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インスタで喜びの報告…“真面目すぎる”女優・土屋太鳳、8年でギリギリ「大学卒業」の意味

文春オンライン / 2021年3月18日 17時0分

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土屋太鳳 ©AFLO

 文は人なり、という昔の諺にならって言うなら、SNSは人なりとでも言うべきだろうか。インスタグラムで土屋太鳳が投稿する記事には、いつも彼女らしさが溢れている。

 本来なら誰もが知るように、インスタグラム投稿のメインは美しい写真なのだが、土屋太鳳のインスタにはいつも写真の後に丁寧な文章が綴られる。時には、写真がスクロールによって消えてしまってもまだ何画面も続くほどの長さで。短めの時にも、まるで端正に書かれた手紙のように礼儀正しい文体で。

『 “大学8年生”土屋太鳳、卒業を報告』

 そのインスタグラムの3月15日の投稿で、土屋太鳳は大学を卒業したことを報告した。4年の留年の末、今年卒業が出来なければ除籍、というタイミングで注目が集まっていたこともあり、『 “大学8年生”土屋太鳳、卒業を報告』『もはや春の風物詩と化していた、土屋太鳳の「留年報道」を振り返る』『やっと卒業』そんな見出しが踊った。

 だが、そうした見出しからこぼれ落ちる事実が2つある。今のデスク世代のおじさんが大学生だったころより、大学の単位の取得ははるかに厳密になっていること。そしてもう一つは、土屋太鳳が8年間通ったのが、日本女子体育大学体育学部運動科学科であることだ。

 日本女子体育大学は、通常すでに芸能界で活動している高校生が進学するような大学ではない。将来は保健体育の教師を目指したり、スポーツやダンスの指導者をめざす女子アスリートたちが進学する名門である。ペーパーテストだけではなく身体を動かす実技もあり、大学側も芸能人に来てもらう必要などまったくないため、単位に手心が加えられることもまずないだろう。

 だが、テレビドラマ初出演作の『龍馬伝』で坂本龍馬の姉の少女期を演じ、高校時代から芸能活動と勉学の両立をしてきた土屋太鳳は、日本女子体育大学の体育学部運動科学科で舞踊学を専攻することを選んだ。

『売り出し』期にギリギリ大学卒業の意味

 日本の芸能界のシステムは通常、女優の18歳から26歳の8年間を徹底的に『売り出し』にかける。『旬の女優』という言い回しはその象徴だろう。

 10代で注目されトップ女優たちはその8年間を燃え尽きるように活動し、そして多くが次の世代の若手女優に席を譲る。土屋太鳳ももちろん、18歳から26歳の間に多くの作品に出演した。そのために大学に通う時間は削られ、在籍が伸びる結果にもなった。

 だがそれは、芸能界が女優に1分1秒でも多くのアウトプットを求めるこの年齢期間の半分を、土屋太鳳と彼女の周囲のスタッフたちがインプット、つまり将来のための蓄積に割いてきたということでもある。今年、ギリギリでの卒業に成功したのは、緊急事態宣言による芸能活動の減少という思わぬ事態が、リモート授業も含めて学ぶ機会を増やした面もあるのかもしれない。

 だがたとえ卒業に失敗して除籍になっていたとしても、土屋太鳳がこの8年でインプットしたものに変わりはない。卒業報告の前日、ファンクラブ限定で行われた配信イベントの中で、土屋太鳳は映画撮影の場で世阿弥の「離見の見」を体感するような瞬間があった、と語っていた。

 土屋太鳳が世阿弥について学んだのが日本女子体育大学の舞踊科なのか、それとも女優として活動する作品の現場なのかはわからない。だがいずれにせよ、彼女はこの8年で多くを学び、強い基礎を作ったのだ。

 大器晩成という言葉を、若くしてトップ女優の1人に数えられ、朝ドラの主演もすでにつとめた土屋太鳳に使うのはいささか奇妙かもしれない。だが土屋太鳳を見ていていつも思うのは、この女優のピークはまだまだ先、30代40代にあるのではないか、今見ている土屋太鳳はまだ大器の素地、雛鳥なのではないかということである。

逃げ場のない場面で真価を発揮する女優

 土屋太鳳は、作品が重ければ重いほどその力を発揮するタイプの女優だ。佐藤健とW主演をつとめた『8年越しの花嫁 奇跡の実話』は彼女の代表作の一つだろう。そこで彼女は、抗NMDA受容体脳炎に倒れ、重い後遺症を負う恋人を演じた。

 それは美しい死を描く恋愛映画ではなく、苦い生を描く人生の映画だった。脳の病は体に麻痺を残し、人格や記憶すらも破壊する。美を失い、愛を忘れ、それでも残った生を握りしめるように再び歩き始める2人を佐藤健と土屋太鳳は演じ、映画は高い評価と多くの観客動員を得た。

 それはタイトルの通り、実在の2人の男女の人生を綴った原作を、『菊とギロチン』の瀬々敬久監督、『彼女たちの時代』の岡田惠和の脚本で映画化した作品だった。発作前に意識障害で人格が変わったように恋人を罵倒し、手術後も重い後遺症とリハビリに苦しむ土屋太鳳の演技は、今見返しても人気の若手女優が何もそこまでと息を呑むほど壮絶でリアルなものだ。

