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在宅医療のスペシャリスト・長尾和宏医師が語る“平穏死”「死について考えるのは、前向きに生きるということ」

文春オンライン / 2021年2月9日 11時0分

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映画『痛くない死に方』原作者で在宅医療のスペシャリスト長尾和宏医師 ©️市川はるひ

どうすれば平穏で「痛くない死」を自宅で迎えられるのか から続く

 2月20日公開の 劇映画『痛くない死に方』 (高橋伴明監督)の原作となった、2冊の書籍『 痛い在宅医 』と『 痛くない死に方 』(ともに、ブックマン社)を書いた、在宅医療のスペシャリスト長尾和宏医師。

 その映画化のきっかけや、映画の裏話、さらに在宅医療やご自身について、お時間をいただき、長尾先生からお話をうかがった(インタビュー時期は2020年12月)。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

『痛くない死に方』映画化のはじまり

――今回、長尾先生の著書『痛い在宅医』と『痛くない死に方』という2冊の書籍が、劇映画『痛くない死に方』になりました。この映画化のきっかけは?

長尾和宏医師(以下「長尾」) 突然、原作本を読んでくださった高橋伴明監督から「映画化したい」と仰っていただいて。もう夢みたいな話だな、と思いました。

 監督の高橋伴明さんと初めて会ったのは、もう2年前かな。築地本願寺で「平穏死」の講演をした日で、監督にも1時間ちょっとぼくの講演を聞いていただいて。そのあと食事をしながらお話をしました。有名な高橋伴明さんに監督をして頂くなんて「ほんまかいな?」と思ったんですけど、トントン拍子で話が進んで、脚本まで書いていただいて。

 キャストも豪華でね。去年、夏休みをもらって、ぼくも9割方、撮影に立ち会いました。映画の監修というのは今回が初めての経験でした。

監修を通じて、出演者と交流「熱心で嬉しかった」

――俳優さんへ細かく指導なさったのですか?

長尾 役者さんはいろんなことを質問してくださるので、聞かれたら言うようにしてました。訪問看護師役の余貴美子さんはかなり勉強熱心な方なので、こうするんですか? ああするんですか? と具体的に聞いていただいて、嬉しかったですね。大谷直子さんにも、坂井真紀さんにも、宇崎竜童さんにも、いろいろ質問をしていただいて。もちろん主演でお医者さん役の柄本佑さんにも。

 佑さんはうちのクリニックに来てくれたこともありました。2人きりで在宅患者さんのお宅を朝から数軒、一緒に回ったんですよ。その日、まだ30代か40代の末期がんで、今日明日がヤマ、という患者さんを訪ねたときも、じっと見守っていてね……。

 ドラマとか映画での終末期はたいてい美しいじゃないですか、でも実際の医療現場は生身の人間なんで、ドロドロしたもの。ぼくらの日常は、ほんまもんですから。だから今回の映画、劇映画とドキュメンタリー、両方を観ていただけるといいですね。

 劇映画で下元史朗さん演じる1人目の患者さんも、ドキュメンタリーで追う患者さんの1人も、肺がんでCOPD(慢性閉塞性肺疾患。呼吸が困難となり息が吐き出せなくなる)になるというのが、たまたま同じパターンでした。それだけに劇映画とドキュメンタリー、見比べたらいろんな思いや感想が出てくると思うんです。だからぜひ、どちらも観ていただきたいんですよ。

映画『痛くない死に方』は長尾先生の体験そのもの

――映画は原作のエピソードそのものですね。

長尾 そうなんです。作品にぼくの経験をたっぷり盛り込んでいただいて。『痛い在宅医』を踏襲しながら、もう1冊の著書『痛くない死に方』も織り込んで。この映画『痛くない死に方』は、ぼくが医者として37年やってきて、いろんな失敗もしたりした、その全てが詰まった作品になっていると思います。

――先生の体験を、映画では何人かの登場人物に振り分けていましたよね。

長尾 そう、すごい脚本です。ぼくはこの原作本以外にも、たくさん本を書いているんですけど、その内容も見事に伴明監督の脚本にちりばめられていた。ぼくが何のために医者をやって、こういう本をいっぱい書いてきたのかということが、この映画に集約されていると思います。完成した映画を観て非常に感動しました。ぼくの言葉や患者さんとの会話を、柄本佑さんや奥田瑛二さんという役者が、セリフとして言ってくれている。

 それから、劇中で登場人物が詠む川柳という形でも、在宅医療のエッセンスを表現してくださった。映画は、この川柳が素敵なアクセントとなってすごく効いてる。高橋伴明監督の脚本、本当に素晴らしいです。

 世の中のほとんど、9割方の人が「在宅医療」「平穏死・尊厳死」というものを知らない。実は医者でも、8割方が理解してないのが現実です。だから映画がそういったことを知るきっかけになったり、死について家族と話し合うきっかけになったらありがたいです。

