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客のセックスを覗き見るモーテル経営者が思いついた“実験”「これこそ、わたしが愛してやまない瞬間だ」

文春オンライン / 2021年7月9日 11時0分

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©iStock.com

「妻の頬を精液が伝い落ちて…」モーテル経営者が覗き見た高学歴中年カップルの充実した性生活 から続く

 1980年のはじめ、ジャーナリストのゲイ・タリーズ氏のもとに、ある男から一枚の手紙が届いた。その男の名はジェラルド・フース。コロラド州でモーテル経営し、屋根裏の覗き穴から密かに利用者を観察し、日記にまとめているという。

 フースは、客のセックスや会話を聞く中で、ある悪趣味な実験を思いついたーー。ゲイ・タリーズ氏(訳:白石 朗)による『 覗くモーテル 観察日誌 』(文春文庫)から一部抜粋し、フースが行なった実験を紹介する。(全2回の1回目/ #1 を読む)

◆◆◆

30代の労働者階級の白人カップル

 長い歳月にわたって書きつづけられたせいで、ジェラルド・フースの日記は観察用通風孔から見えた社会パターンの変化を反映しているだけではなく、同時に人口動態の変化をも反映していた。1960年代から80年代にかけて、コロラド州の人口は65パーセント増えた。新しい州民が100万人以上も増えたわけであり、なかには〈マナーハウス・モーテル〉を通りすぎていった者もいた。そんな人々がつねに歓迎されたわけではない。

 ともに30代の労働者階級の白人カップル。古いセダンにレンタカーの〈Uホール〉で借りたトレーラーハウスをつないでシカゴから到着し、一週間の連泊を希望。男性は身長180センチ強で体重は約85キロ。女性は身長175センチ、スリムで平均的な顔だちのもちぬし。どちらもおしゃべりで、とりわけ男性のほうはこの地域で仕事を見つけ、ゆくゆくはこのあたりに住みつきたいという希望をさかんに口にしていた。

 一週間のあいだ、わたしはたびたびふたりを観察した。ふたりの仕事さがしと家さがしは難航していた。性生活は存在しないも同然だった。夫が迫ると妻は抵抗し、そればかりか棘のある言葉を口にした。仕事さがしに本腰を入れていない、ともいっていた。

 夫はおりおりにオフィスへやってきて、自分のかかえている問題をわたし相手に話していった。しかしそういったときの男の口ぶりは、わたしが観察スペースから覗き見たときの態度、つまり本物の絶望にとらわれていた態度とは風向きが異なっていた。わたしを相手にしているときには、先行きが明るいと話していたのだ。一週間がおわりに近づいて部屋代を支払う段になると、男は三日間の延泊を申しでて、シカゴから小切手が送られてくることになっていると話した。わたしは男の立場に同情し、この要望を受けいれた。

 あくる日の屋根裏からの観察のあいだ、わたしは男がこんな話をしているのをきいてしまった。「オフィスの間抜け男、シカゴからじきに小切手が来るって話を信じてたぞ。オマハのモーテルでつかった手をここでもつかって、あいつにひと泡吹かせればいい」

正直度テスト

 妻は夫の言葉に気分を害し、あなたはちゃんとした仕事を見つけ、これからは他人の善意につけこむ真似はやめるべきだ、といった。

 このろくでなし男が嘘つきだとわかったいま、わたしは自分の利益を守るために、まず客室のドアノブに錠前カバーをとりつけた。このカバーを設置すると、客が部屋へ帰ってきても鍵穴に鍵を入れられなくなる。カップルがモーテルに帰ってきた。男があわててオフィスに走りこんできて、わたしにこういった。

「おれに小切手が届くまで、ここに泊まっていいといったじゃないか」

 わたしは答えた。「延泊についてはあらためて話しあうとして、ひとまずこれまでの宿泊代金をお支払いいただくことに決めました」

 男はいった。「だけど、小切手が送られてくるのは知ってるはずだ」

「といわれましても、なんの保証もありませんのでね」わたしはいい、これまでの宿泊代金を全額支払ってもらわなければ所持品をお預かりする、と告げた。

 男は憤然と去っていった。わたしは30分待ってから9号室の錠前を交換し、夫婦の所持品の一切合財を物置へ運びこんだ。

結論】不幸と不満をかかえた何千もの人々が、魂の渇望を満たし、暮らしを改善したいという希望をいだいてコロラド州へやってくる。無一文でコロラドに到着した彼らが見つけるのは絶望だけだ……。社会はわたしたちに嘘と盗みと騙しの手管を教えた。そして欺瞞は、いまや人間の諸要素のうち最重要かつ必要不可欠なものになっている……。人々の観察をはじめて5年になろうかといういま、わたしは社会がこの先どんな方向へむかうのかという点について悲観的になっているし、なにもかも無益だということがわかるにつれ、気分はますます落ちこむばかりだ。

 打ち明けるなら、最近わたしは“正直度テスト”なるものを作成した。モーテルの客を、うっかり出来心を起こしやすいシチュエーションに置いてみるのだ。最初の被験者に選んだのは50代なかばのアメリカ陸軍中佐。中佐はフィッツシモンズ陸軍病院に管理職として着任したばかりで、しばらくモーテルの10号室に滞在していた。

1000ドルが入ったスーツケース

 フースはテストのようすを簡潔にこう記述している。

 手はじめとして10号室のクロゼットに小型スーツケースを置いた。スーツケースには錠前をかけておいたが、その気にさえなればどんな人でも簡単に壊したり、こじあけたりできる安物の南京錠だ。宿泊客が小型のスーツケースをモーテルに置き去りにしていくことはしょっちゅうで、テストにもそんなスーツケースを利用させてもらった。

