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“解散危機”すら微笑ましい…GLAYの4人が「アラフィフになっても仲良すぎ」という幸せな世界

文春オンライン / 2021年7月9日 17時0分

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6月18日、ビルボードライブ東京で行われた配信ライブ ©岡田裕介

 もうコロナ禍になってからどっぷり2年。何をするにも規制が多く閉塞感は続く。が、エンタメ業界では様々な発信方法を模索し、心地良い風穴を開けてくれるアーティストも多い。

 そのなかでも「ああ、良い意味で昔からテンションが変わらないなあ!」と嬉しい気持ちになったのがGLAYだ。

2021年は怒涛の活動ラッシュ!

 GLAYは2021年、“THE ENTERTAINMENT STRIKES BACK(エンターテインメントの逆襲)”をテーマに、まさに怒涛の活動ラッシュ!

 4ヶ月連続、メンバー1人1人が演出したオンラインライブ、そして5ヶ月連続配信リリース。5月21日に「FRIED GREEN TOMATOES」、6月25日に「青春は残酷だ」が配信されたばかりだ。

 いつも彼らの歌から見えるのは「永遠の音楽小僧」と「どこまでも広がる空」。私が彼らを知ったのは1996年「グロリアス」だが、6月の新曲「青春は残酷だ」を聴いても、それは全く変わらない。

「グロリアス」が大ヒットした1996年といえば、ダブルミリオンがガスガスと生まれたJPOP全盛期。小室ファミリーやビーイング勢など、多種多様な音楽猛者が名曲をマシンガンのように発表していた。

20万人を集客した伝説の「GLAY EXPO」

 そんな中で頭角を現し、「GLAY EXPO」など超ド級のイベントを成功させ、30年近く経った今もなお大ヒットを連発し続けるGLAYは間違いなくモンスターバンドだ。1999年のGLAY EXPOなど、20万人を集客したという。20万人……。ちょっとわけがわからない。そう思って改めてダイジェスト動画を見ると「会場の真ん中にいる人はトイレをどうしたのだろう」と心配するレベルだった。

 こんな記録を打ち立てているのに、消えない親近感。彼らの活動から想像できるのは、4人がギターを抱えて円になって額をつき合わせ、

「このメロディー聴いて~」「この出だし、かっこよくね?」

 などとウキウキ自作の曲を披露し合っている、音楽大好き小僧の姿なのだ。

 音を奏でるのが楽しくて仕方がない。浮かんだメロディについて一番に意見を聞きたい仲間がいる、という幸せな空気。

 彼らにも昔、解散危機があったというが、そのエピソードすら微笑ましい。

 TERUが「GLAYを辞めてソロでもやろうかな」と言い出し、TAKUROに「曲書いてくれる?」と持ちかけ、「じゃ、俺ギター弾くよ」とHISASHIが言い、「じゃ、JIROもやれば?」となり、結局GLAYじゃないか! というオチ。なんともほのぼのする。

 大昔だが、ある歌番組(多分ミュージックステーション)で、JUDY AND MARYのYUKIが彼らについて「なんであんなに仲がいいんだろう」と語っていた思い出がある。その空気が、メンバーがアラフィフになってもそのまんまというのは本当にスゴイ。

 私の勝手な見方ではあるが、GLAYとTHE ALFEEは、一生今のメンバーでキャッキャと音楽をしてくれそうな、圧倒的な安心感がある。

「ジャンルじゃなくて、音楽は音楽なんだよ」

 もう一つ、GLAYを聴いて安心するのは「聴く側にこだわりを押し付けない」おおらかさを感じるからである。彼らのバンド名は白(ポップス)でも黒(ロック)でもない音楽という意味が込められているというが、まさに「グレーゾーン」の美しい彩り。何の雑誌だったか、HISASHIが「ジャンルじゃなくて、音楽は音楽なんだよ」と語っていたが、まさにその言葉がぴったりだ。

