「そいつは穴に落ちて死によってん。とんだ迷惑や」鋭利なガラス片が無数に降る命懸け“日給1万円”現場のリアル

文春オンライン / 2021年1月2日 11時0分

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筆者が作業した解体工事現場(筆者提供)

「お前、重機に背中向けるな。死ぬからな」西成からバンの荷台に揺られて1時間、辿り着いた解体現場で…… から続く

 筑波大学を卒業後、就職せずにライターとなった筆者が、「新宿のホームレスの段ボール村」について卒論を書いたことをきっかけに最初の取材テーマに選んだのは、日雇い労働者が集う日本最大のドヤ街、大阪西成区のあいりん地区だった。

 元ヤクザに前科者、覚せい剤中毒者など、これまで出会わなかった人々と共に汗を流しながら働き、酒を飲み交わして笑って泣いた78日間の生活を綴った國友公司氏の著書『 ルポ西成 78日間ドヤ街生活 』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて5万部のロングセラーとなっている。マイナスイメージで語られることが多いこの街について、現地で生活しなければ分からない視点で描いたルポルタージュから、一部を抜粋して転載する。

◆◆◆

「お前何をやってるんや。何回言えば分かるねん」

 私は子どもの頃、勉強も運動もできる方だった。中学生の時、所属していた野球部ではピッチャーもやっていたし、勉強をしなくてもテストはクラスで1位だった。高校は進学校に入り、ストレートで国立大学に合格した。将来は自分にしかできない仕事に就いて、周りから尊敬されるような人間になるものだと根拠のない自信を抱いていた。

 しかし大学に入り、自分はそんな人間ではないことに気付いた。やりたいことが見つからず3年間も大学を休んだ。その間、水商売のアルバイトで性格はすさみ、1年間の貧乏旅行先では、「もうこのまま死んだ方が身のためだ」なんて考えていた。キラキラした世界一周旅行などとはまるで違う。物価が安いという理由だけで東南アジアに沈み、1泊500円ほどの安宿で天井のシミを見つめていただけだ。そして結局就職もできず、西成のタコ部屋でバカ扱いされている。終わっている。またユンボ(油圧ショベル)のアタッチメントの交換に手こずり、遠藤さんが運転席から飛び降りてきた。

「お前何をやってるんや。さっき説明したばかりやないか。何回言えば分かるねん」

「すいません、順序を忘れてしまいました。もう一度教えてください」

 私はそうやって頭を下げるしかなかった。

「兄ちゃんいま大学生かなんかか? というかお前学校出てるんか?」

 私は言葉に詰まった。正直に言ったところで信じてもらえるとは到底思えない。しかし中卒ですとウソをつく勇気はなかった。

「先月、大学を卒業したばかりです」

「どこや?」

「筑波大学です」

 自分でも何を言っているのだろうと思った。過激な共産主義に傾倒でもしていない限り、筑波大学を出た奴が西成の飯場に入ってくるはずがない。

「筑波大学? 兄ちゃんなんでこんなところにおるねん? そんな学校出てるならいくらでも働くところあるやろ。もったいないわ。俺なんてこのポジションに来るだけで10年以上かかってるんやで。でも兄ちゃんはここにいる人間たちを使うような人や。こんな仕事するような人間じゃないやろ。いつまでこんなところにいるつもりや?」

「10日間です」

「なんや10日契約で辞めるんか。早く帰ってまともな会社に就職せえ」

10日で辞める人間に何を教えても無駄である。アタッチメントの交換は基本的に高見さんがやることになった。

壊しちゃいけない場所まで壊して、倒壊しないか……

 ユンボで地面を掘り返すとおびただしい数の鉄筋がぐちゃぐちゃになって飛び出してくる。結局こんなにぐちゃぐちゃにするのなら、こんな粗大ゴミ初めから作らなければいいのではないか。スクラップ&ビルドばかり繰り返して、無駄なことばかりしてバカなんじゃないか。そんなことを考えながら粉塵に水を撒いていると、3階から「ガガガガガ」と耳をふさぎたくなるほどの轟音が聞こえてきた。

 そんなむやみやたらに壊して大丈夫なのだろうか。まだ壊しちゃいけない場所まで壊して一気に倒壊しないだろうか。解体現場の作業員が下敷きになって死亡する事故をよく目にする。今までは他人事だったが、もうそういう訳にはいかない。

