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サイバー先進国・中国で「キャッシュレス」「スマート社会」が終わった日

文春オンライン / 2021年8月24日 6時0分

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以前に筆者が訪れたときの鄭州市新市街(筆者撮影)

 スマートフォンひとつで何でもできるネット先進国中国。その中国で、もしもインターネットがつながらなくなったらどうなるのか。ものすごい有事にでもならない限り起きえないと思ってましたが、オリンピックの直前にひっそりと起きていました。

内陸の河南省に、前例がないほどの豪雨

 世界的に報じられる東京オリンピック開催直前、中国でもこれからメダルラッシュで国威発揚というタイミングで大災害に見舞われました。内陸の河南省を前例がないほどの豪雨が襲ったのです。

 日本でも豪雨、カナダでも気温が50度近くとなるなど、世界各地で記録的な異常気象がおきましたが、河南省でも想定外の治水能力を越えた雨が降り、川は氾濫して道路の多くが冠水。トンネルや地下鉄車両にも命を奪いかねない大量の水が流れ込むなど、インターネットに投稿された動画は中国中で反響を呼びました。

 河南省省都・鄭州市は、中国の他の省都と同様の大都市です。全体的に30~40階建てかそれ以上の高層建築が立ち並び、新しく区画整理したエリアは未来都市のような景観となっていて、都市内を幅広の幹線道路と地下鉄数路線が走っています。その街の雰囲気や便利さは、他の都市と同じで金太郎飴のようでもあります。路上でも地下鉄車内でも人々は歩きスマホ上等ですし、ましてや今アフターコロナの中国ではスマホアプリの移動記録が健康証明を兼ねていて、ますますスマートフォンは欠かせなくなっています。

 その鄭州やその周辺の都市で記録的豪雨が降りました。新郷という都市が、鄭州以上に大変な状態だったとか。当時の中国のTwitterのような短文投稿サービス「微博(Weibo)」を見ると、道路の水深が2mを越えているというつぶやきも確認できます。

 現地住民が「これまでに経験したことのない大災害」というほどの大雨の結果、河南省全体で死者302人、行方不明者50人、家屋被害3万戸、水没車両はEV(電気自動車)を含め41万台に。中国全体で見ても近年例のない大水害となってしまいました。もっともこうした中で、水没車両を安く買い取り、動ける状態に修理して、中古車として販売しようと中国全土から買い注文があるそうです。

 さて気になった報道がありました。この豪雨の結果、ネットが利用できなくなった、という話題を見たのです。調べてみると微博で現地住民が口をそろえて「水道もない、電気もない、ネットもない」という状態とのこと。ネットが水害で使えなくなったのです。ただ、どうもガスだけは使えたようで、床上浸水した家でガスを使って調理する動画も見られました。

現金を持たず、スマートシティを活用するサイバー社会の中国

 中国といえば日本を超えたサイバー社会であることは知られているところです。

 キャッシュレス決済サービスが広く普及し、現金を一切持たなくても買い物はできるし、バスも地下鉄もシェアサイクルも乗れる。ショッピングサイトでの買い物も有料動画視聴もクレジットカードなしでできるし、公共料金も支払える。さらに街中の道路やバスや駅などにカメラが設置され、スマートシティによって人や車の流れが把握されています。救急車を誘導するのもパトカーを誘導するのも要注意車両を把握するのも、コントロールルームから簡単にできるようになりました。

 そんな積み重なったサイバーインフラが豪雨で使えなくなったのです。気になりますよね?

 現地在住者の微博からのつぶやきによると、豪雨からしばらく、インターネットの信号がほぼなくなり、5Gでも4Gでもなく2Gが生命線になったとのこと。ゼロではないが限りなくゼロに近く、回線速度でいうと2kb/sという表示があるかないかくらいだそうです。たまにうまくいってメッセージングアプリの微信(WeChat)からテキストだけのメッセージが送れたといいます。

大型緊急災害救助型無人機「翼龍-2H」を出動させるも……

 建物の低層階はちょっと電波状況がいいそうで、「今は下は電波がありましたか?」が挨拶になっていたという人もいました。とはいえ高層マンションですから家から移動するにも夏の停電中のビルの階段を上り下りしなければならないわけで、繋がるかもしれないネットを求め運動をしたという人は見つからず。しんどいですからね。停電しているので充電できず、スマートフォンのバッテリーが尽きてしまうのも困る。

 中国は大型緊急災害救助型無人機「翼龍-2H」を基地局として出動させて、電波がつながるよう努力はしましたが、「中国は翼龍-2Hを出した、素晴らしい!」というメディア論調に対し、急に接続がよくなったという被災者の絶賛ツイートは確認できず、単なるアピールにとどまったようです。

