「100億の合意金は誰が持っていった?」慰安婦訴訟、日本政府への賠償判決に韓国ネット世論が憤る理由

文春オンライン / 2021年1月10日 17時0分

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日本に賠償命令でも韓国国民が“冷淡”なワケとは…

 韓国・ソウル中央地裁が1月8日に下した、慰安婦問題をめぐる日本政府を相手にした損害賠償請求訴訟の判決が波紋を広げている。

 元慰安婦12人が日本国を相手に起こした訴訟の判決で、裁判所は原告側の訴えを認めて、日本政府に原告1人当たり1億ウォン(約950万円)の賠償金を支払うように命じた。

 一審判決ではあるが、国際法上の「主権免除」(国家が他国の裁判で被告にならないという原則)の主張を貫いている日本政府は控訴しない方針を明らかにしているため、事実上の最終判決となる。このまま判決が確定すれば、韓国国内の日本政府の財産が差し押さえられる事態も想定されている。

 では、韓国でこの判決はどのように受け止められているのだろうか。

 慰安婦問題の関係者からは「歴史的な勝訴判決」との声が挙がる一方、日本から見ると意外に思われるかも知れないが、大手メディアや韓日外交の専門家、さらにはネット世論では、この判決に対して“冷淡な反応”が続いている。

「一貫して厚かましい日本政府」「判決を契機に歴史直視を」

 今回の判決を受け、すぐに歓迎の声が出たのは、もちろん慰安婦問題の関係者からだった。

 原告側のキム・ガンウォン弁護士は「感慨無量だ」と感想を述べ、記者から「韓日関係にさらに大きな影響があるかもしれないが」と問われると、次のように反論した。

「文明国家を自負する日本が1945年の敗戦後、このような反人道的で、反文明的な問題さえ解決していないこと自体が話にならない」

 キム弁護士は、強制執行の可能性についての質問には、「強制執行が可能な日本政府の財産があるかどうかをまず検討しなければならない」と即答を避けた。

 当然ながら元慰安婦を支援する団体からも喜びの声が挙がった。

「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連、旧挺対協)や「ナヌムの家」など、7つの慰安婦関連団体は、「日本軍『慰安婦』問題の新たな地平を切り開いた歴史的な勝訴判決を歓迎する!」との共同声明を発表した。

 彼らは声明書で、「(韓国裁判所の判決は)国際人権法の人権尊重の原則を確認した先駆的な判決」「人権保護の新たな地平が開かれた」と手放しで評価した。また、ソウル中央地裁では1月13日にも同様の訴訟の判決言い渡しが予定されていることから、「1月13日、被害者らが提起したもう一つの損害賠償請求訴訟の一審判決でも、再び(このような判断が)具現化されることを信じている」と付け加えた。

 政界でも、文在寅大統領を支える与党「共に民主党」も、次のような声明を出し、判決を歓迎した。

「長い時間がかかったが、裁判所の判決を尊重します。(略)依然として歴史を歪曲している日本政府に失望感を隠せません。『損害賠償の消滅時効』を理由に被害者の訴えに背を向け、一貫して厚かましさを保ってきた日本政府が、この判決をきっかけに歴史を直視することを願っています」

一日中、沈黙を続けた韓国大統領府

 だが、韓国大統領府の反応は少し違っていた。

 判決後、直ちに南官杓(ナム・グァンピョ)駐日韓国大使を招致して「強い遺憾」を表明した日本政府とは対照的に、韓国の大統領府は一日中、沈黙を通したのだ。

 この日の午後、大統領府の報道官室で行われたバックブリーフィング(公式ブリーフィング後の非公式ブリーフィング)では、今回の判決と、日本政府が「遺憾」を表明したことに対する大統領府の立場を問う記者の質問が続出したが、「外交部が説明するだろう」という言葉だけを繰り返した。

 そして、その1時間後の午後4時30分ごろ、外交部は次のような短いスポークスマン名義の論評を出すにとどまった。

「政府は裁判所の判断を尊重し、慰安婦被害者の名誉や尊厳を回復するためにすべての努力をしていく」

「政府は2015年12月の韓日両国政府間の慰安婦合意が、両国政府の公式合意という点を確認する」

「判決が外交関係に及ぼす影響を綿密に検討し、韓日両国における建設的かつ未来志向的な協力が続けられるよう、諸般の努力を傾けていきたい」

慰安婦合意の無効化に成功した文大統領だが…

 文在寅大統領は、大統領候補時代から2015年の日韓慰安婦合意について強く反発してきた経緯がある。

 2017年5月の政権発足直後には、外交部内に“積弊清算”(保守派政権が残した負の遺産の清算)のための「慰安婦合意タスクフォース」を設け、「朴槿恵政権の慰安婦合意には手続きと内容に重大な瑕疵があった」との結論を導いた。さらに2018年11月には、日韓慰安婦合意に基づいて設立された「和解と癒しの財団」を解散し、合意を事実上無効にした。

