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なぜ「ユジク阿佐ヶ谷」は閉館したのか 放置されたミニシアターのハラスメント問題

文春オンライン / 2021年8月31日 11時0分

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©iStock.com

 7月23日、阿佐ヶ谷駅の近くに、ミニシアター〈Morc(モーク)阿佐ヶ谷〉が開館した。

 都内や東京近郊を生活圏とする映画ファンならば知っているひとも多いと思うが、この場所には、昨年まで〈ユジク阿佐ヶ谷〉というミニシアターがあった。最初の緊急事態宣言が明けたあと、「急激な経営環境の変化により、運営が困難と見込まれる為、苦渋の決断ではありますが、休館という措置を取らせていただきました」と告知を出して昨年8月29日から休館に入り、再開されぬまま、12月に閉館となったのである。

 ここで説明されている「急激な経営環境の変化」を、映画ファンの多くはコロナ禍とそれにともなう緊急事態宣言の影響によるものと受け取ったことだろう。

 しかし、実態はちがっていた。

 休館期間中の昨年10月10日、「元ユジクスタッフの声」のツイッターアカウントを通じて、同館における労務問題(社会保険の未加入、時間外手当の未払いなど)やハラスメントの存在が明らかとなり、「アルバイト・一部社員と、上層部の間で休館の捉え方に相違」があることが示された。

ユジク阿佐ヶ谷、閉館の真相

 その詳細について、元スタッフの方々にリモートで取材をおこなった。

「本当はもっと早い時期に休館に至った経緯をお客様に説明したかったのですが、私たちが声を上げると、上層部からなにかしら圧力がかかる危険性があり、最後の給与や退職金が支払われるのを待って、ツイートしました。金銭の支払いがきちんとなされるかどうかもすべて口約束でしたし、書面にしてほしいと要求しても無視されてきたので、最後の最後までなにが起こるかわからない状況だったんです。私が退職するときには、『退職に関する事項について、今後一切口外しないことを確認し、誹謗中傷にあたるような言動はしないこと』という主旨の合意書に署名させられたりもしました。もちろん私たちは正当な要求や抗議であると考えていますが、上層部にしてみれば誹謗中傷でしかない。この時点で認識がゆがんでいるんです」(元スタッフ・Aさん)

「そもそも休館に至ったのも、社内でのトラブルが大きな原因なのに、上層部の発表を読むと、まるでコロナだけが原因であるかのように感じられてしまいますよね。お客様が『再開してほしい』と声をかけてくださったり、応援のためにTシャツをたくさん買ってくださったりするたびに、働いている私たちもつらい気持ちになってしまって……。きちんと本当のことを説明したいと思い、私たちアルバイトスタッフで告知の文面を考え、上層部に提案もしましたが、取り合ってもらえませんでした」(元スタッフ・Bさん)

声を上げる者は敵視される

 ユジク阿佐ヶ谷は、同人系漫画誌を発行している出版社ふゅーじょんぷろだくとの代表取締役を務める才谷遼氏が、2015年4月に開館した映画館である。

 才谷氏は、1998年11月にラピュタ阿佐ヶ谷を開館。当初はアニメーションの専門上映館だったが、現在はおもに日本映画の旧作を上映する名画座として、映画ファンに広く支持されている。自身監督として『セシウムと少女』(2015年)『ニッポニアニッポン フクシマ狂詩曲(ラプソディ)』(2019年)を発表するなど、精力的に活動をつづける才谷氏だが、同時に彼の周囲では不穏な話が絶えなかった。

 2004年には、ふゅーじょんぷろだくとを退職後、他の出版社に入社することが決まっていた女性社員を無理に引き留め、2社掛け持ちの長時間労働をせざるをえない状況に追い込んだ。掛け持ちの事実を知ると才谷氏は4時間にわたって女性社員を罵倒、その直後、彼女はみずから命を絶った。遺族は才谷氏から誠実な対応が得られなかったとして慰謝料を求める裁判を起こし、その結果、女性社員は過労自殺であったことが認定された。