死について考えるのは、むしろ前向きに生きるということ

――やっぱり「在宅医療」や「平穏死」については、早くから家族と話し合っておくことが大事なんでしょうか。

長尾 大事だと思います。でも日本人は、死について話し合いたくない人が多い。ただ、今回の新型コロナで、誰もがものすごく死を意識するようになりましたよね。コロナがどうして怖いかっていうと、死にたくないからでしょう? 今まで死を意識しなかった方も、コロナで意識するように変わった。

「死を考える」ことは決して悪いことじゃなくて「前向きに生きる」ということなんです。「死とは何か」を考えるということは「生とは何か」を考えるということ。自分自身の死に方・生き方、さらに親の介護、という問題もある。ぼくは認知症の患者さんもたくさん診ているんだけど、映画の中で全てを持ち込むことはできないんで、今回は末期がん患者の場合を取り上げてもらった。そして「在宅医療」「平穏死・尊厳死」というものに焦点を当てた作品になっています。

 普通、映画には恰好いい医者が出てきますよね。エリートな雰囲気のね。ところが、この作品では、柄本佑さんが演じる、はじめはいいのか悪いのかわからないような医者が主役でして。リアリティがありますよね。そしてその医師は家庭崩壊して離婚する。

 実はぼくの私生活もとても人様に言えるもんじゃない(笑)。……でも、ぼくが監督になにか話したのかな? それで冒頭からああいう、深夜にかかってくる電話のことで、夫婦が揉めるシーンを入れられてしまったのかなあ。でもまあ、あんな感じです、まさに。在宅医もその家族も大変なんですよ。生身の人間ですからね。

密着されたドキュメンタリー映画『けったいな町医者』

――ドキュメンタリー映画『 けったいな町医者 』も『痛くない死に方』とほぼ同じ時期に全国で上映されることになりました。

長尾 ドキュメンタリーを撮るのはもちろんぼくの提案ではありません。プロデューサーが劇映画と別に、ぼくのリアルな面も撮ろうと言い出して、渋々撮られることになりました。こちらは毛利安孝監督が2カ月ほどぼくに密着してくれて。

 ぼくの毎日って、1日で映画が何本も撮れるくらいいろんな物語があります。その中で、ぼくのかっこ悪いところばかり集めたドキュメンタリーになっちゃった(笑)。あれを観ると「ホンマ、アホで間抜けな医者やな!」と思われるでしょうが、実際はほとんど真面目なんですよ。

――先生の公式ホームページ「 長尾和宏オフィシャルサイト 」も、とても明るいイメージです。

長尾 やっぱり、がんとか認知症とかのシルバー世代の家族とたくさん接していると、考えるんです、「人間はなんのために生きているのか」って。病気であっても、人は楽しむために生きてる。楽しむとは、例えば食べたり、話したり、笑ったり、旅行したり……ということでしょう。老人は落ち込んでいる人が多いけど、それをちょっとでも明るくしたい。

 今年はコロナでできないけど、ぼくのところでは、普段、1年中イベントをやってるんです。春はお花見して、夏も、秋も、冬もイベントをやって、なにかと集まっては一緒にご飯を食べて。ドキュメンタリー映画には、コロナ前にやったクリスマス会の様子が出てきましたけど……あの2日後くらいに、あそこに来ていた人が亡くなりました。つまり、ぼくたちは、死ぬ直前までみんな歌ったり、しゃべったりして楽しんでいる、というわけです。

患者さんを「看取る」こと

――ドキュメンタリー映画『けったいな町医者』では先生がたくさん歌を歌われてましたね。あんなに働いている間に、イベントで歌まで披露して。長尾先生はとにかくパワフルだという印象を受けました。

長尾 ずっとあんな感じです。結構ハードな毎日です。在宅医は1000人看取ったら自分が死ぬ、なんて言われているんです。うつ病になったり、心臓が止まったり、って。ぼくはとっくに看取り数が1000人を越えているし、看取りを夜中に2回する日だってある。365日、24時間、ぼく1人で約600人の患者からの電話を受けています。夜は夜で、毎日まさに“夜回り先生”をやってるんですけど、地方出張で往診できない時は、ぼくのクリニックに勤務しているセカンドコールのドクターに電話します。

――セカンドコールの先生というのは、今後、先生と同じ道を継承していく方でしょうか?

