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「ただ、女性の首相が誕生したとき…」野田聖子が凍り付いた二階幹事長・誕生会での“ひと言”

文春オンライン / 2021年3月19日 6時0分

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野田聖子と二階俊博 

 2月中旬の自民党本部。幹事長代行の野田聖子など、自民党幹事長室の主要メンバーらが集まり、幹事長・二階俊博の誕生日を祝う会合が開かれていた。時節柄ケーキなどの食べ物はなく質素なあつらえだったが、普段は寡黙な二階がこの日ばかりはご機嫌な表情で、出席者からのあいさつや問いかけに積極的に応じていたという。

 会合の終盤、ある質問が二階に飛んだ。

「女性の首相誕生の可能性をどう見ているか」

 二階の脇に“側近”よろしく陣取る野田聖子を横目に、二階は答えた。

「男とか女とか、そんなことはあまり関係ない。ただ、女性の首相が誕生したときに、それを支える体制が女性議員の側に整っているかだ」

野田聖子を支えようという人がいない

 それまで努めて明るく振舞い、お祝いムードを演出していた野田だったが、二階の言葉を聞くと、凍った表情になったという。

 さすがに政治経験を重ねた老練な二階の分析である。日本の政治史上、いまだ女性首相が誕生しない背景を「女性議員が女性議員を支えられないからだ」と喝破したのだ。

 野田聖子は自他ともに認める、女性首相を目指す政治家の1人だ。しかし、過去2度出馬を目指した自民党総裁選では、出馬に必要な20人を集められたためしがなかった。

 30代で郵政相として初入閣して以来、内閣府特命相、総務相などの閣僚を歴任し、党においても総務会長という党三役を務め、経歴や知名度に申し分はない。しかし、彼女を支えようという「集団」はいまだ存在せず、総裁選への出馬は実現していない。

「言いがかりをつけられた」稲田朋美との不仲

 自民党には現在40人近い女性国会議員がおり、仮にこれをまとめることができれば、総裁選の立候補は容易だ。しかし、二階は名指ししたわけではないが、その指摘通り、女性議員をまとめられていないのが野田の現状だ。

 野田が女性議員をまとめられていない象徴といえるのが稲田朋美との不仲だ。野田の前任の幹事長代行であり、野田と同じく女性首相を目指すことを口にして憚らない稲田朋美は、野田について「信用できない」とことあるごとに口外し、敵視している。

 それは、稲田が主宰する女性議員グループ「女性議員飛躍の会」が、自民党本部の会議室の一つを専用部屋として使うことに対し、野田が異議を申し立てたことに端を発している。野田は「党内には女性局という正規の組織があるのだから」と主張していたようだが、稲田は「言いがかりをつけられた」と強く思っていて、このときの恨みを拭い去れないでいる。

高市早苗、佐藤ゆかりとも不仲…野田の周りに「融和」はない

 稲田は、2005年、当時の首相・小泉純一郎による「郵政選挙」で初当選した。保守思想で共鳴する安倍晋三の後ろ盾を得て、2012年に内閣府特命相で初入閣したのを皮切りに、党政調会長、防衛相など重要ポストを歴任し、いまや野田と対をなす自民党女性議員の筆頭格だ。

 とはいっても、野田は前首相・安倍晋三と同期、1993年の初当選。稲田と比べれば10年以上のキャリアの差がある。本来なら野田は、稲田の行動など軽くいなせばいいのだが、自らの立場を脅かすという危機感なのか、会議室の使用という大学のサークルレベルの些細な問題で関係をこじらせた状態が続く。

 稲田との関係以外にも、野田は夫婦別姓をめぐる考え方の違いから、古くは高市早苗との対立も囁かれた。野田が郵政民営化に反対し、離党せざるをえなかった郵政選挙で、小泉が野田の選挙区である岐阜1区に自民党公認候補、いわゆる刺客として放った佐藤ゆかりとの不仲は語るまでもない。

 それだけではない。女性議員との関係以外でも、地元「岐阜県連のドン」と言われる猫田孝県議との不仲は永田町では有名で、野田の周りで「融和」や「融合」といったキーワードを聞くことがない。

