なぜこの味を缶ジュースに? 時代を超える「謎ドリンク」ベスト50 維力、サスケ、ドクター中松の頭茶、メッコール、熱血飲料…

文春オンライン / 2021年1月16日 17時0分

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なぜこのドリンクは生まれたのか? 専門家が選んだ「謎ジュース」ベスト50を発表

 毎年たくさんの新商品が生まれるドリンク業界。しかし、懐かしいジュースの中には「なぜこれを世に出した?」と疑問に思ってしまうものもあった。

 見た目や味が“謎”のドリンクから、当時は衝撃だったが今では定番商品になったドリンクまで、80年代から飲料関係の取材を続けている清涼飲料水評論家、清水りょうこ氏に、衝撃を受けた「謎ジュース」ベスト50を選んでもらった。

※カッコ内は(メーカー、発売年、ジャンル)

◆◆◆

50位「スポーツ麦茶」

 

「名前を聞いて“麦茶のスポーツドリンク割り”かと思ったら、麦茶に適度な塩分を加えて体への吸収を高めたものだった。横浜ベイスターズのキャラクター入り。たしか横浜の球場近くにある自動販売機に行って見つけたものだった。まずくはなかったけど、スポーツをしない自分にはあまり必要ではなかった」(清水氏、以下同)(カネボウ、1990年代、茶)

49位「マウンテンデュー」

「『新柑橘系飲料』という触れ込みで登場。確かに、それまで飲んだことがないような味わいだった。以来、パッケージのデザイン等を変えながら、現在も販売されているロングセラー」(ペプシコ、1981年、炭酸)

48位「タブ・クリア」    

「透明なコーラということで、話題になったが、味的には微妙だったと記憶している。当時、大変人気のあったニュースキャスター・俵孝太郎がCMに出演」(コカ・コーラ、1993年、コーラ)

47位「つぶつぶオレンジ」

「つぶつぶ系フルーツ飲料の流行は1980年代。代表的な商品は、はごろもの『こつぶ』だろう。ジュースなのに果実を食べているような感覚で、とても驚いた記憶がある。この商品は名古屋へ遊びに行った際、地元のメーカーの自販機で購入したもの。1990年代は、まだまだ地方限定のメーカーの自販機などが残っていたので、見知らぬ土地の路地などを見て回るのが楽しかった」(ヤマト、1995年〔購入年〕、フルーツ)

46位「ポストウォーター」

「ライチ風味のスポド(スポーツドリンク)だった。画像は1993年のもの。缶だけでなくフラスコ型のビン入りもあって、とても話題になった」(キリン、1990年、スポド)

45位「チェリオ グレープ」

「チェリオのグレープというと、学校帰りに駄菓子屋などで売られていた瓶入りを思い浮かべるが、缶入りもあった。あまり記憶にないのは多分、店頭で瓶入りを飲めば、ビン代がかからずリーズナブルに楽しめたからだろう」(チェリオ、1970年代?、炭酸)

44位「Jウォーター」

「Jリーグの公式飲料として登場。サッカーブームに乗った商品だった。味的には特に変わったものではなかったが、Jリーグが最も注目されていた時代の証拠的なものとして、記憶にとどめておきたい商品」(サントリー、1993年、スポド)

43位「アンバサ」

「『アンバサ』という耳慣れない単語に、違和感を覚えたが、コカ・コーラの自販機に入っているので、すぐに慣れた。乳性炭酸飲料で、カルピスソーダよりあっさりした味。かなり飲みやすかった。メロンやパインなど味のバリエーションもあった」(コカ・コーラ、1982年、炭酸)

42位「アップルウーロンソーダ」

「当時、大流行した『いまどきのこども』のキャラクターが描かれていて、注目度は高かった。アップルウーロンソーダという不思議なものだったが、おいしかった。また飲みたい」(キリン、1988年、炭酸)

41位「スィートキッス」

「マウンテンデュー路線の炭酸飲料。パッケージデザインがハデハデで、とても目を引いた。チェリオの自販機は都心部には少なく、手に入れるのは少し大変だった」(チェリオ、1982年、炭酸)

