元SMAPの3人めぐって…公正取引委員会がジャニーズ事務所を「注意」した真意とは

文春オンライン / 2021年1月15日 6時0分

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杉本和行氏

「元SMAP3人のTV出演に圧力の疑い ジャニーズ事務所を注意 公正取引委」

 2019年7月17日、NHKが報じたスクープが世の中をざわつかせた。事務所から独立した芸能人が「干される」状況をめぐって、公正取引委員会が「注意」したという。これを指揮したのが、2013年から公正取引委員会の委員長を務めていた杉本和行氏だった。

 どのような意図があったのか。2020年9月に公取委員長を退任した杉本氏に聞いた。(全2回の1回め/ 後編 を読む)

2019年7月公表の“ジャニーズ事務所に対する注意処分”

――2013年3月から、7年半にわたって公正取引委員会委員長を務められました。その中で世間をざわめかせた取り組みの一つに、2019年7月に公表されたジャニーズ事務所に対する「注意処分」がありました。

杉本 ジャニーズ事務所がテレビ局に対し、退所した3人のメンバーを出演させないよう圧力をかけた場合は独占禁止法に触れるおそれがありますよ、という注意処分でした。これは公取が芸能プロダクション側、テレビ局側の双方を調査して、独禁法違反とするまでの確定した証拠までは得られなかったが、いろんなことを総合すると独禁法違反につながり得る行為があると判断した結果です。

――2016年の「SMAP解散騒動」を経ての動きだと思いますが、外からの通報があったりしたんですか?

杉本 具体的にどういう通報があったとは申し上げられませんけれども、世の中の声に絶えず耳を傾けていました。

ジャニーズ事務所が「独禁法違反の可能性あり」とされた理由

――あらためてお聞きしますが、なぜジャニーズ事務所は独禁法違反のおそれがあるとされたんでしょうか。

杉本 「優越的地位の濫用」のおそれがあるからですね。例えばの話ですが「脱退したメンバーを番組に出演させたら、もうあなたの局には所属タレントを出しませんよ」と事務所が圧力をかけたとすると、事務所を独立した芸能人の方は自由な活動ができなくなります。これはマーケットパワーの強い事務所が、新規参入の事務所、あるいは個人の活動を制限する行為ですよね。つまり、市場において優越的地位にあるものが、自由な競争を阻害する行為となる。独禁法は独占することを禁じる、すなわち市場における公正で自由な競争を守るための法律ですから、こうした圧力行為があるとすれば処分の対象になるというわけです。

芸能界へメッセージを出せたことの大きな意味

――注意処分というのは、処分のレベルとしてはどれくらいのものなんでしょう。

杉本 独禁法違反で一番強いのは排除措置命令。その次が警告で、注意処分はその次です。ですからある意味でそんなに強い処分ではないのですけれども、芸能界という場所においても「独禁法違反につながるおそれがある行為が存在する」とメッセージを出せた意味は大きかったと思っています。公取は市場における違反行為を摘発するだけが目的ではありません。あらゆるマーケットで公正な競争が行われるよう、誰かが思いのままに独占支配的な経済行為ができないよう、注意喚起する機関であると思っていますから、結果として反響のある発信ができたことは、効果的だっただろうと個人的には思っています。

――「ついに公取がジャニーズにメスを入れた」的な報道もあったわけですが、内外の反応で印象に残っているものはありますか?

杉本 ええ、いろんなコメントが寄せられました。「公正取引委員会、よくやってくれた」というものも多かったですね。世の中の関心を集めたという実感を持ちました。それから、その後テレビ番組を見ていますと、独立された方をいろんな場所で見かけるようになりました。活躍する場が増えているんだろうと感じていまして、タレントの方、俳優の方などが不当に活動を制約されない環境が、テレビ、芸能をめぐる世界で整備されたようにも思っています。

ジャニーズ事務所に注意したことの波及効果

――「SMAP解散騒動」の後には、女優の能年玲奈(現・のん)さんが事務所との契約終了後、事務所の許可なしに「能年玲奈」の名前を使用できないなど、不当な扱いを受けていたことが明らかになり問題にもなりました。

杉本 その問題は関知しておりませんけれども、私どもがジャニーズ事務所に注意したことの波及効果として、タレントの活動を制約する動きに対して社会があらためて注目しはじめている印象は持っています。そして企業――芸能界でいえば芸能事務所が自主的にコンプライアンスに則った行動をするようになっているとすれば、公取のなすべき注意喚起が効果を持ったのだと思っています。

人材にも適用される独禁法

――独禁法は企業と企業の取引関係に対する法律です。これを芸能事務所と所属タレント個人といった企業と個人の関係に適用したことは、かなり大胆な発想の転換だったのではないですか?

