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ANA機内食販売から振り返る 機内食102年の“進化”がすごかった

文春オンライン / 2021年3月31日 18時0分

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ANAファーストクラス(シンガポール線)で提供されたシャンパンのKRUG

 コロナ禍のいま、機内食が静かに注目を集めている。国際線利用客の減少にともない、機内食の製造数が落ち込むなか、2020年12月にANAが機内食のネット販売を開始した。すると、これが想定外の人気を呼んだ。2021年2月には発売開始後30分で完売になってしまったこともあるほどで、すでに売り上げは1億円を突破している。また、ANAは2021年3月31日、羽田空港に駐機したB777-300ERの国際線機材を用いて『翼のレストランHANEDA』を実施し、ファーストクラスとビジネスクラスの食事を提供する予定だ。料金はファーストクラスで59800円、ビジネスクラスで29800円である。

 成田空港近くにあるJALアグリポート直営の農家レストラン「DINING PORT 御料鶴((ごりょうかく)」では、エコノミークラスの機内食やJALラウンジのみで提供されてきた門外不出の「JAL特製オリジナルビーフカレー」が食べられる。筆者が訪れた2021年3月上旬は、平日にもかかわらず予約で満席の盛況だった。なお、サービスも制服姿のJALのキャビンアテンダントが行うが、窓の外は房総の典型的な農村なので不思議な気持ちとなる。

世界初の民間航空機の機内食

 飛行機で海外に行けば、好むと好まざるとにかかわらず食べることになる機内食。その歴史は100年以上にもおよぶ。ここでは機内食の進化の過程を駆け足でふりかえってみたい。

 世界初の民間航空機の機内食はどのようなものだったのだろうか。それは102年前の1919年、イギリスの航空会社ハンドリー・ページ・トランスポート(現在のブリティッシュ・エアウェイズ)のロンドン発パリ行きの便で提供されたものだったといわれている。この機内食はサンドイッチとフルーツにチョコレートというごく簡単なものだが有料。現在の貨幣価値になおすと900円ほどだった。

日本初の機内食は?

 日本初の機内食は世界に遅れること12年、1931年に東京航空輸送社という航空会社が提供したものである。東京の鈴ヶ森海岸(大森駅近く)から静岡県の下田を経て清水までを結ぶ4人乗りの愛知式AB1型水上輸送機の機上で、エアガールとよばれるキャビンアテンダントが乗客に軽食や紅茶を出した。このサービスを初めて受けた乗客は小泉又次郎逓信大臣(小泉純一郎元内閣総理大臣の祖父)とその娘の芳江(小泉純一郎の母)、秘書官、記者の4名。エアガールの本山英子は当時19歳だった。

 機内食を用意するスペースであるギャレーが備わったのは1937年のことである。これは戦前の傑作機といわれるダグラスDC-3に搭載されたもの。このギャレーにはコーヒーや紅茶などの保温庫が搭載されていたが、食事そのものを温めることはできなかった。

 戦後の1958年、パンアメリカン航空を皮切りに機内にオーブンが導入され、ホットミールを楽しむことができるようになった。

 1969年に誕生したB747型機に代表されるように、航空機の大型化がすすむにつれ、航空旅行は身近なものとなっていく。だが、見方を変えると短時間に大量の機内食を提供することが求められ、エコノミークラスの機内食は簡素化していくようになる。

 その一方、ファーストクラス、1970年代以降導入されるようになったビジネスクラスでは、ロイヤルカスタマーを獲得するため、機内食を含めた機内サービスの進化がすすむようになった。

寿司職人が握るJAL寿司バー

 1991年3月、日本航空の成田~ワシントンDC線が就航した。このときファーストクラスの目玉となったのが、JAL寿司バーだった。これはB747の機内に寿司職人が乗り込み、機内で寿司を握るという冗談のような本当の話である。寿司職人は寿司を握る以外に仕事があるわけでもない。壮大な人件費の無駄遣いという気もするが、それこそがバブルだったのであろう。ちなみにネタもシャリも冷凍したものを機内で解凍するため、検疫や衛生の問題はなかったそうだ。