40位「猿王」

「猿王とは、高級な烏龍茶葉の名前らしい。かつて、崖地に生えていた高級茶葉を猿に採取させていたことから、猿王という名がついたと商品説明にはあった。その高級茶葉を使用したのが当製品。缶飲料の材料として使用されていた時点で猿が収穫していたとは思えないが、人の心は弱い。とある雑誌の読者参加型試飲企画で、猿王を飲んだ際、参加者の一人が『猿臭くない?』と言い出した。すると他の参加者たちも『そんな気がする。獣臭いのは確か』。私も飲んだが、確かに獣臭い気が……。伝説の飲料のひとつである」(ロッテ、1994年、茶)

39位「午後の紅茶 ストレート初代缶」

「午後の紅茶は、紅茶飲料として初めて1.5リットルペットボトル入りを発売したことが業界的にはニュースだったらしい。だが、消費者的な立場から言えば、これまでの紅茶飲料より格段に甘くないことに驚いた。むしろ、これまでの紅茶がなぜ、あれほど甘かったのか不思議に思うくらいだった。発売から数年は、むやみやたらに飲んでいた。現在も紅茶飲料の中では不動のセンターだろう」(キリン、1986年、紅茶)

38位「バャリースオレンヂ」 

「昭和の半ばくらいに生まれた人にとって、『オレンジジュース』といえば、バャリースだった(もしくはリボンオレンジ)。『バャリース』の『バャ』をどう発音するのか分からなかった。現在も絶賛発売中の定番商品だが、ブランド表記は1987年に『バャリース』から『バヤリース』に変更となっている。ちなみに1970年代に入って『ジュース』という呼称は100%果汁以外、名乗ってはいけないこととなり、『ジュース』と名乗ることはなくなったが、それを知った上で飲む側としては、『オレンジジュース』とあえて呼びたい商品」(朝日麦酒〔現・アサヒ飲料〕、1951年、フルーツ)

37位「北陸育ち(ゴジラ缶)」

「ゴジラこと松井秀喜選手が石川県出身だったことから、同じく石川県にあったメーカーが販売した。発売時期によりパッケージは何パターンかあるようだ」(総家小松園、1997年、茶)

36位「はちみつレモン」

「当時、爆発的にヒットしたのがはちみつレモン。略称として『はちレモ』と呼ばれていた。『はちみつレモン』は商標登録できなかったため、ヒットに続けと各社が『はちみつレモン』を発売。パッケージデザインも似ていたため、どこのメーカーのものかわからない状態だった」(サントリー、1986年、フルーツ)

35位「メッコール」

「麦コーラと書かれていたが、色がコーラっぽいだけで、味は濃い麦茶をサイダーで割ったようなものだった。どこでも買えるものではなかったが、1990年代は、渋谷の歩道橋の側と、横浜中華街の薬局の前にある自販機で売られていたのを確認している。現在は終売となったようだ」(MCC、1982年、炭酸)

34位「テス」

「当時のミルクティーとしては、甘すぎない方だった。サントリーの自販機で何度か買った記憶がある」(サントリー、1980年代後半、紅茶)

33位「NCAA」

「『がんばった人には、NCAA.がんばれなかった人にも、NCAA.』という、糸井重里氏のコピーが好きだった。もちろん私はがんばれなかった派でした」(サントリー、1981年、スポド)

32位「あったまるこ」

「キンカンとカラマンシーを使用した、ホットで飲める柑橘系飲料。実際にホット販売されていた。味は甘さ控えめでおいしかった。パッケージデザインがかわいかったが、その後発売された『なっちゃん』と同じデザイナーのデザイン。あったまるこは、知られざるなっちゃんのお姉さんだった」(サントリー、1990年、フルーツ)

31位「ゲータレード」

「歴史のあるスポーツドリンクというとポカリスエットが反射的に思い浮かぶだろうが、日本で初めて登場したスポーツドリンクは粉末のゲータレードだった。スポーツドリンクという存在自体が、物珍しい時代だったのである。その後、健康に良いイメージも手伝って、缶飲料でもたくさんのスポーツドリンクが登場。缶入りのゲータレード、今は見かけないが懐かしい」(雪印?、1980年代、スポド)

30位「ドクター中松の頭においしい茶」

「パッケージのインパクトとしては、実に秀逸。ドクター中松氏は、頭によい食品をいろいろ研究開発していて、このお茶の茶葉も売られていた。味は濃い目のブレンド茶という記憶がある。受験生なら飲んじゃうかも」(チェリオ、1994年、茶)