長尾 いや、セカンドコールというのは、ぼくからだけ連絡が行くお医者さんのこと。看取りは、年間140~150人くらいあるから、2日か3日に1人くらいの割合になる。今日みたいな出張の日に当たったら、ぼくがまず電話でお看取りをするんです。「今、何時何分、お亡くなりになりましたね。これから○○先生が行きますからね」と、ご家族にお話をつけてから、そのドクターに深夜か翌朝一番に看取り往診をしてもらう。でも、代わりに行ってもらうのは年3、4回くらいかな。

白衣を着ない在宅医

長尾 ぼくはね、普段白衣を着てないんです。もう15年以上かな。テレビとか出るときはコスプレみたいに着ますけれども。ぼくは診察室でも在宅を回るときでも、白衣を着ないんですよ。

――患者さんが「先生がうちにちょっと寄ってくれた」と思える雰囲気も大切なんですね。

長尾 そうなんです。ぼくが医者になって3年目かな、ある病院に外来のアルバイトに行ったら、ランニングシャツにステテコのオッサンが出てきた。「だれ? 掃除のおじさん?」と思ったら、なんと院長先生だった。そんな超ラフな姿なのに、患者も普通の顔して診察を受けてた。そのときは、すごく奇異に感じました。ぼくが27か28の頃です。

――その頃の長尾先生は白衣を着てらした?

長尾 はい、もちろん。だけど気がついたら自分がね、今、62歳なんですけど。そういうステテコのおじさんみたいに、だんだんなってきてる。ああ、恐ろしや。うちは20代の医者もいますけど、きっと彼らは「長尾のオッサンは、白衣も着ないで! アホちゃうか?」と思ってるでしょうね。けったいな町医者なんです、ほんまに。

 だけど白衣って権威の象徴で、上から目線だし、怖いっていう人も多い。映画でも、柄本佑さん演じる医者は、最初は白衣を着てるんだけど、途中で脱いで私服で診療に行くようになるという演出がされてます。ぼくは家でも外来診察でも、こういう地味な私服でやってます。

 深夜、地元のスナックで飲んでいる時に電話が鳴って、そのまま駆けつけることもある……まあ、普段はお酒は飲みませんけどね。呼ばれたら車を運転しなくちゃならないから。でも油断してお酒が入っているときは電車やタクシーを使うしかない。おかげでまだアル中にはならなくてすんでいます。

――普段お酒を飲まないのでしたら、ストレスを発散するとか、逃げどころというのは、何かあるんですか?

長尾 『けったいな町医者』でも撮られてしまいましたが、逃げどころは下手な歌を歌うことです。だんだん他の趣味はなくなってきました。この1年(2020年中)、コロナの影響でイベントはできませんでしたが、少し自分の時間が作れて、本を読んだりもできました。コロナ診療は超ストレスフルですがね。

町医者は、断片でなくその人の“物語”をみる

――先生の言葉に「町医者は、断片でなくその人の物語をみる」というのがありましたよね。

長尾 医者も生身の人間です。医療で、医師と患者が出会って、通じ合えたらいい。そして白衣を脱いで、人間対人間の関係になれたらもっといい。昔でいう『赤ひげ()』みたいに。『赤ひげ』なんて、もう昔話みたいになっちゃったけど、やっぱり人は、最後は赤ひげみたいな人を求めるんじゃないかな。

『赤ひげ診療譚』。貧しく病む者とそこで懸命に治療する医者との交流を描く、山本周五郎の小説)

――さて、お名残惜しいのですが、そろそろお時間になってしまいました。ここで最後に読者にメッセージをお願いします。

長尾 自分のやってきたことが映画になるって、まだ夢みたいです。今回2本も映画を作っていただきました。ドキュメンタリーだけでなく、劇映画の方も全部ぼくに起こったリアルな出来事です。ぼくはたくさん本を書いてきましたが、文章だけでは伝わりにくいこともあります。でも今回、映像の力、映画の力、役者が演じる力はすごいな、と改めて感じています。

 本もそうですけれど、映画ってやっぱり何かを伝えるためにあるでしょう? ぼくは多くの人に伝わることを願いながら本を書いてきました。

 だからぼくは「この映画でみなさんにこうやってお伝えするために、37年間医師としてがんばってきたのかもしれない」と思えるくらいうれしいんです。劇映画もドキュメンタリーも、ぜひ両方観ていただいて、「死ぬこと」と「生きること」について、みなさんに考えて、語り合っていただけたら幸いです。

 映画『痛くない死に方』と『けったいな町医者』は、どちらも2月公開。「表現」の劇映画と、「リアル」なドキュメンタリー。どちらも「在宅医療」と「がん末期患者の平穏死」という同じテーマを扱っていて、互いに補完し合っている2本だ。

 また、映画を観て「在宅医療」や「平穏死・尊厳死」に興味を持った方は、知識を整理するために、原作本がとても役に立つので手にとってみてはいかがだろう。

 書籍『痛い在宅医』は、在宅医療で父が苦しんで亡くなったことを後悔している娘さんと、長尾医師の対談が主たる内容。受けた在宅医療のどこに問題があったのかを振り返る形で「平穏死・尊厳死」について伝えている。

 一方、書籍『痛くない死に方』では「平穏死・尊厳死」と「安楽死(日本では違法)」の違いを明確に定義し「どうすれば痛くない死に方を叶えられるか」をわかりやすくまとめた、いわば指南書。

 どちらも「在宅医療」や「平穏死」への理解を深めてくれるだろう。

(取材・編集:市川はるひ)

(市川 はるひ)

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