 ついに振動で3階部分の窓が割れたのか「バリバリ」と音がした。思わず上を向くと無数のガラス片が降ってきている。とっさに下を向くとヘルメットの上で無数のガラス片が跳ねた。中には15センチ角ほどの鋭利なものもあり、ヘルメットがなければ今頃私は脳みそを垂れ流しているだろう。肩や腕に当たっていても切り傷では済まない。高見さんはバーナーで鉄筋を切るのに夢中で気付いていない。その体勢だと背中にガラス片が思い切り刺さってしまう。

「高見さん! ガラス! ガラスが上から降ってきています!」

 と私は叫んだ。

「気い付けえや」

 高見さんはそういうと再び鉄筋を切り始めた。背中に刺さったらどうするの? ヘルメットをしているとはいえ、首筋の頸動脈を切られたら本当に死んでしまう。私はホースを投げ出し安全な場所へ逃げ出した。

「高見さん、さっきガラスがヘルメットにバンバン当たりましたよ」

「ガラスが落ちてくるなんて日常だぞ。そのためにヘルメット被っとるんやろ。解体の現場はこの業界でも一番ケガが多いんや。ある程度は覚悟持ってやらんと仕事にならんで?」

 運が悪ければ死んでもおかしくないということか。たしかにガラス片を気にしていたのは現場で私だけ。3階で重機を動かしている人間も、窓が割れたことにすら気付いていないだろう。

「違う現場で安全帯つけんと作業していた奴がいてな、そいつは目の前で穴に落ちて死によってん。とんだ迷惑や。兄ちゃんも気を付けや。重機に背中向けるのは殺してくれって言っているようなもんやで」

「残業代を死んでも出すなと上から言われてるんやろ」

 夕方を過ぎると一気に空が暗くなってきた。ポツポツと雨が降っている上にジェット噴射の水が身体に跳ね返る。季節は一応春ではあるが、手がちぎれるほどかじかんで、じっとしていられない。定時の17時まではまだ2時間近くある。せめて雨ぐらい止んでくれないものかと空を見上げると、遠くのビルの看板に「尼崎」という文字が見えた。そういえば自分がどこの現場に行くのか知らされていなかった。

 17時になると道具の片付けも途中のまま、定時ちょうどに帰らされた。

「残業代を死んでも出すなと上から言われてるんやろ。ほら帰るぞ」

 自分たちみたいなドカタ連中に残業代が出ることに驚いた。バンに乗り込み、タイヤの上で揺られながら飯場に向かう。現場が尼崎だとすると、あの野球ドームは大阪ドームだろうか。数日前、テレビでオリックスの山岡がオープン戦で好投しているというニュースを見た気がする。

 飯場に戻るとS建設の社員に現金2000円を手渡された。給料は毎日手渡しと聞いていたので、これでは1日働いて寮費と合わせて5000円。日給は1万円とたしかに求人には書いていたはずだ。出た、これが最下層労働者の宿命かと肩を落としていると、

「これは前借りや。残りの分は寮を出るときにまとめて渡すから安心しろ」

 と社員は笑っていた。周りを見ると後ろに並んでいる他の人たちは現金4000円を受け取っていた。初日に前借りできる金額は2000円で、明日からは4000円らしい。1000円札4枚を手にしたおじさんたちはウキウキした表情で夕方の街へと駆け出していった。

「休みだから梅田の競艇買いに行くけど、お前も行くか?」

「ああやってな、みんな1日で4000円使っちまうんだ。だから10日働いても手元に残るのは3万円。あいつら一生飯場暮らしだぞ」

 宮崎さんは「まったく呆れちまうぜ」といった様子で4000円をポケットに突っ込んでいる男たちを指差す。そういう宮崎さんも2000円分の酒と、タバコ2箱とポテトチップスが入ったビニール袋を右手に提げている。私は最終日に一気にもらった方が嬉しい気がしたので、前借りはしなかった。

「え、兄ちゃん前借りしないの? しっかりしてるんだな。明日は日曜で現場が休みだから梅田の競艇買いに行くけど、お前も行くか?」

 タコ部屋のドカタとギャンブル。なんともロマンのある響きではないか。さっさと風呂入って飯食って布団に入ろう。現場はしんどいが、飯場は風呂もあるし飯も美味い。そして何もしないでダラダラしていてもいいという空気がそうさせてくれる。他の労働者たちも風呂に入ってメシを食って、ビールを飲んで部屋で横になりながらテレビを見ているだけだ。

※本書は著者の体験を記したルポルタージュ作品ですが、プライバシー保護の観点から人名・施設名などの一部を仮名にしてあります。

(國友 公司/Webオリジナル(特集班))

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