29位「ピコー ストレートティー」

「サントリーの紅茶シリーズ『TESS』の後継ブランド。パッケージデザインだけでなく、CMもとにかくかわいかった。味的にはかなり『午後の紅茶』を意識したものではなかっただろうか。ただ、ミルクティーはピコーのほうが私は好きだった。ピコーを語る際に忘れてはならないのがCMのダンス。マザーグースの物語を歌詞にした唄にのって女学生風の女の子が踊るのだが、軽快なステップを踏み『ピコー』とポーズを取るのがかわいかった。2001年、同社からリプトンブランドの紅茶が登場するタイミングで終売。今でもあのCMで、あのパッケージで登場すれば買っちゃうのにな……」(サントリー、1993年、紅茶)

28位「バナナコーラ」

「パッケージのインパクトがすごかった。下北沢にお芝居を見に行ったときに、劇場のそばにあった自販機で購入した記憶がある。味はバナナの香りのするコーラ。一度飲めば十分だった」(宝酒造、1990年、コーラ)

27位「三ツ矢サイダー ビン」

「三ツ矢サイダーの歴史は明治時代、飲料の歴史を語るのに欠かせない存在だ。このプリントビンは1972年から使用されたもの。このスタイルになる前は、紙製のラベルが貼られ、ビン自体はビール瓶のようにみんながリサイクルして使っていた」(アサヒ飲料、1972年、炭酸)

26位「プリンシェイク」

「飲料缶にプリンを充填し、そのプリンの固まりを振って崩して飲むという斬新な商品シリーズ。発売以来、一定数売れ続けている商品で、コアなファンが多い。自販機からなくなると、熱いファンからメーカーに復活の要望が届くほどだという。ポッカはサッポロと合併し、商品アイテム数はかなり絞られたが、プリンシェイクは現在も販売されている」(ポッカ、1991年、その他)

25位「コアップガラナ」

「中小飲料メーカーの協同組合が、大手の製造するコーラなどに対抗するため、各地の中小メーカーが同じ名前、同じレシピで統一商標製品として作ったもの。画像の商品は、北海道は函館の飲料メーカー『小原』が製造したもので、500ml瓶入り。函館の中高生は、部活帰りにこの大瓶を一気飲みしていた時代があったらしい。画像のリターナブルびんはもうないが、現在もワンウェイびんや缶、ペットボトルの製品が販売されている」(小原、1960年、炭酸)

24位「ミスティオ グレープフルーツ」

「グレープフルーツ味の微炭酸飲料。『ミスティオ』というのは霧のようなという意味なのか。当時は珍しい微炭酸の繊細な泡感が魅力だった。そんな微炭酸も今では定番に。ほかにオレンジもあった。CMが安室奈美恵ちゃんだったこともあり、若い女性に人気。これまで飲んだ飲料の中で『もう一度飲みたい商品』として挙げるくらいおいしかった」(ダイドー、1996年、炭酸)

23位「ポッカコーヒー」

「ポッカコーヒーの発売年は1972年。だが、多くの人がイメージするポッカコーヒーは、顔の缶だろう。その顔缶の初代が真ん中の缶。この顔缶の顔は時代とともに変化している。右の缶は1999年のもの。初代顔缶とくらべてワイルドさはなくなり、すっきりしている。ちなみに、現在流通している商品は2019年登場の13代目だ」(ポッカ、1972年、コーヒー)

22位「UCCコーヒー」

「日本中に缶コーヒーの存在を知らしめた商品。発売年の翌年、1970年に開催されれた大阪万博での販売がきっかけとなり、爆発的なヒットとなった。以来、現在に至るまで缶コーヒーの定番商品として君臨している。写真は発売当初の製品写真で、よく見ると缶の上に謎の金属が見える。これは小さな缶切り。当時は、この小さな缶切りで2ヶ所に穴を開けて(飲み口用と空気穴用)飲んでいた」(UCC、1969年、コーヒー)

21位「ミリンダ レモンライム」

「ミリンダはペプシコから発売されていた炭酸飲料ブランド。コカ・コーラ社のファンタみたいな存在である。実売価格はファンタより少し安かった記憶がある。ペプシの商標権は現在、サントリーが持っているが、ミリンダはどうなったのか不明。日本では販売されていないが、海外では見かけることも多く、国内でも輸入品を扱う店やネットショップで買うことはできる」(ペプシコ、1970年代?、炭酸)

