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「両親は半ば呆れてました」韓国24歳女子が日本で新卒就職した理由〈定期昇給・社内教育に驚きも〉

文春オンライン / 2021年6月12日 6時0分

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ソウルで行われた面接会の様子(「K Village Tokyo」提供)

「飛び切り優秀な子がリクルートスーツ姿で…」なぜ韓国の新卒学生が“日本での就職”を目指すのか?〈深層レポート〉 から続く

“最悪の日韓関係”といわれる政治状況の中で、韓国人の新卒学生が日本での就職を目指していた――。韓国での就職難を背景に海峡を越えた学生たちに、日本企業はどのように映っているのか。そして、日本企業が彼らを採用する理由とは……。ノンフィクション作家の児玉博氏がレポートする。(全2回の2回目/ #1 を読む)

◆◆◆

きっかけは「BIGBANG」だった

「こんにちは。初めまして呉と申します。今日はありがとうございます。よろしくお願いします」

 小柄な女性は笑顔を見せながら、流暢な日本語でこう挨拶をした。24歳だという。

 あどけなさが残るこの女性が、ソウルでの面接で「韓国と日本の架け橋になれるような人材になりたい」「全力で働きます」と言って、「メディカルネット」社長の平川裕司を感動させた“やり手”には、とても見えない。

 およそ250万人の人口を抱える大邱広域市出身で、地元の大学に通っていた彼女の専攻は「韓国文学」と「貿易」だった。

「自分でも、ちぐはぐな専攻だと思いました」

 こう笑って見せる呉だが、大学2年生になるまでは、さほど日本や日本語に興味があった訳ではないという。日本語に興味を持つきっかけが面白い。

 彼女はK-POPのスーパースター「BIGBANG」の熱狂的なファンだった。その大スターであるBIGBANGのメンバーが、日本進出にあたって日本語を勉強し、日本で行われたコンサートで、日本人ファンに対して日本語で語りかけていた。

 そのコンサートの映像を見た呉は戸惑う。私の大好きなBIGBANGが私の知らない言葉で語りかけている。大ファンである私が、それをまったく理解できない……呉はそのことが許せなかった。大好きなBIGBANGが何を語っているのか知りたい。その思いが、呉を「日本語」に向かわせた。

 前編で紹介した、東京で韓国語の語学学校に通う20代の日本人女性の思いは「K-POPアイドルが話していることが分かりたい」「字幕なしに韓国映画を観たい」だった。日本の若い女性たちの思いと呉の思いは、見事に一致していた。

「両親は、半ば呆れていました」

 日本語に興味を覚え始めると、呉の興味は日本そのものに向かった。

「大学1年生の時、友達との初の海外旅行先も東京で、とても楽しかった。ただ、まだ日本語ができなくて迷子になったりしたので、『日本語をもっと勉強したら、日本のいろんな地域に旅行できる』と思いました」

 さらには、待ち構えている就職活動でも日本企業が選択肢の1つとして、現実的になってくる。

「貿易を専攻していて『いつか海外で暮らしてみたい』と考えていたのと、日本の個性ある地方を旅する楽しさに気付き、日本語への興味も高まっていましたから、自然と『日本企業で働きたい。日本で就職したい』と思うようになりました」

 両親は、意外過ぎる娘の言葉に、娘はどうかしてしまったのか、というような視線を返してきたという。

 親の戸惑いをよそに、「意外と頑固」だという呉は日本での就職に向けて動き始める。

 日英バイリンガルのための就職・転職サービスを手掛ける「CFN」が主催する企業面接会に参加した。場所は、東京・有明の「東京ビッグサイト」だった。

「両親は、本当に日本で働くつもりなんだと半ば呆れていました」

 呉は屈託なく笑う。

 この面接会に来るのは、ほとんどが帰国子女の学生。そんな中で、呉の存在はやはり異色だったようだ。「ファーストリテイリング」「セブン‐イレブン・ジャパン」など有名企業のブースを訪ねた呉には採用担当者の方が驚き、韓国から単身やってきたと知るや、担当者からは「勇気がある」と感心されたという。

「個人より“大企業に合う人”を探しているって感じ」

 大企業ばかりがブースを並べる会場で、呉は初めて日本企業と触れたことになった。呉はどんな感想を持ったのだろうか。

――日本の企業はどうでしたか?

 呉の答えは明快だった。

「大企業は、やはり個人を見るというより“大企業に合う人”を探しているって感じでした。うーん……だから、私には向いてないかなって思いました。私は、個人を見て欲しかったですから」

 そして、呉に次のチャンスがやって来る。

 前編で紹介した語学学校を運営する「K Village Tokyo」が主催する、日本企業の人材採用イベントだった。呉は2019年5月ソウルで行われたそのイベントに参加する。およそ20社近い日本企業が参加し、そのうち80%がベンチャー企業だった。

「上司の仕事を、早く私ができるようになりたい」

 数社の面接を受ける中、呉は歯科医療の関連機関と治療者たちとを結びつけるプラットフォームビジネスを展開する「メディカルネット」に就職を決断する。いよいよ、“日本で日本企業に勤める”という呉の夢は実現する。

「社長の人柄もありました……韓国では社長はずっと遠い存在って感じですが、平川(裕司)社長はとてもフレンドリーでした。インターネットビジネスは、ずっとやりたかったですから」

――韓国と日本とをつなぐ役割をしたいと言ったそうですね?

