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耐え難い悪臭が…50代男性が経験した高級マンションの「罠」《カメムシ発生、カラスも飛来》

文春オンライン / 2021年8月26日 17時0分

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窓の外を飛来するカラス(山田さん提供)

 念願のマンションを購入して住みはじめると隣人とのトラブルに悩まされたり、騒音などにより生活に支障をきたしたり、予期せぬ問題が発生することがある。

 自営業の山田一郎さん(50代=仮名)の場合は、耐えきれないほどの「悪臭」に襲われたことだった。

異臭、害虫発生で原因不明の体調不良に…

 山田さんは住環境の良さと眺望に惹かれ、2016年に千葉県浦安市の住宅街に新築された10数階建ての大型マンションを選び、事業を兼ねて最上階の角部屋とその隣室を購入した。

 山田さんが振り返る。

「住みはじめてすぐに、バルコニーに出た時に異臭を感じるようになり、窓を開けると異臭が部屋に入ってくるようになりました。臭いは次第にきつくなり、洗濯物をバルコニーに干せなくなって、窓を開けて換気することもできなくなったのです」

 悪臭だけではなかった。

 住みはじめて1年過ぎる間に、数百匹の羽アリが大量発生し、強烈な臭いを発するカメムシが出て、部屋の屋上には尋常でない数のカラスが飛来した。新築の上層階にもかかわらずゴキブリが出るようになり、山田さん自身は原因不明の吐き気やめまいを起こして通院をはじめた。

 購入1年後、悪臭の原因は「ディスポーザー」(生ゴミ処理機)であることが判明した。

原因は生ごみを処理する「あれ」

 このマンションには各部屋の台所下部にディスポーザーが設置されている。生ごみを流すとディスポーザーが粉砕し、排水管を下って地下の処理槽へ送られ、バクテリア等で分解されて下水道に流されたり、バキューム車で処理されたりする仕組みだ。

 問題は、処理槽で処理される間に強烈な悪臭が発生すること。放置すれば悪臭が地上に漏れ出てしまうため、このマンションでは直径15センチ程度の臭突管を設置し、マンションの屋上まで持ち上げて悪臭を放つ仕組みになっていた。

 普段、マンションは屋上に上がれるようにはなっておらず、山田さんが初めて屋上に上がったのはマンション管理組合による1年検査の時だった。

「ハシゴを用意してハッチを開けて屋上に上がると、すぐに悪臭が漂ってきました。奥へ歩いていくと、私の2部屋のちょうど真上にパイプの排出口があり、近づいてみると異常な臭いがして顔をそむけてしまうほどでした」(山田さん)

 これが臭突管の排出口であり、風の流れに運ばれた悪臭が山田さんの部屋を襲っていたのだ。

損害賠償を求めて建設会社を提訴したが…

 山田さんが入居した当初は入居率が5割程度だったが、入居者が増えて完売に至るまでに処理する生ゴミの量が増え、当初の異臭は明らかな悪臭になったと見られる。

 原因が分かると、山田さんはマンションを建設した東証1部上場の建設会社と交渉したが、悪臭を封じる手立ては取られることはなかった。住み続けるのは困難と判断して部屋の買い取りを求めたが、期間限定で買い主を探すという回答しか得られなかった。

 18年2月、山田さんは契約の解除と、部屋の購入費用に慰謝料などを加えた損害賠償の支払いを求めて建設会社を提訴した。

 裁判がはじまると、被告の建設会社は請求の棄却を求めた。

 その主張は第1に、「マンションを販売する時に臭突管のことは説明した」というものだった。

 マンションを購入する際には、契約上の重要事項が書かれた重要事項説明書が提示され、購入者はその説明を聞いて署名・捺印する。ディスポーザーと臭突管については特約条項として書かれ、説明したという主張だった。

「私は臭突管の説明は一切聞いていませんし、私が聞いた限りでは、他の住人も全員が“一切聞いていない”と言っていました」(山田さん)

 今年1月18日、山田さんに重要事項説明を行った不動産会社の社員(宅地建物取引士)が証人として出廷し、山田さんに重要事項について1時間程度かけて説明して、ディスポーザーについても読み上げたと主張した。

 しかし特約条項には、屋上に臭突管があり、「臭気等が発生する場合がある」としか書かれていなかった。また、説明した社員は「臭い」が問題になることは想定していなかったと認めている。

原告側弁護士「屋上の(臭突管の)出口からそういった臭いが出て困るとか、そういったところはあなたとしてはご認識がなかったと」

社員「私の中ではそうですね、そういう認識は、会社としてもそういう関係もなかったので認識もないです」

原告側弁護士「臭いが例えば居住できないほどくさい臭いなのかどうなのかとかですね、そういう程度についてまでは、あなたは御存じないということですか」

社員「そういうことです」

専門業者2社による臭気検査の結果

 被告の主張は第2に、悪臭は「受忍限度を超えるような深刻なものではない」というものだった。

 悪臭の程度については裁判長に促されたこともあり、山田さんは多額の費用をかけて専門業者2社に臭気検査を依頼した。

 1社は「臭気判定士」が現場に来て鼻で確認し、「風の弱い日などは屋上に滞留したものが塊のように流れてくることが想像でき、そういった場合はあまり希釈されずに臭気が流れてくるため、室内でも十分な臭気を確認できることが想定される」と報告した。