20位「カンフー」

「当時、SMAPのメンバーだった香取慎吾がCMをやっていた。味は漢方系エキス入りの炭酸飲料。飲み干すことはできなかった。缶のデザインは素敵だった」(サントリー、1995年、炭酸)

19位「ジョルトコーラ」

「カフェインがほかのコーラと比べて2倍入っているということで、どんなに刺激的なのかと期待して飲んだら、あまり効果はわからなかった記憶がある。ビートたけしを起用した『ジョルト党』という選挙運動風CMは話題になった。2001年に終売」(UCC、1990年、コーラ)

18位「ウィズユー スイカソーダ」

「スイカ味の飲料は、日本でほとんど見かけたことがなかったため、この商品の登場には驚いた。味的には『まあ……スイカかな?』というものだったが、グラスに入れると透明感のある赤い液色が美しかった。個人的には、商業誌で初めて飲料コラムを書いた商品なので懐かしい。なお、1989年には『ウィズユー スイカソーダ2』という、ややクリームソーダっぽい商品が登場。また、2010年には『23年ぶりに復活』ということで、ペットボトルでビタミンB6をプラスして登場した。でも、やっぱこの缶のデザインがよかったんだよなー」(キリン、1987年、炭酸)

17位「ファンタ ゴールデングレープ」

 

「ファンタグレープで使用されていた色素に問題があると発覚。その解決策として、その色素を使わない『ゴールデングレープ』が登場した。後に『ファンタゴールデンアップルあった?なかった?論争』が盛り上がったが、なかった派は『この商品をゴールデンアップルと勘違いしているに違いない!』と主張していた」(コカ・コーラ、1970年代?、炭酸)

16位「プラッシー」

「武田薬品工業の子会社である武田食品工業から発売されたオレンジ果汁入り飲料。ビタミンC入りなので『+C』からネーミングされたという話もある。また、パルプと呼ばれる果実の繊維分が加えられており、振ると小さな白いものが、雪が舞うように見えた。お米屋さんで売られていたのは、お米を炊くときにビタミンを加えるための商品を卸していた関係で、すでにルートができていたため。当時、お米はお米屋さんから購入し、宅配してもらうのが一般的だったため、その際にケースで購入して、一緒に配達していたのである」(武田食品工業、1958年、フルーツ)

15位「リベラ」

「スイスの乳性炭酸飲料で、ハーブも使用されている。日本ではカゴメが輸入し、国内で販売。瓶入りと缶入りがあって、味がちょっと変わっていた。今もスイスやその周辺国では売られているらしい。飲みたい方はスイスへGO!」(カゴメ、1984年、その他)

14位「桃の天然水」

「当時『桃天』と呼ばれ、爆発的にヒットした。華原朋美の『ヒューヒュー』というCMは大人気に。発売元はJT(日本たばこ産業)だったが、2015年、同社が飲料事業から撤退を発表。『桃の天然水』と『ルーツ(コーヒー)』ブランドはサントリーが獲得した」(JT、1996年、フルーツ)

13位「サイのサイダー」

「サイダーだから動物のサイのイラストと非常にシンプル。中身もいたってフツーのサイダー。ただ、自販機で見つけたときはテンションが上った記憶がある」(カゴメ、1995年、炭酸)

12位「B&L(ビター アンド レモン)」

「レモンの苦味を生かした炭酸飲料。缶のほかに瓶入りもあった。何回か飲んだ記憶があるが、あまり売っていなかった。大人向けの炭酸飲料はまだまだ理解されない時代だったのだろう」(カルピス、80年年代、炭酸)

11位「ニッポン茶茶茶」

「振り返ってみるとバブル崩壊の足音はすでに聞こえていたはずだが、世間はまだまだ浮かれていた。『ジュリアナ東京』が誕生したのもこの年。ニッポン茶茶茶は、そんな浮かれた時代を象徴するようなネーミングのお茶だった。飲んだことはあるが、中身はいたってフツーの緑茶」(ペプシコ、1991年、茶)

10位「ポッカ レモンティー」

「メーカーによると、世界初の缶紅茶らしい。当時、喫茶店などで飲む紅茶といえば、レモンの輪切りが添えられたレモンティーばかりだった気がする。1970年代に入ってから自動販売機は缶飲料がメインとなったが、多くは炭酸飲料やコーヒー、そしてフルーツ系。紅茶が好きだった私にとって、缶紅茶の登場は待ちに待った感が強かった。すぐに飲んでみたが、その甘さときたら飴を溶かしたような凄まじさ。なぜこんなに甘いのか、不思議だった」(ポッカ、1973年、紅茶)

