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3人に1人ががんで亡くなる日本 “元気に見える”終末期「残された時間」の見極め方と過ごし方

文春オンライン / 2021年4月17日 17時0分

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©iStock.com

 日本では、2人に1人が人生で一度はがんを経験し、3人に1人ががんで命を落とすといわれる。誰もががんになる、あるいはがん患者を家族に持つリスクを抱えているのだ。

 そうは言っても多くの人は健康な時にそうした事態を想像することはないし、あえて考えようともしない。だから実際にがんと直面するとうろたえ、恐怖に苛まれ、悲嘆に暮れることになる。

 自分自身ががんになるのもつらいが、家族ががんになり、見送る立場になるのもつらい。そこで今回は、家族ががんのターミナル(終末期)になった時に備えて持っておきたい心構えを、終末期医療の専門医に解説してもらう。

がん終末期のケアは患者さんだけのものではない

 東京・大森にある「鈴木内科医院」は、創業者である先代院長(鈴木壮一医師)の時代から、いまでいう在宅医療、むかし風に言えば「往診」に力を入れてきた、地域密着型の診療所。中でも在宅型のがん緩和ケアにおいて全国的な知名度を持つクリニックだ。

 二代目の現院長・鈴木央医師も、これまで600人に及ぶ終末期のがん患者の在宅緩和ケアに当たり、看取ってきた経験を持っている。

 そんな鈴木医師に、家族ががんの終末期になった時にどうすればいいのかを訊ねた。

「医療は本来患者さんのためのものですが、がんの終末期医療は患者さんだけでなく、同じくらいにご家族のケアが重要。それだけに緩和ケアに当たる医師や看護師などの医療スタッフは、ご家族とのコミュニケーションを図ろうと努力します。そこで私が常々言うセリフは、『できることを、無理のない範囲でやりましょう』ということ」

「終末期」はどういうものなのか

 核家族化が進み、人の臨終に接する機会が極端に減った現代の日本では、人が死んでいく過程を見て知っている人は少ない。このことが、家族が終末期になった時に、必要以上に慌てさせ、また混乱させることになる。

「終末期のがん患者が辿っていく最後の病態を知っておくだけでも対応は違ってきます」(鈴木医師、以下同)

 そもそも「終末期」とは、手術や抗がん剤などによる標準治療が効果を示さなくなった状態を指す。現状の日本の健康保険制度では、ゲノム診断を経て臨床試験に進む道が残されているとはいえ、そこに進める確率はまだ低い。現実的にはこの時点で、人生の幕を閉じる準備に取り掛かることになる。

 長く一緒に暮らしてきた家族にとって、この状況を受け入れることは簡単ではない。というより、これは人が人生で経験し得る最もつらい決断であり、ここでうろたえない人はまずいないだろう。

 しかし、愛する家族の人生の最後を少しでも心安らかに過ごしてもらうためには、ただうろたえているわけにもいかない。そこで知っておきたいのが、鈴木医師の言う「最後の病態」なのだ。

急激な変化が起こる「曲がり角」

「標準治療を終えた、つまり『これ以上の治療法はない』という段階に至った時点での患者さんは、見た目は元気なことが多い。しかし、その後数週間から数カ月経つと、急激に身体機能が低下することになる。こうなると残された時間は長くありません。それまで月単位で考えてきた余命を、週単位、日単位で考える必要性が出てきます」

 この「身体機能が急速に低下する時点」を、ここでは「曲がり角」と呼ぶことにする。曲がり角を曲がった患者は、ゴールテープを視野に捉える。

 鈴木医師の経験では、終末期と診断されて在宅に戻った患者が亡くなるまでの平均期間は2カ月ほど。しかし、全体の半数は約1カ月で亡くなっている。

 1カ月で亡くなる人も、曲がり角までの2~3週間は、見た目は元気なことが多い。

 鈴木医師は、「この期間を利用して、患者がやりたいことを実現したり、家族との思い出づくりにあててほしい」というのだが、中々うまく行かないことが多い。それは、家族がこの状況を正しく理解していない、あるいは理解できないほど悲嘆に暮れてしまうことによる。

「患者さんにやり残した仕事があるなら、この時期に集大成として仕上げることもあるでしょう。気丈な人なら自分がいなくなった後の指示を同僚や部下に伝えることもできます。もちろん、家族と短い旅行や食事に出かけることも可能です」

 しかし、そうしたことをするには、家族にも身近に迫った死を受け入れる覚悟が必要だ。その覚悟が持てないと、貴重な時間はあっという間に過ぎて、曲がり角に到達してしまう。

