“DX”導入で大損した会社を救った「コストゼロ」の解決法とは?

文春オンライン / 2021年1月18日 6時0分

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©文藝春秋/松本輝一

 DX(デジタル・トランスフォーメーション)、サブスクリプション、AI……ビジネスシーンで流行りのバズワードには思わぬ落とし穴がある。新著『 逆・タイムマシン経営論 』を上梓した競争戦略論の第一人者・楠木建氏と、『 超クリエイティブ 』が話題の“広告業界の異端児”三浦崇宏氏による特別対談が実現。一読するだけで、数千万浮くかもしれない!? ビジネスの処方箋。(全2回の1回め/ 第2回 を読む)

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定型的なスキルからは絶対に見えてこないもの

三浦 今日は対談の機会をいただきありがとうございます。僕はもともと博報堂にいて最初の3年間マーケティングのセクションだったんですが、実は当時バイブルのように読み込んでいたのが楠木さんの『 ストーリーとしての競争戦略 』でした。優れた競争戦略は単なるロジックで組み立てられるものではなく、時間的奥行きをともなった美学や思想によって成し遂げられることを学びました。今回の新著ではあらゆるビジネスに対して本質や構造をつかむ知性のあり方を説いていましたが、クリエイティブの仕事にも相通じるものを感じました。

楠木 「本質を見よ、本質は何か」を問いかける点で、三浦さんの『超クリエイティブ』とも共通点が多いと思うんですが、結局それって「これができます・あれができます」という定型的なスキルからは絶対に見えてこないものですよね。

『逆・タイムマシン経営論』は私なりの本質を見極める作法の提案です。ひと言でいうと「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。誰しも未来がどうなるのか知りたいわけですが、いったん過去に遡ることによって、本質を見極めて大局観を得る。そのうえで未来に向かっていくべきだという考え方です。

文脈を無視して流行を持ち込んでも意味がない

三浦 すごく面白かったのが、過去数十年を振り返ったときに、その時代ごとに話題になったビジネスのキーワードの検証でした。たとえば「400万台クラブ」――自動車会社は年間400万台くらい売る会社以外は全部潰れるぞというような言葉をはじめ、みんながそれに乗っかったら何か素敵なことが起きるんじゃないかと思うようなバズワードがいかに死滅していったかを書かれていましたね。いまなら「DX」や「サブスクリプション」のような言葉です。

楠木 もちろん「DX」それ自体は大切です。しかし、文脈を無視してそういう飛び道具だけを入れても意味がない。たとえばある会社がDXに成功したとします。経営というのは常に特殊解で一般解はないので、その商売の「戦略ストーリー」、つまり儲けに至る時間的文脈のなかに位置づけてはじめてDXは成功しているわけです。

 それを文脈から引き剥がしてコピペだけする――『鬼滅の刃』が流行ってるからと三島由紀夫の小説に「全集中の呼吸で、その火を飛び越して来い」とぶっ込むようなものです(笑)。でも現実には、こんな笑い話のようなレベルの意思決定の錯誤が経営の世界ではしょっちゅう起きています。

三浦 成功の裏側にはその企業固有の文脈があるのに、ある方法論だけ抜き出して他の企業に移植してもうまくいきませんよね。

「潮が引いたあとで誰が裸で泳いでいたかわかる」

楠木 過去の古新聞、古雑誌を読み込んでいくと、すぐに面白いことに気づきます。例えば、ビジネスメディアはこの50年ずっと「仕事がなくなる」と言い続けているんですね。コンピュータで、オートメーション化で、ロボットで、あるいはインターネットで、情報システムで、AIで、DXで仕事はなくなると。そのわりにはみんな今でも随分働いている(笑)。

三浦 最近ならコロナで仕事がなくなる、ですね。

楠木 時代の危機を煽ったり、「エンロンに学べ」とか流行りのビジネスモデルを持ち上げたり、その時々でみんな真顔で言うわけです。でも、そういうメディアの言説を時間的な奥行きの中で捉え直すと、同時代のノイズが全部デトックスされて、否が応でも本質がむき出しになって見えてくる。これが逆・タイムマシン経営論の効用です。

 ウォーレン・バフェットは「潮が引いたあとで誰が裸で泳いでいたかわかる」という名言を残していますが、たとえばコロナ禍の記事ひとつ取っても、たった半年前の記事が早くもイイ味を出している。本質を押さえているものと、思いつきで反射しているものと、その区別がすぐにつきます。「誰が裸で泳いでいたか」が明白になります。

 三浦さんの『超クリエイティブ』で勉強になったのが、世の中がある方向に向かってみんなが「こうだ!」と流れていくものに抗して、「オルタナティブを示す」大切さ。クリエイティブで別の選択肢を示して、それが人間を動かして実装されて商売なり商品になる面白さ。この辺は私が普段考えてることと親和性が高いですね