杉本 そこは個人で働く人を「事業者」とみなした考え方で整理しています。おっしゃるように、かつては人が自分の労働を提供することに、独禁法を直接適用するには難しい面があるとの考えでした。ですから公正取引委員会は「働き方」について独禁法を適用することには消極的でした。

 ところが近年、フリーランサーのように労働契約以外の契約形態による労働者が増えてきて、副業を得て働く人も少なくないですよね。こうした方々は「人材」として、人材獲得をめぐる競争市場における事業者に当たると考えられます。ここに人材獲得をめぐる企業(発注者)と、技能や才能を提供する個人(受注者)の関係が発生し、力の強い使用者側の行為を独禁法は対象とする――ということになります。

 こうした議論を行いまして、2018年2月に公取は「人材と競争政策に関する検討会」報告書を公表しました。

スポーツ界で働くスポーツ選手についても同様

――SMAP解散から約1年後のことですね。このレポートで示されたのが、まさに発注者による受注者への「移籍・独立を諦めさせる」「契約を一方的に更新する」「正当な報酬を支払わない」「他の発注者と取引ができないようにする」といった行為は独禁法上問題になるという点でした。

杉本 これはスポーツ界、スポーツ選手の働き方についても言えることなんです。例えばドラフト会議の指名を拒否した人が、海外のプロ球団と契約したら一定期間日本の球界に戻ってこられない、プレーできないというルールがありました。

――いわゆる「田沢ルール」と呼ばれるものですね。

杉本 これも一人の個別事業者に対する自由な働き方の阻害となっています。こういった問題点を各スポーツ団体に説明して、今、見直しが進んできているところです。繰り返しになりますが、公取は摘発して課徴金をかけることが主目的ではないのです。「経済の憲法」と呼ばれる独占禁止法の精神に照らして、是正すべきものに対してメッセージを発信し、企業のみならず、人々が自由で公正に働けるよう、環境整備をすることが目指すべき仕事。そう思って取り組んでいました。

グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルに対する問題行為の調査

――もう一つ、杉本さん時代の公取でスタートした大きな取り組みは、巨大IT企業「GAFA」(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に対する問題行為の調査です。デジタルプラットフォーム企業に対する公取の取り組みに先鞭をつけました。

杉本 その一つのアマゾンジャパンについては、出品者に対して「価格や品揃えにおいて、他のプラットフォームと比較してもっとも有利な条件で出品すること」という条件を付していることを問題としました。同様のことはアマゾンの電子書籍サービスについてもあったのですが、いずれも出品者に対して出品価格等を拘束することになりますから、独禁法違反のおそれがあります。当該事業者は是正措置を講じるということでしたので、そこで調査を終えました。

日本と欧米の、スタンスの違い

――先ほどもおっしゃっていましたが、公取は摘発が主目的ではなく、あくまで市場秩序を維持するための注意喚起を促すことに役割があると強調されています。一方で欧米の市場当局は、非常に厳しい態度で独禁法違反に臨んでいます。その最たるものが対GAFAの制裁です。どうして日本と欧米では、こんなにもスタンスが違うんでしょうか。

杉本 たしかに欧米の独禁法違反に対する規範意識は、日本とは比べ物にならないほど強いものがあります。厳罰をもって処するというのが普通で、ヨーロッパでは制裁金、アメリカでは罰金が課され、その額も日本の水準からすると1桁、ややもすると2桁違う。これまで3回出されている欧州委員会によるグーグルに対する違反行為措置は、日本円にして合計1兆円を超える制裁金です。

 アメリカの連邦取引委員会も、2020年12月にフェイスブックを独禁法違反で提訴しましたよね。インスタグラムの事業分割など厳しい是正措置を求めるものです。これらにはやはり、自由・公正というものに対する意識の違いが根っこにあるんでしょう。

――談合やカルテルについても、欧米は厳罰主義ですね。

杉本 逆に日本では談合やカルテルについて「企業が仲良くやっているのに、どこが悪いんだ」という意識が昔から根強い。聖徳太子の「和を以て貴しとなす」の文化でしょうか。しかし、これでは特定の企業群によってその市場が支配されてしまい、競争の起きないムラ社会が発生してしまいます。

 やる気のある、イノベーションの気概を持った業者が新規参入できる自由・公正な土壌がなくなってしまうわけです。巨大企業による寡占・独占にも同じことが言えるわけですが、日本には「競争よりも安住」を良しとする風土があるようで、まだまだ欧米並みの感覚は持てないのだと思います。安住していては、イノベーションは生まれません。

