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菅首相は逃げ、小池都知事も判断せず…「殺気立ってもいた」感染症専門家たちの苦悩と葛藤

文春オンライン / 2021年2月19日 6時0分

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分科会長の尾身茂氏

 11都府県への緊急事態宣言発出は遅きに失した――2月に入っても解除のめどが立たないほどに患者が膨れ上がってしまい、政府に対する批判が後を絶たない。さらには外国由来の変異株の登場で、解除後のリバウンドに懸念も膨らむ。

 いったん解除したとしても、次の急増局面で日本はきちんと対処できるのだろうか。2度目の緊急事態宣言から導き出される教訓とは何か。

◆ ◆ ◆

「専門家の先生方は非常に問題視していて殺気立ってもいた」

「年末はもう蛇口が開きっ放しで風呂桶も溢れている状態、誰か止めてくれという思いでした。(11月の段階で対策をしておけば)あの12月には、別のシナリオがあり得たのではないか……と思います」

 そう語るのは鳥取県知事の平井伸治だ。全国知事会を代表して新型コロナウイルス感染症対策分科会に出席している。

 平井がその“分水嶺”として振り返るのは、今から3カ月ほど前、北海道で感染拡大が見られ、その後、大阪府、東京都でも感染が拡大した11月下旬のことだ。18日には、全国の感染者数が初めて2000人を突破し、翌19日には東京都の感染者数が500人を突破した。首都圏から地方へと感染が広がる局面で、これを抑えるためには複合的な対策を集中させる必要があった。

 尾身茂が率いる分科会は20日に、感染拡大地域で酒を提供する飲食店への営業時間短縮の要請やGo Toトラベル事業の一時停止など6項目にわたる強い対策を記した提言を発表する。

「当時、注目が集まっていた自治体のうち大阪府や北海道はこれを受けてステージ3対策に動きました。でも動きがないところもあった」(同前)

「動きがないところ」とは東京都のことだ。感染対策を強化する大阪府と北海道の意向を踏まえるかたちで政府は24日、大阪市と札幌市を目的地とする旅行についてGo Toの対象から除外すると決めた。すでに北海道は11月上旬から先んじて時短要請を始めており、その後、歓楽街での休業要請にまで踏み込むことになる。

 これに対して東京都は、Go Toについては自らの判断を避け、時短要請は「午後10時まで」に止め、中途半端な対策を続けて時間を浪費した。

 平井は「やはり(東京は)動くべき時だったと思います。実際、専門家の先生方は非常に問題視していて殺気立ってもいた」と話す。

 11月25日、平井は、動きの鈍い東京都に苛立つ専門家たちと顔を合わせた分科会で、印象的な提案をした。

「サルでもステージ3とわかる資料を出すべきではないか」

「『サルでもステージ3とわかる資料を(分科会の専門家から)出すべきではないか』と申し上げたんです。誰が見ても『厳しい対策に踏み出すべき段階に入った』と一目でわかってもらえるような資料があれば、報道を通じて住民の方にも『(厳しい対策指示が出ても)もうしようがない』と思ってもらえるのではないか。そうなれば知事も判断しやすい環境になる、と。『サルでもわかる』という言い方が先生方の笑いを誘いましてね」

 平井が口にした「ステージ」とは、感染状況を評価するために分科会が策定した基準だ。「新規感染者数」や「病床の逼迫度合い」など6つの指標それぞれがどれほど深刻化しているかによって、大別して「散発的感染」から「感染爆発」までの4つのステージに当てはまるかを判定する。一番上のステージ4は「緊急事態宣言を出すべき状況」で、ステージ3はその一歩手前だ。

 ただ、6つの指標の数値だけではどれだけ緊迫したものなのか、一般の国民には伝わりづらい。そこでそれぞれの指標が、県ごとにどの水準にあるか、「ステージ3ならオレンジ」、「ステージ4なら赤」とぱっと見てわかるようにして見せる表現の工夫は、のちに新聞やテレビが採用する方式だが、そうしたイメージを平井は先取りしていた。しかも平井の提案は、それを分科会資料として出してはどうかというものである。

 実現していれば、何が起きたか――。

「ステージ3」は、緊急事態宣言をできるだけ回避するため、早期に対策の引き金を引くステージだ。だが、平井が提案した時点で、東京都では「陽性率」を除く5指標がすでにステージ3の水準を超えていた。