 ギターを中心とした斬新なメロディーでありながら、「歌謡曲」のプレイリストに入っていてもなんら違和感のない不思議なノスタルジーが漂う。

 そこに丁寧に並べた「出逢えたことの喜び」と「ときめき(トキメキ)」に満ちた歌詞!「時々あなたを傷つけてしまうけれど」(「100万回のKISS」)など、相手の気持ちを先に考える歌詞もひたすらやさしい。

 1997年の「口唇」、1998年「誘惑」は、二人称が「オマエ」でメロディーも攻め!どれだけオラオラしているのかと思いきや、「オマエの手招きに揺れてる」(「口唇」)「オマエが誘うままに oh 溺れてみたい」(「誘惑」)。主導権は彼女にあるのだ。気のいい主人公が浮かび、聴いているこちらが思わず「相談に乗ろうか?」と言いたくなる。

GLAYの歌には「函館」が見える

「HOWEVER」や「COLORS」などは、逆に彼らが手を広げて待機してくれている感じ。

「何か言いたいことある? 全部聞くよ」

 と、やさしい眼差しで微笑む人が前にいるような感覚になるのである。

 GLAYの歌の「包容力」の源にあるのは、四季と自然の描写である。それも故郷の四季だ。サザンオールスターズに「湘南」が見えるように、GLAYには「函館」が見えるのである。

卒業式で「グロリアス」を歌いたかった……!

 本州よりも1ヶ月遅れて桜が咲き、カラリと爽やかな夏がきて、大きな夕やけに見惚れ、激しい雪が舞う。

 特に冬の歌から漂う切なさは別格。自然に囲まれ育ったものにしか出せないムードがある。私は夏が苦手で、時々クーラー代わりに冬の歌を聴いて涼を取るのだが、もちろんGLAYの歌はヘビーローテーションである。

「Winter,again」「Missing you」「ホワイトロード」「氷の翼」etc……。特に「氷の翼」は最近店で流れていて、美しくてビックリしたという偶然の出会い。

 あまりにきれいなので、歌詞を必死で聞きとり検索をかけたら「ああ~やっぱりGLAY!」。参った、参りましたと唸り、その場でプレイリストに加えた。

「聖母たちのララバイ」を初めて聴いたときと似たショック。もし「火曜サスペンス劇場」が復活したら、この曲をエンディングで流してほしい。絶対合う!

 もちろん、冬の曲以外も四季を愛するGLAYの歌はどれも瑞々しい。「春を愛する人」「さくらびと」は、季節の花が彩られた美しい便箋に、とてもキレイな字で書かれた手紙を読んでいる気分になる。「グロリアス」は、私の学生時代にこの曲が存在していればどれだけ嬉しかっただろう。卒業式で、友達と歌いたかった……!

永遠に「大好きな音楽小僧」のまま

 彼らのバンドの歴史をみると決して順風満帆ではない。特に著作権使用料・印税問題では悩まされ、2度も訴訟を起こしている(2度とも勝訴)。順調どころか、かなり波乱万丈だ。

 それでもGLAYの音楽はヒネクレない。彼らの音楽を聴いていると、どんなに激しい曲でもやさしい主人公が見えてくるし、広大な自然が見えてくる。そして、時代に抗うでもなく、「こっちが無理なら、こんな風にしてみようぜ!」とイマジネーションを武器にして、聴いているこちらの壁を取っ払ってくれるのだ。

 故郷を愛し、価値観を共にする仲間がいる人の揺るぎなさには、本当にかなわないなあと思ってしまう。

 このサバイバルの時代でも、GLAYは永遠に「大好きな音楽小僧」のまま。

 5ヶ月連続配信リリースで配信済みの2曲「FRIED GREEN TOMATOES」、「青春は残酷だ」にも、漂うのは爽やかな風と懐かしい街の雑踏。

「どんなに長い夜もいつも歌ってた あの歌の続きなどを今度教えて」(「FRIED GREEN TOMATOES」)

 彼らのメッセージはいつだって、「次逢える日」を思わせる。

(田中 稲)

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