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驚愕のおかわり自由…新大久保の奇跡・“500円ネパール定食”はなぜ消えつつあるのか

文春オンライン / 2021年4月26日 12時0分

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ベトガトの500円ダルバート(メニュー名はネパールAセット)。(筆者提供)

 韓国、ネパール、ベトナムをはじめ様々な国籍の人々が集う街、新大久保。そんな当地に根付くカルチャーの1つが「500円ダルバート」だ。

 ダルバートとは、ネパールで日夜食べられる定食料理で、ダル=豆スープ、バート=ご飯を差す。その2品を基本構成とし、カレーや野菜炒めなど、その時々で違うおかずと共に食べる。その点、味噌汁&ご飯を基本構成とする日本の定食ともリンクする。

※この記事は東京都で緊急事態宣言が発令された2021年4月25日より前に書かれたものです。宣言中の飲食店での酒類提供を推奨する意図はございません。

ネパール料理店という名のワープポイント

 新大久保界隈にはダルバートを500円=ワンコインで提供するネパール料理店がいくつもある。500円ながらダル&バート以外にもカレー、サーグ(青菜炒め)、アチャール(漬物)などが付く。加えて、ダルとバートはおかわり自由だ。場合によっては、カレーのスープもおかわり可能。これは現代に残された、ちょっとした奇跡である。

 全体的にスパイスの構成や調理法がシンプルで食べやすいが、現地感が色濃く、辛さはしっかりある。うま味と塩気の効いたおかずをご飯と共に噛みしめると、甘みが口いっぱいに広がる。ダルは豆の滋味とニンニクの風味が立っていて、それだけでご飯が延々といける。

 どの店にも、もっと品数の多い700円前後や1000円前後のダルバートがあり、そちらも美味しいが、筆者は素朴な500円ダルバートを生ビールやハイボールをお供にわしわし食べ進めるのが好きだ。ネパール料理店はお酒も格安なことが多く、生ビールを300円台で出す店も珍しくない。

 したがってダルバートを頼み、おかわりを何度かし、そこにお酒を1杯つけても、1000円以内で収まる。さらにはスパイシーなネパールおかずもよくテイクアウトし、それを肴に家飲みを楽しんでいる。

 店員はもちろん、客の大半がネパール人で、頭上を異国の言葉が飛び交う。お店の内外の設えも、アジア的にラフなところが多く、中にはスパイス食材店の奥にひっそり佇む“隠し部屋”のような店もある。新大久保界隈には、そんなネパール料理店という名のワープポイントが、30軒以上ある。

 ただ最近、界隈の500円ダルバートに、変化が起きている。

500円ダルバートがなぜ誕生したのか

 新大久保界隈で500円ダルバートを最初に出した店は、2015年に開店したムスタングと言われる。カレーライス1皿が1000円以上することも珍しくなくなった現代にあって、ワンコインでおかわり自由という驚きのコストパフォーマンスが実現した背景には、同店の特殊な事情がある。ムスタングの関係者はこう話す。

「レストランは2階にありますが、実はビルの2階から5階までを店が借り切っていて、3~5階をネパール人用の寮に充てています。東京に来たばかりで住む家が見つかっていない人や、お金に困っている人などが路頭に迷わないよう、一時的に住まわせています。だから寮というか、“仮宿”や“一時避難所”のようなものですね。また界隈には、寮生以外にも、留学生をはじめお金に困っているネパール人がたくさんいます。

 彼らに少しのお金でお腹いっぱいになってもらおうとメニューに入れたのが、ワンコインダルバートです。実は困っているネパール人には、500円ではなく400円ほどで提供しています。部屋代や食事代は、もしすぐに払えなければ、後払いでもOK。そして状況がよくなって自活できるようになったら、寮を出てもらっています」

 ムスタングの経営者の1人で、北区十条で食材店「エベレストストア」を経営する、ドゥンガナ・タラさんは、“寮費”についてこう話す。

「部屋代は1ヶ月3万円以下で、ムスタングでの1日2回の食事を付けても、計5万円ほどで収まります。最低限の生活道具は揃っていて、光熱費もかかりません。入寮者には、洗濯洗剤だけ自分で用意してもらっています」