残された時間をどう過ごすのか

 終末期のがん患者が人生の最後に持つ要望は様々だ。

 以前取材した北陸地方のある民間病院では、病院スタッフが手弁当で終末期のがん患者の「最後の願い」を叶えるための取り組みをしていた。

 その願いとは、お花見をしたい、お墓参りをしたい、行きつけの店で食事をしたい、パチンコに行きたい……。

 中には当時開通したばかりの北陸新幹線に乗りたい、という望みを持つ患者もいた。その望みを叶えるべく、医師や看護師らがJRに相談し、列車に酸素ボンベを積み込んで一駅区間を往復し、患者の願いを叶えたという話も聞いた。その患者は新幹線に乗ったことに満足して、2週間後に穏やかに息を引き取ったという。

 こうした望みを、愛する家族と一緒に叶えられたら、患者にとっての喜びはひとしおだろう。

「どこかに行く、何かをする、誰かと会う……。患者さんとご家族が同じ目標を持つことが重要。それが双方にとっての生きがいになるから」

 しかし、がんの最後の病態を知らず、また患者の置かれた状況を理解できない家族の中には、「見た目が元気」ということもあり、抗がん剤治療の継続を要望したり、科学的な根拠のない民間療法などに踏み込んでしまう人が一定数いる。結果として、最後に残された貴重な時間を消費してしまうのだ。

「患者さん自身がそれを希望しているなら別ですが、多くは家族の意向が強く働いてしまっている。ただ、家族も善かれと思って、藁にもすがる思いでそうした判断をされるので、真っ向から否定することもできない。悩ましいところです」

 残された時間を有意義に過ごすためにも、がんという病気から目を背けるのではなく、希望する最期を話し合っておくべきなのだろう。

ストレスの症状は人それぞれ

 緩和ケアの技術が進んだ現在、がん性疼痛の多くはコントロールが可能になってきた。それは病院の緩和ケア病棟やホスピスなど専門の施設だけでなく、在宅でも苦痛の多くを取り除くことはできる。

 一方で問題になるのが、家族にのしかかる大きなストレスだ。

「大切な家族が次第に弱っていく姿を見つめるつらさ、刻々と迫る別離への恐怖、そして介護によって積み重なる疲労――。こうしたストレスは決して甘く見ることはできません」

 しかも、このストレスが引き起こす症状は、同じ家族でも違いがある。疲れが表面に出る人もいれば、内に閉じ込めてしまう人もいる。そのため、「私がこんなに苦しんでいるのに、息子は平気な顔をしている」などと考えて、軋轢が生じることもあるという。

 患者が亡くなった時に備えて、兄弟や親戚が銀行預金や生命保険の手続きなどを進めるように患者の配偶者や子どもに声をかけることがあるが、それに反発して揉め事になることもある。こうした事務的な手続きは重要で、あとで落ち着いて考えれば感謝に値することなのだが、人によっては“薄情”に映ることがあるのだ。精神的に余裕がなくなるからのことなので、責めることはできない。

家族のフォローまで含んでの緩和ケア

 がんは老衰などに比べて終末期が比較的短いため、家族は最期まで頑張り通してしまうことが多い。結果として患者が亡くなり、葬儀など一連の行事も済んだところで、強烈な喪失感に襲われることになる。

「まず頭の中が真っ白になり、悲しみとつらさに襲われる。次に周囲の人間を責める時期が来る。それを過ぎると『あの時にああしてあげればよかった』と自分を責めるようになる。そうしたプロセスを経て本当に諦められるまでに、数年という時間がかかると言われています」

 じつはがんの緩和ケアは、患者が亡くなったあとの家族のフォローまでを対象としている。在宅診療であれば担当していた訪問看護師が遺族に声をかけ、話を聞き、必要があれば医師の受診を勧める。病院や施設で亡くなった患者の家族には、遺族会への参加を呼び掛けることもある。

「遺族会には“先輩遺族”がいて、悩みや苦しみに耳を傾け、体験談を語ってくれる。そうして内に秘めていた苦しみを吐露することで次第に心が落ち着いていくのです。一種の集団療法のような役割があるので、つらい時には積極的に参加してほしい」

患者と家族の「がん医療」

 現代のがん医療は、病める患者だけでなく、患者をサポートする家族をも対象としたサービス提供体制を整備している――ということを知識として持っておくだけでも、精神的な負担は軽減される。

 そして、つらい時、困った時には、遠慮しないで医師や看護師、医療スタッフに相談してほしい。眠れない、食べられないなどの症状が出ている人には、それに応じた治療が必要になるし、治療によって状況は改善に向かうはず。

 一人で悩まなければならない理由はない。

 あなたの悩みを聞いてくれる人が、必ずいます。

(長田 昭二)

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