森喜朗の女性差別発言には抗議ナシ「不思議な寛容さ」

 もちろん、野田の側だけに問題があるのではない。会議室の利用問題一つで積年の恨みのごとく語る稲田にも、本来の保守政治家が持つべき「寛容さ」が欠如している。高市との不仲も、高市が歩み寄ったという話も寡聞にして知らない。不仲という問題は、当事者双方に原因があるのであり、双方に「寛容さ」が欠けているからこそ起こる問題なのだ。

 その一方で不思議に思うのは、女性議員の間の問題では互いを批判する鋭さを持ちながら、一転、男性の大物議員の問題にはあまりにも「寛容さ」が過ぎるのではないかということだ。

 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長(当時)の森喜朗が、女性差別発言をした際、自民党の女性議員から抗議の声はあがらなかった。むしろ、党内では、男性議員の後藤田正純政調会長代理や、元新潟県知事の泉田裕彦議員が批判の声をあげたくらいだ。

 なぜ女性の立場から、この問題を鋭く指摘する声がないのか。当時不思議に思ったのは、筆者だけではないだろう。

 このほかにも、緊急事態宣言中に深夜銀座のクラブをはしごした松本純議員らの問題にも、女性議員から批判の声があがったとは聞かない。

自民党女性議員は「ときの体制に刃向かわない」

 しかし、こうしたことを自民党女性議員に求めるのは酷なのかもしれない。なぜならば、自民党の歴代執行部が、閣僚などの重要ポストに引き上げてきた女性議員は、田中真紀子という究極の例外を除けば、「女性としての華やかさを持ちつつも、ときの体制に刃向かわない」という都合の良い者たちばかりだからだ。

 野党時代に「愚か者めが!」と民主党に叫んだことくらいしか政治家としての実績がない丸川珠代が、環境相や五輪担当相で幾度も入閣するあたり、自民党執行部の女性大臣観が透けて見える。「この政策を実現したいから、この女性議員を大臣にしたのだ」こんな説明を、ときの首相から聞いたことはほぼない。

 野田聖子が30代で郵政相として初入閣した背景も、ときの権力者である野中広務や古賀誠にかわいがられていたからにすぎない。政策的な期待を背負った初入閣ではなく、男性議員ばかりの閣僚名簿のなかにおける一服の清涼剤に過ぎなかった。

小池百合子も二階を後ろ盾にするあたり…

 当代女性議員の出世頭ともいえる小池百合子も同じだ。彼女も国会議員時代には、細川護熙、小沢一郎、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三と後ろ盾を替えつつも、基本的には、ときの後ろ盾には刃向かわずに立身出世を図ってきたのだ。現在も、菅政権を批判する半面、自民党幹事長・二階俊博を自らの後ろ盾にしているあたり、根本的なビジネスモデルは変わっていない。

 ただ、こうしたことは自民党だけの問題ではない。野党側にも、蓮舫議員と辻元清美議員、森ゆうこ議員の不仲、森ゆうこ議員と福島みずほ議員の不仲など、主要な女性議員の間の分裂は枚挙にいとまがない。自らの党に問題が起こった時に、声をあげる姿は野党女性議員にもあまり見られない。

 もちろん、国会議員を男性、女性で分けて論じることが時代錯誤だとの指摘は甘受するつもりだ。しかしながら、女性初として、中山マサが1960年に閣僚(厚労相)に、1993年に土井たか子が衆院議長に、2000年に太田房江が知事(大阪府知事)に、2004年に扇千景が参院議長に就任し、女性の政治進出は一定程度進んだ。だが、女性首相はいまだ誕生していないのが厳然たる事実なのだ。

 もし与党のなかで、また野党のなかで女性議員が一つにまとまり、政策的な発信をすることができれば、強制的に女性議員を割り当てるという「クオータ制」など採用せずとも、国民の期待は自然と女性議員に向くのではないか。

 女性政策を語るとき、議員のクオータ制が論じられるあたり、女性議員は自らその力不足を恥じるべきだ。「自らの価値が低いので、下駄をはかせてもらえませんか」と自白しているようなものだからだ。女性議員へのエールを込めて、あえてその点を指摘したい。(敬称略)

(赤坂 春鷹/Webオリジナル(特集班))

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