誕生からの歴史は100年以上…回りくどいはずの「密室殺人」がミステリの王道になった2つの理由

文春オンライン / 2021年1月2日 6時0分

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 ミステリの王道設定といえば、なんといっても「密室」だ。その歴史には諸説あるものの、現代につながる転換点となった作品はイズレイル・ザングウィルによる『ビッグボウの殺人』といえるだろう。発表されたのは1891年。つまり、密室ミステリは誕生から100年以上の時を経て、作家にも読者にも愛され続けている設定ということになる。

 ここでは、新潮社で長年新人賞の下読みを担当し、伊坂幸太郎氏、道尾秀介氏、米澤穂信氏らの担当も務めた名編集者・新井久幸氏の著書『 書きたい人のためのミステリ入門 』を引用。ミステリというジャンルが持つ魅力の根源、そして「密室」が愛される理由を紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◇◇◇

 mysteryという単語の意味からも分かるように、ミステリの本質は「謎」だ。「謎」の力で、ページをめくらせるのである。とはいえ推理クイズではないから、謎さえあれば小説部分はどうでもいい、というわけでもない。

 それでもやはりミステリは、謎がなければ始まらない。

冒頭には「美しい謎」を

 そしてその謎は、魅力的であればあるほど良い。また、できる限り、物語の冒頭で示されるべきである。

 オフィスに死体が転がっていて、野次馬が周りを取り巻き、「さあ、犯人は誰でしょう?」と問われても、「どうせオフィスに関連のある人が犯人なんでしょ」くらいにしか思ってもらえないし、現場に華がない。

 また、読んでも読んでも事件が起きないと、これは本当にミステリなのか? と段々不安になってくる。

 そうは言っても、どんな物語でも、初っぱなに事件を置けるというわけではない。舞台の説明や登場人物の紹介も、ある程度は必要になる。

 それを解決する方法の一つに、「プロローグ」がある。

 多くのミステリで、冒頭にプロローグが置かれ、ショッキングな場面が描かれているのは偶然ではない。「もうちょっと読むと、こういう事件が起きますよ」というのを、先にお知らせしているのだ。

 最初の「引き」や「つかみ」を作るわけである。おお、こんな凄いことが起こるのか! と印象づけられれば、しばらく何も起こらなくとも、読者は作品に付き合ってくれる。ゆっくりと丁寧に、事件や人物の背景を描くこともできる。

 もちろん、自然な流れですべてを紹介できれば、それに越したことはない。プロローグは、あくまで一つの手段だ。

 かつて、島田荘司は「本格ミステリー論」(『本格ミステリー宣言』所収)で、「吸引力のある『美しい謎』が、初段階で必ず必要であり、「美しい謎」とは、「幻想味ある、強烈な魅力を有する謎」で、「『詩美性のある謎』と言い換えてもよい」と述べた。

驚きと悔しさの入り交じった衝撃

 謎と解決について、非常に分かりやすい説明があるので、引用する。

「『幻想味』に関しては、ミステリーのセンスからはずれない限り、とんでもないものであればあるほどよい。日常的常識のレベルから、理解不能のものであればあるほど望ましい」とあり、解決の「論理性」に関しては、「『論理性』は、徹底した客観性、万人性、日常性のあるものが望ましい。『本格ミステリー』とは、この両者に生じる格差、もしくはそこに現われる『段差の美』に酔うための小説である」とある。この段差が大きければ大きいほど、驚きと、それに伴う感情の振れ幅も大きくなる。

「本格ミステリー論」の一節ではあるが、すべてのミステリに敷衍(ふえん)できるだろう。

 理論がどのように実践されているかは、実際に著作を読んでもらうのが一番だ。どの作品でも、気になったものから読んでもらえればいいのだが、やはり一推しは、デビュー作でもあり、探偵・御手洗潔の初登場作でもある『占星術殺人事件』

 この作品を読んだときの、「そうだったのか! こんなにあからさまなヒントがあったのに!」という驚きと悔しさの入り交じった衝撃は、いまだに忘れることができない。

家一軒をまるごと消去

 では、「美しい謎」「とんでもない謎」には、具体的にどんなものがあるだろうか。

 ここからは、その「謎」で有名な作品を、クラシックを中心にいくつか紹介する。まず、物理的な美しい謎から。

 目の前から、一人の人間が何の痕跡も残さずに消え去ったら、それはびっくりすることだろう。そんな「人間消失」テーマで有名なのが、クレイトン・ロースンの「天外消失」という短編だ(『〈世界短篇傑作集〉天外消失』所収)。