ショートメールに助けられた人たちも

 高層マンションに老人と大人と子供の大家族で住むというのは珍しくなく、老いた人は同じフロアの人々と困ってる中で話をして暇をつぶすというのは、中国生活をしていた身、想像ができます。毎日同じマンションで知らない人同士が麻雀や太極拳をしますからね。一方で集合住宅に住んでいながら、緊急時に同じ建物のフロアの人々と会話をすることもなく、電波が届くまでろうそくに火を灯し、ネットで会話できない孤独の中で復旧を待つネットユーザーもまたいました。他国のこととは思えません。

 ただデータ通信はダメでも、ショートメールだけはつながりがマシだったそうです。だから知り合いにショートメールで連絡して、その知り合いが代理で微博や微信にて安否情報を伝える手法が見られました。またショートメールを受けたら、それを微博でツイートする有志も登場、多くの人が助けられたといいます。

ネットが復旧するまでの移動や地図サービス

 豪雨の後に空は晴れ、水は引き、外を自由に歩けるようになり、電気が回復した後も、ネットの復旧はしばらく時間がかかりました。

 移動についてはネットがつながらない場所ではシェアサイクルが使えず、配車サービスも使えず、代わりに白タクを捕まえます。トラックに声かけても乗せてもらうことができたとの声も。「乗せてもらっていいですか?」「いいよ! 自分で料金を決めて払ってくれ。地図は全体マップしか出ないから場所も金額もわからないんだ」――こんなやりとりがよくあったようです。

 地図アプリもネットが普通に使えた際にダウンロードしたキャッシュが残るのみで、行った場所だけが運が良ければある程度細かく表示されるくらいです。当たり前にあった地図が使えなくなり、カーナビも使えなくなりました。中国全土のどこに新型コロナウイルス感染者がいて、ウイルス感染リスクがあるかという「健康コード」が運用されていますが、これも使えなくなりました(後日、全市民にPCR検査を実施したようです)。

 では地図サービスはネットが使えない地域でまったく役立たないかというとそうでもなく、中国の有力地図サービスの「高徳地図」は、どこに救助が必要な人がいて、どういう状況で何が必要なのかを付記し地図上にピン留めする機能を追加しました。これを外部から救援を行う際に活用するというもので、なかなか役立ちそうな試みです。

キャッシュレス決済ができず、物々交換やツケ払い

 ネットがつながらなくなると、乗り物も買い物もスマートフォンを活用したキャッシュレス決済が利用できなくなりました。フードデリバリーだって使えません。中国はキャッシュレス社会となって久しく、「現金を最近使っていない」「財布を持ってきてない」という人は珍しくなかったのですが、現金社会に逆戻りするわけです。……なんだけど、手持ちの現金がほとんどないし、ATMが水没して壊れている。さらに物不足の中でミネラルウォーターなどの値段が10倍にも跳ね上がってる。詰みです。

 そうはいっても、家に老人がいるとキャッシュレス社会にフィットしてなかったので現金を抱えていることからある程度はなんとかなるものの、若者だけの家庭だとほとんどなにも支払えなくなります。そこで個人がバケツひとつもって物々交換をしていました。「家にストックしている冷凍餃子をはじめとした冷凍食品は停電で溶けてしまうので、ダメになる前に売ってしまおう」という人が売り、「生鮮は希少で何倍もの価格に跳ね上がっているから、むしろ冷凍食品を狙え」という人がマッチング。現金払いや物々交換がそこでおきたといいます。

 また「ネットが繋がってから連絡するから後で払って貰えればいいよ。とりあえず名前と電話番号をメモして商品を持っていきな」と、キャッシュレスのツケ払いをする人や商店は多かったようです。知らない地元民同士が、後で払ってくれるという信用のもとに取引してるんですね。

2週間以上ネット遮断が続いた地域も

 こうしたネットから遮断された生活は、地域により2週間以上あったとのこと。ネットが繋がるや、アリペイやウィーチャットペイには知人からの投げ銭入金記録が書き込まれ涙する人もいたとか。

 中国メディアがどれだけ多くの人が寄付をし、政府は無人機を飛ばし、救援を行い、通信会社は復旧に努めたかを絶賛する記事を掲載し、フォロワーを増やしたいネットユーザーは心のこもっていない写真や薄い応援ポエムを送る一方、ネットがつながらない世界を生き抜いた現地の人々は、持てる限りの道具を活用してなんとか生き抜いていました。なんというか、インターネットが深く生活に根ざした今、災害に対してネットインフラはときに弱く、ネットインフラ被災者とそうでない人の災害に対する感覚は中国でもまったく別モノなのだなあと思ったのでした。

 鄭州は大都市なので多くの人が発信していて状況を把握できますが、新郷や他の地方都市の情報は限られています。街中の買い物動画でまるで見ることのなかったフードデリバリーの出稼ぎ労働者は、電動二輪車が水没して壊れ、デリバリーの受注もなくて大丈夫なのでしょうか。何事もないことを願うばかりです。

(山谷 剛史)

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