や「チーム振り飛車」(リーダー・久保利明九段)が期間限定でTwitterを始めたことにもファンは大いに盛り上がった。
優勝したのは、ドラフト会議で藤井聡太七段(当時)を引き当てた 「チームバナナ」(リーダー・永瀬拓矢王座) だったが、チームレジェンドのベスト4進出という結果が光った。「本気出せば強いんですよというところをお見せしたい」と語っていた佐藤康光九段の決意表明が、まさに現実のものとなった。
藤井聡太「棋聖」から「二冠」へ
史上最年少でデビューして29連勝、その後も全棋士参加棋戦での優勝、年間勝率8割超えなど、数々の記録を更新してきた藤井聡太七段だったが、タイトル戦の舞台には惜しくも手が届かずにいた。ところが、「史上最年少タイトル挑戦」のラストチャンスとなった第91期ヒューリック杯棋聖戦では、決勝トーナメントを勝ち進むと挑戦者決定戦で永瀬拓矢二冠(当時)との公式戦初対局に勝利。
6月8日に開幕した棋聖戦五番勝負では、 屋敷伸之九段が長らく保持していた記録 を更新して、17歳10か月20日でのタイトル挑戦を果たした。その勢いのまま3勝1敗で棋聖を奪取して、やはり屋敷伸之九段の史上最年少タイトル獲得の記録も30年ぶりに塗り替えた。一般メディアも連日のように報道して、藤井七段の指し手を表現する「AI超え」は流行語大賞候補となった。
並行して7月1日から行われた王位戦七番勝負でも、前年に史上最年長初タイトルを獲得した木村一基王位からストレートでタイトルを奪取。一気に「二冠」となり、藤井時代の到来を予期させるには十分な結果となった。
渡辺明、悲願の「名人」獲得
棋聖戦で挑戦者・藤井聡太を相手に苦杯をなめた渡辺明だったが、名人戦七番勝負では見事に豊島将之名人からタイトル奪取を果たした。タイトル獲得通算25期という実績を持ちながら、これまでは名人には挑戦したことすらなかった。名人位を獲得した直後の記者会見では、「縁がないかなと思っていたところもあった」と心境を吐露した。
作戦研究に余念がないとされる渡辺三冠(当時)の「新手」で注目されたのは、 第1局 で披露した黒のフェイスマスク。まるで忍者のような出で立ちで、「バフ」と呼ばれるマスクだという。
終わらない叡王戦“十番勝負”
その名人戦と並行して行われていたのが、第5期叡王戦“七番勝負”だ。4月12日に第1局が行われる予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大にともない、2カ月後の6月21日に開幕した。ところが、 第1局 では千日手指し直しとなり、続く 第2局 、 第3局 はタイトル戦史上初となる2局連続での持将棋引き分けとなった。
防衛側の永瀬拓矢叡王は、千日手や指し直しを厭わず、ストイックで粘り強い棋風から“軍曹”とも呼ばれる。
この間、過密日程もあってか、挑戦者の豊島将之は公式戦での連敗を重ね、さらには名人を失冠してしまう。しかし、カド番で迎えた 第8局 を会心譜で勝利すると、フルセットとなった 第9局 を制してタイトルを奪取した。なお、シリーズ総手数1418手は史上最多。第9局の開催も史上初。千日手局も入れると「十番勝負」という異例の長期戦になったことから、ファンの間では「終わらない叡王戦」と話題になった。
なお、新叡王の就任後、叡王戦の主催は株式会社ドワンゴから株式会社不二家に交代することが発表された。新たに開幕した叡王戦の段位別予選では、対局者に不二家のお菓子が提供されている。
女流棋界にも順位戦「ヒューリック杯白玲戦」
女流棋界に 新棋戦が創設された 。初の“順位戦”となる「ヒューリック杯白玲戦」だ。ヒューリック株式会社は、昨年「 ヒューリック杯清麗戦 」を新設したばかりだが、こちらは大成建設株式会社が主催を引き継ぐことになった。
これまで女流棋戦は1発勝負のトーナメント形式が多く、初戦での負けが続くと年間対局数が10局に満たないことがあった。白玲戦のリーグ戦によって、10局程度の増加が確定する。なお、8つ目の女流タイトルとなった白玲戦は、優勝賞金1500万円(女流棋界最高額)、七番勝負(女流棋界初)で序列1位の棋戦となった。
切磋琢磨する場が増えたことにより、女流棋界のさらなる発展に期待がかかる。
羽生善治九段、「ひさしぶり」のタイトル戦へ
2018年の竜王戦で失冠して「 27年ぶりの無冠 」となっていた羽生善治九段だが、今期は竜王戦ランキング戦1組で優勝すると、決勝トーナメントでも勝ち進んで挑戦者決定戦を制した。9月27日に50歳の誕生日を迎えた羽生九段にとって、2年ぶり137回目のタイトル戦登場だ。
第4局が行われた「 指宿白水館 」は、3年前の「永世七冠」達成の地でもある。両対局者と立会人らは、名物の「砂蒸し風呂」で英気を養い、主催の読売新聞社による写真は将棋ファンを沸かせた。
七番勝負の結果は、豊島将之竜王が4勝1敗で初防衛を果たし、羽生九段の「タイトル100期」はおあずけとなった。
鹿?
「観る将」文化が一段と花開いた1年でもあった。
例えば、話題になったのは「ファンの呼称」。“貴族”の愛称をもつ佐藤天彦九段のファンなら「領民」、豊島将之竜王のファンなら「区民」といった具合だ(ちなみに東京都豊島区の「としま区民センター」で叡王戦第5局が開催される予定だったが、残念ながらコロナ禍で中止となってしまった)。
新たに定着しつつあるのは、斎藤慎太郎八段のファンを表す「鹿」。斎藤八段の出身地、奈良県にちなんだ名称のようだ。なお、斎藤八段は順位戦A級で初参加ながら5勝1敗と単独トップを快走している。「鹿」のみなさんにとっては、よい年越しとなりそうだ。
(「文春オンライン」編集部)
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