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「やっぱり無理です」って言ったのに……東関部屋“閉鎖”で高見盛44歳の言い分

文春オンライン / 2021年3月21日 6時0分

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現役時代はCMにも多数出演 ©共同通信社

 3月14日に初日を迎えた大相撲春場所。この場所前に角界を騒がせたのが、東関部屋の“存続危機”だ。

「初の海外出身関取として“ジェシー”の愛称で親しまれた元関脇高見山が1986年に創設。横綱曙や小結高見盛らを輩出した人気の部屋で、現在は幕下以下の6人の力士が所属しています」(相撲担当記者)

 高見山の定年退職に伴い、09年に元幕内潮丸が部屋を継承。ところが一昨年12月、血管肉腫によって41歳の若さで他界する。

「師匠不在では所属力士らが土俵に上がれない規定があるため、同じ高砂一門の八角部屋の一時預りに。その後、昨年1月30日に部屋付き親方だった高見盛が年寄『東関』を襲名し、部屋を継承しました」(同前)

 現役時代は取組前に顔や胸を叩くパフォーマンスから“ロボコップ”との異名を取り、絶大な人気を誇った高見盛。部屋の隆盛も期待されたが、なぜ1年で閉鎖話が浮上したのか……。ある親方が声をひそめて言う。

「高見盛はイヤイヤ引き受けたんです。『自分は師匠の器じゃない』と。彼は現役時代から“超個人主義”というか他人に興味がなく、愚直なまでに相撲一筋の男。44歳になった今も独身だし、とても部屋経営はできないと考えたのでしょう」

 継承の話が出た昨年一月場所中にはこんな光景が。

理事長室にトボトボ入っていき……

「高見盛が理事長室にトボトボ入って行く。『やっぱりできません』と言うのを、八角理事長が『いくらでもバックアップする。先代のおかみも経理面を手伝うと言っているし、優秀なマネージャーもいるから大丈夫だ』と説得。『わかりました、頑張ります!』と出て行くのですが、翌日になるとまた『やっぱり無理です……』と理事長室へ。場所中、それを繰り返していたそうです(笑)」(同前)

 仕方なく先代夫人と八角理事長、元高見山の間で「とりあえず1年間だけでも。その間に後継問題を考える」と妥協案をまとめ、師匠就任を呑ませたという。

 ところが新師匠はこの1年、浅草近くの自宅から葛飾区柴又の部屋まで自転車“通勤”をやめなかった。後援会関係者が嘆息する。

「熱心に指導するわけでもなく、ただ稽古を見守っているだけでね。弟子とちゃんこも囲まずにサッサと帰っちゃうし(笑)。もちろん、部屋経営は煩雑で難しい部分も多く、性格に向き不向きもある。嫌々師匠を続けられても、いきなり新しい師匠が来ても、どちらも力士たちが可哀想。決して高見盛が悪いわけではないですが、東関部屋の名前が無くなるのは残念です……」

 場所後、東関部屋は閉鎖され、八角部屋に吸収されることに。弟子を守り切れぬ“ロボコップ”であった。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年3月25日号)

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