 2006年には、ラピュタ阿佐ヶ谷の女性従業員に対する暴行事件が発生。これを機に従業員たちが映演労連フリーユニオン・ラピュタ支部を結成し、労働審判を申し立てたが、審判や労働委員会の場でも才谷氏は自身の暴力行為や不当労働行為について開き直るかのような発言を繰り返し、2014年1月に賃金の一方的な減額をめぐって和解が成立まで、従業員たちは8年におよぶ争議を余儀なくされた。

 才谷氏はいまなお、こうした一連の出来事や外部からの批判をすべて「誹謗中傷」と受け止めているという。

「自分のやり方についていけない者、それによって去っていく者は才谷にとっては全員敵なんです。私も入社研修のときからそう見られていたようで、退職当時は才谷とはほとんど口もきかない関係になっていました」(Aさん)

一向に改善されない労務問題

 ラピュタ阿佐ヶ谷はその後、現支配人の石井紫氏の尽力もあり、才谷氏を直接運営にかかわらせない方向で労働環境の改善が図られた。

 一方、ユジク阿佐ヶ谷は、もともと才谷氏が設立した〈アート・アニメーションのちいさな学校〉の試写スペースを改装した映画館であり、才谷氏の監督作品を上映する目的で開館された経緯もあって、ふゅーじょんぷろだくとによる直営状態がつづいていた。直接的な運営業務は社員である前支配人のもと、アルバイトスタッフが中心となっておこなっていたという。

「私はかなり早い時期からアルバイトとして働いていたのですが、当初ユジクには前支配人以外に社員スタッフがおらず、アルバイトスタッフが通常社員がやるような業務まで担わされていました。普通に一日10時間以上働いているのに、雇用保険にも社会保険にも加入させてもらえませんし、契約書も就業規則もないんです」(Bさん)

「研修では、発声練習をさせられたり、座学のようなかたちで才谷さんの話を長時間にわたって聞かされたりするのですが、その場でも才谷さんは新人スタッフをたびたび怒鳴りつけるんです。あと、劇場の近くに才谷さんが所有している空き地があるのですが、そこへ連れていかれて強制的に草むしりをさせられたりもしました」(元スタッフ・Cさん)

次々に辞めていくアルバイトスタッフ

 こうした状況が放置されてきた要因として、経営者と労働者の間に立つ前支配人の管理責任も無視できないところである。今回、その経緯を確認すべく、前支配人にも取材を申し込んだが、残念ながら受けていただけなかった。

「勤務中に怪我をしてしばらく仕事を休まざるをえなかったこともありましたが、前支配人からは労災申請の連絡はありませんでした。それまでに見聞きしていた経験から諦めかけていましたが、同僚の後押しもあり、労災が下りないかどうかお願いしてみたんです。でもやはり真摯に受け止めてもらえず、結局うやむやになりました」(Cさん)

 改善を求めると、才谷氏から「映画を愛していない」「ミニシアターで働けるだけありがたいと思え」と暴言を浴びせられるなど、さらなるハラスメントに見舞われてしまう状況がつづき、アルバイトスタッフは次々に辞めていった。残ったスタッフもさまざまな不利益を被りながら、多くのケースで泣き寝入りせざるをえなかったという。

社長とたたかうなら協力できない

 その後、前支配人から引き継ぐかたちで就任した新支配人が、理不尽な待遇にさらされながらも労働環境の改善に向けて動き始めた。しかし、それをきっかけに才谷氏からのハラスメントはいっそう頻度を増し、精神的に追いつめられた新支配人は退職を強く意識するようになる。

「ラピュタ阿佐ヶ谷の石井さんにもご協力いただきながら改善に向けて動きましたが、解決には至らず、才谷さんは新支配人のいない場所でも侮辱する言葉を吐き、アルバイトを呼びつけて新支配人の人格を貶めようとする場面が頻発しました。前支配人に『ハラスメントが解決されない以上、第三者に相談するしかないですね』と提案したら、『それってたたかうってこと?』と訊かれ、『社長に意見することがたたかうことになるんですか?』と訊き返すと『そういうことになる。ならば私はこれ以上協力できない』と言われました」(Bさん)

