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阪神・佐藤輝明の恩返し――テルくんと勲じいちゃんのキャッチボールは今も続いている

文春オンライン / 2021年6月27日 11時0分

写真

大きくなった「テルくん」。

 野球が戻ってきた! グラウンドに、少年たちが! 

 京都にも、東京にも、新潟にも。
 札幌にも、福岡にも、松山にも。

 折り皺のついたユニフォームをまとい、汗ばむ額のほてりを夏の風に預け、少年野球が日本各地にもどってきた。自主練の成果はあがっているかな。長すぎる休みのあいだ、テレビで野球中継、見ていただけじゃないだろうな。

 多少なまりかけた手足を、梅雨の合間の空に、青葉のようにせいいっぱい差しのばし、野球少年たちがグラウンドを駆ける。土をふみ、こんがり太陽が照りつける真夏の空のほうへ、全員で声を合わせ、スパイクを光らせて一歩いっぽ走る。

 戻ってきた、野球が。

 西宮の、甲東にも。
 宮城の、沼辺にも。

テルくんの野球は、勲さん、そして「強い阪神」とともに始まった

 1974年、宮城県柴田郡で、「沼辺少年野球クラブ」が産声をあげた。この地区に在住の、佐藤勲さん(当時35歳)が有志に声をかけて結成し、初代監督を務めた。佐藤さん本人も、中学までは青葉繁れる、日焼けした野球少年だった。

 このころの阪神タイガース。前年の8月、江夏豊がノーヒットノーランのまま延長11回裏、みずからのバットでサヨナラホームランを打ち試合を決めている。また、74年の春には、ドラフト6位指名のルーキー、千葉出身の掛布雅之が入団する。

 佐藤家次男の博信くんは、入団後、クラブのエースへと成長していった。勲さんは自宅の庭にピッチャーマウンドを作り、日々、博信くんの投球練習をサポートした。

 クラブは地区大会優勝を果たすものの、宮城球場で行われた県大会では、味方のエラーがからんで敗戦。その夜、いっしょにお風呂にはいった博信くんは、勲さんに、

「野球はやめる。柔道に専念する」

 と宣言する。

 博信くん、いや、佐藤博信さんは、その後仙台育英高校に進み、2度の東北王者に輝いた。日体大では主将の古賀稔彦とともに副主将として活躍し、柔道家として全国にその名を轟かせ、卒業後、大阪産業大学の教員を経て、関西学院大学で准教授の職についた。

 西宮に住む博信さん一家は、毎年の盆と正月、宮城、沼辺への帰省を欠かさなかった。博信さんの長男、孫の輝明くんを、祖父の勲さんは「テル、テル」と呼んで可愛がった。

 勲さんの野球好きは醒めていない。小学校にあがる前のテルくんにグローブをプレゼントし、自宅の庭で、声をかけながらキャッチボールをはじめた。クラブ創設のときの若い情熱がよみがえってきた。勲じいちゃんの熱気に引かれてか、テルくんはごく当たり前のように、小学校にあがってすぐ、地元西宮の「甲東ブルーサンダース」に入団した。

 沼辺への帰省のたび、テルくんと勲じいちゃんの庭での特訓が恒例となった。炎天下でも、雪まみれになっても、じいちゃんの声を浴びながら、テルくんはボールにくらいつく。じいちゃんの構えるキャッチャーミットめがけ、じいちゃんちの庭を踏みしめ、渾身のストレートを投げこむ。

 このころの阪神タイガース。テルくんがはじめてのグローブを手にする前年、2003年には、2年目を迎えた星野監督のもと、ぶっちぎりの優勝を果たす。また、少年野球を始めた2005年、やはり2年目の岡田監督のもと、中日とのデッドヒートを制し優勝を決めている。

 テルくんの野球は、勲さん、そして「強い阪神」とともに始まったのだ。

 関西圏で行われるブルーサンダースの試合に、勲じいちゃんは毎月、沼辺から駆けつけた。低学年の頃、テルくんはまだそれほど目立つプレイヤーではなかった。

 家族で行く、地元・阪神甲子園球場での阪神戦の応援がたのしみになった。勲さん夫婦もいっしょに、親子三代ででかけたこともあったかもしれない。小さなタテジマのユニフォーム。ジェット風船。そして六甲おろし。

 3年の後半、地肩の強さがじわじわと発露しだす。高学年で、打球を遠くに飛ばす技術を身につける。校庭のフェンスどころか、3階建ての校舎を飛びこえることも。

 当時の監督いわく「ボールがバットに当たっている時間が長い。スイングが速く、バットにボールが付いている感じ」

 6年で、捕手、投手、4番バッターをつとめ、年間23本のホームランを放つ。そしてこの年、阪神タイガースジュニアのメンバーに選出される。

「おじいちゃんに、恩返ししてるんだね」

 時代は一気にくだって、2021年6月の20日。京都の少年野球チーム「錦林ジュニア」は、緊急事態宣言下の最終日、ひさしぶりの試合に臨んだ。

「左京支部長杯」、仁和ホワイトホースとの準々決勝は午前8時スタート。

 エース、キャプテンの6年生、加納明虎くんの粘り強いピッチングで、試合は2対2のまま、6回裏を迎える。2アウト三塁からヒットで勝ち越し、時間切れで3対2のサヨナラ勝ちを収める。来週は準決勝、強豪・北白川ベアーズとの対戦だ。

 午後は「中京少年野球振興会」所属チームの交流戦。相手は七条ファミリーズ。初回に四球、エラーがらみで取られた4点を、その裏に5点を奪い、一挙逆転。最終的には9対7で競り勝つ。

 3投手をリードし、勝利に導いた6年のキャッチャー小西城太郎くんは、

「初回の石井くんは、初先発にしてはなかなかよかった。3ボールから追い込んだりしてましたし。2番手の東伏見くんは、いつもよりは、あんましよくなかった。次ですね。最後の長谷川くんは、スローボールが抜群でした。(長谷川)浩輝なら、これがふつうです」

 今シーズンの野球がはじまり、これからしばらく、12月までつづく。その先に、どんな光が、まぶしい風景が待っているのか、まわりのコーチ、家族はもちろん、野球少年たち本人にもけしてわからない。もちろん、わからないままでいい。

 前週の6月12日、小6だった父の博信さんが「野球をやめた」宮城球場、現・楽天生命パーク宮城で、「テルくん」佐藤輝明は、「マーくん」田中将大から、規格破りの16号ソロホームランを放った。スタンドでは、82歳の佐藤勲さんと、奥さんの美智恵さんがふたり並んで見まもっている。

「おじいちゃんに、恩返ししてるんだね」

 美智恵さんがいうと、

「教えた甲斐、あったな」

 勲さんはそういってうなずいた。

 小学校にあがる前、テルくんの投げた一球の感触を、勲さんの手はおそらく、いまも深く覚えている。その遠い響きに、目の前の、背番号8のプレイが重なる。いまもキャッチボールはつづいているのだ。ときをこえ、土地をこえて。

 身長187センチ、体重94キロの背番号8番の向こうに、勲さんはきっと、やせっぽちで負けん気の強い、雪を散らしてボールに飛びつく、西宮の野球少年の姿を、ありありと見てとることができる。

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(いしい しんじ)

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