“栗原心愛さんの事件でも弁護士がいれば…” 全都道府県に配置される「スクールロイヤー」という希望
文春オンライン / 2021年1月7日 11時0分

©️iStock.com
コロナ禍でもいじめは止まらない。
さいたま市のある中学校では、給食中にせきをしたことからいじめに発展し、大きな問題となった。
いじめはなぜなくならないのだろうか。
2021年度から全都道府県で配置されることが決まった「スクールロイヤー」。いじめをはじめ、さまざまな学校問題解決を手助けする専門家として期待が高まっている。スクールロイヤーの第一人者として江東区を中心にメディアなどでも活躍する鬼澤秀昌弁護士に話を聞いた。(全2回の1回目/ 続き 読む)
(取材・構成:相澤洋美)
◆◆◆
「いじめ」現在の定義のポイントは
「いじめ」の定義(文部科学省)
「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」
――いじめの定義は、時代背景や社会にあわせて改訂されています。現在の定義のポイントを教えてください。
鬼澤 この定義のポイントは、過去のいじめの定義と比較すると分かりやすいと思います。例えば、1986年度から1993年度まで使われていたのは「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認し ているもの。」という定義でした。それが2013年の「いじめ防止対策推進法(以下、「推進法」)の施行に伴い、「一方的に」「継続的に」「深刻な」といった文言が消えるとともに、「攻撃」が「行為」という言葉となり行った側の主観も関係なくなっているのです。また、学校が認識しているかどうかの基準もなくなっています。
された方が苦痛を感じたら「いじめ」
実際いじめは悪ふざけや喧嘩との区別がつきにくく、以前の定義では、深刻ないじめが背景にあっても「お互いにじゃれていた」「一時的な行為である」「いじめというほどひどい行為ではない」などと片付けられてしまうこともありました。法律によって被害を受けた人が苦痛を感じたすべてを「いじめである」と定義づけたのは、そのような理由でいじめを見逃してしまうことを回避するためなのです。
この推進法成立のきっかけとなったのは、2012年の「大津市中2いじめ自殺事件」でした。いじめと自殺の因果関係を認めなかった学校と教育委員会の対応はメディアでも大きく取り上げられ、社会問題となりました。
──法律ができたことで、学校側の対応は改善したと思われますか。
鬼澤 推進法ができたことで、いじめを学校全体の問題とみる流れはできてきたと思います。教師は授業だけでなく、保護者対応や部活、生徒指導など、多くの業務を抱えています。いじめが起きた時に一人の教員が抱え込むのではなく、学校組織として対応していくことは、いじめ防止に有効だと思います。
全国で導入される「スクールロイヤー」とは
──学校側の対応を手助けする「スクールロイヤー」が全国で導入されると聞きました。スクールロイヤーについて詳しく教えてください。
鬼澤 学校ではいじめや体罰、部活動の事故、不登校、保護者とのトラブルなど、さまざまな問題が起きます。こうした問題解決の手助けをする弁護士がスクールロイヤーです。
2015年にはじめて導入が検討されたのは、いわゆる「モンスターペアレンツ」といわれる、保護者の不当な要望に対応するためでした。その後いじめ問題や虐待などで学校側の誤った対応が次々と表面化し、スクールロイヤーがますます必要とされてきました。また、2017年度から、文部科学省で、調査研究事業も行われました。
2019年に千葉県野田市の小学4年生栗原心愛さんが虐待死したとされる事件でも、学校や教育委員会の対応が批判を受けました。もしこの時、この学校にスクールロイヤーがいれば、心愛さんが父親の暴力を訴えたアンケートを父親に交付してはいけないとアドバイスし、一緒に対応を考えることができたはずです。こうした事件を二度と繰り返さないためにも、スクールロイヤーによる課題解決が期待されています。
──具体的にどんな支援をするのでしょうか。
鬼澤 スクールロイヤーが介入する典型的な事例の1つは、いじめ問題への対応です。学校には、いじめの被害者と加害者が両方在籍していることが多いので、被害者側の支援のみならず、加害者側への対応も極めて重要です。
マンガ『 息子がいじめの加害者に? 』では、被害者側と加害者側の事実関係に相違がありませんでしたが、仮にここで加害者側が違う見解を示し、学校側が十分に調査をせずに加害者側の言い分を認めたとしたらどうでしょう。「うちの子は被害者なのに十分話を聞いてもらっていない」「学校は隠蔽しようとしている」など、被害者の保護者に不信感を抱かせ、事態が悪化してしまいかねません。
スクールロイヤーに求められているのは、子どもと保護者、学校の間に入り、事実関係を調査すること。そして、学校の対応が適切かどうかを、第三者的に判断してアドバイスをすることです。
最初のボタンの掛け違いが拡大しているケースが多い
──学校側と保護者側の主張が食い違う場合は、どう折り合いをつけるのですか。
鬼澤 先ほどのマンガの事例では、主人公のタケくんが同じクラスのSくんを掃除用具入れに閉じ込めたことが「いじめ」と判断されました。ここで学校側が「調査した結果、遊んでいたことは認められましたが、閉じ込めたことに関しては認められませんでした」と答えたとしたら、どうなると思いますか?
