混沌とする東京五輪運営…日本のスポーツビジネスに足りない “発想”とは?

文春オンライン / 2021年2月17日 6時0分

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太田雄貴さん ©文藝春秋

 突如決まったマラソンコースの変更、大会運営予算の大幅な増額、森喜朗組織委員会会長の辞任…東京五輪は当初の計画からさまざまな変更が重ねられ続けている。問題の本質的な原因はそれぞれであるが、いったいどうしてこれほどまでに多くの変更が求められるようになってしまったのだろうか。

 プロバスケットボールBリーグの初代事務局長であり、現在、日本ハンドボール協会の代表理事を務める葦原一正氏は、その原因の一つに、日本におけるスポーツビジネスの「政治意識」の低さがあるのではないかと語る。ここでは、同氏の著書『 日本のスポーツビジネスが世界に通用しない本当の理由 』(光文社)を引用。日本のスポーツビジネスが世界と渡り合っていくために欠かせない“発想”を紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◇◇◇

「政治」の重要性

 スポーツ界で働くようになってから14年になるが、グローバル化はなかなか進んでいない。

 Bリーグの仕事に従事していた当時、東アジアバスケットボール協会の理事も兼務していたが、日本人からすると「何だ、これは?」と首を傾(かし)げることが少なくなかった。

 たとえば、オリンピック予選の組分けを見ると、イランやヨルダンなどの西アジアのチームが有利になっていたり、国際試合の審判の派遣についても、作為的なものを感じざるをえないことがあったりした。

 マーケティングについてもしかりだ。FIBAのパートナー企業には中国の企業が名を連ねており、当然ながらそれは、中国の影響力が高まっていくことを意味する。

 同じことはバスケットボール以外の競技でも起こっている。そこで、日本としての利益を確保していくために、スポーツ庁やJOCは国際競技連盟に日本人を送り込もうとしている。これについては、私自身も全面的に賛同する。

 2008年と2012年のオリンピックでフェンシングの銀メダリストに輝いた太田雄貴さんは、日本フェンシング協会会長、国際フェンシング連盟副会長を務め、IOCのアスリート委員に立候補している。日本オリンピック委員会の推薦によるもので、太田さん自身も前向きだ。

 彼は「水は上から下へ流れる」と言う。一般的に、チームの上にリーグがあり、リーグの上に日本バスケットボール協会のような国内を統括する団体があり、その上にはFIBAのような国際的に統括する団体が存在する。その階層はきれいに縦に積まれており、太田さんの言う通り、得てして上からいろいろな方針が降りてくる。競技の最前線(下)で交わされている声を、競技をまとめる団体(上)へ届けるには、最前線を知る人材が上に行くしかない。

上位団体で手腕を振るう意義

 私のスポーツビジネス歴は球団からスタートし、リーグ立ち上げを経験して、協会の仕事もさせていただいた。球団で働いている時は、リーグが変革しないと厳しいと感じていたし、いざリーグへ来ると、今度は制度設計の根本が協会側にあって、そちらを改革しないと難しいと感じるようになった。つまり、仕事をすればするほど、上位団体に対する問題意識が強くなり、川上に意識が向いてしまう自分がいた。

 そういう意味で、国際競技連盟に日本人を送り込もうとする機運は間違いなく正しいと考えるし、もっと活性化させていくべきである。一般的にスポーツビジネスというと、チーム経営を想起することが多いが、リーグや協会への人材輩出は今後の日本スポーツ界を考えるとより大事である。チーム経営の人材と求められる人材要件も大きく異なるので、今後はより深い議論が進むことを期待したい。

国際競技連盟で会長職に就いた日本人の少なさ

 FIBAは、2023年に会長選がある。会長選は4年に一度で、会長は6大陸の持ち回りとなっている。現在はアフリカ大陸が会長を出しており、2023年からの4年はアジアに順番がまわってくる。

 ここで日本は立候補するべきだ、と個人的には考える。

 アジアから会長を出すことになれば、中国の姚明は最有力候補の1人だろう。現在FIBAアジアのチェアマンでもあり、彼が会長の椅子を射止める可能性は十分ある。FIBAの理事にはアジアから中国、マレーシア、日本が名を連ねていているが、西アジアの国も手を挙げてくるに違いない。姚明を含め複数の候補者が争う構図になるだろう。

 国際競技連盟で会長職に就いた日本人は、過去に4人しかいない。1952年から1965年まで国際柔道連盟会長を務めた嘉納履正さん、1979年から1987年まで同連盟会長職にあった松前重義さん、1987年から1994年まで国際卓球連盟会長を任された荻村伊智朗さん、それに2017年から国際体操連盟の第9代会長を務めている渡邊守成さんだ。国際競技連盟の会長に日本人が就任したら、これは大変なニュースだ。

 FIBAの会員数は213団体で、FIFAの211国と地域、FINA(国際水泳連盟)の208国と地域を上回る。FIVB(国際バレーボール連盟)の222ヵ国には及ばないが、IOCに対しても一定の影響力を発揮できる。

 日本バスケットボール界は2016年にBリーグが開幕し、2019年にはワールドカップに21年ぶりの自力出場を果たした。NBAプレーヤーも出てきている。バスケットボールにまつわる複数の歯車が同時に回り出している今のタイミングで、アジアからFIBAの会長を選ぶことになっているのだ。黄金の好機が到来している、と言っていい。

東京五輪は“政治”の場でもある

 期せずして東京オリンピック・パラリンピックが延期となり、国際競技連盟の要職にある人物が2021年に東京に集結する。新型コロナウイルスの感染拡大が収束に向かっていることが開催の条件になるが、そうなれば、日本にいながらにしてロビー活動ができるのだ。スポーツ庁も巻き込んで、日本人候補を擁立するべきだと思う。