 だが、実際にそうした苦しみの上に書かれた原作があり、映画が彼らの目にも触れる以上、甘く軽いものには出来ないという決意があったのだろう。佐藤健も土屋太鳳に応えるように、スターの輝きを消した重く苦い演技で物語を受け止めている。土屋太鳳はそういう重い作品、逃げ場のない場面で真価を発揮する女優だ。

ポップなバラエティで浮いてしまう理由

 逆に言えば土屋太鳳は、軽くポップなバラエティなどの場面では真面目すぎて浮いてしまうような所があると思う。ダウンタウン以降主流になった、力を抜いたラフでルーズなトークがテレビ視聴者の共感を呼ぶ現在のバラエティのスタイルに対し、土屋太鳳はあまりに礼儀正しく、いつも力一杯に対応する。

 小さいころから、日本舞踊、バレエ、乗馬といった習い事をいくつもこなす家庭で育てられたせいか、土屋太鳳は今どきの女の子のルーズな所作をあまり身につけていないのだ。おそらく、作品の中で演技として求められれば彼女は現代風に振る舞うこともできる。だが、土屋太鳳本人としてそうしたルーズな「本音」スタイルで先輩たちと話すことがあまり得意ではないのだろう。

 そうした不器用さ、真面目さが土屋太鳳にはある。例え話でいえば、「若く美しい女の子なのだから、サラサラと味のあるマンガ風のイラストを描いてくれればそれでいい」という場面で、彼女は美大生のようにしっかりとしたデッサンで絵を描こうとする。だがそうした普遍性、構造をとらえる確かな基礎が重いテーマを持った本格的映画では生きるのだ。

実は驚くほど女性ファンが多い

 だからテレビだけを見て、土屋太鳳の半分しか知らないまま誤解をしている視聴者もいる。

 WEBメディアの投票などで「嫌いな女優・芸能人」で彼女の名前がランクインするのを見て「土屋太鳳は女性人気が低いのだろう」と誤解した記事が書かれることがある。だが、土屋太鳳の主演映画の完成披露や、彼女のファンクラブイベントなどに足を運べばわかることだが、実際には土屋太鳳のファンの女性比率は若手女優の中でも非常に高いのである。

「表面的に女性のアンチが目につくから、女性ファンが少ない」と考えがちだが、実際は表現者が女性性に近づき触れるほど、女性のファンと女性のアンチは同時に増える。それはコインの両面のように、社会の中で女性が置かれた複雑な状況の反映なのかもしれない。

 だが、土屋太鳳を愛する女性たちと、彼女に対して強く反発する女性の距離はいつか縮まり、背中合わせの位置からお互いに向き合う時が来るような気がしているのだ。

「女性にしかない表現があるような気がする」

『累ーかさねー』という、土屋太鳳のもう一つの「裏代表作」ともいうべき映画がある。松浦だるまの優れた漫画原作を元にしたその映画で、土屋太鳳は芳根京子とともに、人格を入れ替える2人の女性、ニナと累を「2人二役」で演じる。

 美しいが深い表現力に欠ける人気女優の丹沢ニナと、顔に醜い傷を持つ無名の天才、淵累。コミック表現の上ではイメージ的に処理が可能な「演技のうまさ・演技の下手さ」だが、実写映画ではまったく逃げ場がない。まさに演技力だけで演技の巧拙を表現するという挑戦的な作品だったが、土屋太鳳と芳根京子はみごとにそれに応えた。

 映画のクライマックスで、ニナと累の2人が激しく人格を入れ替える時、観客は2人の魂が顔から離れるのを感じる。ニナがどういう顔で、累がどんな顔だったか、土屋太鳳と芳根京子の演技力によって観客のイメージの中で人格と肉体が分離されるのだ。それは社会から排除される女性と社会に消費される女性、コインの両面のように背中合わせの女性性を表現した作品になっていた。

「私が自分の職業について、役者とか俳優ではなく、女優という言葉を選んでいるのは、心が女性であることによって、女性にしかない表現があるような気がするからなのですが、それは役を通してたくさんの女性の時間を生きてきた時に、いろいろな意味で平等とか公平ではないのだなという実感を感じてきたからなのかなと思います」

 土屋太鳳は3月12日、国際女性デーについてのインスタグラム投稿でそう書いた。それは同世代の女優、松岡茉優が「ずっと女優という呼称に抵抗があったが、樹木希林さんや安藤サクラさんと共演して『女優でいいんだ』と思えるようになった」と語った言葉を思い出させる。

これまでの芸能界とは違う時代が始まる

 土屋太鳳や、土屋太鳳のことを「自分たちの世代の一筋の光、ずっと正統派であり続けている」と表現する松岡茉優たちは、女優という言葉の意味を彼女たちの色に塗り替えていく、新しい世代になるのかもしれない。18歳から26歳までを売れるだけ売り抜けるというこれまでの芸能界の主流とは違う、彼女たちの長いアウトプットの時代が始まるのだ。

 その時たぶん、日本のどこかの教室で、保健体育の女性教師やダンスの指導者たちが生徒たちを前に、「先生は昔ね、日本女子体育大学で土屋太鳳さんと同級生だったことがあるんだよ」と誇らしく語るのだろう。

 そうして土屋太鳳たちとともに歩き、少しずつ世界を変えていく彼女の同世代の数は、決して少なくはないと思う。なぜなら土屋太鳳には8年分の同級生、同じ汗を流して学んだ女子アスリートの仲間たちがいるのだから。

(CDB)

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