保護者:「ウチの子が嘘ついているって言うんですか。ちゃんと調べていないんじゃないですか」
学校:「再度調査しましたが、閉じ込めの事実は認められませんでした」
保護者:「調べていないか、隠蔽しているに違いない! こんな学校、ウチの子は通わせられない」
と悪循環になるのが想像できますよね。
そこでスクールロイヤーは
1)どうやって調査をしたのか。誰から話を聞いたのか。
2)その調査は適切だったか。
3)保護者への伝え方は適切だったか。
をヒアリングして論点を整理し、調査が不十分であることが分かればさらに追加調査を、学校の対応や保護者への伝え方で不適切な点があれば保護者へお詫びするよう、アドバイスをします。
学校と保護者がもめているケースというのは、最初のボタンの掛け違いが拡大しているケースが一般的です。まずそこを整理し、それでも食い違いが生じる場合には、学校がどうやったら児童生徒や保護者の不安を解消できるかを一緒に考えていきます。
そこに至る経緯も鳥瞰的に見てアドバイス
──「弁護士」というと、一緒に事実関係を調査して証拠を固めていく印象があります。
鬼澤 もちろんそれも大事ですが、私は起こったトラブルそのものに対して判断するのではなく、そのトラブルが起こった背景やそこに至るまでの経緯なども鳥瞰的に見てアドバイスするようにしています。
マンガのケースであれば、タケくんが「閉じ込め」という行為を起こしてしまった根本から解決できなければ、仮にタケくんの問題は解決しても、また別の学年で同じようなトラブルが起きてしまう可能性が高いです。「同級生を掃除用具入れに閉じ込めた」という行為に対しては注意が必要ですが、その日に至る経緯や、タケくん自身や他の子が誰かから同じ目に遭わされた事実はないか、教師の指導の仕方に問題はなかったのか、なども必ず検討するようにしています。
最重視するのは、子どもにとってよい環境を作ること
──スクールロイヤー設置による学校側のメリットは。
鬼澤 たとえば、保護者と学校とのトラブルが長期化すると、現場の教師は「こんなにやっているのに、また謝らなきゃいけない」ともやもや感が続き、また、それにかかる時間も長くなってしまうため、子どもへの指導にも影響が出かねません。
スクールロイヤーがいれば、弁護士として法律的な判断や事実認定を前提として現状改善ができるので、保護者の納得が得られやすくなり、保護者とのトラブルが減るのではないかと思います。
──スクールロイヤーは学校の味方というだけではないんですね。
鬼澤 スクールロイヤーが最重視するのは、子どもにとってよい環境を作ることです。学校はよく「利害関係者がたくさんいる」といわれますが、「こちらを立てればあちらが立たず」ということもあります。総合的に見て、心身の苦痛を受けた子と学校、教師にとってベストな解決策を見つけていくことが重要なところだと思っています。
「スクールロイヤー制度で、いじめはなくなりますか?」 弁護士が考える“いじめと法律” へ続く
(鬼澤 秀昌)
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