 もう1社は臭気濃度を分析した。

 その結果、臭突管排出口の臭気濃度は、千葉県の悪臭防止対策の指針値(500)を10倍超過した5000であることがわかった。また、日本建築学会が提案している高齢者施設の臭気濃度と比較し、その推奨値8に対し、角部屋は16、隣室は13と大きく超過した。

悪臭は居住者に我慢を強いるかのような判断

 今年4月13日午後1時半。東京地裁507号法廷で言い渡された判決は「原告の請求を棄却する」という一言で終わった。山田さんは唖然として言葉が出なかったという。

 判決は、重要事項説明については「被告側が本件臭突管排出口や臭気について説明を欠いたとはいえず」と判断した。

 そして悪臭については、居住者に我慢を強いるかのような判断だったのである。

 悪臭に対する判断の問題は、ディスポーザー等による悪臭が部屋に及ぶことについて公的な規制が設けられていないことだった。

 山田さん側が2社に臭気検査を依頼したところ、日本建築学会の推奨値を大きく超過した数値が出たのは前述した通りだ。

 しかし裁判長が取り上げたのは、悪臭防止法にかかる浦安市の条例だった。

「許容限度の範囲内」

 これは、工場等から出る悪臭が住宅に及ぶことを規制するもので、工場等の敷地の境界線の「地表」の臭気を対象としている。この基準を定めている自治体は20%程度しかなく、上限値も10~21までバラバラだ。裁判長は、浦安市の数値を基にすれば「許容限度の範囲内」として(浦安市の上限値も山田さんの部屋の臭気指数も12)、加えて以下の通りに判断した。

「本件建物(マンション)に居住する者の生ごみの処理の利便と引き換えに発生した臭気であるから、居住者は、いわば自分の所有するマンションそのものに内在する問題として、上記法令の規制(前述の基準値)の場合と比べて高い受忍限度が求められると解するのが相当である」

 原告代理人の弁護士はこう話す。

「人が家の中で快適に暮らす権利は当然あるのに、判決は、原告として主張した日本建築学会の推奨値については無視し、工場から出る悪臭を屋外で規制する場合と比べ、それよりも高い受忍限度を求めたのです。まして『利便と引き換えに発生した臭気』と言いますが、200世帯以上から発生する悪臭の被害をほぼ原告だけが負っており、納得できるはずがありません」

他の住人から理解が得にくい構造

 加えて判決は、原告の部屋周辺にカラスが集まり、虫が発生したことについては、「居住者に不快な部分が発生している可能性があることは否定できないものの」としつつ、臭突管との因果関係の判断は避けた。

 ディスポーザーの利便性が判決で強調されたが、ディスポーザーの設置は2000年代に入ると本格化して、近年は新築マンションの数十パーセントで設置されるという。

 都内の不動産業者が話す。

「ディスポーザーはまったく問題のないところも多いのですが、一方で、臭突管から出る悪臭や機器の騒音に悩むマンションの住人がいる。問題は、悪臭にせよ騒音にせよ、特定の部屋だけが被害に遭うため、他の住人の理解が得られないことです。管理組合に苦情を言っても相手にしてくれなかったという話を聞いたこともあります。悪臭については潜在的な被害者は少なくないと思いますが、他の住人の反感を買ってまで訴える人は少ないでしょう」

過去のディスポーザー問題にまつわる裁判では…

 実際、ディスポーザーによる悪臭を原因として契約解除や損害賠償を求めた裁判は、これまでに1件しかないと見られる。

 大阪市の男性会社員が16年に提訴したこの裁判は、山田さんと同様にマンション最上階の角部屋を購入して住みはじめると、部屋の真上に当たる屋上に設置された臭突管から出る悪臭により、家族の体調が悪化して住めなくなったものだった。

 しかし裁判資料によれば、この裁判は和解して判決には至らなかった。このマンションでは他の部屋にも影響せずに臭突管の排出口を移せる場所があり、管理会社の負担で排出口を移設したのだ。

 実は山田さんも、被告の子会社である管理会社に臭突管の移設を求めたが、他の部屋に影響せずに移せる場所はなく、「できない」という回答だった。

 そのため、山田さんの裁判における一審判決はディスポーザーの悪臭をめぐるほぼ初めての司法判断となった。その判決は、マンションを販売する際は「臭気等が発生する場合がある」程度の説明でよく、そして悪臭については住人に高い受忍限度を求めるものだったのだ。

人気マンション最上階の2部屋が無人に

 提訴して判決が出るまでに約3年かかったため、山田さんは耐えきれなくなって19年11月に引っ越した。完売した人気の大型マンションで最上階の2部屋が無人という状況が続いている。

「私が購入した時は多くの部屋が空いていたのに、よりによって最悪の部屋を選んでしまった。真上に臭突管の排出口があり、こんな悪臭が出ると分かっていれば絶対に買いませんでした。売りに出すしかありませんが、悪臭で住めなくなった部屋を誰が買ってくれるというのでしょうか」(山田さん)

 ただし、一審で「我慢しろ」という判決が出た以上、悪臭について説明せずに売り出すことができるという皮肉な解釈もできる。

 山田さんは控訴し、現在は東京高裁で審理が続いている。控訴審判決は9月16日に出る予定だ。

(坂田 拓也)

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