 寿司職人はほどなくしてJALの機内から消えてしまったが、オーストリア航空とターキッシュエアラインズでは現在でもフライングシェフとよばれる制度があり、コックコートを着たシェフが機内で料理の盛りつけなどを行っている(オーストリア航空では、コロナ後にサービスを中断している)。ファーストクラスにシェフを搭乗させていた中東のエティハド航空もこのサービスを2020年10月に中断している。今後コロナ禍が落ち着いた時点で復活するのか気になるところである。

 一方、機内に調理スタッフを乗せるのではなく、地上の有名レストランのスターシェフとのコラボによって機内食の付加価値を高める動きもある。

 UTAフランス航空は1973年にパリの名店、ル・グラン・ヴェフールのオーナーシェフ、レイモン・オリヴェに機内食のメニュー開発を依頼している。だが、こうした動きが本格化したのは21世紀になってからのことだ。日本では2001年に東京の四谷にある「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフである三國清三氏がスイス航空の機内食をプロデュースするようになった。

 現在では、著名シェフがプロデュースする機内食は、ファーストクラスやビジネスクラスでは当然のように提供され、エアラインによってはエコノミークラスでも、シェフが監修することがある。

機内食が美味しく感じない理由

 読者のなかには、「いくら有名シェフの名を冠しても、機内食は正直おいしくないだろう…」と感じている人も少なからずいるだろう。これは機内食そのもののかかえる構造的な問題に起因している。

 多くの乗客に提供され、さらに食中毒が起きたとしてもすぐに地上に降りるわけにはいかない飛行機では、地上よりもはるかに厳しい衛生基準が課される。そのため、機内食工場でつくられ、冷蔵保存されたものを、機内で再加熱することが義務づけられている。ステーキであれば、肉の内部の温度を75度以上になるように過熱し、菌の繁殖を防ぐため、「ブラストチラー」とよばれる急冷庫を使い、4時間以内に4度以下に下げる。このように「万全を期して」火を十分通して調理されたうえ、再加熱した結果、どうしても適切な火入れとは異なる状態になってしまう。

 次に機内の環境が過酷だという点だ。機内は約0.8気圧と地上よりも低く、口内が乾燥してしまう。そのため、唾液が減少し、舌にある味蕾の働きがにぶくなり、特に塩味の感覚が約20~30%、甘味が約15~20%低下するとされている。また、機内の湿度は砂漠よりも低い20%以下となっているため、食べ物の匂いを感じづらくなる。さらに、機内は全体的に暗いために食べ物の色合いが食欲を喚起しづらい。くわえて機内の騒音も味覚に影響するという。実際に大音量のBGMを聞きながら食事をすると、塩味や甘味を感じづらくなるという研究結果がある。

耳栓やノイズキャンセリングヘッドホンで機内食がより美味しくなる

 こうした研究結果をふまえて、地上のレストランの味を再現することに心血をそそぐよりも、機内の特殊な環境をふまえたうえで、その悪条件を少しでも軽減するための試みが続けられてきた。たとえば、21世紀に入り、機内食で真空調理が普及し始めた。真空パックされた料理をお湯に入れて温めなおすことで提供できるため、これまでのオーブンの再加熱では表現できない火入れが可能となった。また、塩味や甘味は機内で感じづらくなる一方、うまみに関しては影響がないため、ノリや干しシイタケ、トマトなど、うまみ成分が多い食材を隠し味として使うことも一つの解決方法となっている。

 機内食をよりおいしく食べるために乗客にできることもある。たとえばB787やA350のような新鋭機では、湿度が従来の機種よりも高くなっているのでこうした機体を選ぶ。また、食べるときに鼻の近くを湿らせることでより匂いを感じられるようになる。さらに、食べるときは窓のシェードを開けたり、机上の機内食にライトを当て、耳栓やノイズキャンセリングヘッドホンをつけることも対策として考えられる。

 今後、機内食はどのような方向に進化していくのだろうか。フランスの航空関連機器メーカーのゾディアック・エアロスペースは機内で機内食を客に配るロボットを開発している。そうなると、キャビンアテンダントがサービスするよりも感染リスクは低いが、あまりに味気ないかもしれない。

 昨今の機内食人気には、海外に出られないので、その代替手段として利用する意味合いもあるだろう。だが、機内食は前述したように濃い味つけや派手な色合いも含めて機内で食べることを目的にしてつくられたもの。コロナ禍がひと段落して、再び機内で機内食にありつける日はいつになるだろうか。

(橋賀 秀紀)

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