“ドアパン”されてムチ打ちに!? 保険スタッフが明かす「過剰請求」を謀る“ヤバい”客

文春オンライン / 2021年3月2日 6時0分

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「車で追突されたら病院で首の痛みを訴え続けろ」といった話を耳にしたことのある人は多いだろう。

 保険会社からの保険金を増やす手段として、昔から「ムチ打ち」の診断が効果的であることが広く知られている。

 もちろん、万が一にも後遺症が残らないようにするため、小さな事故であっても医療機関を受診しておくことは重要だ。とはいえ実際のところ、事故に遭ったことをこれ幸いと、保険金や慰謝料の増額を目的に通院期間を故意に延ばしたり、存在しない痛みや症状を訴えたりといったことも横行しているようである。

 現実の保険交渉の場面で、事故に乗じて怪しい申告をしてくる者はどれくらいいるのだろうか。ムチ打ちをはじめとする「過剰請求」の実態について、保険会社で契約者や相手方との支払い交渉を担当する部署(サービスセンター:SC)のスタッフに話を聞いてみた。

ムチ打ちの割合は圧倒的

 結論から言えば、やはりムチ打ちの申告は保険交渉の「定石」となっているようである。

「ムチ打ちは本当に多いですね。最初にこちらから怪我の有無について確認するんですが、そのときは快活に『大丈夫!』と言っていても、『やっぱりなんか首が痛いような気が……』と言ってしばらく通院されるケースもよくあります。もちろん、実際に後から痛みが生じる場合もあるので、そのときはすぐに医療機関を受診してほしいと思います。でもやっぱり、割合として多すぎる感じはしますね」

 一旦「大丈夫」と言ったはいいが、周囲から唆されて……というケースもあるのかもしれない。

 警察庁発表の「令和元年中の交通事故の発生状況」によれば、自動車乗車中の事故による軽傷者は「28万579人」である。このうち、頸部(首)に軽傷を負った者は「22万4858人」で、割合としては8割にものぼる。

 頸部損傷者のすべてが「ムチ打ち」ではないと考えても、かなりの割合である。

 しかし、そもそもなぜ、保険交渉の際にムチ打ちの申告が定番化しているのだろう。

明確な異常はないけれど……

 ムチ打ちは、事故などの衝撃によって首がムチのようにしなることで生じる「外傷性頸部症候群」という症状である。頸椎捻挫は他覚的所見(客観的に把握できる症状)が得られにくいことが特徴で、痛みの原因を突き止めるためMRIやCTといった検査をしても、明確な異常が見られないケースも多い。

 つまり「痛み」という患者の主観的感覚をもとに、ムチ打ちの診断が下されるため、「とにかく首が痛いと言っておけば医者の診断書が手に入る」とされるわけである。

 なお、「ムチ打ちの治療期間は西日本の方が長くなる傾向にある」という研究データも存在する。なんとも不思議な話である。

繊細な首の持ち主たち

 ムチ打ちは、患者が痛みを訴え続ける限り治ったことを証明しえないがゆえに、通院回数や期間を引き延ばすうえでも有効な手段となる。延々と通院を続けることで、相手方の保険会社から支払われる慰謝料を増やしていけるのだ。

「実際に痛みを覚えている方が大多数だと信じたいですが、『この事故状況で?』というケースもしばしばです。車にはぶつかった跡もないんだけど……っていうのはいつものことですね。狭い道での行き違いで、ミラー同士が軽く接触した程度の事故とか」

 車に目立った跡がなくとも、乗員がムチ打ちになるケースも考えられなくはない。ただ、低速で進んでいる状況で、接触面積がわずかしかない事故によってムチ打ちになるとは考えにくいだろう。もしかすると、実際にはそれなりのスピードが出ており、対向車とすれ違う直前に距離の近さに気づき、慌てて急ブレーキを踏んだということもありうるかもしれないが……。

「一番は、駐車場でのドアパンチですね。こちらの契約者側がぶつけた形だったんですが、相手方がたまたま車内にいたみたいで……治療費と慰謝料を請求されて驚きました」

 ドアパンチでムチ打ち。もしかすると、レスラーがドアごとタックルでも仕掛けてきたのかもしれない。世も末である。

度を超えた申告でも補償される?

 しかし、「ドアパンチでムチ打ち」といった無茶な要求に対しても、補償はなされるのだろうか。

「もちろん保険会社の方でも、アジャスター(事故状況から損害を算定する専門家。保険会社によって、社内の一部門としている場合と、第三者機関に委託している場合とがある)の見解も踏まえつつ、あまりに考えられないような請求に対してはお断りする場合もありますね」

 アジャスターには、車両の損害状況の確認する者のほか、治療費や治療内容など医療分野における整合性を確認する者など、それぞれに専門性がある。当然、「ドアパンでムチ打ち」といった請求が認められるはずもない。

高級バッグをめぐる「不正請求」

 損害以上の補償額を引き出そうと苦心する者たちのなかには、王道である「ムチ打ち」以外の方法を駆使する者も少なくない。車両と搭乗者以外に対する保険も、狙い目とされることがあるようだ。