 正直度をテストしたいような客がモーテルに到着すると、わたしは彼らを10号室にチェックインさせた。そして彼らが宿帳を記入しているあいだに、妻のドナに裏の自宅部分からフロントに電話をかけさせた。その電話で妻はモーテルを利用した客のふりをして、1000ドルの現金をしまったスーツケースを客室に置き忘れた、と話した。

「なんですって、1000ドルものお金を入れたスーツケースをわたしどもの客室に置き忘れたのですか?」わたしは電話口でそうドナにくりかえす——到着したばかりの新来の客がフロントデスクで会話をきいているという前提で。ついでわたしはいったん受話器をおき、ふりかえって住居部分にいる妻に大声でたずねる。「ドナ、客が現金を入れたスーツケースを忘れていったらしいんだが、メイドからそういった報告はあったかい?」

 ドナはやはり大きな声で返事をする。「いいえ、なんにもいってなかったわ。忘れ物はなかったみたい」

 そのあとわたしは再度受話器をとりあげ、電話の向こうにいるドナにいう。「申しわけございませんが、お忘れ物は見つかっておりません。見つかりましたら、お客さまのご住所の控えがありますので、すぐそちらにお送りします」

 この特別な日、わたしはチェックイン手続中の陸軍中佐の前でこの芝居を演じた。宿帳の記入がすっかりすむと、わたしは中佐を10号室に割り当て、そのあと観察スペースへあがって中佐がどのような行動をとるかを観察しはじめた。

目の前の1000ドルに心揺れる被験者たち

 客室にはいってまず最初に中佐は荷物をベッドに置いて、バスルームへ行く。もどってくるとテレビをつけ、手早く室内を調べはじめる。ドアに貼ってある料金表に目を通す。ライティングデスクの抽斗をあけて閉める。それから軍服の上着を脱いでクロゼットのハンガーにかける。そのときだ——中佐がクロゼットの棚に置かれている小型のスーツケースを見つけるのは。中佐はスーツケースを棚からおろしてベッドに置く。小さな南京錠に触れるが、開けようとはしない。こういった立場に置かれた客の例に洩れず、大佐はしばしいまの自分の立場に考えをめぐらせる。

 これこそ、わたしが愛してやまない瞬間だ。被験者の頭のなかには、真実を告げるか、あるいは不正直になるかという疑問がすばやく駆け抜ける。こんな疑問が頭に浮かぶ。ここで錠前をこじあけて1000ドルを頂戴するべきか? それとも聖書でいう“善きサマリア人”になって、スーツケースをオフィスへもっていくべきか? こんなときは、観察対象者の心の声がきこえてくるようだ。スーツケースがここにあることはだれも知らないし、なかには1000ドルはいっていて、その金をつかってもだれにも知られないぞ。

 この中佐の場合には、決断に到達するまでに十分を要した。最終的には悪が窮極の勝利をおさめた。中佐はまず指で南京錠をひねってはずそうとしたが、これには成功しなかった。中佐はいったん客室を出て、油断なくドアをきっちり閉めたのち、車からドライバーをもって引き返してきた。引き返してきたときは、ドライバーをつかうことにためらいを感じているようだった。中佐はふたたび客室をあとにして、ふらりとオフィスへはいっていった。ドナがその姿を見かけて挨拶した。中佐はなおしばらくオフィスをぶらついていたが、これは自分がスーツケースを手にしている事実をだれかが把握しているかどうかを見定めようとしていたのかもしれなかった。

15人の被験者のとった行動

 それから中佐は10号室へもどった。ドアをロックしてチェーンをかけ、ベッドに腰をおろす。つづいて中佐がドライバーをもった手を一回動かしただけで、スーツケースが一気にひらいた。中佐はぎっしり詰めこまれた衣類を漁りはじめ、隙間やポケットをひとつ残らずさぐった。そしていきなり中佐は、このスーツケースには現金などはいっておらず、衣類が詰まっているだけだと悟った。中佐は頭を左右にふった——困惑と不安を如実に示す動作だった。さあ、どうする? こんなふうに考えていたのだろう——南京錠を壊してしまったのだから、もうスーツケースをオフィスへもっていくわけにはいかない。さりとて、この部屋に放置しておくわけにもいかないぞ。

 それから数分ばかり客室をうろうろと歩いていたのち、中佐はレインコートを手にとってスーツケースを包み、10号室から外へ出た。中佐が車をスタートさせる音がきこえ、そのあとどこかへ走り去っていった——スーツケースを捨てられる場所をさがしにいったのだろう。

 観察スペースにいた覗き魔はノートを手にとって、モーテル利用客の欲深さの実例をまたひとつ記録にとどめた。

結論】15人のチェックインした利用者を被験者としてテストをおこなった時点で——15人の内訳は、牧師と弁護士がひとりずつ、ビジネスマン数人、労働者ふたり、休暇旅行中のカップルひと組、中流階級の既婚婦人ひとり、および失業中の男性ひとり——スーツケースをあけずにオフィスまで持参してきたのは、全員のうちわずか二名にとどまった。ひとりは医者、もうひとりは中流階級の既婚婦人だ。牧師をはじめとするそれ以外の面々は、全員がスーツケースをあけ、そののちさまざまな方法で処分をこころみた。牧師はスーツケースをバスルームの窓のひとつから押しだして、外の生垣に投げこんだ。医者はといえば、ひとたびはスーツケースをあけようとしたものの、そこで心変わりを起こした。それゆえ15名の被験者のうち、欲に目がくらまなかった者は先のご婦人ただひとりということになる。

 覗き魔の弁論は以上。

(ゲイ・タリーズ/文春文庫)

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