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「みんな頑張って働いているのに幸せそうに見えない」 斎藤幸平がマルクスから見つけた、労働問題の“答え”

文春オンライン / 2021年7月19日 6時0分

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斎藤幸平さん

 晩期マルクスの思想の新解釈から、気候変動などの環境危機を脱するヒントを探り、30万部のベストセラーとなった『 人新世の「資本論」 』(集英社)の著者の斎藤幸平さん。そして、不安定な時代を生き抜くためのブックガイドである『 読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊 』(日経BP)を上梓した堀内勉さん。「知の水先案内人」であるお二人に、先行きの見えない時代を生き延びるための教養・ビジネス書について語っていただいた。(全2回の1回目。 後編 を読む)

◆◆◆

斎藤幸平(以下、斎藤) 堀内さんは、日本興業銀行でMOF担(旧大蔵省担当)をなさり、ゴールドマン・サックス証券に転職、森ビルのCFO(最高財務責任者)も務めたというご経歴ですよね。まさに資本主義の最前線でキャリアを積まれたわけです。一方、私は『 人新世の「資本論」 』で痛烈に資本主義を批判し、脱成長まで提案している。そんな私ですが、さまざまな名著をベースにして、今日は堀内さんといろいろお話ししたいと思っています。

これからの社会が生き延びるために読むべき本

堀内勉(以下、堀内)  「堀内さんはずっとエリート街道を歩まれてきましたよね」と言われることがあるのですが、実際は挫折の連続で、結局はシステムの歯車として働いていたに過ぎません。とても充実した人生と言えるようなものではなく、自分の仕事に対する疑問を払拭できず、銀行も証券会社も退職することになります。そして、自分を取り巻くシステムである資本主義について、独学で研究を始めました。

 しかしながら、「資本主義」という人間存在そのものに関わるテーマは壮大過ぎて、ビジネスや経済の分野からだけでは解明できない。必然的に、哲学、歴史、科学へと関心領域が広がっていき、古典から現代の名著まで200冊を紹介してまとめた『 読書大全 』まで書いてしまいました。

 こうした私の目に、改めて資本主義のその先を展望する斎藤さんの著作『人新世の「資本論」』は、とても新鮮に映りました。特に、斎藤さんが次にどのような社会を構想なされているのかとても興味があります。本日は、われわれがこれからの社会が生き延びるために読むべき本を挙げつつ、資本主義のその先を考えていければと思います。

資本主義における労働は不断の競争に駆り立てる

斎藤  となれば、まず取り上げたいのは、マルクスですね。『資本論』でもいいのですが、今日は『 経済学・哲学草稿 』(カール・マルクス著)、いわゆる「経哲草稿」を紹介したい。これは彼が20代のときに書いた若さみなぎる作品で、まさに資本主義の歯車として働くことの「疎外感」を論じたものです。その中で彼は、資本主義における労働は、お互いを不断の競争に駆り立てる楽しくないものだ、と述べています。競争の激化によって、労働が、ご飯とお金を得るためだけの手段になっていて、人間が持っている様々な能力を失っていき、貧しい人生を送らざるをえない。本来の人間らしい自己実現や豊かさからは、程遠くなっていることを批判したのです。

 私は大学生の頃にこの本を読んだのですが、みんな頑張って働いているのに幸せそうに見えないという、自分自身が社会に対して感じていた違和感をずばり見事に説明してくれていることに感銘を受けました。

堀内 サラリーマンとして経済社会を生きていた昔の私も、まさに同じ疎外感を感じていました。

社会や地球環境を維持するには相互扶助が必要

斎藤 私たちの人生の時間の多くは労働にあてられるので、労働が疎外されていれば、幸せになれないのはいわば当然です。でも、こうした競争システムは人間の本性だから、仕方がないと割り切らなくてはならないのでしょうか。その問いに答えてくれるのが『 相互扶助論 』(ピョートル・クロポトキン著)です。競争によって自然淘汰されて人間が生き延びてきたというダーウィン的な理解は間違っていて、むしろ自然の脅威を前にして人間はお互いに助け合って進化してきた、とこの本は、主張しています。人間の本質には、相互扶助が間違いなくあるというわけです。

 ところが、資本主義社会、とりわけ新自由主義がいまだに猛威をふるう世界では、過当な競争ばかりがもてはやされています。クロポトキンの問いかけは、新自由主義のもとで相互扶助が忘れられたせいで、私たちの社会を発展させていくための可能性が抑圧されているのではないか、ということです。事実コロナ禍でも明らかとなっているように、社会や地球環境を維持していくには、相互扶助が絶対に必要です。

エリート職に多い“ブルシット・ジョブ”

斎藤 労働の疎外との関連で、3冊目に挙げたいのは『 ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論 』(デヴィッド・グレーバー著)。昨年亡くなった文化人類学者の著作で、世界的なベストセラーになっていますが、これはマルクスの疎外論を現代に蘇らせたといってもいいでしょう。