事象の本質を見ないと新しいものは生み出せない

三浦 『逆・タイムマシン経営論』も『超クリエイティブ』も最終的には同じことを言っていると思っていて、それは「事象の本質を見ないと新しいものは生み出せない」ということ。新しいものを生み出そうとするとき、本質発見を伴わないまま枝葉末節に目を奪われてしまうと本末転倒になってしまいますよね。

 DXに関して具体例でお話しすると、いま僕たちはあるリテールの食品メーカーのDX事業をお手伝いしてるんですが、最初、営業がうまくいっていないとご相談を受けたんです。コロナもあってなかなか地方の店舗の方々が会ってくれないし、インターネットを使った設備でもプレゼンがうまくいかず、なかなか商談が決まらないと。実は僕らのところに来る前に、ある大手コンサルティング会社に発注した結果、何千万もの開発予算をかけてリモートでプレゼンするためのスタジオを作るみたいなことをやっていました。騙されたって言ったら失礼ですけど、DXとは何かを考えないまま導入してしまった。

初めからDXありきでなく「本当に必要かどうか」検証すべき

楠木 その会社にとってのDXとは何か、が抜け落ちていたわけですね。僕の言葉でいう「文脈剥離」です。

三浦 そうなんです。相当額のコストをかけたもののうまくいかなくて、それで僕らのところに「デジタルでプレゼンする設備はスタジオまで作ったのでDXはしてあるんです。ただ商談がうまくいかないのは社員のスキルが低いから、プレゼンテーション技術やキャッチコピー開発能力を鍛えてくれ」と相談がきました。

 いろいろ聞いて、「いや、これはDXがうまくいってないんです」と伝えました。「御社のデジタル導入は、顧客である流通の店長さんたちにとって何の価値にもなってません」と。地方の流通の方々はいつもパソコンを使って仕事をしてるわけではないけれど、必ずスマホは持っています。だから、なかなか会えないならZoomでGoogle Meetでとアプローチするよりも、「LINEのテレビ電話で商談をしてください」と提案をしました。まったくお金のかからないシンプルな方法ですが、それに切り替えただけでどんどん商談が決まるようになったんです。

 初めからDXありきではなく、顧客にとって何が最大の価値になるかから逆算して、自分たちのビジネスの本質に本当に必要かどうか検証すべきでした。アメリカの宇宙飛行士が宇宙で書けるボールペンを作るために何千万もかけて開発したけど、一方ロシアは鉛筆を使ったという笑い話がありますが、このメーカーはまさに同じことをやってしまったわけです。

煎じ詰めれば「気分の問題」

楠木 行き詰まっている企業ほど、焦って時間的な奥行きやストーリーのない特効薬を求めがちなので、文脈をないがしろにして飛び道具に手を出すという、非常に皮肉な成り行きがあります。でもそういう焦りを作りだす「時代の危機」や「日本の閉塞感」って、言ってしまえばみんな気のせい(笑)。煎じ詰めれば「気分の問題」だからこそ、クリエイティブでオルタナティブを示す意味は大きいと思います。新しい「気」を提示すればみんなが動くのも早い。

 この本に出てくる大好きな話があって、さんざん女遊びをしていたお知り合いがグーグルに転職したとたん不倫をやめたでしょう、「グーグルっぽくないから」って(笑)。クリエイティブの拠り所となるコアアイデアには、人の気分や行動を変える力があり、行動の規律になることがわかるエピソードですね。

クリエイティブの仕事は「気」を変えられる

三浦 いま楠木さんがおっしゃった「気のせいである」というご指摘、この「気」はいわゆるコンセプトだと思います。「こっちのほうに行ったら幸せそうだよ、こっちのほうに行ったら儲かりそうだぞ」とコンセプトを作るのがクリエイティブの仕事で、いまそういう方向性を示せる企業や行政が少ない。

楠木 一般的に広告クリエイティブというと、人々により多く商品を買ってもらうとか、より高いお金を払わせる役割をイメージしますが、実は世の中の「気のせい」に手を突っ込むことで一気にコストダウンすることもできる。先程の三浦さんの例なら「LINEでいいんじゃない?」というオルタナティブを示すことでものすごくコストが落ちたわけだし、千利休のわび・さびにしても「キンキラキンよりこっちのほうが美しいでしょう」と時代の「気」を変え、圧倒的にコストパフォーマンスがいい世界を作り出した。

「気のせい」を変えられるのがクリエイティブの面白いところですね。

時間をかけて積み上げないと、絶対に出ない結果もある

三浦 時代の空気に関していうと、僕は経営のストーリーをクライアントと語ることが多いんですが、この数十年の日本のビジネスの低迷の要因があるとしたら、多くの経営者も労働者もすごく短期的な視野でしかものごとを語れなくなったからではないかと最近思っています。近視眼的な傾向がとても強くなった。楠木さんは、「株主と労働者の関係って一見トレードオフに見えるが、時間軸を変えてしまえばトレードオンに変わる」という鋭いご指摘をされています。