 刑事達が見張る中、電話ボックスに入った人物がそこから消え失せ、ぶら下がった受話器だけが残されていたという、どう考えても「ありえない」状況。

 電話ボックス──しかも、日本式のとはちょっと違う──や、ぶら下がる受話器など、ピンと来ない若い人もいるかもしれないが、まだそれらのイメージが残っている今のうちに、是非読んでおいて欲しい。

 人間が消えるだけでも大変なのに、家を一軒まるごと消してしまうという大技で酔わせてくれるのが、エラリー・クイーンの「神の灯」(『エラリー・クイーンの新冒険』所収)。

〈白い家〉の向かいに建つ〈黒い家〉が、一夜にして消滅してしまうという物語。これは、完全に消え失せたのであって、倒壊したとか、焼け落ちたとかいうことではない。何もない更地になってしまった、というのである。

 どうしたら一晩でそんなことができるのか? 当然そこには裏があるのだが、そんな手の込んだことをした理由、どうやってそのトリックを看破したのか等々、読みどころ満載。家屋消失で終わらないのもこの作品の魅力で、「それだけじゃなかったのか」という嬉しいサプライズが畳み掛けてくる。中編ながら、クイーンの代表作の一つ。

王道ど真ん中、密室

 物理的な「謎」の王道は、やはり「密室」だろう。

「密室」とは、文字通り密閉された部屋であり、内側からすべての鍵が掛かっているなど、「出入り不能な閉鎖空間で人が死んで」いて、「自殺ではなく、明らかに他殺である」状況を「密室殺人」と呼ぶ。なぜそんな回りくどいことをするのかというと、理由は大きく二つ。

 一つは、自分を犯人候補の圏外におくため。死体に多少不審な点があっても、「誰も出入りできない部屋で死んでいたのだから、覚悟の自殺か事故だろう」と思わせるためだ。ところが、何らかの事情で他殺であることが発覚すると、不自然な犯行現場だけが残されることになる。

「結果的に」密室になるパターン

 もう一つは、元々密室になるはずがなかったのに、偶然や第三者の存在が作用して、「結果的に」密室になってしまったという場合。犯人でさえ、どうして密室になったのか分からないこともある。

 敢えて他にも目的があるとすれば、それは『三毛猫ホームズの推理』(赤川次郎)を読んでもらうのがいい。〈三毛猫ホームズ〉シリーズの記念すべき第一作でもあるこの作品では、中からカンヌキのかかった密室内で死体が発見される。頭蓋骨と脛骨が骨折していることから他殺と思われるが、当然、犯人の姿はない。また、部屋そのものもおかしな様子になっている。意表を突く発想で見事に解決されるこの密室は、現代だからこそ可能になったものの一つだろう。

 こうした物理的な密室以外でも、鍵は掛かっていないが、監視者がいて、誰も出入りしていないことが確認されている場合、入った者はいるが出た者はいないケースなど、様々なヴァリエーションがあり、先ほど挙げた「天外消失」は、そういった意味では「密室物」ということもできる。

密室の巨匠

 ジョン・ディクスン・カーは、もう一つのペンネームであるカーター・ディクスンと共に、生涯にわたって密室物の執筆にこだわり、「密室の巨匠」とも呼ばれた。

 そのカーの代表作に『三つの棺』という作品がある。密室物としても有名な作品だが、別の面でより知られているかもしれない。

 作中に、「密室講義」という一章が設けられているのだ。1935年の作品にして、探偵役のフェル博士が、自分たちを作中人物だと公言してしまうメタ構造の斬新さも凄いが、密室を極めた作家が自ら分類整理した「密室」のタイプとその解説は大いに勉強になる。基本的な密室のヴァリエーションは、ほとんど網羅されていると言っていい。

 そしてこの「密室講義」に触発されて書いたと言われるのが、江戸川乱歩の「類別トリック集成」(『続・幻影城』所収)。タイトル通り、密室に留まらず、トリック全般を整理して網羅した乱歩の労作である。

 これらは文字による解説だが、映像化でもない限り実際には見ることができない密室を、イラストをふんだんに使って紹介した本がある。『有栖川有栖の密室大図鑑』(有栖川有栖・文/磯田和一・画)は、「こんな密室があるんだ」と眺めているだけでも楽しいし、読みどころも解説してあるので、恰好の密室ガイドになるだろう。

 ただし、「密室大図鑑」はネタバレのないよう配慮してあるが、「密室講義」、特に「類別トリック集成」には、具体的な作品名が結構出てくる。超有名作品のネタを読む前に知る、ということになり兼ねないので、注意されたし。

編集者が「仕事は辞めないで」と新人賞作家に伝える理由…一つは「収入の確保」のため、もう一つの意外な理由は? へ続く

(新井 久幸)

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