9位「コロナパイン」

「山形県上山市にあった『志んこや』という和菓子店が作っていたパイン味のサイダー。地元の中高生が学校帰りに店先で飲んでいたという。現在は廃業されたようで幻になってしまったが、今もあれば話題になったのだろうか。ちなみにパイン味のサイダーは、山形を始め、秋田や青森で盛んに作られていた地サイダー。2000年代初頭まで、山形県内では数軒のメーカーが作っていたが、現在は少なくなっている」(志んこや、1960年代?、炭酸)

8位「ジャズイン」

「『誰でもオイシイ成人飲料』というキャッチコピーで発売された。パッケージやネーミングから、中身は想像できないが、実はティーソーダ。茶葉の苦味が感じられ、甘さも控えめだったので、確かに『大人の味』だったかもしれない」(ペプシコ、1990年、炭酸)

7位「テラ」

「アミノ酸リッチのアイソトニック飲料という位置づけだった。ノーマルな青以外にも、アップルやレモンなどの風味があり、缶も色違いのデザインだった」(味の素、1983年、スポド)

6位「なまむぎなまごめなまたまご」

「噺家のイラストで、なまむぎなまごめなまたまごという商品名。中身はミルクセーキだった。ワンシーズンで消えてしまったのではなかったか」(キリン、1980年代、その他)

5位「熱血飲料」

「オクタコサノールという脂肪燃焼効果などがあるとされる成分が配合されていたスポーツドリンク。CMは唐沢寿明扮する奥田古佐典が熱血飲料を飲むと熱血キッドに変身。悪の組織に囚われたヒロイン(中村通代)を救出するというストーリーだった」(サントリー、1991年、スポド)

4位「Drink! Smap!」

「同名のアルバムと完全タイアップした商品。CDのパッケージデザインも同じだった。中身は褐色の炭酸飲料。実際に飲んだが、決しておいしいものではなかった。ただ、ファンにとっては大切なものだったのだと思う。SMAPのファンは女性が多いのだから、もう少し飲みやすいものにしてくれればいいのにと思った」(キリン、2002年、炭酸)

3位「暴暴茶」

「暴暴茶は、ブレンドされた中国茶で、烏龍茶やプーアール茶、玫瑰花などが使われている。当時日本でも大人気だったジャッキー・チェンが監修し、CMにも登場。『飲んでます』というセリフが『ぬんでます』と聞こえることが記憶に残っている人も多いようだ。暴暴茶は、そもそも暴飲暴食をする皇帝のために生まれたお茶で、口の中をさっぱりさせる効果は非常に強力だった。実際に飲んだが、口や喉の油分がもっていかれるためか、数口でギブアップ。油分の強いラーメンやカルビ肉などと一緒に摂取すればよかったんだろうが、そんなアドバイスは書かれていなかった」(ポッカ、1994年、茶)

2位「サスケ」

「『コーラの前を横切る奴、冒険活劇飲料「サスケ」』というキャッチコピーだったが、コーラの前を横切ることもなく去っていった幻の炭酸飲料。残念ながら私は手に入れられなかったため、飲んでいない。当時飲んだことのある知人によると、母親に自分で買って欲しいと言ったのに、あまりのまずさに、逆ギレして母親に怒ったとか。缶だけでなく、瓶入りもあった」(サントリー、1984年、炭酸)

1位「維力」

「多くの人たちが伝説のドリンクとして記憶する飲み物。飲んだことがない世代も、飲料に興味があれば、その名を聞いたことがない者はいないだろう。多くの場合“まずい飲料”として語られるが、私はおいしいと思っていた。大学にあった自販機で毎日買って飲んでいた。中国のオリンピック選手用に開発されたというのもユニーク。もう一度、再販してほしい商品のひとつ」(ポッカ、1987年、スポド)

※記事内でご紹介した「謎ドリンク」ベスト50の写真は、 こちら よりまとめてご覧いただけます。

(写真協力:久須美雅士( The Archive of Softdrinks )、スタジオ クライン、山崎幹夫、ほか飲料メーカー各社)

(清水 りょうこ/Webオリジナル(特集班))

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