 “寮”には40人近くのネパール人が生活することもあるが、今は10人ほどに落ち着いている。

 ちなみにダルバートの“おかわり自由”は、ネパール本国の風習にならったスタイルだ。

「ネパールでは、ダルとライスだけでなく、全ての料理が基本的におかわりできます。好きなだけ食べてお腹いっぱいになるというのが、ダルバートなんです」(タラさん)

実は新大久保のネパール人は大きく減っている

 ではネパールより物価の高い日本で、おかわり自由の500円ダルバートが、なぜ可能なのか。

「500円ではさすがに利益は出ませんが、特別に安いのはその1品で、他のメニューで利益を出しています」(タラさん)

 こうして、困窮するネパール人向けに誕生したムスタングの500円ダルバートは近隣で話題となり、多くのお客が集まった。多い日は1日に約200回も注文が入ったそうだ。

 その後周囲の店も続々と500円ダルバートをメニューに採り入れ、いつしか新大久保界隈のネパール料理店の大半が、おかわり自由のワンコインダルバートを出すようになる。その流れは街の外にも波及し、池袋や日暮里などネパール人が多い他の街でも、ワンコインダルバートが見られるようになった。今や沖縄にも、一般客には500円で、学生には400円で提供するダルバートがあるそうだ。

 一方、新大久保界隈の格安ダルバートカルチャーは現在、次なるタームに入っている。店の最も安いダルバートを、500円から600円前後に改定する店が多くなっているのだ。今なお500円でダルバートを出すのは、10店舗ほどに減っている。前出のタラさんはこう説明する。

「私は食材店をやっているのでよくわかりますが、お肉も米も油も全て、数年前より値上がりしています。材料費が上がれば、値上げするのは仕方ないことです」

 また、新大久保界隈のネパール人が減っていることも、値上げの一因だ。数年前にネパール人に対するビザが厳しくなり、日本に来るネパール人が少なくなった。いい職を得られないなどの理由で、帰国したネパール人も少なくない。またコロナ禍が起こり、新たな留学生や出稼ぎ人が日本に来れなくなっている。

 実際、新大久保と大久保がある新宿区の在留ネパール人は、2018年5月の3861人をピークに減っていて、2021年4月現在で2421人となっている。

※新宿区の住民基本台帳による

「バラ売りダルバート」や「ダルバートビュッフェ」も

 今も500円ダルバートを提供する店の中では、個人的にはネワーダイニング、ニムト、アーガン、ベトガトのものが特に好みだ。

 一方、テイクアウト専用でライス100円、ダル100円、チキンカレー200円、マトンカレー300円と、ダルバートのアイテムを“バラ売り”する店も現れている。大久保のネパール系食材店・ポリバルだ。マトンカレーはヤギ肉の出汁がよくしみ、パンチの効いた美味しさだった。同店スタッフはこう話す。

「みなさんコロナ禍で大変だろうから、少しでも助けになればと、この値段で提供しています。ネパール人、バングラデシュ人、日本人がよく買っていきますが、日本人が一番多いです」

 他にも、メニューにダルバートはないが注文すると500円ダルバートを提供してくれるカフェバーや、ビュッフェスタイルのダルバートを650円で提供する店も登場し、格安ダルバートカルチャーは新たな進化を遂げつつある(カフェバーの“隠れ500円ダルバート”、ダルバートビュッフェ共に、現在はサービス休止中)。 

 また冷静に考えれば、値上げしたダルバートもおかわり自由で600円程度なのだから、相当に破格値である。大久保駅至近のバジェコ セクワガルの600円ダルバートは、ダルもカレーもアチャールも癖になるうまさで、駅を出て10メートルの場所でこれを味わえる当地のポテンシャルをまざまざと感じさせる。 

 500円ダルバートの元祖・ムスタングも、現在は一番安いダルバートを600円で提供する。同店のダルバートは、ダルもマトンカレーもシャバシャバのスープカレー状で食べやすいが、うまみと塩気がキリッときまり、ご飯があっという間になくなる。ちなみに、困窮するネパール人に向けた約400円という価格設定は、今なお変わっていないと言う。

 また同店もそうだが、生ビールやハイボールは、依然300円台の店が多い。奇跡は、まだ続いているのだ。

 なかなか自由に旅行ができない現状にあって、500円や600円でプチトリップさせてくれる新大久保は、貴重な場所だ。だがその形は、時流を柔軟に受け入れながら、刻々と、ダイナミックに変わり続けるだろう。

(田嶋 章博)

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