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「前田さんが猪木さんのところで何かを訴えていたんです」 旅館の主が振り返る昭和プロレス史の伝説“旅館破壊事件”が起きるまで

文春オンライン / 2021年7月11日 17時0分

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「人間山脈」アンドレ・ザ・ジャイアントも伝説の旅館に宿泊していた

古舘伊知郎も橋本真也も現場にはいなかった…プロレス界伝説の大乱闘「旅館破壊事件」の“ウソ“と34年目の真実 から続く

 観客を驚かせ、喜ばせることを仕事とするプロレスラーは、話を正確に伝えるという意識がそもそも稀薄である。長い間プロレスの取材をしていると分かるが、「酒豪」「エビスコ(大食い)」「トンパチ(非常識、無鉄砲)」「怪力」「セメントの強さ」など、ファンが喜びそうなエピソードは思い切り脚色し、大げさに伝えるのが普通であり、それが良いことだと思っているフシさえある。

 この、良くも悪くも「事実を無視して語る」という選手のメンタリティは、本来、取材の大きな障害になるはずなのだが、業界メディアは選手の発言内容を精査したり検証したりすることはあまりない。そのため、プロレス界ではまったく真実とは異なる話が「事実」として語られているケースが珍しくない。昭和プロレス史で屈指のエピソードとなっている「熊本・旅館破壊事件」もその例に漏れない。

 その意味で言えば、今回、取材に応じていただいた当時の旅館の主である梅村健児さん(70)と里美さん(64)夫妻には、話を誇張する動機がまったくない。30年以上前のできごとゆえ、記憶から消えてしまっている部分も多々あるとはいえ、はっきりと覚えていること、うっすらと記憶していること、推測として言えることをそれぞれ誠実に振り返っていただいた。

 それでは、事件当日の回想を聞いてみよう。(全3回の2回目。 #1 から読む)

◆◆◆

「旅館破壊事件」の現場「松の家旅館」若主人の話

「プロレスの選手が泊まるのは初めてじゃないですよ。この騒動があったかなり前ですけど、アンドレ・ザ・ジャイアントって選手がいたでしょう。彼もウチに泊まってます。布団を2つ並べて敷いてね。ちょうど地元で開かれる地区の運動会があって、アンドレもそこに来たんですよ。みんなでこうして見上げたのを覚えてます」

 首を上に傾けながら当時を振り返るのは、旅館破壊事件の舞台となった「松の家旅館」の若主人だった梅村健児さんである。

 松の家旅館は戦前に創業された老舗で、当時は先代主人と女将(梅村さんの両親)、梅村さん夫妻、それに数人の女性従業員だけで切り盛りする、家族経営の旅館だった。

 7階建ての旅館は、海に面した崖に沿って建てられており、細い道路に面した最上階の7階がフロントで、6階が40畳の大広間、5階から2階が客室、そして1階が温泉の浴場となっていた。宿泊客が出入りできるのは基本的に7階のみ。エレベーターはなかった。

新日本プロレスから『焼肉がしたい』と相談が

 松の家旅館については、1987年2月に刊行された新日本プロレスのオフィシャルマガジン『闘魂スペシャルvol.31』において、「ケロ」こと田中秀和リングアナがこう書いている。

〈「今日の旅館は温泉。うれちいにゃんと思ってたら、これまたすごい。7階建てなんやけど、崖っぷちにあってフロントが7階や。しかもエレベーターなし。せまく、急な階段のみ。社長や坂口さんは5階だからええけど、ケロなんて2階だよ、部屋が」(「ケロの新日本プロレス奇行」)〉

 記述そのものは正しいが、このコラムではこの日の騒動のことがまったく触れられていない。当時の時代状況では、新日本の本隊とUWFが一緒に酒を飲んでいたということ自体、ファンに明かすことはできなかったと思われる。

「あの日は、貸し切りで宿泊する新日本プロレスから『焼肉がしたい』という相談がありました」(健児さん)

 これは初めて聞く話である。当日夜の宴会は「ちゃんこ鍋」だったと証言していた選手もいるが、次の証言は具体的で明快だ。

「食材や飲み物はすべて自分たちで用意をするから、肉や野菜を焼く台を用意してくれということでした。しかし、当時ウチにはそのような設備がなかったもので、近くの『福田農場』から、畳の上でも使える焼肉台を5、6台借りてきたんです。幸い、彼女(妻の里美さん)の実家がガス屋さんだったもので、小型のプロパンガスのボンベを運び込んで、焼肉台を6階の大広間に設置してもらいました」(健児さん)

「組長」こと藤原喜明と大量の食材を買い出しに

 福田農場は旅館からほど近い観光農園で、「湯の児スペイン村」という名でも親しまれている水俣の観光スポットのひとつである。食材はどのように調達したのだろうか。

「ああ、この人です。思い出した」

 取材の際、資料として持参した当時のプロレス雑誌を広げてみせると、健児さんはある選手の写真を指さした。当時はUWFの一員だった「組長」こと藤原喜明だった。

「試合が始まる前に、この人と一緒に、クルマで市内の『寿屋』に行って、肉や野菜などの食材を買ったんです。とにかくものすごい量で、スーパーの人も驚いたと思いますよ。ちょっと覚えていないんですが、そのとき、一升瓶の焼酎なども買ったんでしょうね。私たちはお酒も用意していませんでしたから」