 ただ、一方で文在寅大統領は「日本政府に合意破棄や再交渉を要求することはない」という態度を見せてきた。

 今回の慰安婦訴訟の判決後も、外交部がわざわざ「2015年の慰安婦合意が、両国政府の公式合意という点を確認する」と強調したのは、慰安婦合意が事実上無効化されたとはいえ、外交部が「韓日関係の破局だけは防がなければならない」という切迫した意識を持っている現れだと、韓国メディアでは分析されている。

「最も大変で困惑しているのは韓国政府だろう」

 実は今回の判決によって、文在寅政権が苦境に陥ったと分析している韓国人の日韓問題専門家が多い。

 外交シンクタンクの世宗研究所のチン・チャンス首席研究委員は『東亜日報』の取材に対し、「外交の失敗に裁判までが重なり、韓日関係がさらに悪化する危機に置かれた」と分析。 李元徳(イ・ウォンドク)国民大教授も、『ニューシース』のインタビューで、「水面下で強制徴用問題を妥結し、韓日関係改善を論議している最中にまた一つの爆弾が爆発した」「最も大変で困惑しているのは韓国政府だろう」と論評した。

 韓国の主要メディアも、今回の判決で元慰安婦らの長年の念願が叶ったと評価しながらも、裁判の結果が及ぼす影響については冷静に論じている。

 韓国の3大紙の一つ、『中央日報』は、「米国は、慰安婦合意を評価する立場だったが、今回の判決で解決済みの事案を韓国がまた取り出したと見ることができる。日本はこれを利用し、“韓国は嘘をつく国だ。再び振出しに戻ろうということか”という論理を展開する可能性がある」(電子版1月8日)という専門家の主張を掲載した。

 同じく3大紙の一つ、『朝鮮日報』は、「率直に言って韓日関係は答えが見えない」という政府関係者の言葉を引用し、次のように指摘した。

「外交部は内部的に“訴訟却下”の可能性に重きを置いていたが、予想外の判決に困惑しているという。元慰安婦らに対する国民の声援とは別に、この判決が韓日関係にとって突出した変数になった」(電子版1月9日)

「コロナ対策が失敗したら、また反日。むかつく!」

 インターネットを通じて明らかになった韓国国民の世論も、文在寅政権に決して“有利”ではなかった。

 判決当日、韓国最大のニュースサイトである「ネイバー・ニュース」に掲載された、慰安婦訴訟関連ニュースの中で最も多くのコメントが書き込まれた「慰安婦被害者たち、日本政府に勝訴…裁判所“1億ウォンずつ賠償”」という『聯合ニュース』の記事には、計243件の書き込みがあった。「いいね」が多い順に、上位のコメントは次の通りだった。

〈わずか1億ウォンを受け取るために、この有様かよ。文在寅氏!! 元慰安婦を売って好衣好食してきた民主党議員の皆様!! これでご満足ですか?〉(注※「好衣好食」は贅沢に暮らすこと。「この有様」とは文政権が慰安婦合意を事実上破棄したことを指すとみられる)

〈韓国内での判決に何の意味があるのか。それも被告人もいない席で。国際裁判でなければ意味がない〉

〈コロナ対策が失敗したら、また反日に乗り出すのか! むかつく!〉

〈もう我が国も豊かになったから、そのような問題で国際的紛争を起こさず、国家で補償して終わらせろ〉

「あなたは日本政府より悪いです」

 ほかの慰安婦訴訟に関連する記事でも、コメント数が他の懸案をめぐる記事に比べて少なく、「いいね」の数も顕著に少なかった。

 ただ、経済紙『毎日経済』が今回の慰安婦訴訟の判決を受けて書いた記事、「尹美香氏、“元慰安婦の権利が再確認…これからも現場で努力する”」にだけは、「腹が立つ」数がおよそ2400件、コメントが1000件近くも書き込まれ、ネット民の怒りがうかがえた。

〈この方には、まるで良心というものがなさそうだね〉

〈あなたはこの問題からどいて! キル・ウォンオクさんの通帳から出金した人が誰なのか明らかにしろ〉

〈朴槿恵時代にもらった100億の合意金は誰が持っていったんですか?〉

〈あなたは日本政府より悪いです〉

 周知のとおり、元慰安婦支援団体「正義連」前理事長で、“慰安婦運動の代母”と呼ばれてきた尹美香・国会議員は、政府補助金の横領や、元慰安婦キル・ウォンオクさんの支援金をだまし取った疑いで現在裁判が進行中だ。

 尹氏の事件によって、多くの韓国国民は、女性団体が主導する韓国内の慰安婦運動の意図を疑うようになったことが、今回の判決で改めて明らかになった。

 日本政府の賠償を命じた韓国裁判所の判断に対し、韓国国民が冷淡な反応を見せているのは、ずばり「尹美香効果」ともいえるだろう。

(金 敬哲/Webオリジナル(特集班))

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