堀内 ブルシット・ジョブとは、ホワイトカラーによくある意味のない仕事のことですね。弁護士、コンサルタント、広告代理店など高給なエリート職に多いそうです。今振り返ってみると、私の仕事も銀行勤めのときは95パーセントがペーパーワークやハンコ仕事などの、何の付加価値も生み出していないブルシット・ジョブでした。でも、頑張ってエリートコースに乗るためには、意味のないことを承知で取り組まなければならなかったのです。

重要な仕事なのに軽視されている「ケア労働」「ケア階級」

斎藤 グレーバーは、そんなブルシット・ジョブと対比して、エッセンシャルワーカーが担う「ケア労働」「ケア階級」を重視しています。そして、介護や看護、教育や清掃、バスや鉄道の運転手などのケア労働は、われわれの社会を支えている重要な仕事なのに、報酬も社会的地位も低いことを指摘します。私自身も、コロナ禍のもとエッセンシャルワーカーの方々に過剰な負荷をかけているのを心苦しく思っています。

 この問題とつながるのが、『 ケアするのは誰か? 新しい民主主義のかたちへ 』(ジョアン・C・トロント著)です。これまでは、男性中心の製造業や金融が高く評価され、ケア労働は女性に押しつけられてきましたが、ケアこそが人間の本質的な活動であり、社会の中心に据えられるべきである、とこの本は訴えています。ちょうど私自身もコロナ禍で子育てをしながら、その負担をしばしばパートナーに押し付けてきたという自覚と反省を深めました。

 それ以外にも、健全な民主主義が機能するためには、ケアが必要というトロントの視点が重要です。民主主義とは他者を論破し、支配するものではなく、意見の違う他者の存在を尊重し、様々な困難を抱えている人々の問題解決に共に取り組むことだからです。

いま求められる新しいモデル

堀内 今はケアも商品化されていて、お金持ちであればなんでもお金で買えますという社会になっていますね。けれども一方で、お金を稼ぐしか自分を守る術がないというのは、恐ろしいなと感じます。かつてのサラリーマンは会社に守られていましたが、いまや日本の会社システム自体が壊れはじめています。もはやわれわれには、愕然とするくらい拠って立つものがない。そのため、地域社会をはじめとするコミュニティを取り戻そうという動きも出てきていますね。

斎藤 まさにその通りです。さらに言うと、男性正社員中心の会社コミュニティや、若者を排除し女性に負担を強いるような年長男性のための地域コミュニティとは違った、新しいモデルが求められています。いま注目しているのが、バルセロナ市政などが旗振り役になっているミュニシパリズム(自治体主義)です。これは5冊目に挙げた『 なぜ、脱成長なのか 』(ヨルゴス・カリス他著)にくわしいです。

堀内 ミュニシパリズム、ですか。

人々の〈コモン〉(共有財産)を増やそうとする挑戦

斎藤 EUという巨大組織の新自由主義的な動きに対抗して、住民のための街づくりをしようという革新的な自治体の運動のことです。

 たとえば、スペインのバルセロナは、リーマンショックで打撃を受け、さらにはオーバーツーリズムによる物価上昇で市民は疲弊していましたが、大企業に地域の富を吸い取られるだけの社会を変えたいという市民運動が巻き起こり、その運動をベースにした地域政党の女性市長が2期目に入っています。

『人新世の「資本論」』でも紹介していますが、彼らの取り組みはたとえば、水道の再公営化を目指すことだったり、民泊に規制をかけ公営住宅を増やすことだったりします。人々の〈コモン〉(共有財産)を増やそうとする挑戦ですね。また、気候危機に関しても独自の非常事態宣言を発出し、二酸化炭素排出量削減のために、飛行場の拡張や高速道路の新設を禁止し、市内中心部でも自動車の進入できないスーパーブロックを拡充するなど、将来世代のための革新的なチャレンジをしています。

 こうした試みの知恵をアムステルダムなど別の大都市とも共有しながら進めているのがミュニシパリズムです。

堀内 戦後、アメリカという教師を表面的に真似して、トクヴィルが『 アメリカのデモクラシー 』で指摘したように、資本主義の本場であるアメリカでもそれなりにコミュニティが残っているのに、それ以上にコミュニティを消失してしまった戦後の日本に戦慄していたのですが、バルセロナの話を聞いて希望を持ちました。

【続きを読む コロナ対策で政府が供給した巨額のお金はどこへ消えたか? 銀行も証券会社も退職した“森ビル”元幹部が語る資本主義の“限界”】

コロナ対策で政府が供給した巨額のお金はどこへ消えたか? 銀行も証券会社も退職した“森ビル”元幹部が語る資本主義の“限界” へ続く

(斎藤 幸平,堀内 勉/翻訳出版部)

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