 寿屋は当時、九州全域に展開していた大型食品スーパーである。水俣市は鹿児島県との県境にあり、地元では芋焼酎が好まれるという。代表的な銘柄は「島美人」。熊本は「馬刺し」が有名だが、「あか牛」と呼ばれる牛肉も名産品のひとつである。

件の事件のきっかけ「ワカメスープ」

「このあたりでワカメはとれますか?」

 そう質問すると、奥さんの里美さんが教えてくれた。

「ええ、春の少し前になると、地元の漁師さんが私たちに天然のワカメをくれましたよね。だけん、スーパーでも1月、2月には生ワカメが売っていたんじゃないかしらねえ」

 藤原はこの日、試合が組まれていなかった。本人は事件が起きた場所について「出水市だった」「当日はマッチメーカーが気をきかせて(早く宿舎に戻れる)第3試合に組んでくれた」などと語っているが、いずれも事実ではない。出水市は水俣市と隣接しているが熊本県ではなく鹿児島県で、ドン荒川の出身地だ。ちなみにこの日、ドン荒川は第4試合で金秀洪と対戦し、荒川の母も試合を観戦。荒川は勝利している。

 旅館に戻ると、さっそく焼肉宴会の準備に取りかかった藤原。ここで、後に問題を引き起こす元凶とされた「ワカメスープ」が用意されたのは、メインが焼肉だったことを考えれば間違いなかったと思われる。

試合が終わって続々と人が集まり、宴会がスタート

「料理はうまかったよな、この人。感心したのを覚えてます」(健児さん)

 藤原はプロレス入りする前、焼肉店で働いていた時期がある。焼肉の準備はお手のものだったはずで、このあたりも十分納得できる証言だ。

 新日本プロレス水俣大会(水俣市体育館)は1月23日午後6時30分に試合がスタートした。気象庁の記録によれば、試合開始時は強い雨が降っていたものの、気温は15度と季節外れの暖かさだった。

「夜になってですね、試合が終わって猪木さんや藤波さん、坂口さんが戻ってきて、別の宿舎から前田さんたちもやってきて、宴会が始まったと思います。そういえば、上田馬之助さんも旅館に来たのですが、すぐに帰ってしまったのは覚えています」(健児さん)

 当時、上田馬之助と交際していた女性(のちに結婚)の経営するスナックが熊本市内にあった。そう考えれば上田の離脱も不自然ではない。

「私たちはあと片付けをするために待っていたんですけどね、焼肉が始まってすぐだったですかねえ…様子がおかしくなって」(里美さん)

猪木を取り囲む、酔った若手選手たち

 異変を感じて大広間にかけつけた梅村さん夫妻が見たものは、猪木を取り囲む、酔った若手選手たちの姿だった。

「多分、前田さんだったと思うんですけど、その他にも若い選手がね、猪木さんのところに行って、ずっと何かを訴えているんです。プロレスをもっとこうしなくちゃいけないんだとか、仕事に関することですよね。その時点でもうみんなお酒が入ってかなり酔っているようでしたけど、猪木さんはずっと座ったまま、黙って『ウンウン』ってひたすら話を聞くという感じでね。そのうちですよ。どこかで殴り合いが始まって、収拾がつかなくなったんです」(里美さん)

 どうして乱闘が始まったのか、梅村さん夫妻に明確な記憶はない。リング上では敵対関係にある新日本とUWFがなぜ、この日に飲み会をすることになったのか。その背景について新日本側から説明があるわけでもなく、プロレスに関して特別詳しいわけでもなかった夫妻にとっては、「酒に酔ったプロレスラーたちがケンカを始めた」という外形的な状況以上のことは何も分からなかった。

かけられた言葉は「これは、我々のレクリエーションです」

「唖然ですよ。なんだか、プロレスより凄いなって。そのうち食べたものをそこらじゅうに吐いちゃって。ああ、掃除が大変だからやめて…と思いましたけど、あんな大きな人たちがケンカしたら、恐ろしくて何も言えんよね。ただ見守るだけ」(里美さん)

「私の両親(先代の主人・女将)はその場にいなかった気がしますね。呼びにもいきませんでした。とてもじゃないけど、見せられん光景ですよ。父はプロレスファンでね。有名な猪木さんや藤波さんも泊まるちゅうことで楽しみにしとったんです。それがこれですから」(健児さん)

 健児さんは修羅場となった現場で、ある中堅選手にかけられた言葉をいまでも覚えている。

「誰だったかな。若手選手ではなかったと思うんやけどね。『これは、我々のレクリエーションです』って言うわけですよ。たまったもんじゃないですけどね(笑)」( #3 へ続く)

「あんたらのやってるのは、プロレスじゃねえんだよ!」 虚像だらけの“旅館破壊事件”で若き武藤敬司が前田日明に突き付けた「たった1つのリアル」 へ続く

(欠端 大林/Webオリジナル(特集班))

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