個人データを扱うプラットフォーマーも独禁法の対象に

――プラットフォーム規制についても独禁法の解釈を広げたように思います。従来はBtoBの企業間取引にのみ適用された独禁法を、BtoCの企業と個人消費者の取引にまで広げる。そうすることで、個人データを扱うプラットフォーマーも独禁法の対象としました。

杉本 GAFAを代表とする巨大プラットフォーム企業というのはウィナー・テイクス・オールの世界で、寡占や独占が発生しやすいんですね。人がつながればつながるほど使用価値が高まっていくネットワーク効果が発生する場所ですし、限界コストがゼロに近いため、必然的にどんどん大きくなっていくからです。こうした企業の動きに対応しながら市場秩序を維持するのは国際的な潮流ですから、日本が歩調を合わせるのは当然のことだと思います。

 そうした前提の中で、巨大プラットフォームと私たちというのは、もう、切っても切り離せない関係になっています。私なんかも毎日グーグル検索なしには過ごせなくなっていますし、方向音痴だから出かけるたびにグーグルマップを開いている。まさに「グーグル先生」に頼りきりです。アマゾンにしても、家内が注文した商品の段ボールの片付けや充填材の処分が私の家事の大部分であったりと、生活の一部です(笑)。SNSだって人にとっては生活の一部でしょう。

 かように消費者は多大な利益を受けているわけですが、その代わりに私たちは膨大な個人データをプラットフォーマーに渡しています。それをもとに企業は広告収入を得ています。ここにおいて、消費者とプラットフォーム間には「取引」の関係が成立していると考えることができます。つまり、BtoCの関係であっても、独禁法が適用できる土壌があるのです。

各関係省庁と公正取引委員会の連携が必要に

――実際にはどんな場合が考えられるのでしょうか。

杉本 例えばドイツのカルテル庁はフェイスブックが、ユーザーが第三者のサービスを利用した際に生じるデータを消費者が明確に認識しないまま収集・利用できるようにしている行為について、「支配的地位の濫用」だとして、データ収集に制限をかけるべきではないかとの判断を示しています。

――最近になってEUはデジタル市場法、デジタルサービス法を発表しました。問題が起きた後に制裁金を課す事後規制から、あらかじめ「これはいけない」と決める事前規制へと、さらに厳しさを増した格好です。日本の法整備はどうなっていくと見ていますか?

杉本 日本では巨大IT企業への規制を強化する法律が成立しましたが、あくまで通販サイトやアプリストアにおけるプラットフォーマーと出品者との間に透明性を担保することが目的になっています。ですから「これはいけない」という規制ではないわけですが、これまで以上に各関係省庁と公正取引委員会が連携していく必要が出てきたと感じています。

 また、海外のプラットフォーム企業が日本市場で儲けているのに、日本の法人税が課せられないという不公平の問題も早急に決着させなければなりません。デジタル課税についてはOECDを中心に様々な案が国際的に議論されています。競争基盤の平等化、「レベル・プレイング・フィールド」というんですが、この環境を整えることが喫緊の課題でしょうね。

国際競争市場が整備されなければイノベーションは生まれない

――杉本さんは1974年に旧大蔵省に入省され、財務省の事務次官を経て2009年に退官されました。その間、経済はグローバル化の一途をたどったわけですが、とりわけ公取委員長時代のGAFA規制の課題意識につながるような経験はありましたか?

杉本 ブリュッセルにあったEC(欧州共同体)日本政府代表部に一等書記官・参事官として赴任した時期があります。30代後半からの3年ほどでしたか。ちょうどその頃は欧州市場統合が一つの合言葉でして、ヒト・モノ・カネ・サービス全部が市場を自由に動けるようにしましょうと、ヨーロッパ全体がダイナミックな動きを見せていたんです。

 市場統合で重要なのが、先ほど申し上げたレベル・プレイング・フィールドの確保でしてね。競争基盤が整備されていく流れを目の当たりにしていた感覚はあります。もっとも当時は「競争政策って何じゃろう」と思っていたんですけどね。今となっては公正取引委員会というのは、経済政策の強力な武器を持つ官庁なのではないかと実感するに至りました。独占支配のない、自由公正な国際競争市場が整備されなければイノベーションは生まれないし、経済は動きませんからね。( #2 に続く)

写真=釜谷洋史/文藝春秋

「公務員のデジタル人材調達は難しい」GAFA時代の競争、日本はどう規制すべきなのか へ続く

(「文春オンライン」編集部)

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