「飾る言葉を使ってしまって……。そうした思いもあるのですが、もっと現実的というか……」

 断っておくが、彼女が日本語を勉強し始めたのは4年前。にもかかわらず、彼女の日本語は淀みがなく語彙も豊富だ。

――ベンチャー企業を選んだということは、日本でビジネスを身に付けて、将来は日本や韓国でベンチャーを起こしたいのですか?

 呉の答えは少々意外だった。

「ベンチャーを興そうとは思っていません」

 彼女はそう断言して、次のように続けた。

「私が任されているポータルサイトの会員数を2倍にするとか、現在の上司がやっている仕事を、早く私ができるようになりたいです。そうすれば、上司はもっと上の仕事を任せられるようになるから」

「ここまではっきり口にする日本人社員は……」

 これほど仕事への忠誠心を露わにして、誠実さを口にする日本人は少ないのではないだろうか。同社の人事担当者も、こうした呉の率直さは驚きだったようだ。

「ここまではっきり口にする日本人社員は、ほとんどいませんね」

 しかし、この“忠誠心”も自らを「経営者と言うより、部署のリーダータイプ」と捉えている呉にとって違和感はまったくないようだ。

 彼女が働き始めておよそ1年。当初は、自分の日本語が果たして通用するのか、日本人社員たちとうまくできるのか、そして仕事をこなせる能力はあるのかと、不安ばかりだったという。

 しかし、今はすっかり慣れ、「日本での生活が楽しくて仕方ない」と呉は語る。

 もうすぐ、韓国の後輩が、やはり日本のIT企業に就職し、日本での生活を始めるという。呉の周辺で「日本で日本の企業に勤める」という選択をした人間は数人だというが、呉が参加した2019年に「K Village」が行った面接会では383名が参加し、94名が17社の日本企業に採用された。同社によれば、94名は今も採用された企業で働いているという。

 新型コロナの感染拡大がなければ、「韓国での採用数も倍々で伸びていたのではないか」と同社では見ている。現在は韓国での採用イベントは中止されているが、コロナ禍が落ち着けば再開する予定。なにより日本企業からの要望も強いのだという。

仕事上の不都合や日本人社員との軋轢は?

 韓国からの就活生が増えた一方で、「韓国人だから」という理由で、仕事上の不都合や日本人社員との軋轢はないのだろうか。

 たしかに、日本語の敬語の難しさから言い間違いをして、それをからかわれることなどは珍しいことではないようだ。それでも同社に目立ったトラブルは報告されていないという。

 ただ、意外だったのは、ある会社を取材する中で、「なにか問題はありますか?」という問いに対し、「以前からいる在日の社員たちが……」と言葉を濁した採用担当者がいた。その担当者によれば、以前からいる在日社員は韓国採用の社員に対して先輩という意識が強く、ことさらにやる気を見せる社員に茶々を入れたり、ネガティブな発言をしたりすることが見受けられたという。

 その会社の担当者は、「社名は勘弁してください。まだ日韓というとセンシティブに捉える役員たちもいまして……」と打ち明ける。

 たしかに、日韓問題は常に政治に左右され、一旦、事が起これば、両国ですぐに感情的な反応が起こる状況が続いている。

 それでも取材して実感するのは、日本に渡った若者たちは、エンターテイメントの世界を足掛かりに日本と韓国の間に立ちはだかる壁を、いとも簡単に乗り越えているということだ。そのスピードは、完全に政治を置き去りにしている。それがビジネスの世界にも広がっていることを証明しているのが、この韓国人人材の採用イベントのようだ。

「定期昇給」「社内教育制度」に驚きも

 日本企業側も、韓国人学生の反応を通して、彼らが来日せざるを得ない“韓国側の事情”に気付かされることがあるという。

 やはり「政治にコミットメントされたくないので……」と前置きした上で、匿名で取材に応じた東京のデータ処理を専門にする中堅企業の社長は次のような発見をしたという。

 この会社は、すでに釜山、ソウルと2回のイベントに参加し、60人以上と面接。4人の韓国の人材を採用した。

 面接をする中で驚いたのが、日本企業では当たり前とされる「定期昇給」や「社内教育制度」などについて説明すると、韓国の学生たちは「そんなことをしてくれるんですか」と本当に驚いた表情を見せたことだという。

 学生に聞くと、韓国企業で「定期昇給」があるのは財閥系など大手企業が中心で、即戦力として人材を採用するのが前提なので、社員の教育制度を用意している中小企業も少ないのだという。

 同社が採用した4人のうち、技術者は2名。他の2名は総合職として採用し、大手通信機器メーカーを担当する営業を行っている。同社の社長が語る。

「彼らは非常に優秀。コロナの影響で、取引先と密なる関係を作るのは難しいのですが、事務的な処理能力が図抜けていますね」

 この背景には、元々の能力差ということではなく、先にも触れた韓国の厳しい就職状況によって、「自らの能力を認めてもらわないとすぐに解雇されてしまう」という韓国の雇用システムから生まれる“危機感”が影響しているようだ。

「反日」運動が存在する一方で

 政治の対立から生じる韓国での「反日」運動は確かに存在する。しかし、その一方で、韓国の若者の大半は、日本のアニメを見て育ち、潜在的には日本に好意を持っている者たちの方が多数なのである。

 日韓関係の改善が暗礁に乗り上げる中で、エンターテイメントやビジネスの世界では、日本と韓国はさらに近付こうとしている。(文中敬称略)

(児玉 博/Webオリジナル(特集班))

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