 保険会社が用意している特約のうちには、自動車事故の際に積載していた荷物にまで補償が及ぶものや、車を離れた場面でも適用できるものなど、広範な領域をカバーするものがある。このような付帯的な特約についての請求には、イレギュラーなものが多く、対応に困ることもあるという。

 とりわけ補償範囲が広いのが、日常生活全般において他者に与えた損害を補償する「個人賠償責任特約」である。子どもが店の商品を壊したり、飼い犬が他人に怪我を負わせたり、といった際にも補償が及ぶ。

「『先輩に持たされてたカバンをガードレールに引っかけちゃって、中も全部ダメにしちゃったから弁償したい』と言われ……壊れた物がことごとく高級ブランドだったので、数百万円の支払いを要求されたことがありました。送られてきた画像を見ると、傷がなんだか取って付けたみたいな感じで。留め具とか、交換できそうな部分にばかり傷が入っていました」

「いやマジ勘弁してくださいよ」

 あらかじめ特約の利用を前提に、自らブランド物に傷をつけ、保険金を詐取しようとした可能性もゼロとはいえない。事故という明確な契機がないため、請求が作為的なものであるかどうかについての判断がつきにくいわけだ。

「状況についての説明も二転三転して要領を得ず、後出しで『歩行者に蹴飛ばされた』とか、『自転車に踏まれた』とか。これはちょっと、というのが正直なところだったんですが、留め具部分の修理費のみをお支払いする形を提案しました。案の定、全額支払いを譲らず、最初は『いやマジ勘弁してくださいよ、マジ殺されるんで』みたいな感じだったのが、最終的には『お前名前覚えたかんな、どうなるかわかってんだろうな』と……」

 どれだけ切羽詰まっていたのだろう。彼の境遇を考えると、なにやら暗澹たる思いに囚われそうである。なんであれ、保険金詐取も脅迫も、立派な犯罪行為であることには変わりない。

「新車特約」の落とし穴

 保険会社は多くの場合、「新車特約」というものを用意している。大雑把に言えば、「新車を購入してから数年の間は、全損レベルの事故に遭っても、同等のクラスの新車に乗り換えられる」という特約であるが、正しい条件を把握できていない契約者も多い。

 新車特約の対象となるのは「全損」または「修理費が設定金額の50%を上回る」場合である。たとえば300万円の車であれば、修理費が150万円を超えた際、300万円相当の車に乗り換えられるということだ。

 ややこしいのは、この「設定金額」は「購入金額」とイコールではなく、車種ごとに設定された価格帯のうちから、契約者自身が選択した額だという点である。たとえば購入額が300万円であっても、補償金額としては「250万円~350万円」の価格帯から5万円刻みで選択できる、といった形である。

 補償額が自身で選べるとなると、上限いっぱいの価格を選択してしまいそうになるが、それは同時に新車特約の適用条件が厳しくなることを意味する。すなわち、上のケースで「350万円」を選択してしまうと、修理費が「175万円」を超えなければ適用されない、というわけである。

「過失10割」の事故で新車を要求するも……

 新車特約の価格設定において、「ちょっとでも高い額にしておこう」という考えが命取りになることもある。

「こちらの契約者さん側が過失100%の、数台を巻き込む事故で。幸い大きな怪我人は出ずに、ほぼ物損だけで処理する形になったのはいいんですが……契約者さんが事故車を持ち込んだディーラーで、『修理費かなり行くんで、新車特約で買い換えられますよ』みたいな話をされていたらしく。こちらで見積もりを作ったところ、設定額の50%には届かなかったんですね。やっぱりそれで激怒され、『契約を遡って設定金額を低くしてほしい』と何度も要求されました」

 当然、時間を戻すことはできない。保険の条件はあらかじめ、慎重に選ばなければならないわけである。というよりも、この場合はもっと慎重に運転しなければならなかったのだろう。

「聞いてた話と違う」はなぜ起こる

 事故に遭ったとき、多くの人はパニック状態に陥ることになるだろう。さまざまな不安に襲われるなか、「心配ない」という声があれば、それに縋りたくもなるものだ。

 しかし、保険会社以外の業者から「保険で直せるから大丈夫ですよ」という言葉を聞いたとしても、それを完全にアテにしてしまうのは危険である。最終的な補償額を決めるのは、修理業者の側ではなく保険会社だからだ。

「土日の事故だと、受付がコールセンターのみになっちゃうので、担当からの連絡が週明けになるんですね。その間にディーラーや修理工場に持っていって、補償額が定まらないまま修理を依頼してしまうと、後になって全額は支給されない、ということにもなりかねません」

 保険会社は、修理工場から提示された見積もりを自動的に補償額として認めるわけではない。修理工場の提示している内容を、アジャスターが事故状況や破損状況と照合しながら、最終的な補償額を定めるのである。

 修理を急ぎたい気持ちは当然であるが、実際に依頼をするのは「補償内容が確定してから」にするのが望ましいというわけだ。

10年以上にわたる粘着電話、事故を理解できない高齢者…保険金交渉現場の異常なやりとり へ続く

(鹿間 羊市)

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