楠木 そうです。目先でみると労働者への分配を下げれば株主の配当は上げられるというたぐいのトレードオフの関係ですが、中長期のスパンで儲かる商売を作っていけば労働者にしっかりと給料は払えるし株主に配当もでき、結果的に株価も上がる。でも、それを達成するまでにはちょっと時間がかかる。物理的な時間だけじゃなく、まずこれをやってから、そのあとでこれができるようになるというストーリーがないと、目先の損得を乗り越えられないんですね。

三浦 短期的に数値を見て修正を繰り返していくビジネスがいま日本では行われていて、その潮目を作り出した一つはPDCAだと思っています。Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返し、数値で測定して、うまくいかなかったらすぐにやり直して変えていくという。ただ、時間をかけて積み上げないと絶対に出ない結果ってある。

“邪道”のプロレスラー・大仁田厚の長期計画

 ちょっと話がそれるんですが、格闘技ファンとしては忘れがたい、“邪道”のプロレスラー・大仁田厚が王道の新日本プロレスに乗り込んでいった1999年の伝説的試合があります。彼はヒール役に徹して、火気厳禁の東京ドームの花道を堂々とタバコを吸って入ってくるんですが、観客全員がものすごく激怒して、缶ジュース投げたり割れんばかりのブーイングをするんです。結果、何が起きたかというと、めちゃくちゃ儲かったんですよ。チケットもグッズも完売し、テレビの視聴率もすごく上がった。

 ここに至るまで、大仁田厚はまず嫌われるまでに十何年もかけて、キャラを作り上げているわけです。ニッチなところで勝負を重ね、メインストリームとは真反対の人間だと示すのに十何年。新日本プロレスという王道の団体に殴り込むぞと宣言してから1年。そのあいだの1回1回の大仁田厚の興行的な数字はすごく悪かったはず。

 でも徹底的に嫌われ続けた結果、一回で10年分くらいの利益を上げる伝説のイベントを作り出した。本物の嫌われ役って何年もかからないと作れないんですよ。「1回でも嫌われたらキャスティングボートから降ろされちゃう今のPDCAがあるショービジネスではあんな感動は起きないよね」って格闘技好きたちと話してるんですが、これは日本のビジネスにもそのまま当てはまることだと思います。

 本当に国民全体を大きく動かすようなものや、多くの人が熱狂する現象がなかなか作れないのは、短期的な数字に囚われすぎだからだと思うんです。

重要なのは組み合わせよりも順番

楠木 まさにその通りで、まず火薬を詰めないと爆発しない、そして爆発は瞬間だけれども火薬を詰めていくのは通常すごく時間がかかるということ。多くの経営者はシナジー効果という言葉が大好きですが、事業に新しい意味を作り出したり他社とは違うユニークさを追求したりするさい、そもそも「組み合わせ」で手っ取り早くやろうというのが間違いの元。

 現実において重要なのは組み合わせよりも、順番です。要するに、ビンタしてから抱き締めるのと、抱き締めてからビンタするのとでは意味が全く違う。組み合わせが大好きな人は、時間的な奥行きがないまま、要素だけ組み合わせてしまう。このほうが手っ取り早いようにみえるから。でも、意味を作り出すのは順番のほうです。ビンタしてから抱き締めるからいいわけですよね。逆なら180度、意味が変わってしまう(笑)。

 そういう時間的奥行きをもったストーリーを持たないと、結局のところみんなが乗ってくる魅力的な話にならないんですよね。

三浦 本当にその通りだと思います。 ( 2 へ続く)

写真=文藝春秋/松本輝一

三浦崇宏(みうら・たかひろ)
​1983年、東京都生まれ。The Breakthrough Company GO代表、PR/クリエイティブディレクター。博報堂・TBWA\HAKUHODOを経て2017年に独立。「社会の変化と挑戦」にコミットすることをテーマにThe Breakthrough Company GOを設立。ケンドリック・ラマーの国会議事堂前駅「黒塗り広告」、国内外で8つの賞を受賞した「WEARABLE ONE OK ROCK」など、従来の広告やプロモーションの枠を超えたクリエイションが大きな注目を集める。日本PR大賞、カンヌライオンズPR部門ブロンズ・ヘルスケアPR部門ゴールド・プロダクトデザイン部門ブロンズ、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSイノベーション部門グランプリ/総務大臣賞など受賞多数。著書に『言語化力』などがある。

楠木 建(くすのき・けん)一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻(ICS)教授。1964年、東京都生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略。『ストーリーとしての競争戦略』が25万部超のベストセラーとなる。著書に『逆・タイムマシン経営論』(杉浦泰氏との共著)の他、『「好き嫌い」と経営』『戦略読書日記』などがある。

“顧客目線”時代にマーケッターが一番やってはいけないこととは? へ続く

(楠木 建,三浦 崇宏/ライフスタイル出版)

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