 事態の改善が見られぬまま、やがてスタッフは2カ月後に休館する決定が下されたことを知る。

「休館が決まったあと、前支配人は『休館までのあいだ、スタッフ全員が安全に働いて安心して退職できるように責任をもつから心配しないで』と言っていたんです。にもかかわらず、実際は前支配人が先に現場を離れた直後からこれまでどおり連絡することを拒否され、不安をかかえたまま働くことになってしまいました」(元スタッフ・Dさん)

 結局、新支配人の退職と同時に多くのアルバイトスタッフも退職することとなった。

問題を放置したまま新たな映画館を開館

 2020年12月9日、ユジク阿佐ヶ谷は同日をもって閉館することを発表した。告知文のなかでは「コロナ禍において、経営環境の変化や前支配人の退任に伴う引き継ぎを乗り越える事が難しく、このような結論にいたりました」と説明されている。

 これを受けて元スタッフたちは、告発後も上層部からはなんの反応も示されていないことを明らかにしたうえ、「なんとか前を向き、別の道を歩み始めようとしている私たちは失望せざるを得ません。/屋号だけを変え、面倒な問題は黙殺し、自己責任論が幅を利かせる環境に心身を消耗させられる人材がこれ以上生み出されないことを願います」とツイッターに綴っている。

 そして7月23日、アート・アニメーションのちいさな学校がつくる「新しい映画館」というコピーを掲げて、ユジク阿佐ヶ谷の跡地にMorc(モーク)阿佐ヶ谷が開館した。

 ユジク阿佐ヶ谷の閉館の経緯と新たな映画館の開館について確認すべく、才谷氏に直接話を訊いた。才谷氏は、元スタッフの発信内容については把握しているとしたうえで、以下のようにコメントした。

自己弁護と責任逃れに愕然

「ユジク阿佐ヶ谷の閉館にかかわるすべての問題については、経営者である私に最終責任があると考えています。そこでの反省をふまえ、きちんとした労働環境を整えたうえで、一から新しい映画館をつくっていこう――そのような思いで、Morc阿佐ヶ谷を開館することにしました」

 実際に面会しての取材は約3時間におよんだが、そのかん、元スタッフが証言していたハラスメントの件を具体的に訊いても、才谷氏は話をはぐらかしつづけた。それどころか、被害者の側に落ち度があったかのような発言や被害者の人格を貶めるような発言をし、自己弁護と責任逃れに終始したことにはあらためて愕然とさせられた。具体的になにが問題だったのかを認識することなく述べられる「反省」ということばに、はたして意味があるだろうか。なかでも印象的だったのは、今回の元スタッフの告発についても、過去の労働争議についても、「自分は負けつづけている」と発言していたことだ。言うまでもなく、ハラスメントや労務問題は勝ち負けを判定するような事柄ではない。やはり依然として才谷氏は自身に対する批判を誹謗中傷や攻撃と受け止め、みずからをその被害者と認識しているのである。

新たなハラスメント問題が起きる前に

「私たちの声を無視しているいまの状況のままでは、間違いなく同じことが繰り返されると思いますし、場合によっては今回のことをふまえて、より抑圧的な運営がおこなわれるのではないかと不安でなりません」(Aさん)

「映画が好きで、夢をもってこの業界に入った人間としては、どうしてこんなことになっちゃったんだろう、という悔しい気持ちでいっぱいです。いまは、映画が好きなひとたちにこそ、こういう問題があるということをしっかり認識してもらいたいですね」(Cさん)

 ユジク阿佐ヶ谷はなぜ閉館したのか――映画ファンであるならなおのこと、その経緯をめぐって沸き起こった切実な声に耳を傾ける必要がある。そうでなければ、本質的な問題はいつまでも放置され、さらに新たな問題を生み出すことにつながってしまうからだ。

 次回は、おなじくハラスメント問題をかかえたミニシアターの件に触れつつ、映画ジャーナリズムの責任について考えてみたい。

(佐野 亨)

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