 スポーツも政治だ。国際競技連盟の会長やIOCの理事といった役員のポストを得なければ、自分たちの意見は通しにくい。それが叶わなければ、各委員会へ日本人を派遣する。委員会は財務、マーケティングといった分野ごとに構成されているので、それぞれの分野の詳細な情報を得やすい。

 もう1つは国際競技連盟の事務局へのスタッフ派遣だ。国際競技連盟の意思決定も、BリーグやJリーグと同じように理事会が最終決議の場所になる。その前段階として専門の委員会で話し合われるのだが、決議事項を実務として動かしていくのは事務局だ。ここに集まる情報は委員会よりも全般的で、その濃度も濃い。会長や理事はもちろん欲しいポストだが、事務局に人材を送り込むことで入手可能な情報は多いと言える。

上位団体へ日本人を送り込むことの意義

 国際競技連盟へ人材を送り込むべきだとの思いは、東京オリンピックのマラソン競技のコース変更問題でさらに強まった。

 東京から札幌への変更は突然で、一方的に映った。変更はIOCのジョン・コーツ調整委員会委員長、東京2020組織委員会の森喜朗会長(編集部注:当時)、東京都の小池百合子知事、東京2020オリンピック・パラリンピックの橋本聖子担当大臣による四者協議で正式決定したが、その前段階としてIOCのトーマス・バッハ会長が「日本の組織委員会との協議の結果、マラソンと競歩の会場を札幌へ変更する」と発言した。

 バッハ会長を札幌への変更へ駆り立てたのは、2019年9月の世界陸上だったと見られている。マラソンは深夜11時59分にスタートしたが、女子では68人の出場選手のうち28人が途中棄権した。高温多湿の気象条件が影響したもので、東京オリンピックのマラソンは男子、女子ともに午前6時スタートとなっているが、それでも暑さに不安が残るというのがバッハ会長の見解だった。

 とはいえ、会長が独断で変更を決められるはずもない。周囲に相談したはずだ。そのなかにはWF(ワールドアスレティックス/国際陸連)のセバスチャン・コー会長が含まれており、彼が札幌への変更を進言したと報道は伝えている。

関係性を築くことの重要性

 ここで問われるのは、WFと日本陸上競技連盟(日本陸連)の関係だ。WFと密接な関係を築いていれば、セバスチャン・コー会長は「IOCは札幌へ移転したいと言っているけど、日本陸連はどう思う?」と聞いてくるはずだ。おそらくはそのような強いパイプを持っていなかったことが、日本陸連にとって致命的だったと私は見ている。

 日本陸連内部のガバナンスも効いていなかった。

 変更を受けて記者会見した瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、「急に札幌と言われても切り替えられない。ただ、IOCという力の前にはどうしようもない」と、無念さを滲(にじ)ませた。そうかと思えば、日本陸連の事務局長は「反省もあるが、IOCは我々より大きな考えで決定している。それに準じていくのが、我々の立場だ」と説明した。WFと日本陸連、日本陸連の事務局と現場を束ねる瀬古さんが、歩調を合わせることができなければ、同じ方向へ進むこともできていなかった。それがつまり、統制が取れていなかったということである。

議論のテーブルにもつけなかった結果

 その結果、何が起こったのか。

 東京オリンピックのマラソンコースを使って代表選手を選考したのに、選手たちはそのコースを走れなくなってしまった。オリンピック開催国のアドバンテージが、失われてしまったのだった。

 何か大きな決定や変更をする際に、日本人は根回しをする。水面下で承認を取り付けておいたり、交換条件を提示しておいたりして、話を進めやすくするのだ。

 外国人はそこまで根回しをしない。政治の世界では下交渉があるものだが、スポーツにおいては真っ向勝負が多い。忖度もない。

 事前の合意形成などをはからないから、その場では意見が衝突する。ここで日本人は、反論できない。札幌へコースが変更されたら困るのに、誰も正式に「NO」とは言わなかったのだろう。

 前大阪市長の橋下徹さんは「コース変更に反対するなら、東京オリンピックをやめると言えばいい」と発言したが、劣勢のあの局面を変えるには、それぐらい思い切った意思表示が必要だったと思う。一か八かの駆け引きだが、苦いものをただ呑み込むだけでは交渉と言えない。

交渉で大切なのは「勝ちかた」ではなく「負けかた」という意識

 交渉のテーブルに、誰もが納得できる解答はない。折衷案でも、どちらか一方の妥協の幅が大きいものだ。

 自分たちの主張を示したうえで相手の意向に沿えば、「貸し」を1つ作ることができる。交渉で大切なのは「勝ちかた」ではなく「負けかた」であり、負けるなら「貸し」を作るのが国際交渉の本質だと思う。真のグローバル人材とはそういうことだ。

 自分たちが蚊帳の外に置かれないように、日常からパイプを作っておく。加えて、結論から逆算した交渉のシナリオを練っておく。自分たちの利益が損なわれることに対して「NO」と言うのは、そのためのキーファクターと言っていい。「YES」か「はい」としか言えない日本人では、世界と戦えない。

 物事をダイナミックに変えたいのなら、上へ行くしかない。政治もやるしかない。それが現実世界である。

 プロにふさわしいリーグを作りたいのなら、クラブで頭角を現わした人材はリーグや協会へ吸い上げ、さらに選りすぐりの人材は国際団体へ送り込む。それぐらい思い切った施策を講じていいだろう。

終わりの見えない入場制限…これからのスポーツに求められる“3つの価値”とは へ続く

(葦原 一正)

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