 6つのうち5つの枠がオレンジ――そんなポンチ絵を分科会が出せば、取材する記者たちがオーソライズされた判定と見てとって「東京都・ステージ3」という新聞の見出しやテレビのヘッドラインが大きく報じられた可能性は確かにある。少なくとも、都知事の小池が他地域に比べ緩やかな対策で済ませる理由をより厳密に問われることになったのは間違いない。

 平井がそんな提案をしたのは、当時のステージ判定に難しさを感じていたからだった。

「感染が急激に広がる局面では、緊急事態宣言に相当するステージ4に行く前にブレーキをかけた方がいい。でもこれを客観指標でなく知事の判断とされるとなると、重荷になるんです。強い対策に切り替えるとなると、地元の観光やもろもろの業界のことを考え始める。圧力を感じもする。専門家も西村大臣も『知事が総合的に判断を』と仰るのですが、知事自身に判断の責任を負わせると、やるべき対策を取らなくなってしまうかもしれない、と私は思っていたのです」

「ステージ判断は我々の仕事ではない」としつつ

 大阪府と北海道の知事はそれでも厳しい対策に踏み出した。まともな知事ならきちんと判断してくれると思ったかどうかはわからないが、結局、分科会は平井が提案した『サルでもわかる資料』を公表はしなかった。

 一方で分科会長の尾身は、記者からステージ3該当地域はどこかと問われると、「ステージ判断は我々の仕事ではない」としつつ、言葉を慎重に選びながら東京23区を含めた4地区を挙げた。平井の提案を意識した発言だったに違いない。

 とはいえ、「紙」のあるなしで記者たちの情報価値の判断も変わってくる。「東京都・ステージ3」が翌日の全国紙の見出しになることはなかった。

 ここで国や分科会が「東京都・ステージ3」をくっきりと見える化していれば12月はずいぶん違ったかもしれない――それが、平井のいう「別のシナリオ」である。

 浮き彫りになったのは、知事に「総合的に判断」させる仕組みのあやうさだ。選挙によって直接住民から選ばれる知事に判定を任せると今後も同じ轍を踏む可能性はある。

遅れの遠因を作ったのは、そもそも現首相の菅を含む政府

 なぜ「総合的な判断」が知事に任されることになったのか。そのいきさつについては菅政権発足前後の政府内の内幕を描いた読売新聞政治部の『 喧嘩の流儀――菅義偉、知られざる履歴書 』(20年12月刊)に興味深い記述がある。

 昨年7月末から8月にかけて「6つの指標」を作成するにあたっての裏話だ。

「指標づくりは西村(康稔経済再生担当相)が持ちかけ、尾身も快諾した。(略)話を聞いた今井(尚哉首相秘書官〔当時〕)は『総理の選択肢の幅を狭める』と真っ向から反対した。数値に縛られれば、政治判断の余地を失うことを恐れた。菅(義偉官房長官〔当時〕)も指標には冷ややかで、『見ているのは重症者とベッドの数』と素っ気なかった」

「西村は指標に幅を持たせることで、官邸の了承を何とか取り付けた」

 西村の「根回し不足」の逸話として書かれているが、結局、政府に裁量の余地を残すために、幅を持たせることで決着した。

 このため客観指標は「あくまで目安」と強調した上で、国や都道府県が「総合的に判断する」ことになった。これが「知事が総合的に判断する」の元になる。客観指標で判定することを避け、今回の遅れの遠因を作ったのは、そもそも現首相の菅を含む政府だった。

 客観指標をこしらえたのは尾身をはじめとした専門家たちだが、それに基づいた判定は、「政治判断の領分」として専門家から切り離された。

 平井の提案に乗る道はあった一方で、「自分たち科学者の任務は助言で、判断するのは政治」という線引きに忠実であろうとした節も窺える。責任を負うことができるのはあくまで国民に選ばれた者、専門家ではない、と。

 そこに尾身をはじめとした専門家たちの葛藤も浮かびあがってくる。

 2度目の緊急事態宣言に至るプロセスは、 「文藝春秋」3月号 に「 『尾身会長VS政府』苦悩する科学者たち 」と題したルポルタージュにまとめた。解除後も続く重大局面の伏線を記したつもりだ。

(文中敬称略)

(広野 真嗣/文藝春秋 2021年3月号)

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